それが「普通」なんだという再確認

2011年8月16日(火) 8:41:31

昨晩は同年代の親しいヤツが7人、定期的に集まる食事会があった。
ボクは5人以上の宴会がとても不得意なのだけど、この会合は気心の知れた人が集まり、まったく気遣いがいらないので楽である。

そこで話していて再確認したのだけど、クレバーでいろいろと意識が高いほうである彼らを持ってしても、「そのほとんどは大震災の今の状況にくわしくない」し、「興味がないわけではもちろんないけど自分からつっこんで詳しく知ろうとはしない」し、「何らかの支援はするべきだと思うけど一歩踏み出すことはなかなかできない」し、「どこかで仕方ないと思っている」ということ。

いや、責めてるわけでも皮肉を言ってるわけでもなく、それが「普通」なんだという再確認。もしくはそれでも意識が高いほうなのだという再確認。

ボクは「助けあいジャパン」をやってることで、毎日毎日この大災害について様々なやりとりがあり、被災地の最新情報などもよく知っている方だし、この状態が当たり前のことになっている。

そしてボクの周りもそういう人だらけである。ボクなんかよりずっと関与を深めて動いている人の方が多いくらいだ。

でも、これは「特殊な状態」なのだということを客観的にわかっておかないと、どんどん世の中の「普通」から乖離していく。

前に進みつつ、その辺を客観視しておかないと。
そして、そういう彼らを巻き込むにはどうするかをもっと考えないと(関心が低い人にこちらを向かせる、という意味では広告的なアプローチがとても有効になる)。


ついでに言うと、昨晩は IT に多少は関わりがある人が多かったのだけど、そんな彼らを持ってしても、「ソーシャルメディアはまだまだようやく始めたばっかり状態」で「今後も深く使うかどうかは微妙」もしくは「ちょっと距離を置いて眺めている」的な感じであるということ。

まぁ40代50代の集まりなので、という部分もあるが、とはいえ IT に多少関わりがある人ばかりの集団だ。それでその程度。

ソーシャルメディア周りの人って、セミナーとか勉強会によく出て、ものすごい勢いで勉強している。そんなにインプットばかりしてどうするんだろうと思うくらい吸収している。

もちろん誰かが先端にいて引っ張る役目をしないといけないからそれはいいことだ。ただ、あまりに先に行きすぎると、彼らとの乖離がどんどん広がってしまうし、周りがみんな先端だから「それが普通だ」と錯覚しがちになる。

「普通」はかな〜り後のほうを走っている。いや、歩いている。
それをよく知り、客観視した上で勉強し、考え、企画しないと、世の中からズレていく。

いわゆる「ソーシャル」なことにしても、「ソーシャルメディア」なことにしても、その辺の認識がとっても大事。なんかそんなことを再確認した夜だった。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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