歴史の縮図を最短で再体験する
2011年2月13日(日) 21:25:16
昨日の話の続き。
「型」っていうのはその分野の歴史の縮図なんだな、と思う。
その分野でひとかどの者になりたいとき、ゼロから始めて試行錯誤して頂上まで辿り着くのは余程の天才でも無理だ。過去の天才的な先人たちがぶつかった袋小路に同じようにぶつかるだろうし、彼らが落ちた穴にも同じように落ちるであろう。
だとすると、まずは先人たちが辿った道を全部再体験するのがいいと思うが、それでは何百年とかかってしまう。
当たり前だけど、自分ひとりで長い歴史上の天才たちの足跡を越えるのは無理なのだ。
だからそれをまずコンパクトに凝縮された縮図として学ぶ。
それが「型」であり、テクスト(本、教科書)なのだろう。
その文脈の中に自分の実存をねじこむという作業は「歴史の縮図を最短で再体験する」ということに他ならない。
最短の近道で再体験する。いまはもう「存在しないもの」である先人の思考の過程をコンパクトに知る。
この「最短の近道」を効率よく通らせてあげることが「教育」なんだな。
しかもご丁寧にも疑問に答えてくれる先人たち(教員)まで配して。
なんとありがたいことか。
こういう「ありがたい感じ」を中学とか高校とか大学のとき、全然自覚していなかった。なんでこんな「今を生きるのに関係ないこと」を勉強しないといけないのかと理不尽に感じていたくらいで。
あんなに効率的に先人たちの知恵を学べる環境にいたのにな。
まぁこういうものは後から気づくものなのだろうけど。
それにしても「勉強したいなぁ」と思う。
先人たちが苦労して辿った細道に実存をねじこんで、この身で再体験したい。50歳を迎える今年、その必要性をひしひしと感じている。
