変わり続けること

2010年10月19日(火) 10:03:53

毎日新聞で連載されていたテルツァーニの話が面白かった(ローマ支局の藤原章生氏の記事)。

たった全5回の連載だったけど、妙に刺さった。一応ネットにも載っているのでリンクしておきます。日本の新聞はリンクをすぐ切っちゃうのでいつまで読めるかわからないけど。→

この中で特に共感を覚えたのは以下のくだり(第4回目)。

 長男、フォルコさん(41)は「父は変わり続けた」と言う。「書くことで社会は変えられないと悟った父は『唯一できるのは自分が変わること』と話していた」
 写真家の故・星野道夫氏が似た言葉を残している。泣けるような夕日を見た時、その美しさやその時の気持ちをどう人に伝えるかという問いだ。「写真をとるか、キャンバスに描くか、言葉で伝えたらいいのか。(一番は)自分が変わること。自分が感動して変わっていくこと」(星野道夫著作集3「もうひとつの時間」より。一部省略)
 聖書にも似た言葉がある。「この世に調子を合わせてはいけない。大事なのは、心を入れ替え、自分を変えることだ。そうすれば、神の意志がわかる。何が善で、何が神に受け入れられ、何が完全であるかがわかる」(新約聖書「ローマ人への手紙」英語版より)

ちょっと星野さんのエピソードだけ視点が違う気はするけど…w

「自分が変わること」「変わり続けること」は、10年前くらいからずっとボクの中で重要なテーマとなっている。さなメモでも何度も書いた。「変わらないために変わり続ける」みたいな言葉で。

世の中の変化が激しいからこそ、流されないように自分を変える。激しい流れだったら流線型になってやり過ごす。緩い流れだったら四角くなって堰きとめる。そうやってカタチを変え続けるイメージ。いや、敢えて流されるのもアリである。力ずくで立ち止まって濁流に呑まれるより、自分から流れに乗ることで自分を守る場合もある。そうやって自分を変え続ける。そうしてこそ本質が残るんじゃないかと思っている。思い込みかもしれないけどw

ある程度の年齢になると、変わらないことに安住するヒトが増える。
変わらない方が楽だからだ。長年の自分に安住する。そしてそれをあたかも真理のように語る。でも、本当は変わるのが怖い、もしくは面倒臭いだけだと思うな。その延長線上には「老害」という言葉が待っている。

龍馬もころころ変わっていった。弥太郎から見たら単なる変節漢である。でも止まらずに自分の表面を変え続けてこそ、奥にある信念は苔むさない。ボクもいろいろ硬直化が始まる年代。変わり続けるのも疲れる。でも一度変わるのを止めるとそのまま安住しちゃいそうだ。まだまだ変わり続けたい。それを確認するためにブログを書いている部分もある。死ぬまでどのくらい変わり続けられるか。我ながらちょっと楽しみだったりする。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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