あのときの「厳しい目」

2011年8月12日(金) 9:24:33

今日は日航ジャンボ機墜落事故があった日。あれから26年。

ボクが新入社員のときにこの事故があった。
ボクは電通に入社し、縁もゆかりもない大阪に配属になった。研修を終え、配属されて約2ヶ月でこの事故が起こった。支社の人が7人も亡くなった。新人のボクにかまってくれ、何度かご飯を食べに連れて行ってくださった方も2人亡くなった。

すぐ近くの席の人が突然いなくなるあの喪失感。
そして、人生で初めて経験した当事者感。リアルな大事故。

あの暑い夏の告別式の数々。
新人だったから受付や駐車場整理などに駆り出された。暑くて倒れる女子社員が続出した。


ボクが「自分ごと」にしている大災害・大事故は3つある。
日航ジャンボ機墜落事故と、阪神大震災、そして今回の東日本大震災である。

そして奇妙なことに、それぞれ節目の年と重なっている。
入社の年、子どもが産まれた年、辞職独立の年。

「入社」という言葉を聞くと日航機事故を思い出すし、日航機事故の話を聞くと入社のころを思い出す。
そうそう、あの年は阪神タイガースも21年ぶりにリーグ優勝&日本一になったんだっけ。江戸っ子で初大阪だったボクには強烈な洗礼だった。野球なんかで街ごとここまで盛り上がるんだってw(まぁその後熱心なタイガースファンになるわけだが)


でも。
やっぱり、「自分が被災者」だった阪神大震災が最大の「自分ごと」かな。
いろいろなことが忘れられない。身に染みついている。

この不定期日記の下の方で、ボクはこんなことを書いている。


ボクは阪神大震災をこの身を持って体験した。
そして初めてわかったことがある。

被災者の想い、である。

北海道南西沖地震(みなさん奥尻島を覚えてますか?)や雲仙普賢岳噴火に苦しんだ現地の人々の思いを、阪神大震災を体験してやっと理解したのだ。わかったふりをしてニュース映像とか見ていたが、結局何もわかっていなかったのだ。

すまん!ごめん!こういうことだったのね、と心の中で謝ったが、もう遅い。

あの人たちの辛さや苦しみや不安や悲しみが、阪神大震災後やっとわかった。
想像力はある方だと思っていたが、これほどいろいろ辛いとは思わなかった。


そう。
想像力はある方だと思っていたが、あれほどいろいろ辛いとは思わなかった。

そして、被災者として、「押しつけられてくる表面的な善意」や「浅薄で不快なメディアの報道」や「誰のためにやっているのかわからない被災地イベント」などに対しての本音や怒りがたくさんあった。

それぞれに事情や想いがあるのは理解しつつ、「裏側の利己的な打算」とか「自分が大事なだけの自己満足」って被災者はすぐ見抜けちゃうものなんだなぁ、とか厳しいことを思ってた。

今回、東日本大震災で「助けあいジャパン」をやっているが、仲間たちが被災者のために「○○をやってみない?」「□□とかやったらどうかな」とか提案しているのを聞くと、一瞬怖じ気づく。

被災者だった自分の、あの時の「厳しい目」が蘇るからだ。

もちろん善意からだし、仲間たちは奇跡的なほど利己的な打算も自己満足もない人たちだ。
でも、怖じ気づく。その企画、被災者の厳しい目に耐えうるか…?

だから、ボクは、次の手に対して、とても慎重になる。
あの時の自分の「厳しい目」が怖い。その企画、被災者を見えない部分で傷つけないか、その企画、被災者に対する押しつけになってはいないか、その企画、結局自分が気持ちいいだけになってはいないか。


この夏、「助けあいジャパン」は一般社団法人になる。
昨晩は、その発表会&懇親会を内輪でやった(50人弱集まってくれた)。

今後は企業から、そして個人から協賛金や会費を募り、事業として、被災者支援を継続的に息長く行っていく。そこには当然、責任が生じる。

いろんな事業が考えられるし、いろんな方から提案もされている。

でも、ボクは、あの時の「厳しい目」をナビゲーターに、慎重に一歩ずつ、物事を進めたいと考えている。

法人にするからにはいろいろな事情が出てくるだろう。
とはいえ、あのときの「厳しい目」を大切に、誠意を持って進めたいし、仲間たちとそれを出来たらいいな、と思っている。

それにしても。
まさか、こんな人生展開になるとは思わなかったなw

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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