受験直前のぬるい気分

2007年1月21日(日) 10:00:01

ちなみに昨日のメモの「他の子にも“受かって欲しい気持”をお裾分けしたい」的な気持ちって、「女の子の受験生を持っている親(特に中学受験レベル)」&「受験直前」にしか実感としてわからないかも、とちょっと思った。なんつうか「がんばった子はみんな受かれ」みたいな、普段なら「ぬるい」と思うような気分がだんだん侵食してくるのだ。せつなくてぐずぐずな気持ち。ちょっと「カラスヤサトシ」がスーパーのテーマソングで泣いちゃうような気分(わからんか:笑)。

試験受かって、そこそこいい学校行って、そこそこいい大学行って、そこそこいい会社に入っても、別に「そこそこいい人生となるわけではない」、と、サラリーマンを二十年強やって周囲をずっと見ていると心底わかってしまうところがあるわけで。
もう昭和時代の「いい大学×いい企業=いい人生」という幸福モデルはとっくに崩壊していたりする。禁欲的にがんばって競争に勝ってきて「いい大学×いい企業」を手に入れたのに相当つらそうにしてる人多いし、企業で上りつめたあげく謝罪したり捕まっちゃったり弾劾されたりって人も多いし、家庭が壊れている人も多い。どうもそういうのがいい人生ってヤツでもないって、みんな心の底ではわかっちゃっているのだ。

だから別にそんな道を歩ませたいわけではない。特に女の子は男の子よりもそういう価値観からは自由だ。競争にも男の子よりは晒されにくい(男女差別ではなくて)。そこらへんは不利というより有利ととりたい。
つまり「せっかく女の子で、しかも選択肢が異様に多い時代に生まれてきたのだから、わざわざ昭和時代のモデルに乗らないで、自分に合った選択をし、なるべく精神を自由にして生きてほしい」とボクとしては願う。そういう意味では受験なんかどうでもいい。

ただ、受験にもふたつだけ意味があって。
ひとつは、自分が人生で何をやりたいかが決まっていない場合、そこそこいい学校・大学・会社に入っておいたほうが「つぶしがきく」のは確か。選択肢が狭まらないのは重要だ。選択を有利に先延ばしできる。
それと「ある時期ちゃんと努力をする」というのも後々の人生で大きくモノを言う。だから受験にかこつけて禁欲的に努力するのは推奨。受験勉強を通して社会生活に不可欠な論理構築力もつくし。

とか。
そんな感じで「がんばれ」「受かれ」「でも実はどうでもいい」「努力してる時点で目的達成してる」「失敗してもいい経験になる」「というかボクも受験失敗して浪人して良かったと思っているし」「あとは運と縁」「知ってる子、みんなに運があるといい」「というか、むしろがんばった子はみんな受かればいい」「幸運は分け合ったら良い」みたいなぬるい気分にどんどんなってくるわけですね。

やりたいことが20代30代までに見つかれば大成功。人生は長丁場。息切れしないように、楽しみつつ、てーげーにやってくれ。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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