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誕生日、おめでとう。結婚記念日、おめでとう。

2012年3月 6日(火) 18:40:59

今日は娘の誕生日、かつ、夫婦の結婚記念日である。結婚してちょうど1年目の日に、娘が産声をあげた。

出産予定日の1ヶ月前に阪神大震災があった。神戸に住んでいたボクたちは被災してえっちらおっちら東京に避難した。

いままで通っていた産婦人科から離れる、というのはそれなりにストレスなはずである。
でも、被災地神戸では病院は野戦病院と化していたし、水もガスもない。つまりお湯すら出ない。いつ産気づくかわからない臨月の妊婦をそこには置いていけない。

幸いにも東京にはボクの実家があり、ボクの父母の手厚い保護が待っていた。
「保護」という言葉の真の意味をそのとき知った。保護。なんて安定感に満ちた温かい言葉だろう。

避難して1ヶ月半。
ボクは当時勤めていた電通関西支社に大阪のホテルから出社しつつ(電車が不通で神戸の家からは通えなかった)、東京に頻繁に妻の様子を見に帰り、被災した家の様子(義母が仮住まいとして移住してきていた)も定期的に見に帰る、というよくわからない生活を続けた。おまけに被災者なのにボランティアもしていた。

気が張っていたのだと思う。
会社員、夫、息子、義理の息子、被災者、支援者、そしてもうすぐ父親……いろんな役を担おうと走り回っていた。

そして17年前の今日。
予定日から1ヶ月以上遅れたが、無事に産声が上がった。超安産だった。短時間にスポンと産まれた。そしてボクが東京にいるタイミングで産まれてきてくれた。

妻は何も言わなかったけど、きっと相当なストレスだったと思う。
生まれ育った神戸の街から遠く離れ、通った産婦人科からも離れ、余震が続き水もガスも出ない神戸に住む実家や親戚を心配しつつ、慣れぬ東京の舅・姑の元で、ボクもほとんど横におらず、ひとり、ただでさえも不安な出産期を過ごしたのである。

神戸ではたくさんの不幸があった。
たまたまそれをかいくぐり、やっとこ産まれてきた命である。
いったいそれがどれだけラッキーなことか。どれだけたくさんの方々に助けられたことか。

思い返すたびに「何もいらない」と思う。
そう。あのとき誓ったはずだ。「無事産まれて来さえすれば、他に何もいらない」と。

だから好きなように生きてくれ。
もうボクがあなたたちにしてほしいことは、あのとき全部してくれた。

誕生日、おめでとう。
結婚記念日、おめでとう。

ボクは、必要とされたときに必要な「保護」ができるよう、遠くうしろの方からちんまり眺めているだけで、充分幸せです。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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