「広告1.0 → 広告2.0 → 広告3.0」の翻訳役
2010年9月 4日(土) 18:06:15
この土日はいくつかの遊びや芝居のお誘いに心動かされつつも、意志を強く持って「勉強勉強勉強」に邁進することにした。3回書いたのは、こうでもしないとやる気が挫けそうになるくらいダルいし暑いからw
9月はセミナーで話すことも多く、せっかくなので自分の頭の中を大整理することにしたのがひとつの理由。もうひとつは秋からいろいろ始める個人プロジェクトのための頭の整理。どっちも相当時間がかかる作業である。
特にソーシャルメディアについて頭の中を整理整頓しているのだが、これが意外と時間がかかる。
今日も朝からパワポにまとめながらじっくり自分と向き合っているのだけど、10時間やってもまだまだ上手に整理できない。状況整理はできるし、いままでの流れも整理できるんだけど、なんというか、キレイにシンプルにまとまらない。どこかに勘所というか、「ここを掴むとドミノ倒し式にすべてパタパタと整理できてしまう」みたいなキーポイントがあるはずなのだ。たとえば拙著「明日の広告」で、ラブレターをメタファーに使った時点でいろいろ整理できたように、そういう魔法の鍵がどこかにあるはず。それが霧の奥深くに隠れて出てこない(まぁそれが見つかったら一冊本にできるんだけど)
その鍵は、古い広告文法の人にも、新しいデジタル・ネイティブ的文法の人にもわかるイメージじゃないといけないし。それを軸にすべてが説明できるようなものでないといけないし。うーん難しい。でも見つけなきゃ。
見つけなきゃ、って焦るのは、なんとなくの使命感。それはボクの立ち位置の特殊さから来るものだ。
ボクは15年ほど前時代的マス広告をやってきて、経験もそれなりに豊富だし、そっちの論理は身に染みてわかっている。そして、15年にわたる個人サイト経験や、10年以上のウェブ・ディレクター経験によって、過渡期のネットリテラシーやネット広告の経験値もわりと積んだ。そのうえ、いまはソーシャルメディアにどっぷり浸かり、そこそこの経験値を積みつつある。
つまり、「広告1.0 → 広告2.0 → 広告3.0」のすべてを色濃く経験できた珍しい世代であり個人だったりする、と自分で自分を位置づけている。偉そうな意味ではなくて。
要するに、どの世代の翻訳役にもなれる立ち位置なわけですね。
たとえば、ソーシャルメディアに戸惑う広告1.0世代用に、それらを彼らの言葉や文法に翻訳して伝えることができる。古い広告文法がわからない広告3.0世代に、新しい文法と比較して何故そうなのかを伝えることができる。
それをちゃんとやらなくちゃ、と思って頭の整理をしているわけなんだけど、なかなかハードル高いんだこれが。下手すると数週間考え詰めに考えないと無理なのかもしれない。焦るな自分。落ち着け自分。ゆっくりじっくり取り組むべし。
