抜け道の匂い

2008年4月 6日(日) 21:42:05

先週一番長く歩いたのは新橋から渋谷までの15000歩かな。早足で1時間半くらい。

夕刻に新橋を出て、浜松町の港区役所のロビーに展示してある響子の写真を見て(賞を獲ったので区役所で展示中)、そのまま城山ガーデンを抜けて六本木を通り、西麻布から骨董通り、原宿を抜けて渋谷松濤まで。15000歩となるとなかなか疲れる。

二番目に長く歩いたのは銀座から九段・千鳥ヶ淵を回って東京駅まで歩いたもの。楽勝かと思ったら意外と長かった。
九段に用事があって、銀座からテクテクと九段までストレートに。用事の後、超満開の千鳥ヶ淵を「大きなたまねぎ」を歌いながら通り抜け、国立近代美術館の横を通って竹橋から東京駅。これは何歩くらいだったかな。回り道入れて12000歩くらいか。

もうクルマを捨てて5年近くになるし、クルマに乗らないと意外と道路って覚えない。
ボクが都内をクルマで走り回っていたのは大学時代だからもう25年前くらい。あの頃は道をいっぱい知っていたけど、もうずいぶん忘れてしまった。歩いていてもよく迷う。

当時、田中康夫がブルータスだったかポパイだったかで「東京の抜け道」を連載していたが、ボクも抜け道マニアで、彼の連載と気持ち的に張り合っていたっけ。「ここを曲がると誰も知らない超近道がある」とか「ここで赤信号なら左に曲がって回り込んだ方が直進より早い」とか、いろんなトリビアを身にまとって走っていた。

こうして歩いていると、たま〜に「お、ここ見覚えある」という細道に出て、「あ、これ、当時走った抜け道じゃん!」とか記憶が急に蘇ったりする。目印になる建物がもうほとんど残ってないし、高層ビルによって景色は様変わりしてしまったけど、なんかそういう道には「過去に落とした匂い」みたいなものが染みついていてわかるのだ。あぁココ走ったなぁ、懐かしいなぁ、助手席には○○が座っていたなぁ、とか、芋づる式に思い出す。楽しいな。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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