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泣いた泣いた。いわき総合高校演劇部公演『Final Fantasy for XI.III.MMXI』

2012年5月20日(日) 19:53:31

芝居を見てこんなにさめざめと泣いたのはいつぶりだろう。

福島県立いわき総合高校の演劇部の『Final Fantasy for XI.III.MMXI』というお芝居を観てきた。

福島の高校生が福島の原発災害に対する怒りや悲しみや祈りを、自らアイデアを出してストーリーを作り演じたもの(脚本に仕上げたのは演劇部の指導者であるいしいみちこ先生)。

どんな題材にしろ、当事者が作り演じたもの、というと、ちょっと自己中的なイヤな予感がする。それにまぁしょせん高校演劇である。普通だったらあまり観に行く気にならないだろう。

でも、この舞台を去年見た信頼すべき知り合いたちが口々に言うのである。
「いままで観たあらゆる演劇の中で一番感動した」「感涙にむせんだ」「被災地であれ、東京であれ、ひとりでも多くの人々に観てもらいたい」

ホントかな…。そんなにイイのかな…。

で、今日。
一回きりの再演があるということで、少しばかりの疑念と大いなる期待を胸に出かけたのである。
公演は「創造的復興教育フォーラム」というイベントの一環で、文部科学省の講堂で行われた。公演に協力している劇作家の平田オリザさんやこの演劇をヒトに勧めまくっている松井孝治さんに教えてもらい、行ってきた。

……いやぁ、行って良かった。
とても大切なものを見逃すところだった。危ない、危ない。

冒頭から引き込まれた。
イマドキの高校演劇ってこんなにレベル高いんだぁ…。

高校生が高校生を演じているというリアリティもあるとは思うけど、彼らが友達同士で無意味に元気にはしゃいでいる日常が活写されていて「あー本当にこうだった、高校時代ってこんな感じだった」と、尋常ではないリアリティをもって懐かしくあの頃を思い出した。

こんなにリアルに懐かしい気持ちをもったのは初めてかもしれない。

もちろん高校生の日常を描いた舞台や映画は山ほど観ている。懐かしさも毎回感じている。でも、こんなにリアルに思い出させてくれるものはいままでなかった。そのくらいリアルだった(まぁ現役が現役を演じるから当たり前だけど、それにしても)。

これだけで心が揺れる。涙ぐむ。特に男子高校生同士の悪ふざけや、小学生のときのケンカと仲直りの回想は出色。大人が演じた嘘くさいものしか観たことなかったせいかもしれない。

そんなリアリティが、急に荒唐無稽なRPGに移っていく(なにせ題名が「Final Fantasy」だけに)。
すべてを原発事故前に戻す「復活の呪文」を探しに行く物語に飛躍していく。これがあったおかげで舞台にイキオイが出て、どんどん楽しくなっていく。

ここからは、シンプルかつ類型的な勧善懲悪と風刺の世界。
小ボス(政治家や保安院)、中ボス(東電元社長)と倒していき、ラスボス(原子炉)と対峙する。

倒せるわけない「原子炉」を思わぬ方法で倒したあと、高笑いとともに真のラスボスが現れ、すべてのモンスターを復活させる。

その真のラスボスは、なんと「エコノミー」という経済システムそのもの。

ここからは高校生 vs エコノミーのカード・デュアル対戦である。
絶体絶命に追いつめられた高校生たちが最後に使うカードも「おー、そう来たかー」というもの。

これらの闘いの間に主人公の女子高生の悲しい回想などが挟まれ、物語は複層的に動いていく。

まぁ全体にちょっと類型的すぎる捉え方なんだけど、逆に持って行き場のない怒りと悲しみが剛速球で胸に届いたなぁ。

あまりにストレートな表現に虚を突かれ、心のガードが甘くなったところをグサグサ刺され、あえなく撃沈。まわりにお客さんがいなかったら号泣していたかもしれない。

なにしろ冒頭で「かつてないほどの懐かしさ」に心を揺らされているからね。しかも主人公の女の子のエピソードがもうそれはそれは泣けるもの。そして「ボクたち大人がしてしまったこと」も突きつけられる。もう逃げ場がない。泣かないわけにはいかない。

ラスト。
舞台的に「ラストっぽい盛り上がり」があったのに、そこからまだまだ続き、これどう収めるのかなぁと思ってちょっと心配したけど杞憂に終わった。美しいラストが待っていた。

観て良かった。
高校生がここまでうまいか、こんなストーリーをオリジナルで作ったのか、という意外性はあったものの、純粋に演劇としても感動した。


終了後に舞台上で平田オリザさんと演劇部のいしい先生のアフタートークがあり、いしい先生がこんなことを言っていた。

「本当に怒っているとき、お芝居という『ウソ』はそれを表現できない。だから、原発への怒りをいったん置いておいて、まずは原発という題材で遊ぼうと考えた」

当事者だからこそ不謹慎にならずに表現できたストレートな遊び。
当事者が、当事者であることの怒りと悲しみをいったん昇華した上で、当事者をリアルタイムに演じるという奇跡的なお芝居。

ボクはとても貴重かつ得難い「表現」を観させてもらったのかもしれない。


ここ1年。
ボクの中でいろんなものが次々つながる。死ぬまでにやらないといけないことがどんどん必然として見えてくる。そんな流れの中にこの演劇もあるなぁ。そんなことを思った。


ちなみに、こんなに風刺と政治批判の塊である演劇を文部科学省がさらりと上演したことはなかなか良いことだと思う。

会場には平野博文文部科学大臣や細野豪志原発事故担当大臣、鳩山由紀夫元首相なども来ていた。それもとてもいいことだ。彼らがどう観たかは別にして、彼らこそ、当事者として、絶対観るべき舞台だと思うから。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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