自分が完璧でないように相手も完璧でない的感覚
2011年2月 2日(水) 8:43:47
昨晩は Ustream に出演。
「Looops. TV」の開局第一回目の放送で、玉置沙由里さんをキャスターに、斉藤徹くんと対談した(第一回目のゲストに呼んでくださり光栄でした)。ソーシャルメディア全般、そしてSIPSの話などゆるゆると(ここで見られます)。
ボクは基本的に「文章の人」で、文章にしっかり定着させたものを相手の心に届けたいタイプ。だから動画系の「その場のノリで語ったもの」が広く配信されるのがどうにも居心地悪い(その良さはわかりつつ)。しかも第一印象が悪いタイプなので感じが悪い。そのうえ滑舌も悪い。おまけにスタジオのライトでハゲ頭が光って見ている人の目に悪い(笑)。ということで「悪い」だらけ。だから基本的に出演をお断りしているのだけど、ループスの斉藤徹くんの頼みなら断れない。
彼は中学高校の同級生。卒業後約30年会わなかったが、一昨年だったかに再会し、その後の彼の「ソーシャル快進撃」でやけにいろいろ関わるようになった。彼の最新刊「ソーシャルメディア・ダイナミクス」でも対談で出させていただいた。あ、ちなみに、「ソーシャルメディア・ダイナミクス」はかなり実務的な本。もうちょっと入門編的な本も彼はこの前出している。「新ソーシャルメディア完全読本」
。これはソーシャルメディアのAtoZを知るのに最適な本である。
昨晩もUstで話したけど、彼との関係みたいに「お互いの(中学高校時代の)欠点も汚点も黒歴史も知っている」と、とてもリラックスして自分を出せる。ある種の深い信頼感ができている。こういう関係性って、企業においても、結局一番のロングエンゲージメントなのではないかと思う。
企業って「100%完璧であらねばならない」という妙な自意識があって、ミスしたりすると大慌てするけど、ミスとか欠点とか汚点とか黒歴史は、実は生活者の心を開くところがある(安全性とか危険性的な問題はまた別だけど)。ソーシャルメディアが浸透すれば「自分が完璧でないように相手も完璧でない。それを許容する」という考え方が普通になる気がしていて、企業ももっと「欠点もある普通の人(法人)」という部分を隠さずに見せて、生活者と一緒に改善していくようなやり方が必要なのではないかな。
ボクの「アップル愛」は、アップルがつぶれそうな頃の危機もその後の迷走も共有しているからこそ深くなっている。初期からずっと見守ってきたという「糟糠の妻的目線」もそれを加速させている。まぁアップルは今現在が良すぎるからちょっと特殊かもだけど、企業と生活者の関係性がフラットになるに従い、そういう等身大な感覚がとても大切になっていくと思うし、今後のコミュニケーションのキーポイントになっていく気がしている。
たとえばトヨタも、アメリカでの一連の事件、その対応でのドタバタが起こったあと、ボクは逆に親近感を持ち始めた。「完璧&世界一の企業」的な近寄りがたいイメージから「人間的で愛すべき存在」というニュアンスにボクの中で変わり始めている。そしてソーシャルメディア上での人の発言からもそういうニュアンスをよく感じる。こういうのってこれからの時代、とっても大事なんだろうな、と思う。
まぁまだこういう「感覚」って、ソーシャルメディア上だけで共有されるものなのかもしれない。でもソーシャルメディアがインフラ的に普及したときにはきっと大切な「感覚」になる。そしてそれはソーシャルメディアにどっぷり浸かっていないと得られない「感覚」でもある。その辺の感じを斉藤くんとは共有しているので、これまた楽チンなのである。
放送後、みんなで打ち上げに行って思ったこともあるのだけど、そろそろ会社に行かなくちゃ。
