山下達郎の7年ぶりのライブに行ってきたことを書こうと思ったんだけど、前回の日記に書いたタバコの話になんだかシビアなメールがいろいろ来たので、そっちを書くことにしよう。 あ、達郎も少し。 ボクが行ったのはツアーの最終日で、乗りに乗った達郎は4時間も歌い続けてですね、アンコールの「Ride on Time」では竹内まりやも出てきてですね、相変わらず達郎はスタイリストが付いているとは思えないようなださい格好でですね、かなりアルシンド入っていてですね、バックコーラスに元スタレビの三谷がいたりしてとってもうまくてですね、アカペラもよかったけど途中でカラオケの「煙が目にしみる」を歌ってちょっと布施明みたいでしてですね、客も年齢層が高くてとってもいい雰囲気だったりしてですね・・・とにかく感動的なライブでした。 いやー、行かなかった人達、みんな大損してます。はっきり言って。 「Sparkling」のあのギターから始まって(あの時と同じギターを使っているからCDと全く同じ音!)、もう達郎ヒットパレードって感じのライブで、達郎のサービス精神にはまったく脱帽しました。 ということで、駆け足で達郎は済ませまして(本当は長々書きたかったんだけど)。 タバコの話。 前回の日記は、タバコを吸わない側からのタバコについての愚痴、みたいなものなんだけど、喫煙者からは特にメールはなし。逆になんと嫌煙者の「怒りの琴線」に触れてしまったみたいだ。彼らは以下の記述に過剰反応したようだ。 ------------------------------ ボクは生まれてこのかた、まだ一度もタバコを吸ったことがない。 ちょうどタバコを覚える年代(中学とか高校とか)に、父親がタバコの吸いすぎでドクター・ストップにかかり、のたうちまわってタバコを止める姿を目の当たりにした。 その苦しみを目の前で見ている内になんだか吸う気がなくなり、そのまま37歳のいままで、タバコを口にしたことがない。 かといって、別に「嫌煙派」でもない。 吸わない人のことをそこそこ考えて吸ってくれれば、文句はない。 例えば外でオナラをするとき、する場所やタイミングを考えるよね。 ボクのオナラが他人の鼻になるべく入らないように頭をひねる。 まぁ喫煙する人もそのくらいの気遣いは最低限してほしい、程度のことだ(例えが変でわ?)。 他人のタバコが、吸わない自分の肺を汚す!ガンの原因になる!・・・なんてエキセントリックに騒ぐ人も多い。けど、喫煙者をそこまで責めるなら排気ガスとか大気汚染とかダイオキシンとかもきっちり一貫性をもって責めろよな、と、魔女狩り的な昨今の嫌煙運動についてはちょっと苦々しく思っていたりもするのである。 ------------------------------- 前回の日記の導入部でこんなことを書いたわけ。 これに対して嫌煙者たちは
などなどなど。 わかったわかったわかったってば! あなた方が本当に苦しんでいるのもわかったし、真剣にタバコのことを考えているのもよくわかった。 そう、健康は大事だし、他人が快楽で吸った煙で一方的に苦しむのは理不尽だ。 吸わない人間ばかり迷惑を被って、なんだかとても不公平。 特にレストランで食事しているときとかに横のテーブルで吸われると味も何もわからなくなる。 寿司屋でそれをやられた日にゃぁ、喧嘩売ってんのかこのすっとこどっこい!ってな流れにもなってしまう。 そう、ずっと吸わない側は我慢を強いられてきた。 なぜ嫌煙してはいけないのだ。 自分が吸えるきれいな空気をどういう権利があって汚すのか。 嫌煙など、当然の権利ではないか! わかるってば。 ボクだってタバコ、嫌いなんだから。 でも。 でも、じゃぁあなた方は他人に迷惑かけていない自信があるのだろうか? あなたがゴルフに行くために乗った自家用車。 あなたの車は確実に他人の肺を汚している。その車、あなたが楽するために乗っているその車、その排気ガスに苦しんでいる人のことは考えない? それが確実に空気を汚すこと、そのことには目をつぶるの? あなたが昨日出したゴミ。 あなたが出した少量のダイオキシンがまわりまわって他人の肺に入り、他人を重い病気にさらしているかもしれない。ゴミは、たしかに直接的ではないけれど、間接的には他人の健康を脅かしている。そのことはどう考えるの? あなたが昨日食べたニンニク。 ニンニクの匂いが大嫌いな人に大迷惑をかけているかもしれない。寿司屋で隣に座った人がニンニク嫌いで、タバコ吸われるよりもずっと嫌な気分に苦しんでいるかもしれない。そんな人は少数派だろうからってその人の苦しみを無視していていいの? あなたが持ち歩いている携帯電話。 あなたの電車の席の横には電磁波過敏症の人がたまたまいて、その人は「携帯電話を持つな」とも言えず、人知れず苦しんでいるかもしれない。あなたに便利なその携帯電話が人を苦しめているかもしれないという可能性は考えない? あなたが嗜好品として噛んでいるガム。 クチャクチャクチャクチャ、音を立てて噛んでいるその気持ち悪い音を聞いて、他人が吐き気に苦しんでいるかもしれない。気がつかずに口を開けて噛んでいたわけだ。もちろん注意されればやめる。でも無意識にタバコを吸ってしまう人たちとそんなに違わないかもしれなくない? あなたが首筋に振りかけているムスク。 自分では気持ちいいかもしれないその香りが・・・・もうやめよう。 そう、詭弁。 オーバーに言っているし、ボク自身こんなことを考えて毎日生きているわけではもちろんない。 でもね、結局お互い様なのだ、とボクは思う。 あなただって気がつかないところで、加害者になっている。 なぜそんなに自信たっぷり「自分だけは被害者だ」って態度をとるの? だいたい、タバコを吸う人は加害者だろうか? タバコを吸うことでリラックスしていい仕事が出来た人だっていっぱいいる。 作家だって画家だってタバコなしで名作をかけなかった人もいるだろう。 あなたはその恩恵に全くあずかっていないって言い切れる? あの人の本、あの人の音楽、あの人の絵・・・あなたが楽しんだそれらの芸術は、もしかしたらタバコなしには生まれなかったかもしれない。 だからさ、タバコを全否定するのはやめようよ。 生きているということは、迷惑のかけあい、なんだから。 ・・・なんで吸わないボクが喫煙者の弁護をしているのだ・・・とほほ なんか喫煙者の人格まで否定するような「嫌煙」という言葉がボクは嫌いなのだ。 そう、「嫌煙」という言葉が諸悪の根源かも。 なんか被害者意識まるだしの言葉だし、エキセントリックすぎる。 ええ、ボクだってタバコは嫌いですよ。 でも喫煙者が嫌いなわけではない。 ちゃんと吸わない人の気持ちを分かってくれて、最低限のマナーを守ってくれれば何の文句もないのだ。 わかってくれるだろうか? うん。「嫌煙」って言葉が悪すぎるよ、やっぱり。 この頃は「分煙」というのもよく言われるようになったけど、この「分」は「分ける」の「分」だよね。 この「分」が「分かる」の「分」とダブルミーニングになっているのなら、わりと気持ちに近いんだけどな。 うーん、なにかいい言葉を考えよっと。 なにか、ありませんかね、前向きで差別的ではなくて明るい「嫌煙」にかわる言葉。 しっくり来る言葉ひとつの出現で、解決される問題ってやまほどあると思うんだけど。 |
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