ナオーヤ・シガー  --98.08.15




今日は終戦記念日。


53回目だそうだ。

終戦の日に生まれた人が53歳になる勘定になる。

まぁ終戦の年に5歳くらいだった人は戦争を覚えているだろうから、58歳以上の人は戦争体験者と言ってもいいのだろう。

そう、まだ定年を迎えていない。

あと2年も経つと戦争体験者が会社からいなくなる。
実質的に引退してしまうのだ。
若い奴との物理的な接点がどんどんなくなっていく。

そういう意味でこの1〜2年はすごく大事なんだけど、まわりの人はまだ誰もそのことに気がついていないように見える。

戦争を知っている人達が第一線を退く前に、
戦争の記憶がどんどんリアリティを失う前に、

ボクは彼らの心の中にしまい込まれた記憶にザラリと触れてみたいと思う。


第一線に彼らがいることが大事だ。

定年引退後に語ると引退者の繰り言になってしまうし、
彼ら自身引退者として一歩ひいて世の中を語ってしまうだろう。

ああいう体験は「高いところから俯瞰で語ってはいけない」のだ。

世の中に責任がある引退前に、戦争をどう語るか、聞きたいと思う。


まぁ具体的には一緒に飲みに行くくらいしか方法はないのだけれど。




こうして時は降り積もっていく。

いろんな想いが消えてはなくなっていく。

戦争はいけない!愚かだ! と叫ぶのは簡単だ。

いつの世でも理想論が一番口当たりがいいのだ。

では、どこかの国が実際に攻めてきたらどうする?

ボクは攻められるがままに死んで行くことを選ぶのか。


妻と娘が、優子と響子が死の恐怖にさらされているときに、

ボクはまだ理想を口にするだろうか。








さて。

かつて「短編の神様」とあがめられた作家がいた。

敗戦時、彼はこんなことをのたまったという。


戦争に負けたのは、日本の言語がすぐれていなかったからである。日本人の発想法や、文化がすぐれていなかったからで、日本人はこれから日本語を捨ててフランス語をしゃべるべきなのだ。




・・・脱力。


彼が操る美しい日本語に心酔したことがあるボクだったが、このことを知って以来、彼を憐れみの目で見ている。



彼の名は、志賀直哉。

いや、日本語で呼ぶのはやめよう。ナオーヤ・シガー

うん、シガーというのがフランス語っぽくていいではないか。







軽蔑すべきナオーヤくんには、シオランのこんな言葉を贈ろう。


私たちは、ある国に住むのではない。
ある国語に住むのだ。
祖国とは、国語だ。
それ以外の何者でもない。








戦争時、日本はある国の国民に母国語禁止令を出した。
日本語を強要したのである。







戦争という行為より、よっぽど愚劣な行為だと思うが、どうだろうか。



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