「あ」の人やら「わ」の人やら ー3

2008年9月19日(金) 5:51:32

メール受信簿が「『あ』の人です」「『わ』の人です」みたいな件名で埋まっています(笑)
ええと、全部ご紹介したいけどそれは無理なので、いったん今日で中締め。また面白いのが溜まったら書くかもしれません。

  • 祖父が「す」の人です。わりと早くに亡くなったのですが、そのときに来た弔電が見事に「さ」行のオンパレードでした。「か」行はなし。「た」行が一人二人いたかな? 私の交友関係も出席番号まわりの人が多かったので、ほほー、いつの世も同じじゃのうと思いつつ弔電をチェックしていたことを思い出しました。
  • わたしの苗字は、和田。いつも席順は最後でした。高校時代の仲良しの友人を思い浮かべてみると、堀(ほ)、山田(や)だったりして、ご高説ごもっともです。
  • わたしは「か」ですが、高校の友達は「あ行」と「か行」と「さ行」が圧倒的です。なんか「ま行」「や行」「ら行」「わ行」って廊下側ということもあって暗い印象があります。まったくの偏見ですが、でも遠い人たちでした。

出席番号が交友関係にも影響を与える話、意外と反応が多かったです。
この論を発展させると、たとえば、「あ」の人は窓際の列で、交友関係が右側の列の人に偏り、「わ」の人は廊下際の列で、交友関係が左側の列の人に偏るのに対し、「さ行」「た行」「な行」あたりの人は必ず両側に列があり、交友関係も前後両側360度に気を配らないといけないという意味で、社交的かつ気遣いの人が多いかもしれませんね。窓際の列の人や廊下際の列の人は180度に気を配ればいいから比較的閉じこもって生きていくのも可能。「あ」の先頭の人や「わ」のラストの人に至っては90度に気を配っていればいい。これも性格に影響を与えているかも。
あと、ずっと窓側だった6年間と、ずっと廊下側だった6年間というのも影響を与えそうですね。

「あ」や「わ」がうらやましい、という積極的な方も。

  • 私は「た」で、小学校1クラス40人のうち出席番号は24番から26番までというのが常でした。最初でも終わりのほうでもなく、かといってど真ん中でもないあたりが非常につまらないなーと思ってました。中3で海外の学校に移りましたが、アルファベットの中のTのポジションって、五十音の中での「た」とあまり変わらないんですよね、感覚的に。これも中途半端だなーと思っていました。
  • 私は「は」の人です。何でも目立ちたいタイプとしては中学高校とつまらなかったですね。「あ」の人がうらやましかった。急に当てられるの得意なんです。私ならこう答える、こうアドリブする、と内心シミュレーションしては、何で「は」なんだろうとイライラしてました。

前々回、前回と、「あ」の人は大変だ、損をしている、という見方が多かったですが、「あ」をうらやましく思っている方も意外といる、と。他にも「あ」ですごい例とかモテる例とか。

  • 私も「あ」のひとです。小学校時代はずーっと出席番号1番でした。でも、私立中学に入ったら前に3人、さらに「あ」の人がいてびっくり。特にそのうち一人の「あ」の友人はまさに、さとなおさんが書かれているように「準備万端」な「あ」の人でした。成績優秀・品行方正・スポーツ万能の優等生だったそのスーパー「あ」のひとが全ての「あ」業務を引き受けてくれたおかげで、私は中高時代にあまり「あ」な記憶がありません。
  • 幼稚園のときの初恋の相手は「いけがやくん」。小学校に上がって好きになったのは「ありまくん」。クラス替えで3年になるとまた「いけがやくん」。5年になるとちょっと好みが?「すぎやまくん」。中学校になってお約束。好きになったのは「あおしま先輩」。先輩が卒業。クラスの男子もちょっと大人に?で、好きなったのは「あおのくん」。以上が、私が好きになった男子の名字です。すぎやまくんをのぞき、見事に「あ行」ばかりです。彼らには「ドッヂボールが強い」「50m走が早い」「クラス委員長とか生徒会長とかをやっている」という特徴がありました。
    結論。「あ行」の男の子は何かを率先してやることが多く、目立つ。ゴレンジャーで言うと赤レンジャー。女の子がちょっと大人になって、「陰のある感じがすてき」「ちょっとワルいところが魅力」「放っておけない感じが母性本能をくすぐる」なんていう複雑な「好き」の感情が生まれるまでは、「あ行の男子」はモテるのではないでしょうか?

確かに、目立つ分だけモテる可能性も高くなる。
最後にちょっとほのぼのした例で〆。

  • 私は旧姓「ほ」の人でした。小学校の時の仲良しの友達が、出席番号順で私の後ろの「ま」の人だったのですが、ある日突然彼女は「い」の人になって出席番号順ではるか前のほうに移ってしまいました。彼女のご両親がが離婚して、彼女は母方名字に変更になったのです。それはそれは悲しくて、私は家に帰って自分の母に言いました。「お父さんとお母さんも離婚して」と。私の母の旧姓も「い」の人だったからです。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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