時間を共有する小さなシアワセ

2009年11月 4日(水) 7:57:53

昨日の夜、夕刻から「月がきれいだ」というつぶやきがいくつもツイッターで流れていた。

原稿書きが一段落した21時すぎ、ダメ押しのように「月がきれい」というつぶやきが流れたので、ベランダに出て空を見上げた。本当だ。雲ひとつない夜空に月がきっぱりと輝いている。ここまで孤独で美しい月はめったにない。

部屋に帰ってツイッターにこう書いた。
「みんなが月がきれいだとつぶやくので月を見に外に出た。ホント、こんなに明るくてきっぱりしている月は久しぶりかも。まぶしいくらい。」

そしたら日本各地から次々とつぶやきが。
「綺麗な満月ですよね 空も雲がないですし」「ほんとに綺麗でした♪ こういう時にわかるtwitterのありがたみ」「本当に・・今日は空気がクリアだからこんなに綺麗なのでしょうね。 でもベランダに出て見たら寒くて凍えそうでした」「ほんとだ」「つぶやきこそしなかったけれど、美しさに見とれた者として共感。気温が低いとより冴えるのでしょうね。」「ほんと」「とてもきれいですね。夜空に空いた穴のようですね」「そういうさとなおさんのつぶやきを見てベランダに出てみました」「月のことを教えて頂き、ありがとうございました。今見てきたら、本当にきれいでした!」「そして僕も外に出て見てみた。まぶしい。こうやって多くの人が外を見に行く動きが素敵」「月がこんなに眩しいなんて」「ほんとだ、月が皓皓と輝いている。まぶしいくらい。昼間も空気がとびきり澄んでたからなあ」「帰る最中にうろおぼえで『今宵の月のように』byエレカシを歌っていたのは私」「ホントだ!めちゃめちゃ光ってる。足元にくっきり月影が」「私もベランダに出て見てみました。ホントにキレイ!」・・・

これがボクがつぶやいてから10分ほどの出来事(その後も次々と入ってきた)。

まぁセンチといえばセンチなんだけど、こう、なんというか、誰かがつぶやいたことに反応してボクが月を見て、ボクがつぶやいたことがまた波紋のように広がって、会ったこともない人たちがわざわざベランダや庭や玄関前に出て、あの眩しいくらい輝いた月を見上げて、それがまた広がって、という「時間の共有感」「感動の共有感」がどうしようもなくシアワセに思えて…。
芸術ってこういう共有感の表出だったりするけど、その意味において、今、こうしていろんな人が同時に月を見上げて共有していることこそが、まさしく「芸術」そのものだ。

「みなさんと一緒に同じ月が見れて幸せです」というセンチなつぶやきを流したら、「違う月だったりして。by 1Q84」という秀逸なコメントが流れて一気にハルキな世界に突入したのもおかしかった。1Q84みたいに月はふたつはなかったけど、確かに同じ月とは限らない。みんなで違う月を見ていたのかもしれないけど、それでも時間と感動は共有できたよね。それがシアワセ。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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