漁師と農民という異文化
2012年4月26日(木) 11:54:04
いま読んでいる星野博美の「コンニャク屋漂流記」の冒頭にこんな記述があった。
国際結婚という言葉がある。国際結婚と聞けば、異なる文化や言語を背負った者同士が一緒になるのだから、様々な文化摩擦があるだろうな、と容易に想像がつく。しかし同国内でも国際結婚に匹敵するような文化摩擦が引き起こされる場合がある。それは例えば海の民と山の民、北の民と南の民というように、気候や生活環境、職業や経済環境がまったく異なる場合。 漁師と農民というのも、異文化の最たる組み合わせの一つと言えるだろう。
その後、漁師の血筋と農民の血筋が結婚によって一緒になった著者の一族の気質のぶつかり合いの記述に移っていくのだが、この文章を読んで、まだ冒頭なのに思わず立ち止まってしまった。
東日本大震災では、多くの漁師たちが津波の被害を受け、農民文化圏内の仮設住宅に移り住んだ。
もちろん当初から文化の違いは指摘されていたし、ボクたちも現地で何度もそんな話を聞いた。たとえば沿岸の大熊町から内陸の会津若松に移り住んだ方々のところに支援活動に行ったときも、その部分にとても気を遣ったりした。
でも、「とはいえ同じ東北同士、同じ県民同士だし」とか、どこかで軽く考えていたかもしれない。
そうか。国際結婚に近いくらいな文化、習慣、気質の違いなのか。
元の家に帰りたい、故郷の町に帰りたい、というような強い願いの中には、望郷の念のみならず、感謝して異文化に馴染もうと努力してもどうしても馴染めない漁師たちの、違和感や居づらさから来る叫びも濃く混じっているのかもしれない。
そして、受け入れ側である農民たちにも、異文化に対する戸惑いや気苦労があるのかもしれない。
漁師と農民という視点で仮設住宅を眺め直してみるといろいろ違った側面が見えてくる…。
そんなことを考えつつ、異文化が濃く色づく国、琉球に到着した(いちおう出張っす)。
