さなメモ(毎日更新)
週刊文春に書評を書きました
2009年07月03日(金) 7:13:38
えっと、昨日発売の「週刊文春(7月9日号)」にボクが書いた書評が載っています。
書評したのは駒沢敏器さんの「アメリカのパイを買って帰ろう―沖縄58号線の向こうへ」という本。
駒沢さんは友人でもあるので、この本は出版されてすぐ買って読んでいました。
で、「なんて素晴らしい本なんだ」と感嘆したんだけど、その素晴らしさを伝えるのが意外と難しく、さなメモにどう書こうか迷っていたところに、「書評を書いてください」と偶然に文春の編集の方から依頼があったんですね。過去に2回だったか書評書いているし、沖縄の本を文春から出していることもあるのでしょう。
うわー書きたいけど…こりゃ難しいなぁと頭を抱えたんだけど、沖縄の話でもあるし、友人でもあるし、変に理解がない人が書くよりは適任だろうし、こりゃやっぱり書いた方がいいだろう…と引き受けました。
そこから悩むこと一週間。
アメリカだったころの沖縄を著者がシーク&ファインドしていくノンフィクション・エッセイなんだけど、書き出すと言及したいことが多すぎて字数が足りない(12字×91行=1092字)。参ったなぁ。中途半端に削るとその魅力が浮き出てこない。上っ面をなぞると深い部分に触れられない。んー、ままよ、いっそのこと肩の力を抜いて「さなメモ」みたいに書こう!
と、「書評」と思わず「さなメモ」なんだと意識して書いて、先週金曜日にメールで原稿送りました。
同時に著者の駒沢さんにもメールで送ったら、最大限の感謝をいただきつつ、「ちょっと力入りすぎですね。いつもらしくない(笑)」と。あは、ダメじゃん!(笑)
いつもらしく書こうとしつつ、「この本をみんなに読んで欲しい!」という気持ちが勝りすぎて結局肩に力が入ってしまったみたいですね。いや、ほんと、まったく力不足で申し訳ない。
もしよかったら立ち読みでもしてみてください。
書いた書評は来週くらいに(販売が終わったころに)ここに掲載します。
いやホント、題名からはわかりにくいですが、沖縄好きは必読だし、いままでほとんど光が当てられなかった「アメリカだったころの沖縄」を濃密にも美しく浮かび上がらせた名作だと思います。書評の冒頭でも書いたけど、「この本は近年書かれた沖縄本の中でもベストではあるまいか」とボクは思うなぁ。
喜寿
2009年07月02日(木) 7:06:03
昨晩は7月4日生まれの父を囲んで、両親+家族の5人で「喜寿」のお祝い。喜寿、つまり77歳のお祝いである。
場所は、以前両親との会食で利用して我が家で評判が高い「まき村」。
大森の、こんなところにうまい店が? と疑われるような暗い道にポツリとある割烹だが、味は一流。都心にある贅を尽くした割烹よりずっとうまかったりする。
昨晩もうまかったなぁ。
イチジクと胡麻豆腐、トウモロコシの手まり揚げ、鱧と冬瓜のお椀、すばらしい刺身(本鮪、イカ、鰈)、アワビのタタキ、若鮎、湯葉あんかけ(絶品)、鮎の炊き込みご飯、マンゴープリン…。
両親も「うまいねー、うまいうまい」と大喜びで食べてくれた。14歳から77歳まで幅広い年代が揃った会食で、各一品ごとに全員に「うまい」と言わせるのって相当ハードル高いことだと思う。それをやりきってくださった「まき村」さん。本当にありがとうございました。コースの構成も絶妙でした。
お祝いに歩数計も差し上げて、じゃあ次は金婚式か、という感じ。
ボクが来年49歳なので、来年は両親の金婚式なのである(結婚50年目。つまりボクは結婚の翌年に生まれている)。その2年後は父の80歳の傘寿。その2年後は今度は母の喜寿。お祝いが続く。貯金貯金!
立川談志 独演会
2009年07月01日(水) 12:03:55
眼福だった立川談志の独演会について書こう。
ある方がとってくれたプラチナ・チケット。サンケイリビング新聞社主催「リビング名人会 立川談志」。
大箱である「よみうりホール」の二階席だったが、生きて歩いて声出してる談志を見られるだけで満足である。なんつっても73歳にして声門ガンからの生還だ。以前も食道ガンとか摘出していたけど、今回は噺家の命、喉のガンだからなぁ。春には高座に復帰していたらしいけど、ほとんど声が出ず、出来も今ひとつだったと聞いた。
前座で弟子の立川談修が「家見舞」という噺をして(達者)、その後「踊らさせていただきます」といきなり高座で「奴さん」を踊った。そういえば談春が書いた「赤めだか」でも立川流の二段目昇進試験で踊りを踊る場面があったっけか。
で、次が談志。
出囃子が鳴り始め「お、ついに談志!」と身を乗り出したものの、そこからが長かった!
出囃子が鳴り続けること優に5分。いや10分近いか。いまかいまかと待っている10分ってホント長い(笑)。もう出てこないのかもと思った頃、談志がよちよちと姿を現した。というか、舞台袖カーテンから身を出したところで客席に「おぅ」とばかりに手を挙げる。ここで爆笑。座布団に座る前から空気を掴み、遅れたことも「談志だから仕方ない」とみんなが笑って許すこの凄さ。究極の芸は「その人自身でいるだけで笑いがとれること」だと思うが、そういう域に達した数少ない一人。
座布団に座るまでに数分かかる。歩けない。足がつらそうだ。膝が痛いらしく、噺の途中で「ちょいと待ってくださいよ、普通なら高座が終わってから楽屋で痛がるもんなんだろうけど、オレぁ客の前でも関係なく痛がるんだ。イタタタ」と、痛がる。歩くのがつらそうなのは可哀想。よろよろと数センチ単位で前に進む感じ。
まずは「居酒屋」。
これは「ずっこけ」の部分です、と談志自らが説明する。枕を語り、世相を斬り、落語を語り始め、落語の途中でまた雑談を入れ、芸人批判をやり、また落語に戻り、アメリカン・ジョークを少し入れ、また落語に戻り、落語の説明からまた雑談に入り、と、なんつーかもう自由自在の立川流。心配した声もよく出ていてメリハリも効いている。超よぼよぼだが、たまに若者の談志も現れる。その瞬間が面白くて。
仲入り後の後半も談志の落語。
またしても長〜い出囃子。というか、今度は「談志のことだから帰っちゃったんじゃないか」と心配になった。いや、もしかして死んじゃったのでは?…とか思い出した頃にまたよちよちと。
で、二席目「よかちょろ」(「山崎屋」)。
これ、落語にくわしい女性に言ったら「談志の『よかちょろ』! 生で聞きた〜〜い!」と羨ましがられた。
談志自身、「粗忽長屋」「金玉医者」と並んで大好きな噺なのだとか。十八番らしい。
しかし、サゲをサゲない。サゲの直前に「で、この噺、こうこうこういうサゲなんですが、あっさりしていていいやね」とサゲを客観的に解説してオシマイ。すげー(笑)。でも「このサゲの後にまだ一席二席分の噺があるんで、それを一席やりましょう」と、もう一席してくれた。
途中、番頭さんの台詞のところで「日本橋………おい、日本橋のどこだ?」「横山です」「あ、日本橋横山町ね」と、舞台袖のお弟子さんと会話(笑)。そこからまた雑談に入っていく。ま、とにかく自由自在。応用自在。
無事に噺も終わって、一度幕が下がったが、すぐ開いて「時間があるようなので」とお得意のアメリカン・ジョークをいくつか演ってくれた。このサービス精神があるなら大丈夫。もうちょっとは生きてくれそうな気がする。相変わらず毒舌爆裂だったし、気持ちの張りも失ってない。見た目は「超枯れすすき」だけどね。
同じ空間にいられるだけで幸せ。
みんなが「壊れもの」を扱うように丁寧に聴いている感じも心地よい。そう、客全員が、そーっと、壊れないように、優しい視線で彼を支え、包んでいるような。
こういう「わかってる人たちのわかってる空気」に浸るって、温泉よりずっと気持ちいいな。
ゴッドハンド以前との違い
2009年06月30日(火) 6:47:08
そろそろゴッドハンドが上海から帰ってくるぞよ。
体調が「右肩下がり」なので早く行きたい。あぁまた散財だなぁ。でもついに最後の砦「食欲」までなくなってきたのでヤバイのである。これは自分的には相当の危険水域。だって普段は40℃の熱でも食欲だけはなくならない人なので。
ボクのサイトを読んでくださっている人と会うと「体調どうですか?」とか聞かれて照れくさいのだけど、ゴッドハンドの施術が始まる前と違うのは「でも顔は元気そうですよ」と言われること。
これ、驚くなぁ。ゴッドハンド以前は、体調良くても「疲れた顔してますねぇ」と心配された。自分でもイキイキしていると思っているときに「疲れが顔に出てますねぇ」とか言われてガックリきてた。
でも今は体調がイマイチなのに「元気そう」と言われる。
自分では「いや、ホント、もうダメだから」という顔をしているつもりでも「元気そうじゃないですか」とか言われる。この違いはなんだろう。根っこから治りつつあるということか。ヨガにくわしい人からも「東洋系の施術受けたり体が変わる時はその反動作用が必ず体に出るっていいますからねえ」とメールをもらった。いま「悪いところが奥の方から出てきているだけの状況」なのかもしれぬ。
そういえば、ふと気づくと、腰痛と足痛はない。キレイさっぱり消え去った(多少座骨に違和感があるがその程度。雲泥の差)。頭痛のみが残っていて、そこにダルさと食欲不振(まだ2日目)が重なってきている感じ。そうか、治る途上での反動なのかも。それなら耐えられるぞ。陽転思考。
あとはいい本とかいい音楽とかいい舞台とかに触れて気持ちを盛り上げていこう。レジャー系の「娯楽」が減少しているなら、「プチ娯楽」を増やして精神を活発にしよう。
ということで、ある方のお誘いもあって「生きて動いている立川談志」を見に行ったりしたのだけど(「居酒屋」と「よかちょろ」を演ってくれた)、その感想はまた後日。いやぁ眼福でした。
「娯楽」の減少
2009年06月29日(月) 8:24:46
テレビを見ていたらアユの映像が流れた。ayuじゃなくて鮎ね。
あぁ一時は最大の趣味だった鮎釣りも十数年してないなぁと思いつつ、ふと自分の生活を振り返ってみると、いわゆる「娯楽」をまったくしなくなった自分に気づく。
関西勤務時代は毎週末にテニスをしていた。夏は鮎釣りも数多く行っていた。二週間にいっぺんくらい誰かのホームパーティに顔を出していた(もしくは招いていた)。ゴルフもたま〜にではあるが行っていた。温泉とかにも定期的に行っていた。近場旅行も頻繁(関西は京都も奈良も紀伊も日本海も山陽も四国も近いし)。なにより「行きつけのバー」があった。毎日のように飲んだくれてだらだら出来る空間があった。
いまはそれらがほぼゼロである。土日は仕事か執筆か更新作業か講演か取材旅行。もしくは終日ベッド。
最近は平日の夜もいわゆる「仕事系・人脈系会食」が多く、くつろげる親しい友達とも全然会えていない。
というか、酒もやめつつある。体調理由もあるが「常に頭をスッキリさせていたい」という気持ちが勝るようになってきてしまった。酔いの効用は百も承知だが、酔うこと自体が嫌いになってきている。だからバー的なストレス解消の場にも全然行っていない。
これは次へのステップなのか、いい意味で人生の変わり目なのか、もしくは退歩なのか、つまらない大人への入り口なのか、どうなんだろう…。そろそろ真剣に考えないと後戻りできなくなる…。
ま、そんなことはともかく、鮎釣りしたいなぁ。
でも東京って鮎が釣れる川が遠いんだよね。クルマも捨てちゃったしなぁ。あぁ川行きたいなぁ(←海よりも川が好き)
第一回会社高校同窓会
2009年06月28日(日) 9:54:15
先週は高校の同窓会があったので、そのことを簡単に書いておこう。
1ヶ月くらい前にたまたま鮨屋で遭遇した同じ会社の先輩がいて、流れ上その先輩と2軒目に流れたのだけど、「そういえば高校の先輩ですよね」「あ、そういえば後輩だっけ?」となり、「うちの会社にも若手が意外と多く入ってきているみたいなんですよ」「へー。マイナーな学校なのにねぇ」「そろそろ同窓会でもしますか、うちの会社限定で」「お、いいね」とか話が発展し、翌日から若手たちの手も借りて(まだ個人情報がどうのと言われないころの)高校の名簿なんかも使って卒業生を調べ始め、会社に26人もいることが判明し、みんなに一斉メールを送ったら大変喜ばれ、一気に開催が決まったというのがその経緯。
26人…。多いような気もするが、この前エレベーターで麻布学園卒業のヤツにあったら「うちの卒業生は会社に百数十人いるっす」とか言っていたので、比較すると少ないんだろうな。でもこれには理由があって、この会社の社風は、どちらかというとうちの高校の校風の真逆なのだ。
ボクは渋谷の駒場東邦という中高一貫の男子校を卒業したのだけど、この高校の校風はとてもハッキリしていて、知らない人としゃべっていても「もしかしてアナタ、駒東じゃないですか? やっぱり!」とかわかるくらい卒業生が特徴的な空気をまとっている。
それをひと言で言うと、「そこはかとなく、ぬるい」(笑)。のんびりしていて中途半端で詰めが甘い校風(どんなんや)。お人好しでシャイで保護色。だからうちみたいな真逆な社風の会社にはまったく合わないし、ほとんど誰も目指さないのである。つまりこの会社にいる人たちは超マイナー勢力。どちらかというと異端児に近い。
参加者は26名中22名。ずらっと揃うと(異端児揃いとはいえ)やっぱり「ぬるい」や(笑)。
うちの会社っぽくないのほほんとした空気が漂っている。みんなこの会社で日々揉まれ続けているはずなのになぁ。中高の校風や恐るべし。
しかもこの高校、歴史が浅く、1980年卒業のボクで21回生。
だから先輩後輩の壁もうすい。上下関係までぬるいのだ。でも新設校の良さは学校創立のころの先輩(1回生)がまだ70歳前だったりするところ。会おうと思えば会える。今回も8回生の先輩が来てくれた。一番下は45回生(会社では2年目)。わりと均等に分布している。
第一回の会社高校同窓会はぬるーくのほほんと盛り上がった。
私立校の良いところは先生が(転勤せず)長く勤めていること。18〜24回生くらいが「あのジジイ、まだいるのかなぁ」とか親しみ込めて話していると、43回生とかが「え! 先輩たちのころから、この先生、ジジイだったんですか!」と驚く。そんな昔からずっとジジイだったのか!って驚かれるのもわかるけど、こっちはこっちでその後20年以上勤めていたのか!と驚く感じ。いや、いったいあのジジイは当時何歳だったんだ? うそ、計算上は40歳とか? ありえねー! いまのオレより年下かよ! だってすげージジイだったじゃん! とか、共通の先生の話題とナンパな話題(ナンパ校だったのです)で盛り上がった。
おかげさまでみなさん満足されたみたいなので、来年の開催も決まった。
言い出しっぺなので毎回幹事かな。今回は会社から近い店で開いたけど、次回は高校の同期がやってるあの店で開こう!(笑)
大阪で日帰り講義
2009年06月27日(土) 10:43:38
昨日は大阪日帰り出張。
うちの関西支社でレクチャーというか講義2連発。第一部は「コミュニケーションの未来予想図」を中心に「生活者の自分ごとにする様々な方法」について。第二部は「戦略PR」を中心に、ボクが書いた企画書とかをお見せした。4時間ほぼぶっつづけ。さすがにガス欠。疲れた。
日々の仕事をしつつ、こうして講演とか講義とか対談とかを引き受けているのは、ボクを育ててくれた業界への恩返しという理由が大きい(キレイゴトに聞こえたらごめんなさい。でもわりと本音)。
そういう意味では大阪の講義は絶対断れない。社内なので謝礼もないし、行って帰ってくるだけなので疲れるし、しかも東京を一日不在にする分、仕事が疎かになり、なにかトラブルめいたことが必ず起きる。でも断れない。関西支社と大阪という街には恩をいっぱい返さなければ。
4時間話したあと、ダイニング・バーで軽くご飯をご馳走になり、終電間際の新幹線で帰ってきた。
行きつけのバーにも寄らずまっすぐに。土日はきっちり休みたいうえに、実はプライベートでやること満載。一泊して土曜の朝にあちらを発つと貴重な土曜が半分以上つぶれてしまう。それを避けたいくらいやること満載。
しかもですね…。
頭痛が再発している。ゴッドハンドの施術が効いていたのは5日間。6日目に再発した。まだ完治してなかったのね。あいにくゴッドハンドは上海に出張していて来週まで帰ってこない。うーむ。ま、とにかく、頭痛があったので酒も飲まず、まっすぐ帰ってきたわけです。
昨日はマイケル・ジャクソンの死亡、そしてファラ・フォーセットの死亡、と、2つもビッグニュースがあったのだけど、それについてはいろんな人が書くだろうから書くのをやめる。ホント、このごろ大きな訃報が多いのだけど、このふたつは桁違い。どんなに栄華を極めた人にも死は平等にやってくる、か…。




