とてもウェットな共同作業
2006年1月14日(土) 10:20:32
昨晩は打ち上げパーティ。12月にやった怒濤の仕事群の中の大きな一個を打ち上げた。
このところ「打ち上げ」という行為が廃れてきて、区切りもなにもなく次の仕事に向かうことが多かったのだが、こうして打ち上げをするとやっぱりどこかサッパリして気持ちが良い。つか、もっともっとささやかに「お疲れ様」を言い合う会のはずだったのだが、いつの間にか巨大化していて少し面食らった。超大物にもお越しいただき、恐縮。
こういう「打ち上げ」をして、協力してくださったスタッフがみんな集まると、どれだけの人に支えられてこの仕事が成立したのかを実感する。みなさん、朝も夜も土日もクリスマスも年末もなく情熱的に動いていただき、本当にありがとうございました。超綱渡り&ウルトラCの納品で久しぶりに脂汗をかいたけど、この脂汗を次につなげたいと思います(汚い)。
しかし、綱を渡りきっただけでもラッキーだったのに、渡りきったあとでそれをドライに評するタイプがひと昔前よりぐっと多くなった。
そういう気持ちもわかるんだけど、いわゆるクリエーティブとか制作作業とかはそんな流れ作業の工業製品のようなドライなものではない。もっとぐにょぐにょしたカタチのないものを慎重に慈しみながら整えていく、とてもウェットな共同作業だ。いや、クリエーティブに限らず、仕事に愛を注ぐとそこには自分の赤ん坊に対するようなウェットな気持ちが宿るもの。そのウェットな共同作業の中での綱渡りがどれだけ危ういものなのかをわかってくれる人が激減している肌実感。オレが古いだけなのかな。
まぁ、そんな風に「打ち上げ」たのだが、今日もまだ改訂作業が続く。打ち上がってないやん。つか、休日出勤してない週がないな、まったく。
