会社まではJRで毎日通っている。 神戸と大阪の間には並行して3つ、電車が走っているのだ。 北から、阪急、JR、阪神。 六甲山脈と海とに挟まれたせまーい平野部に電車が3本、並行して走っているわけ。 東京からはじめてこっちに来たときはそのこと自体にびっくらこいた。 だって、それぞれ1キロ離れてないんだぜ! ボクが住んでいる辺りは特に3本の電車が近づいて走っている。 一番北の阪急の線路から、一番南の阪神の線路まで、歩いて15分かからないのだ! まったくどうしてこんなことになったのか。 でもおかげでラッシュがほとんどない。 3本並んで走ればかなり乗客は分散するのだ。 まぁこれについて興味深い話があるのだが、それはそのうち書くことにする。 今日書くのは、別の話。 つい2週間前の通勤途中のことだ。 いつものようにJRでの通勤途中。 本を読む目を休めてふと車窓から外を見ると、不思議な看板があったのである。 「讃岐きしめん」 JR尼崎駅前にあるうどん屋の看板が車窓から見えたのだ。 サ・ヌ・キ・キシメン・・・? 一体それってなんじゃ・・・? もちろん「さぬきうどん」と「きしめん」は全く別物だ。 麺の形がまず違う。 味付け自体も全然違う。 麺の打ち方、塩の分量、加水量・・・そのうえ哲学まで違う。 で、「讃岐きしめん」とは一体どっちなのだ? さぬきうどんか? きしめんか? 言葉の順番から言って「きしめん」がそのもの自体で、「讃岐」というのはショルダーコピーのように思える。 つまり「きしめん」が商品で「讃岐」がキャッチだ。 讃岐出身の人が「きしめん」打っているのか? いや、いやしくも「うどんの聖地・讃岐」の人がまさかそんな魂を売り渡すようなことはしないであろう。 じゃぁ、「きしめん」にさぬきうどんのいりこダシなのか。 いやいや。それはどう考えても味として弱い。 「きしめん」には濃いしょうゆ味が合うのである。そんな中途半端なもの発明したとしても客は集まらないであろう。 そうなると答えはただひとつ。 「さぬきうどん」の加水量・塩分量・寝かし時間で「きしめん」を打った ということしかない。 「新しいきしめん」なのだ。 「讃岐風きしめん」なのだ。 「名古屋きしめん讃岐バージョン」なのだ! 形状は一緒だが、形状以外はすべて「さぬきうどん」の作り方に準拠してみたわけですね。 うん、これは、おもしろいかもしれない。 あの、口内暴力のような歯ごたえ、粘り、紙一枚の押し戻しがきしめんで味わえるとしたら・・・ うん、なかなか意欲的な店主である。 この頃ボクと香子さんの熱心なる布教活動の結果、ほんの一部でではあるがブームを呼びつつあるあの「さぬきうどん」を、名古屋のきしめんに取り入れてみるその先進性!! うん、感心感心。キミは時代を読む目を持っておる! やたら感心したボクは、ドアが閉まる寸前に電車を飛び降りた。 会社? まぁ会社も大事だけど、会社よりさぬきうどんの方が120倍大事である。 え? まだ朝で店が開いていないのではないかって? いや、実はもう11時半なのだ。 すでに会社には間に合わない。 いや、間に合わないどころか始業して2時間たっている。 (まぁ一応フレックスタイムなんで、許してね) 昼飯に「新発明!讃岐きしめん」を食べて、その瑞々しさに触れ、新鮮な気持ちで会社に行こうではないか!! 会社にとってもボクの「讃岐きしめんで刺激を受けた清新な頭脳」は有益なはずなのである。 店に飛び込んだボクはカウンターに座ってメニューをじっと見た。 きしめん ざるきしめん 味噌煮込みうどん・・・ おや? 「讃岐」という文字はメニューのどこにもない。 うーん・・・ 今度は、店内の壁という壁の貼紙にさっと目を走らせてみる。 ・・・ない。 「新発明! 讃岐きしめん」とか、 「新しい美味しさ、さぬきうどんのようなきしめん誕生!」とか 「農林水産大臣賞受賞! 画期的新商品『讃岐きしめん』」とか そんなような貼紙があってもいいはずなのだが・・・ 「いらっしゃーい」 おばちゃんが声かけてくる(お前は三枝か!)。 おばちゃんひとりの小さい店だ。 料理人兼レジ係、つまりワンマン、いやワンオバなのである。 数人いる客の目線を気にしつつ、質問してみる。 「あのー、讃岐きしめんって何ですか?」 「え?」 「いえ、讃岐って書いてあったんですが・・・」 「は? たぬき? うちはたぬきはやってないねぇ」 「いえ、たぬきではなくて、さぬき・・・」 「あ、蕎麦あるわ。(ビニールに入った蕎麦を冷蔵庫から取り出して) たぬき、作ったろか?」 ・・・注:関西では、おあげに蕎麦で「たぬき」と呼ぶ。 「や、だから、讃岐きしめんって・・・」 「あら、きしめんでいいの? で、ざる? あったかいの?」 「いや、だから、あの、・・・ざる、を・・・」 「はい、お待っとお!」 コミュニケーションを諦めたボクの目の前に、それは5秒で出てきた。 せいろに並べてあったきしめんを掴んでざるにのせ、つけ汁も入れて置いてあったものをカウンターに出しただけ。そりゃ5秒で出来るわ。 勇を鼓してもう一回聞いてみる。 「あの、これのどこが讃岐なんですか?」 「なんや、やっぱりたぬきが欲しいのかいなぁ〜」 数人いる客たちの視線が集まる。イヤだ。イヤすぎる。 それにしてもおばちゃん、アンタ吉本新喜劇やってんじゃないんだから・・・ 「いや、あの」 「たぬきがええなら変えるけど、特別になんやからねぇ!」 「いや、あの、この・・・このざるでいいです・・・」 おばちゃんの冷たい目。すごく変なニーチャンと思われたらしい。 おかしい・・・どこですれ違ったのか・・・ おばちゃんと客たちの「変なニーチャン」目線を感じつつカウンターに座り直す。 うつろな目でざるの上の物体を確認。 見た目は全くの「きしめん」。例の平べったい白い麺。 しかも渇いている。 いや、あのおばちゃんは何も知らずに作っているだけなのだ、きっと。 この麺の中に、奥床しくも新発明が隠れているに違いない。 もうなんだか結果は分かっていたような気がしたが、舌を奮い立たせて、とりあえずひと口食べてみる。 ズズズ・・・。 こ、これは! 単なる「きしめん」ではないか。 しかも、激まず。 た、たぬきが作ったのだろうか・・・ ずいぶん前。 あれはニューヨークだったか、「すきやき寿司」という名前の寿司屋を見たことがある。 日本=すきやき。 だから寿司屋の名前も「すきやき」でいいという発想である。 この店もどうやらそういうことらしい。 要は、「うどん=讃岐」だから、きしめん屋の名前も「讃岐きしめん」でいいんじゃない? と、そういうことなのであろう。 その方がお客さん来そうやん、ということだ。 現にボクは、名前につられて来てしまった。 うーん。 よく考えたら「すきやき寿司」よりタチが悪いな。 正確に例えるとこれは「信州出雲そば」という蕎麦屋があるようなものなのだ。 なんだよ一体、信州出雲そばって!? こうしてボクは、ボクの人生の最重要優先項目のひとつである「昼飯」を一回無駄遣いし、そのうえ会社に行く気もなくし、JR尼崎駅前の小さな喫茶店で放心状態のまま高校野球を見ることになったのである。 喫茶店の窓からJRが走っているのが見える。 その青い電車に、窓に映った自分の顔が大きくだぶる。 「讃岐きしめん」の看板に惹かれて途中下車をしたバカの顔が、大きくだぶっている。 オレの、 オレの昼飯をかえせ〜!!! せつないから口直しにスパゲティ・ナポリタン大盛を頼んだ。 これが口直しになったかどうか・・・ 悲惨すぎて語る気にもならない。 P.S. どうせ「化け物あつかい」されるから、詳しく書くのはやめるけど。 先日、またまた家族で香川にさぬきうどんを食べに行ってきてしまった。 うん、もうね、われながらね・・・ 1日で11軒。 これを「さとなお胃袋最高限度値」と定め、今後一切、最高記録を狙わないことをここに誓います。(狙ってたんかい!) ですから。 ですから、これからも、お友達でいてください。 ・・・さすがに翌日は6軒しか行けませんでした。 あんな消化のいい食べ物でも二日酔いならぬ「二日っ腹」があるんですね。 家族3人、ちょっとだけ学習しました。 ちなみに行った店は 8/25 「彦江」「蒲生」「田村」「山内」「中村」「兼平屋」 「柳生屋」「小縣家」「長田」「五右衛門」「さぬき麺業」 8/26 「山下(国分寺)」「村上」「田井」「久保(香西北町)」 「いきいきうどん」「山下(善通寺)」 そう、再訪が多いんです。 出色は「彦江」「田村」「山内」「小縣家」「田井」でした。 くれぐれも。 くれぐれも、胃袋だけで、 ヒトを判断しないように。 ね。 |
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