「独りであること」
2009年6月26日(金) 7:20:11
そうそう、一昨日の6月24日は高野悦子の命日だった。
数年に一度、6/24という数字の並びを見て、電撃に打たれるように思い出す。今年は数日前にスケジュール帳を見ていてふと思いだし、久しぶりに命日を意識した。さなメモを見ると、2003年と2004年に命日を意識している。2005〜8年は忘れていた模様。
高野悦子。
もう世間的には忘れられた人なのかな。「二十歳の原点」という本で、ボクたちのちょっと前の世代に異様に影響を与えた人。いや、いま検索したら、新装本も出ているようなので、まだ読み継がれているのかもしれない。
ボクがこの「二十歳の原点」シリーズにのめり込んだのは、20歳の大学生のころ。
「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」
この言葉と彼女の問題意識に心酔した青い日々。「ひとり」を「独り」と書くことなんかずっとマネしてた(今でもその名残があってたまにそう書く)。「独りであること」という命題については、唱えすぎて潜在意識に近いところまで下りており、無闇に孤独になりがたる癖すらある。基本的に人見知りだったりヒトと距離をとる習慣がついていたりするのもこの本の影響かもと思う。子どもの頃は「まったく人見知りしない子」だったらしいし、たしかに中高のころは人とばかりつるんでいた。この変わりようは高野悦子がきっかけか。
命日をきっかけに再読しようと一瞬思ったが、いま読むのは怖い。あれから28年の無為無策が炙り出されそうである。というか、これ以上「独り」が好きになったら困るし(笑)
