もう先月の話になってしまうけど。 沖縄出張中のある夜、宜野湾市に「島唄」を聴きに行った。 那覇から北に車で20分。 もう少し北に行けば話題の「普天間基地」である。 「島唄」といってもちょっと前にはやったザ・ブームの「島唄」ではない。 もっと広範な意味の「島唄」。つまり沖縄民謡である。 店の名はずばり「島唄」。 あの、ネーネーズがハウスバンドをしているライブハウスなのだ。 皆が「えー、沖縄民謡なんかやめろよー。それよりSPEEDみたいな沖縄美人がいる店にでも行こうぜー」とボクの誘いを断る中、唯一誘いに乗ってくれたのは会社の後輩のマツオカくん。 ふたりで22時くらいに入店。 ステージは40分やって30分休みというローテーションで一晩に3回やる。 21時に第一回目があったらしいから、次は22時10分だ。ちょうど良いタイミングだった。 上で「あの」ネーネーズと書いたが、実はボクはネーネーズについてほとんど知らない。 沖縄民謡を歌うおばちゃんぽい4人組、という知識はあったが、それ以上のことは知らなかったのだ。 どんなライブをするのだろう、などと考えているうちにステージが始まった。 それが意外とポップなのだ。 民謡の歌唱法でありあの独特の短調っぽいメロディラインがほとんどなのだが、中には阿木燿子/宇崎竜童コンビの曲も提供されていたりして、想像以上にポップなのである。 ううーん。イメージが違うぞ。 でもなかなかいいのである。 きれいな声でコーラスが入りなんとも心地が良い。 20分、つまりいちステージの半分が過ぎたところで 「じゃぁ後半は島唄をやります」 といい、念願の島唄が始まった。 前半はカラオケで歌っていた彼女らが、後半はそれぞれサンシン(三味線)や太鼓などの楽器を持ち、淡々と島唄を歌い出した。 ・・・カラダが熱くなってくる。 サンシンの音色。 トトトン、ドンツク、ドンドン、トトンツク、と、いままで聴いたことがない、独特のリズムを刻んでいく太鼓。 三枚の板でできたカスタネットみたいなものをカララン、カラランと奏でる美しい運指。 それらに絹のような唄声が織り込まれ、心の中のもっとも柔らかいヒダヒダの部分を、気持ちよく刺激してくるのだ。 ボクは沖縄に全く縁もゆかりも無いのだが、なにかが身体の中で強く刺激される。 ♪ 山ぬさらかちに 袖やひかるとぅん 匂いある花や だずにぶしゃぬ 春や春春や 花ん盛い 意味も全く分からない歌詞。 文字でこう書けばまだ内容の想像がつくが、耳だけで聴くとまるでわからん。 でも、なんと心に訴えてくることか・・・ あっと言う間にステージが終わった。 一応40分やったのであるが、本当にあっと言う間であった。 「どうします?」とマツオカくん。 「おお、もうワンステージ行くか」 「行きましょうよ。すっごく感動的でしたもん」 冷静なマツオカくんもかなり興奮している。 入替えなしをいいことに次も見ることにした。30分待ちである。 いやぁいいなぁ、なんでこんなにいいのかなぁ、不思議だなぁ、なんかずっと聴いていたいなぁ、沖縄って深いなぁ、これは予想外だなぁ・・・などと熱く話しているうちにすぐ30分がたち、次のステージが始まった。今日の最終ステージである。 第二回目は島唄が多かった。 もう呆然として見てしまった。 自分の中の感動の種類がよくわからない。 胸がドキドキして涙が出てきそうになる。 マツオカくんの手前恥ずかしいので我慢するが、涙流しながら踊ってしまいそうになる。 ロックよりジャズより、踊れる。 このリズム、このメロディーライン、このこぶし・・・ 内なる何かが分泌されていくようだ。 喉元に火の玉を飲み込んでいるような、久しぶりの熱い感動・・・。 ただ心地よいだけではない。 ただ揺すぶられるだけでもない。 なんというか、「民族」という大きなものの存在を感じさせるのだ。 唄声やリズムやメロディの裏に「民族の体臭」みたいなものが、しっかり匂っているのだ。 ボクは呆然と考える。 オキナワってなんなのだ? なんでこんなに生き生きとフォークソングが継承されているのだ? 民族という共同体の根っこを結びつけてるもの・・・それはこういう土俗の音楽なのだと思う。 いまの日本人に、それがあるだろうか。 それぞれの地方で、その土地の唄がどれだけ大切にされているであろうか。 民族の唄は、その土地の文化だ。 そういう意味で、いまだに街に地元の唄が満ち溢れている沖縄は、たいへん文化度の高い土地なのだ。 唄だけではない。 食べ物も焼き物も着物も風俗も、すべて独自のものが残っている。 それが沖縄なのだ。 ANAとかJALとかのキャンペーンでビーチに直行してしまう人達はすごく損をしている。 この高い文化度は、世界中のどの国、どの地域と比べても遜色のない豊かさなのである。 ヨーロッパなんぞに高い金払って行って文化がどうのを語る前に、まず沖縄に行くべし! ♪ サアサッ、ハッ、ハッ、 転調してテンポが早くなる。 マツオカくんに気付かれないようにメガネを直す振りをして目をぬぐいながら、ボクは熱く聴き続けた。 沖縄から帰ってからも、ボクの脳ミソの中にはネーネーズが熱く巣くっていた。 バタンコバタンコする忙しい日常。 目先の作業に振り回され、自分が、自分の人生が、何のためにあるのかもわからなくなるようなそんな毎日。 その中で、ネーネーズを、ひいては沖縄民族を想うことは、自分が生きている大きな流れのようなものを感じさせてくれる大事な「癒しの時間」であった。 視点がちょっとロングタームになる。ゴキブリの視野が鳥の視野に変わる。そういう「癒し」。 そんなある日。 新聞の片隅に「古謝美佐子 大阪ライブ」の広告を見つけた。 古謝(こじゃ)美佐子。 元ネーネーズの一員。 95年にネーネーズを離れ、ソロ活動をしている人である。 おおお! うれしすぎるではないか! またあの「民族の体臭」に触れられるのか・・・! 直に「癒し」を受けられるのか・・・! 体調が悪かろうが、仕事が忙しかろうが、これだけは行かねばならぬ! それは先週の5月15日(金)にあった。 奇しくも、沖縄の日本復帰の日である。 場所は大阪のバナナホール。 まぁ沖縄民謡だしそんなに混んではいないだろう、と踏んで、開演ギリギリの時間にひとりで行ったのだが、意に反して満席。 立ち見も立ち見、会場の入り口から奥へ進みにくいくらい混んでいた。 ライブは最初は古謝美佐子のソロ。その後、ゲストの徳原清文を迎えて実に楽しく進行した。 沖縄人が多かったのだろうな。 唄の合間のしゃべりも「ウチナーグチ(沖縄方言)」が多く、歌詞と同じように全く聞き取れない。 それなのに、心地よくて心地よくて・・・ とにかくライブの最初から最後まで会場の一体感といったらすごいものがあった。 あれ? 日本人ってもっとシャイじゃなかったっけ? って思うほど、ラテン的なノリ。 まぁ沖縄の気質と大阪の気質が混ざりあったんだろうなぁ。 すごく親密で濃厚な空気の中、ライブは進行したのである。 そして今回感動したのは若い沖縄人たちのノリ。 若い人々が沖縄民謡を喜び、楽しんでいる。指笛を吹き、手を打ちならし、猛烈な勢いで踊っている。 お年寄りが民謡のリズムにのって踊っているならまぁわかる。 他の地方でもそういう場面なら遭遇できるであろう。 でなくて、若者達が異様なノリを見せて、踊りまくっているのだ。 他の地方では、まず考えにくい出来事だ。 しかもここは沖縄ではないのだよ! 大阪くんだりなのだよ! これが、沖縄、なのである。 沖縄の民族文化は、こうして継承されていく。 たとえ日本(大和)文化が滅んでも、沖縄(琉球)文化は力強く生き残っていくであろう。 ・・・ 振り返ってみると、ボクは「民族のリズム」も「民族のメロディ」も持っていない。 それは民族としての文化を受け継いでいないことと同義であると思う。 いったい、ボクの根っこはどこにあるのだろうか。 ボクは踊りまくっている若者たちをひどくうらやましく思った。 それは多分、「嫉妬心」だ。 民族という根っこも、唄という民族文化すらも持たないボクの、 遠い憧れに似た「嫉妬心」なのだ。 うらやましすぎるぞ、沖縄! ボクの頭の中には今日もネーネーズが鳴り響いている。 脳内ネーネーズ・・・ それは、「癒し」と「嫉妬心」の狭間で揺れ動く、哀しくも美しい調べなのである。 P.S. ところで。 アメリカの「民謡歌手」フランク・シナトラも5月14日に亡くなっちゃったね。 去年の7月以来、ずっと覚悟し続けてきたけど、やはりいざ亡くなってみると感慨無量。 |
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