つめずめなるままに  --00.11.29





うぅ。
やっとこさテンションが上がってきたのである。

テンションがズンズン下降していくのがはっきり自覚できたこの二ヶ月あまり。

あたかもそれは、高速エレベーターがストンと落ちていくように。
あたかもそれは、熱い食べ物がドスッと食道を伝い落ちていくように。

日々テンションが下がっていくのがリアルにわかる。そんな毎日であったのだった。


あー、良かった。抜け出せて。
一時はどうなるかと思ったよ。このまま落ち続けたら確実に鬱病になっていただろう。


つうことで、まだ上がりきってはいないテンションだが、ここのところの雑感などを二三、簡単に書いてお茶を濁そうと思う。日記、あまり書かないでいると、書き方忘れちゃうし、ね。




■朝日新聞の連載コラムを本にする

日記はさぼったけど、11月はそれなりにいろんなことがあった。

でも中心は「朝日新聞の連載コラムを本にする作業」。

当初、毎月のコラムのあとにエッセイを入れて、結果的にそれが「おいしい店」の総括にもなっているような構成にしようなんて考えていたんだけど、どうにもそのエッセイが書けない。書けない。まるで書けない。毎晩書けない。会社でも書けない(当たり前です)。

こりゃ困ったな、なんでこんなに書けないんだろう。
テンションが低いなりに悩んだ。毎晩わりと早く会社から帰って、モニターの前であーでもないこーでもないと悩んだ(気晴らしに短時間とはいえ毎晩ウルティマしたのはとっても秘密だ)。お酒も飲まず書いては消し書いては消しを繰り返す。むぅ。

結局、その構成自体に難があるとわかるまで約3週間。
〆切延ばしまくり。
なんだよ、コラムとおいしい店リストのシンプルな二部構成がやっぱりわかりやすいじゃん。
変に理屈つけたり、妙に凝ったりしたら読者が読みにくいじゃん。

こんな簡単なことに気がつくまで3週間。

で、その3週間は本を書かなくちゃという強迫観念が他のことをさせない結果になってしまった。
つまり「ひさしぶりに日記でも書くか」とか思っても「いや、優先順位的に本の執筆の方が先。日記書くヒマがあるなら本書こう」って自主制限しちゃうんだね。「ちょっと読書でもしようか」「いやいや、そんな時間があったら本を書く方に余力を取っておこう」とかね。

あーあ。11月は結局何も出来なかったなぁ。
出版社(コスモの本)にもご迷惑かけっぱなし。
今年中には発売できると思うけど、12月中旬以降になりそう。うー、楽しみにしてくださっていた方々、ごめんなさい。あと少しだけお待ちを!


■他人の老け見て我が老けわかれ

20年ぶりに高校の同窓会があった。

渋谷にある、中学高校6年一貫教育の男子校を卒業して以来20年。実に久しぶりの集まりだった。

みんな、老けたなぁ〜。
なんつうか、身体的にももちろん老けたけど、精神的に老けこんでるんちゃうの、って感じの友達も多数。
おいおい、まだ40だぜ(正確に言うと39歳)。
なんだか変にまとまってしまったヤツが多くて、少々びっくりしたのである。

と、これはボクから見た同窓会風景。

友達から見たら、なによりボクの変わり様にびっくりしたみたいだ。うぅ。

ボクは6年間ラグビー部に所属していたので、ラグビー部の仲間が一番親しくもあるのだが、なんとそいつらも皆一目ではボクのことがわからなかった。

「え、ひょっとして・・・さとなお?」
「あれ? 誰か知らない人がいるなーっと思ったらさとなおじゃん!」
「おまえ(絶句)、変わったなぁ・・・!」

うぅー。老けたのはお互い様ではあるけれど、やっぱりボクは顔変わりが激しいからなぁ。

昔は「早く顔変わりしろよ」といじめられるくらい童顔だったボク。
いまや、髭面で、少ない髪はオールバック。
そのうえCM業界に長くいるせいで、ちょっと業界臭くもある。

「・・・おまえさ、定職ついている?」

古き友の言葉が痛い。あいたたた。


■トップページ100万アクセス突破

これは・・・うれしかった。
いま現在でトップページ1700アクセス/日。サイト全体だと1万5000ページビュー/日くらい。
100万アクセス越えたらそれなりのメディアだな、と思っていたけど、いつのまにかココもそれなりのメディアに成長していた模様。気持ちをひきしめて、ちゃんと自分オリジナルの視点を出し続けて行こうと思う。
みなさん、本当にありがとう。

ジャスト100万アクセスの「食べるマハラジャ」さんにはミュニュレのヴォーヌ・ロマネ(5000円相当)をお送りしました。
まだ若いワインだから1時間くらい前にデキャンタして、それから飲んでね!


■森総理不信任案否決

日本中に加藤ガッカリ説がはびこっているが、ガッカリー!の大合唱をしている人に限って選挙行ってなかったりするんだよな。キミタチにはガッカリする資格すらないのだ。まずそれをわかれ。国政に参加してないのだから。

実は、同窓会で久しぶりに会った友達の中で、県会議員に立候補しているヤツがいた。

高校時代はどちらかと言うと嫌われていたヤツ。
でもボクは(目的が利権のためだという可能性はとりあえず0として)とにかく国政に参加しようとするその姿勢を非常に評価する。何も変わらないかもしれない。でも何かが変わるかもしれない。

そう、ボクはそうやって発信しようとする人が好きなのだ。
政治でも仕事でも趣味でもいい。
受動的ではなく、ちゃんと能動的に動いている人。そういう人が好きである。たとえバカであっても。性格が悪くても。

立候補も発信だ。自分発信。
そういう意味では政治家も発信している。発信していること自体は評価する。
政党内政治「屋」ばかりがはびこっているが、きちんと発信しようとしている政治家もちゃんといる。
今回の加藤氏も、くじけたが発信しようとはした。
そりゃくじけ方は情けなかったけど、発信しようともしない、国を良くする努力をまったくしない、選挙に行こうともしない国民にガッカリされる筋合いはない。

ガッカリするにも資格がいるのだ。

いつもは無関心で高見の見物をしているくせに、こういうときばかりしゃしゃりでて「がっかり、がっかり」って騒ぐのはみっともない。程度が低い。

そんなことをちょっと思った。

え、ちゃんと選挙にも行ったうえでガッカリしているって?
みんながそうなら、次回の選挙でなにかが大きく変わることでしょう。

でも。変わらないという方に一票!


■つめずめ

そういえば、表題の「つめずめ」とは何か。

実は、今日のことなのです。
漢字にすると、十一月二十九日。これって「つめずめ」って読むんだって。名字らしい。
いったいどこをどう読めば「つめずめ」になるのやら。十一月が「つめ」で二十九日が「ずめ」だろうか。むーん。

この名字、廣部さんという方からメールをもらって「日本人の姓名 日付編」というページを教えてもらって知った。むかーしに書いた日記を読んでくださったみたい。なるほどー。いろんな日付姓があるんだねー。

でも、そのページでも「由来はよくわからない」と書いてあるな、十一月二十九日。

うーむ。なんで「つめずめ」なんていう読み方をするのだ?
うにうに考えているうちに、11と29を足すと「40」になるということに気がついた。
40。40? うーん・・・お、人間の「爪」は両手両足で20ある!
40ということは、20の二倍、つまり「つめ・つめ」!
「つめつめ」「つめづめ」「つめずめ」・・・ばんざーい、ばんざーい!

はは。
ちなみに、ボクの誕生日の六月一日は「ほずみや」の「みや」を抜いて「ほず」かと思ったら、「うりはり」「うりわり」「くさか」「さいぐさ」「むりはり」なんつう読み方もあるらしい。

個人的に一番ウケたのは「十二月一日」。
この読み方は「しはすだ」。
むはは。
12月1日になったら「師走だ!」。まんまやないの!


■日立のおもひで

昨日の新聞に、日立のバレーボール部解散の記事が出ていた。

なんたるちや。さんたるちや。

ボクは昔(1980年頃)、日立の三屋裕子が好きであった。急にあの頃のことが蘇ってくる。

   江上由美
   三屋裕子
   中田久美
   杉山加代子
   小高笑子
   森田貴美枝
   石田京子
    ・
    ・
    ・
こうして当時の日立のメンバーを書けてしまうボクもボクだが、でも本当にあの頃の日立ってすごかったのよ!
天才としか言いようがない江上由美に、三屋と杉山と小高が絡む・・・全日本だとここにユニチカの広瀬美代子が絡む。うーむ。なんというか、楽しかったなぁ、あの頃の女子バレー。

ミュンヘン・オリンピックの男子バレーも感動したが(アニメ「ミュンヘンへの道」はまだ主題歌歌えるし)、この頃の女子バレーにも異様な思い入れがあるボクなのです。

余談だけど、その後、ボクはCMプランナーとなり、あるスポンサーのCMタレントに三屋裕子を起用することに成功。長年の夢をかなえて一緒に仕事をした。
公私混同と言うなかれ。
商品とタレントに恋しないといいCMなど作れないのである(ちょっと詭弁)。


■かぜ耕士さん

昔、ニッポン放送の深夜番組「たむたむたいむ」でDJをやっていたかぜさんに、やっとお会いできた。

このホームページ内の「たむたむたいむ」について書いた小さなコラムにかぜさん本人からお便りが来て、それ以来メールでいろいろやり取りはさせていただいていた。が、ボクがその頃ずっと関西在住ということもあり、なかなかお会いできなかったのだ。

実はお互い、現在はわりと近くに住んでいるので、最寄りの駅で待ち合わせ、夜7時頃から深夜3時頃までぶっ続けで飲んだ。くわ。かぜさん元気すぎ。

いろんなお話をお聞きした。

かぜさんのお話は当時(70年代80年代)を自由自在に飛び回る。
途中から、失礼ながら、ボクはかぜさんのお話を上の空で聞き、心は勝手に当時にタイムスリップしていた。

かぜさんの声は、さしずめ「時を駆ける少女」におけるラベンダーの香り。
ボクはその声が作り出すやわらかい膜に包まれながら、静かに中学高校時代を彷徨っていたのです。

かぜさん、あの夜は、ちょっと小説が書けそうな気分でしたよ。



■うーむ・・・

こんなカップ麺が西の方で発売されているらしい。





ロゴも全く一緒だからあの本「恐るべきさぬきうどん」が絡んだ企画なのだろう。
ある意味シャレもあるだろうし、地元の食品メーカーに頼まれて仕方なくというような事情もあったかもしれない。よくわからない。
でも、これはやってはいけなかったことではないか。

去年の12月号だったか、雑誌「TJかがわ」上(つまりあの本の出版元であるホットカプセルが出している香川情報誌)でボクは口汚く非難された。
どうもボクが出した本「うまひゃひゃさぬきうどん」が気に入らなかったらしい。
「うまひゃひゃ」の中であれだけ「恐るべきさぬきうどん」を勧め、あれだけ誉めまくり、出典も明記し、敬意も表しまくっているにも関わらず、「パクリ」だの「買ったら財布が汚れる」だの、めちゃめちゃなことを書かれてしまった。もちろん公に出した出版物ゆえ批判はかまわないが、それにしてもやり方がひどいので、それ以来香川に行く気すら失せた。

いまでもボクのウェブや本を読んで香川に行った方から50通/月レベルでメールをいただく。
ボクは県外人の視点で書いているから、わりとわかりやすいのだろう。みんなさぬきうどんの魅力に目覚めて、喜んでメールをくれる。ボクはボクでさぬきうどんを気に入ってもらえて、とてもうれしい。
が。その方たちにも悪いから書かないでいたが、そう、ボクはもう香川に通っていないのです。しばらく行く予定もない。「うまひゃひゃ」ではただ単にさぬきうどんのうまさと「恐るべき」の良さを広く伝えたかっただけであるのに・・・なんだかなぁ。

まぁでも本としての「恐るべきさぬきうどん」はやっぱり名作であると、いまでも思う。そして香川は、さぬきうどんは素晴らしいといまでも思う(気持ちは遠くなってしまったが)。

でも、このカップ麺はやっぱりアカンのではないだろうか。

さぬきうどんはかけがえのない「文化」だ。
そして「文化」はどんどん発展していくものだ。
でも、コッチの方向に発展していって、なにかいいことがあるのだろうか?
なにか大切なものが失われはしないだろうか?

はは。
歯切れが悪くてすまん。

いやさ、やっぱりわりと悲しかったんだろうね、あの事件。
1年ぶりにいろいろ思いだしてしまったよ。





てな感じ。
他にもいろいろあったけど(ムツさんに長時間話を聞いて思ったこととかいろいろね)、まぁボチボチ書いて行きますね。

あ、今日から二日間、久しぶりの関西出張だー。懐かしいよー。






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