さなメモ(毎日更新)

過去ログ一覧

家にあるタオル全取っ替え計画、進行中 〜IKEUCHI ORGANIC

2016年3月25日(金) 10:55:57

IMG_1090.jpg

一度使うと手放せない「IKEUCHI ORGANIC」のタオル。

去年の11月に出会って、あまりの感動にFacebookに以下のようなことを書いた。


すごいとは聞いていたけど、ちょっと想像を超えてた。

IKEUCHI ORGANICのタオル。

身近に「ここのタオルに惚れ込んで転職しました!」という人がほぼ同時期にふたりも出現して、彼らにめっちゃ強烈な「オーガニックリーチ」をされたわけ。来い、と。来て触れ、と。

マジか!人生変えるほどか!

で、先週、表参道の直営店へ(散財しそうな予感に怖々)

織り方やら素材やらコットンが採れた年度やら、なにやら山ほど種類があるぞ・・・

「オレは買わないよ」って顔して順々にタオルに触っていく。

いやいやいや。
こんな、こんな触感のタオルを使うほどのお肌をしてないわけですよ私。
ゴワゴワのタオルでも満足できるカラダだったわけですよ私。
髪の毛ないから吸水性とか悪くてもいいわけですよ私。

くぅ〜。
想像を超えた軽さと暖かさにビックリした「オーガニック・エアー」。そして、この肌にしっとり吸いつく感じはなんだ!? と驚いた「バンブー・レーヨン」。

たくさん種類がある中、なんとか2つを購入することで我慢したわ。

これ以上そこにいたら財布が空になりそうだった。
池内社長もたまたまいらしててニコニコしてるので3つめも買っちゃいそうだった。あそこはヤバイ場所だ。

最終的には「赤ちゃんが食べても安全なタオル」を目指しているという、オーガニックコットン100%のタオル。

マジで「家にあるタオル全取っ替え」の悪寒がします。


あれから3ヶ月経っても感想は変わらない。
いや、増している。
使いこんでも全然へたらない。風合いも手触りも変わらない。なんてすごいんだ。

というか、「商品そのもの」の感動以上に、ボクの中では「ここのタオルに惚れ込んで転職した友人がいる」とか「多くの人に勧めてみんなが喜んでくれている」という「文脈」への感動が大きくある。そのうえ、「この真面目な企業を応援したい」という「応援」の気持ちも大きくある。

この、物質的に満ち足り、商品のクオリティの差がそんなに違わない超成熟市場である今。
そして、断捨離やミニマリストの生き方が注目される今。
こういう「文脈消費」や「応援消費」しか、あまりしたくないのは確かだ。そういうモノしか、欲しくないのである。

で。
そういう文脈や応援も含めて、この感動を大事な人に伝えよう、と、「誰かに何かをプレゼントする」というときは、もう思考停止でここのタオルを贈ることにしている。

おかげでプレゼントを考えるのが楽になったw

しかも骨董通りの我がオフィスから走って1分のところに直営店がある。運命を感じるなw

そんなことやっていると、周りも「佐藤はあそこのタオルを熱愛している」→「タオルはいくらあっても困らんだろう」→「あいつに何か贈るならココのでいいや」とばかりに、次々と IKEUCHI ORGANIC のタオルをくれるようになる。

しめしめ「家にあるタオル全取っ替え」を他人のお財布使ってやれるかも!w

先週も、ラボの五期土曜午前クラス(先月終わった期ですね)と飲んだのだけど、なんと IKEUCHI ORGANIC の中でもたぶん一番高い「コットン・ヌーボー」を、ラボではお世話になりました、と、プレゼントしてくれた。

これ、ワインと同じでヴィンテージがついてるの。

つまり、2016の銘が入ったタオルは、2015年に収穫されたコットンのみを使用して作られているのである。

もちろん、年によってコットンの品質差はある。
良い年もあれば悪い年もあるだろう。
でもそれを「楽しんじゃおう」とういのが、このコットン・ヌーボーのコンセプトだ。

「この年のは少し固めだけど、丈夫さは一番だな」とか、「この年のはしっとり柔らかいなぁ。夏にいいな」とか、カラダで収穫年を味わう方式。

おもろいなぁ。
こういうアイデアから我々の新しい楽しみ方が広がっていく。
だって、タオルをこういう風に楽しむなんて、思いも付かないよね?

しかも、売上の一部は完全有機栽培のコットンを生産しているタンザニアの井戸の設置費用に当てられる、という。
うれしいことだらけである。

このコットン・ヌーボーというタオル。
表面を触るとニョリニョリと音がする。
押し込むとグニュっと触感が変わる。
起毛の具合だろうか、こんなタオル初めてだ。

しかも、特別に「SATONAO OPEN LABO」の色違いの刺繍入り! ハンドタオルには「4th」の刺繍も入ってる。

こんなすごいの、使えないよw

ちなみに、初めての方には、ヌーボーよりオーガニック・エアーをオススメします。

触ってごらん。
上に放り投げてごらん。
タオルの概念が変わります。

リンク用URL

プライベート寄席に、なんと菊之丞師匠! まさかの談笑師匠!

2016年3月22日(火) 12:42:02

kikunojo.jpgdansyo.jpg
ボクが主宰するコミュニティ4th(ラボの卒業生が主メンバー)では、今年からいろんな方をお招きして「夜ラボ」と称して活動している。

聴衆は平均3〜40名だろうか(最大で60名)。
だいたい週に1〜2回開催。

4thメンバーも登壇するんだけど、外部の方を呼んでもいて、いままでも、バレエの岩田守弘くんとか、キャスターの松原耕二さんとか、イラストレーターの松尾たいこさんとか、ラーメンの大崎浩史さんとか、富士酢の飯尾彰宏さんとか、グーグルの金谷武明さんとか、紀州原農園の原拓生さんとか、いろんな方に来てもらった。セミナー形式で話していただくこともあるし、ボクとの対談というカタチを取ることもある。

たいていは元から親しい方々なので、ボク的には緊張しないのだけど、唯一緊張する回がある。

噺家さん(落語家さん)をお迎えするときだ。

「南青山夜景寄席」と題して、噺家さんにも来ていただいているのである。

2月から始めて、いままでに二回来ていただいている。
いまのところ毎月開催しているのである。

2月の第一回は、なんと、古今亭菊之丞師匠。

とても好きな噺家さんで、花魁をやらせたら絶品。品はあるしキレはある。
漫画の「昭和元禄落語心中」の八代目有楽亭八雲は、ボクの中では菊之丞師匠である(歳も性格も全然違うけど、あの花魁やらせたら絶品な感じとか、線がちょっと細いところとか、なんとなくボクの中ではそう変換されてしまう)。

すごいなぁ。
小さなコミュニティの落語会に、菊之丞師匠が来てくれるとは!

それだけでも充分感動だったのだけど、師匠は、なんと『芝浜』を演ってくださった。『幇間腹』『芝浜』の二席。ボクのオフィスでまさかの『芝浜』!

みんなズズズと鼻ならして聴いていた。そりゃ泣くわ。

で、こんなすごい師匠に来ていただけるのは、もちろん間を取り持ってくださる方々がいるからなのだが、この方々が第二回もとんでもない師匠を呼んでくださった。

立川談笑師匠である。

天才かつ現代落語界のイノベーターのひとり(まぁ立川流自体がイノベーター的出自と志を持っているのだが)。

それが先週だった。
4thの若いメンバーは、前回の菊之丞師匠で初めて落語を聞く人も多い(なんと贅沢な!)。
超満席の今回も初心者だらけだったのだけど、初心者でかぶりつきで菊之丞師匠に談笑師匠って、人生的に嫉妬レベルだなぁ。

ボクは、談志師匠の前座で談笑師匠が『青菜』を演った落語会に娘を連れて行ったことがあり、そこで「生の談志の高座を娘に経験させた」という親として最高レベルの思い出を上げたのだが(当時中学生だった娘がどれくらいそれをすごいこととして覚えているかはわからんが)、それ以来、談笑師匠には妙に親近感がある(談志の前座で、なんかとっても緊張してて可愛かったw)。

その談笑師匠をお迎えするのは、そういう意味で、なんだかとてもうれしかった。
あの時と、今が、結びついた感覚。

で、談笑師匠。
20時ジャストに高座に上がられ、客層と反応を見ながら探り探りの枕。

探りすぎて、枕だけで30分w
でもそれが超面白く、ドカンドカンと爆笑を取っていく(マンションの他の部屋からクレームが来るんじゃないかとヒヤヒヤしたくらい)。

うまいなぁ。
特に「現在の落語ブームに至る暗黒の20年の分析」は、おもしろいうえにうーんと唸った。落語初心者たちに落語の歴史や流れを説明しながら、そこに鋭い考察を加え、時々爆笑とりながら、落語を身近に感じさせるという高度な技。

こりゃすごいわ。

で、『堀之内』『時そば』と、わかりやすいネタを二題。
これは、まだ始まったばかりのこの寄席の前回のネタと今後のネタの流れを考えてくださった上での選択だと思う。とてもありがたい(普通、寄席などではネタ帳を作って、噺家さんたちのネタがかぶらないようにする。なので、誰が何を前に演ったのかの流れは大切。特に始まったばかりの落語会では大切)。

枕が長かったせいで、二席終わってすでに規定の1時間半。
とはいえ、談笑師匠、最初に「今日は三席やる」と宣言しちゃってるw

ということでおもむろに始まったのが、(実は密かに期待してた人も多かった)通称『イラサリマケー』(『居酒屋改』)。
江戸を舞台にした『居酒屋』というネタを、歌舞伎町の怪しい居酒屋のビルマ人店員との絡みに置き換えた師匠の十八番のひとつ。

なんと贅沢なw

寄席の場を提供する主催者を「席亭」と呼ぶらしいのだが、そういう意味で(本当はもっと本格的なものを言うのだが、まぁ言ってみれば)ボクも「席亭」である。

席亭冥利に尽きるとはこのこと。

今回も間をとりもってくださった方々、取り仕切ってくださった方々、オフィスに高座を作るのに協力してくださった方々、本当にありがとうございました。

ちなみに第三回南青山夜景寄席は、談笑師匠の一番弟子にして「現在落語論」という本まで出している意識高い系二つ目、立川吉笑さん登場。

二つ目さんを真打ち前から追うのもめっちゃ乙なもの。
楽しみだ。

※菊之丞師匠の写真はカメラマン田頭真理子さんが当日写したものです。

リンク用URL

さとなおオープンラボ、第六期生、募集します!

2016年2月12日(金) 11:30:05

satonaolabologo.png
おかげさまで好評なので、さとなおオープンラボ、第六期も開催したいと思います。

今回も3クラス予定で、各12名。計36名の募集になります。



【毎週土曜クラス】(2クラス予定 1030開始組と1530開始組)

4月2日(土)〜6月11日(土)

※途中、4/30はGWにつきお休みなのでご注意を。

【毎週月曜クラス】(1クラス予定 1900開始)

4月4日(月)〜6月13日(月)

※途中、5/2はGWにつきお休みなのでご注意を。

講義時間は基本的に2時間ですが、2時間で終わらず3時間以上、時に4時間以上やることもありますので、終了時間に余裕を見てください。また、どうしても来れない日がある場合、他クラスに振替可能です(ただしクラス内で班分けをしますので、極力同じクラスにご参加ください)。



少人数制で、12名を1クラスとし、全10回です。
少人数制なので「確実に10回来れる方のみ」お願いします。休まないようにしてください。


費用はおひとり10万円(10回分・消費税別)です。会社名の領収書を出すことも可能です。場所は東京の表参道駅近くのボクの小さなオフィスで行います。

ご応募は、satonao310[a]gmail.comまで(←スパム対策のため、@を[a]としています)。
ご応募いただいたら数日内に受取完了メールを送ります。受取完了メールが届かない方は何らかのトラブルでこちらにメールが届いていません。再送するか、別アドレス(satonao[a]satonao.com)を試す、もしくはFacebookやTwitterでDMを送ってみるなど、試してみてください。

名前(読み方)、年齢、性別、会社などの名称、職種、ブログやSNSなどのURL、そして、どのコースに参加可能か(どのクラスが参加不可能か)を、必ず、書いてください。複数のクラスに参加可能な方は、水曜か土曜午前、のように、参加可能なクラスを複数書いてください。

ラボの選考とクラス分けは「パズル」のようになります。
会社や職種がなるべくだぶらないようにし、男女の割合を考え、年齢もいい感じに分布させ、となると、「参加して欲しい人」でも、そのバランスで落とさないといけないときがあります。なので、できるだけ複数コースを書いていただいた方が、参加いただける可能性が上がることになります。


また、添付書類として(メールの本文に書かないでください)、「簡単な履歴」と「なぜ自分にラボが必要か」をおつけください(志望動機みたいなものです)。
ご応募が多い場合はそれを熟読し、必要性、切迫度、12名における職種のバランス、性別・年齢のバランスなどを考慮して選考させていただきます(年齢制限はありませんが、大学生はご遠慮ください)。

すべての方とラボをしたいのですが、ご応募が多い場合は、この書類による選考になってしまいますので、ご了承ください。

選考になるとボクは眠れないほど悩みまくります。
今回ご縁がなかった方も、ほとんど僅差でのこと。七期も予定しておりますので、何度かトライしてみてください。




応募〆切は、2月29日(月)24時。
選考発表は、3月16日(水)の午前中にメールをお送りします。メールくださった方全員にお送りします。

募集対象は、広い意味でプランニングの部署に属している方(宣伝、広報、商品企画、メディア、コンテンツ、ソーシャル、起業など)です。まぁ広い意味だとほとんどがプランニングですね。

ただ、プランニングといっても「企画力を上げるラボ」ではありません。

クリエイターである必要はまるでないです。

この「伝わらない時代」におけるプランニングの基礎を知り、全体像を俯瞰し、アタマを整理して、「どんな課題に対しても70点とれるアプローチ」を身につけていただきます。そのかわり、毎週のように課題図書や宿題が出ます。最後にはプレゼンもしていただきます。なので、それなりに負荷がかかる「きつい10週間」になります。それでもやる気のある方のみご応募ください。ボクも心血注いでおつきあいします。


一期〜五期を終えて、約150名の一生つきあう仲間ができました。

いろいろ異様に濃くつきあっていますし、ラボに参加したかたは佐藤主宰のコミュニティ「4th」に参加していただくので、必然的に長いつきあいになる方も多いです。


メンバーも様々で、広告会社やPR会社の人間もいれば、メディア関係、プロダクション、ライター系、メーカーの人全般、スポーツ関係、小売流通関係、元政治家、指揮者、起業家、建築士など、職種は幅広いです。また、年齢も新入社員から50代後半までいます。そういう意味で(プランニングの基礎がホントに身につくかどうかは置いといて)「社外の仲間」「良いソーシャルグラフ」を作れることは確実かと思います。

ちなみに、現在三期まで開催している「さとなおリレー塾」との違いは、「佐藤が10回ずっと話すこと」「課題図書や課題提出やディスカッションやプレゼンがあること」「少人数制なのでいろいろ濃いこと」でしょうか。先端プランナーたちの話が聴ける「リレー塾」のほうが内容的には先進です。人見知りな人や発表が苦手な人は塾のほうが向いていると思います。ただ、課題も含めてもう少しいろいろ深掘りしたい方はぜひラボにご応募ください。

あと、一期〜五期では札幌や大阪、青森などから来てくれた方がいらっしゃいましたし、今回も来ていただいてオッケーですが、さすがにそれは難しいという方は、「関西ラボ」「オンラインラボ」をお待ちください。

「関西ラボ」は第一期を3月末から開きます(募集終了)。二期目を開くかどうかは未定ですが、希望が多ければ前向きに考えたいと思います。
また、それ以外の地域(東京に通えない地域)にお住まいの方々のために「オンラインラボ」の開催も予定しておりますが延び延びになっています。オンラインでどうやってラボの親密さを出していけるのか、まだ方法が確立しておりません。すいません。もう少しお待ちを。


ここまで長文、読んでいただきありがとうございます。
最後に、過去の参加者からの感想を載せておきますね。


(参加者からのフィードバックより)

いろんな職種、立場の方々と意見を共有し、様々な考えに触れられるところはものすごく刺激になり、勉強になりました。また、課題や課題図書があり、強制的に自分を追い込むところができるところも、せっかくの機会を最大限に活かせる時間を持てたと思っており、本当に参加してよかったと思います。

今まで自己流でプランニングを行っていたのですが、今回ラボに参加して、プランニングの基本を身に着けることができました。今まで疑問に思っていたことが徐々に解決することができ現在の業務に役立っております。尚、現在の業務で普通に行っていることが、実は間違っていることもあると、自分では気づかなかったことに気づくことが出来たのは、本当に価値のあることだと思います。

普通に生活していては出会うことのなかった、仕事も年齢も環境も違う仲間達との関係は、自分にとっての生涯の宝だと思います。

毎回の講義が終わった後、参加してホントに良かった!と思っていました。バックグラウンドは違えど似たような境遇の人たちと、課題に向き合ったり、さとなおさんの思考の過程をこれでもかというぐらい丁寧に説明していただき、理論を自分のものになるようにアドバイスいただいたことでしょうか。これで10万円は安すぎます。

これまで本で読んでいてわかったつもりになっていたことが毎回さとなおさんから直接教わり、課題をやることでたくさん疑問も出てきたし、その疑問を課題やさとなおさんへの質問で解決することでとても"身になった"という実感があります。



それと、最後の最後に、志望動機例もひとつご紹介。
以下のブログの中程に書いてあります。
彼の場合、ボクの知り合いということもあって背景をあまり書いてませんが、想いがよく理解できました。「伝えたい相手」に想いをちゃんと伝えるのはプランニングの第一歩。それが出来てないとなかなか選考しづらいです。

なんでソーシャルメディア活用支援会社の社長だった私が、さとなおオープンラボで1から学び直していたのかという裏話。

リンク用URL

「健康のためにちょっと友人と会ってくるわー」という新しい視点

2016年2月10日(水) 7:49:36

IMG_0508.gif

昨日フェイスブックでシェアした記事。

「人生を幸せにするのは何? 最も長期に渡る幸福の研究から」

75年に渡って742人の男性(10年前から女性も参加)の仕事や家庭生活や健康などを追い続けたらしいんだけど(なんとこのスピーチをしている人で4代目の研究者)、そこで次のような重要なことが明らかになった、という。

・私たちを健康かつ幸福にするのは「良い人間関係」に尽きる。
・周りとの「つながり」は健康に本当に良い。
・孤独は命取り。
・家族・友達・コミュニティとよくつながっている人ほど、幸せかつ身体的に健康で、「つながりの少ない人より長生きする」。
・重要なのは、身近な人達との「関係の質」。
・50才で最も幸せな人間関係にいた人が、80才になっても一番健康だった。
・良い関係は身体の健康だけでなく、脳をも守ってくれる。
・定年退職後に一番幸福な人は「仕事仲間に代わる新しい仲間」を自ら進んで作った人達。
・この研究の参加者の多くは、名声や富や業績こそが良い生活をするのに必要なものだと信じていたが、75年もの間、我々の研究で繰り返し繰り返し示されたのは、最も幸せに過ごして来た人は「人間関係に頼った人々だ」という事だった。それは家族 や友達やコミュニティだったり様々。


適当に抜粋して読みやすくしたので、くわしくは本文を見てください(リンク先の「Interactive transcript」ボタンを押すと日本語訳のテキストが読めます)。

まぁこれ、言われればある種当たり前というか、「わかるけど、これだけが理由じゃないでしょ」と他に理由を探せたり調査方法の瑕疵をつっこんだりできそうではあるんだけど、とはいえ視点としてとても新鮮だった。

特に「家族・友達・コミュニティとよくつながっている人ほど、幸せかつ身体的に健康」という部分。

幸せなのはわかる。
でも「身体的に健康」というのはちょっと新鮮だなぁ。

だって、家族と仲良くしたり、友人と会ったり、コミュニティに参加するのは「健康法」ってことだよね。
ということは、「健康のためにちょっと友人と会ってくるわー」という文脈が成り立つということ。

これ、新鮮じゃない?

実際、老人になって孤独になると、わりとあっけなく亡くなってしまう例はわりと身近によくあること。現役時代にどれだけ「仕事仲間」に囲まれていても(職場もある意味コミュニティだから)、定年で強制的にそこから切り離されて孤独になると身体を壊したりするのもよく聞くこと。

逆に言うと、いま老年の女性は「強制的にコミュニティから切り離される」ということが少ない(昔は専業主婦がほとんどだったし)。男性が定年になるころには地域や友人とすでにコミュニティを築いていることも多い。そういうことも女性の方が長生きなことにつながっているのかもしれない。

ボクは昨年の9月から「4th」というコミュニティを主宰して、主宰者(管理人)として夜はほとんど毎日その「場」にいるようにしているのだけど、こういうコミュニティに長く参加し続け、仲間たちとのつながりを喜ぶのも「健康法」ということになると、なんだかモチベーションがプラスされる。

「今日も健康のために4th行ってくるわー」

うん。健康法のひとつでもあると思うとより楽しくなる。

この言葉、しばらく意識して使いつづけて、「潜在意識」に沈ませよう。

※写真は先日4thでやった「雪っこナイト」(岩手県住田町を支援している「邑サポート」のヒトたちと活性原酒「雪っこ」を飲む会。神谷町「プラチナフィッシュ」のシェフが料理もしてくれて、かなり美味しい会でした)

リンク用URL

「この人はなぜこの人になったんだろう」

2016年2月 6日(土) 16:50:05

matsubara.jpg
昨晩はボクが主宰しているコミュニティ「4th」で夜ラボ。

TBSキャスターかつ作家の松原耕二さんをお呼びして、インタビュー術について濃厚な2時間。

というか、『聞く力、話す力』というインタビュー術の著書を出したばかりの松原さんに、ボクがインタビューするという神をも怖れぬ企画だw

インタビューについては反省点ばかりなのだけど(松原さんは聞き手の気持ちがわかるので、随所でいろんなフォローをさりげなーくしてくれた)、本にも「結局『人間力』」と書いてあったし、開き直って人生と人生の摺り合わせをしようと臨んだのでした。

で、いろいろ発見や学びがあったのだけど。

「この人はなぜこの人になったんだろう」

タイトルにもしたこの「松原さんがいつも自分にしている問いかけ」が一番心に沁みた。

松原さんにとっての根源的な興味の源泉。
彼は人に向き合うとき、どうしようもなく、心からそれを知りたくなると言う。

たとえば、誰でもいい。
身近な人を思い浮かべて欲しい。

その人はなぜその人になったんだろう、と、考えてみる。
どんな経験や人との出会いが、いまの彼・彼女を形作っているのだろう。どういう想いやきっかけでいまの彼・彼女が変化したんだろう。

なるほどそこか。そこなのね。
とても深く得心するものがあった。

そしてこの言葉を借用して自分に問いかけてみると、なんだか相手に対する興味がグッと深く濃くなるのに気づく。

相手の表面的な言動でわかった気にならず、先入観なく一人の人間として見つめて、一度この言葉を自分の心に通してみる。

たとえば著名人だったら、

(覚醒剤容疑で捕まってしまった)清原和博はなぜ清原和博になったんだろう。
(いろいろ大変な事態になっている)ベッキーはなぜベッキーになったんだろう。

こう心に問いかけてみるだけで、急に「行ったことない冒険の地」がそこに開けているような、ぞくぞくする興味が湧いてくる。ぐ、ぐ、ぐ、と一歩も二歩も踏み込みたくなる。

なるほどこれか。

松原さんを「生まれながらにヒトに対する興味が強い方」と、資質や性格として片付けてしまうのは簡単だけど、実は「この言葉」というか「この切り口」が、彼のインタビュー魂を形作り、彼のモチベーションにもなっているのかもしれない。

今朝起きて、妻や娘を見て「この人はなぜこの人になったんだろう」と考えてみた。

長年いっしょにいるのにわからないことだらけだ。
つまり「行ったことない冒険の地」が、こんなに身近に、広く豊かに開けていることを発見できた。

友人然り。仲間然り。

松原さん、ありがとう。

すごく、人生が広がった気分です。


※ここ3週間、本当にいろいろなことがあったのだけど、余裕がなくて全然書けてない(「毎日必ず書く」という習慣がなくなるとダメね)。じわじわ書いていくつもりです。よろしくお願いします。

リンク用URL

デヴィッド・ボウイの「瞬間」をボクはきっと忘れない

2016年1月12日(火) 16:23:13

IMG_0101.jpgデヴィッド・ボウイ死去のニュースが流れた昨日の夕方(実際に亡くなったのは一昨日の1/10)。

ボクは新潟の名旅館『里山十帖』にいた。
302号室のベランダで、寒さに震えながらiPhoneで写真を撮っていた(上の写真)。
そのとき、「号外」としてiPhoneにアラートが流れてきたのであった。
部屋にいた妻に教える。

「デヴィッド・ボウイが死んだらしいよ」
「・・・え?」

あー、ボクはこの「瞬間」をずっとずっと覚えているだろうなぁと思った。
この冷気。この夕暮れ。この景色。
そして妻の驚く顔。


ジョン・レノンの「瞬間」もとてもよく覚えている。

レノンが亡くなったのは1980年12月8日23時すぎ。
日本時間では12月9日の午後だった。

ボクは浪人生だった。
転勤で四日市にいた父母から離れ、横浜は保土ケ谷の祖父母の家に居候していた。

その日は塾に行かなかったのか、なぜか家にいた。
洗面所にいたボクに、ボクのビートルズ好きを知っていた叔母が、茶の間からテレビのニュース速報を教えてくれた。

「ジョン・レノンが死んだらしいわよ」
「・・・え?」

右耳から聞こえてきたその言葉。
土間から漂う愛犬五郎(柴犬)の匂い。
お茶の間のテレビに駆け寄るときの板の間から畳に変わる足の感触。
駆け込んだときの叔母の顔。

夜のNHKニュースでは、渋谷のレコード店で、先月リリースしたばかりの新譜「ダブル・ファンタジー」の最後の一枚を購入した客がインタビューされていた。

それもこれも、きっと死ぬまで覚えてるだろう。


もっと古い記憶だと、三島由紀夫の「瞬間」もよく覚えている。

レノン射殺のちょうど10年前の1970年。

ボクは9歳だ。
いわゆる三島事件(三島由紀夫が自衛隊の決起を呼びかけた後に割腹自殺した事件)のニュース速報が流れたとき、ボクは父方の祖父母の家(大森)にいた。
大人たちが急に黙った。
みんなテレビを見て黙ってる。

9歳なのに、なんだかとてもよくその「瞬間」を覚えてる。

父が「三島らがって、三島由紀夫か?」とつぶやいた。
テレビを見ると、ニュース速報のテロップに難しい漢字が並ぶ中、「三島らが・・・」という文字があった。
その文字列を鮮烈に覚えている。
三島由紀夫なんて当時知らなかったのだけど。

その後、画面はニュースに切り替わった。
祖母が寄ってきて、「なおゆきは見てはダメ」と別の部屋に連れて行かされた。
翌朝の朝刊の一面に大きな写真が掲載されており、手前の丸い塊を指さして、父が「三島由紀夫の頭だ」と言ったことも覚えてる。

人生のいろんな「瞬間」を、ヒトは特に理由なく、覚えている。
レノンや三島の「瞬間」と同じように、デヴィッド・ボウイのこの「瞬間」も、ボクはきっと忘れないだろう。

そのとき、ボクは里山十帖のベランダにいたんだ。

リンク用URL

人間として本当に一貫している(4thで岩田守弘くんと対談)

2016年1月11日(月) 10:12:06

iwata_labo1.gifiwata_labo2.gif
ボクが主宰している「4th」というコミュニティに、土曜日、ロシアから岩田守弘くんが来てくれた。

世界トップのダンサーを出席者30人弱で独占する贅沢。
3時間以上もの長い時間、バレエのこと、芸術のこと、ロシアのこと、人生のことなど、たくさん語ってくれた。本当にありがとう。

岩田くんの存在はボクの誇りである。
そんな誇らしくも尊敬する友人を、ボクの友人たちに紹介できて本当に良かったと思う。

彼と知り合ったのは、15年前くらいだったか。
ボリショイ劇場バレエ団で「ロシア人以外では史上初の第一ソリスト」になるちょっと前だったと思う。

彼は、その華麗な受賞歴もすごいけど、

・崩壊前のソ連に20歳でひとりで渡り
・暗いソ連と深い孤独と劇的な政変を体験し
・幾多の東洋人差別にも腐らず努力して
・ボリショイというロシア伝統の象徴みたいな劇場になんとか入団し
・差別と体格差(ロシア人に比べて圧倒的に背が低い)を克服し
・その実力と人柄をじわじわと認められ
・史上初の第一ソリストになった

のが特にすごいと思う。
賞だけなら実力があれば獲れるだろう(それなりに差別や贔屓はあるみたいだけど)。でも、ロシア人以外認めなかったボリショイバレエ団で認められ、のし上がるのは、実力だけでは到底無理。

そういうことも含めて「本当のパイオニア」なのだ。
これ、野球で言ったら野茂やイチローに匹敵する快挙である。

なのに母国日本では超無名。

それが友人として悔しくて、知り合った当時ボクは「私設自腹マネージャー」として彼をいろんな人に紹介し、ラジオ番組とかに出てもらったりいろいろ活動していた。

そのうちサポーターも増え、実を結んだのが2008年年末のNHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀」(ググルと動画が出てくる)。

ようやくこれで知名度が跳ね上がったんだけど、それでもまだ実績と実力に比すると無名だ。
いまや彼は(これまたロシアでは異例中の異例だけど)国立ブリヤート劇場バレエ団の芸術監督をやっている。国技相撲で外国人が親方やるみたいなものだ。つまり出身国では大ヒーローになるようなこと。

なのにまだまだ知られてないなぁ。
バレエというジャンルの閉鎖性もあるかもなのだけど。

ま、それはおいておいて、そんな彼に、ボクのコミュニティに来てもらい、ボクが聞き手として、3時間近く講演してもらったのである。

内輪のコミュニティ、ということもあり、ホントに内緒の内輪話から「クラシックバレエとコンテンポラリーの違い」とか「感動を伝える手段としての技術の話」とか「4大バレエ団の特徴と違い」など、バレエの濃い話、そして彼の人生の話、努力と成功とこれからの話、みんなへのメッセージとか、3時間では足りないくらい、いろいろ話し、みんなの質問にも答えてくれた。

バレエ初心者の人も来ていたこの講演、みんながみんな岩田ファンになったと思うし、みんなバレエ好きになって帰って行ったと思う。よかったよかった。

最後は、恒例の「岩田くんのハグ」。
希望者全員と話をしてハグをして。彼のハグは圧倒的に人を笑顔にするのである。こんなにポジティブな気に満ちたハグをボクは他に知らない。

土曜日、ボクは「さとなおオープンラボ五期」を午前午後と2クラス、それもほぼ4時間ずつ8時間やった上で、そのまま岩田くんとの対談に入っちゃって、そのうえ空きっ腹でワイン飲んじゃって、もうフラフラだったのだけど、帰途は本当に幸せな気分に満ちあふれていた。

彼は人間として本当に一貫している。

バレエで人を笑顔にするだけでなく、プライベートでもなんでも「人を笑顔にする」。接した人を必ず笑顔にして帰す。

広告コミュニケーション的に言うと「ミッションがしっかりしていて施策が一貫している」的な。

この一貫性は、(企業でミッションを一貫して実行することが難しいように)強い意志と努力なしでは得られないものだ。

強い意志と努力。。。
いろんなことのせいにして、少しずつ意志を甘やかせ、努力を怠っていっちゃっている自分。

ひりひりとそれを自覚させられ、そして改めて彼を尊敬し直した、いい夜だった。

ありがとう、モリ。
誇りに思ってます。

リンク用URL

ページの先頭に戻る過去ログ一覧

メニュー

Follow satonao310 on Twitter @satonao310

satonao [at] satonao.com
スパム対策を強化しているので、メールが戻ってきちゃう場合があります。その場合は、satonao310 [at] gmail.com へ。

tj_300_100.jpeg

↑リーダーとして全体統括しています。

ページの先頭に戻る

Google Sitemaps用XML自動生成ツール

Special thanks to Minoru Yoshida, Yusuke Kitani.