軽待電話  --98.06.17




なんだか久しぶりの日記だ。

わりとパソコンの前に座らないことが多かった。

座ってもメールを見るくらいで何かを書こうという気にならない。
こういう時ってあるよね。

言うなれば、パソコン・スランプ。

だからメールもすごく溜めてしまった。
すいません。
返事が来ないなぁ、私のメール着いているかしら? と思っているそこのアナタ。
着いています。ボクが溜め込んでいるだけです。

許してね。ちょっと尋常でない数を溜めてしまったかもしれない・・・







それにしても遅いなぁ。


待ち合わせした友達が全然来ないのだ。

しょうがないから待ち合わせの喫茶店のテーブルでこうしてパワーブック起動して、久しぶりの日記を書きはじめたわけ。


だいたいその友達、ラテン系な奴だからしょうがないんだけどね。
時間をなかなか守らない。




ラテン系といえば、ワールドカップ一次予選の「日本対アルゼンチン」。

アルゼンチン、勝って良かったねぇ。

いや、日本中のサッカーファンを敵に回したいわけではないんだけどさ、なんというか、そういう風に「何にでも勝とうとする」の、そろそろやめたほうがいいんじゃないかなぁ、なんて。

もしアルゼンチンが負けてたらアルゼンチンの人達傷つきまくるじゃん。
国辱もの。
だってアルゼンチンの心のよりどころみたいなところもあるじゃん、サッカーって。
そんな誇り高き彼らのスポーツで、日本みたいなポッと出に負けてごらんよ。

かわいそうじゃん。

日本なんてもともとそんなにサッカー熱心にやっていたわけではないんだからさ、初出場からそんなにギャーギャー言わないでさ、「我が国は相撲や柔道や野球やジャンプが得意であって、サッカーはまぁ21番目くらいの得意さなのでアルゼンチンさんには怪我をせずに決勝リーグに進んでもらうべく、じんわりしみじみサッカーをしようと思う」みたいな発想は出来ないものだろうか。

ただ足るを知れ、なんて思うのはボクだけかなぁ。

あ、こんなこと書いたら熱狂的サッカーファンから非難満載メールが来るかもしれないな。
他意はないんです。
ただ、なんか選手もサポーター達の応援の仕方も余裕がないというか含羞がないというか・・・

お手合わせ願っただけで光栄、みたいなおっとりした国がひとつくらいあってもいいと思うんだけどなぁ。


だいたい、にわかサッカーファンがあまりに多すぎて、どうもワールドカップに馴染めない。


もともとボクはラグビーファンだし。

サッカーよりラグビーの方がスポーツとして面白いと常々思ってきたからなぁ。
いまさら「にわかサッカーファン」になれないのよ、恥ずかしくて。








・・・それにしても遅いなぁ。


さっき

「あー、いま電車の中。もうすぐ着くから」

ってケータイから店宛に電話がかかってきたというのになぁ。
もうあれから15分はたっている。

どうも「電車に乗ったばかり」臭い。


だいたいさ、この頃思うんだけどね。

ケータイを使いだしてからみんな待ち合わせ時間にルーズになっていないか?


少々遅れても近くに行ってから電話すればいいや。
移動途中に電話すれば10分遅れくらい許してくれるだろう。
とりあえず電話して謝っておこう。

とか思っている人が多くないだろうか。

あげくの果てに、

待ち合わせに少し遅れただけでこうして電話するなんて私って何て誠意があるのかしら(キラキラ)

なーんて心の奥で思っていないか?


待ち合わせに便利なはずのケータイが、待ち合わせをどんどんルーズにして行っている気がするのである。




だいたいボクはケータイを持っていない。

なにしろ上司が映画「大病人」の中でいっつも電話しているキャラのモデルになった人だから、ケータイなんか持った日にゃぁプライベートはゼロになってしまう。

仕事がボクの人生を追いかけ回すに違いない。
まっぴらごめんなのである。


それどころか、ボクは腕時計も持っていない。

高校一年生のときやめて以来、37歳の今になるまでしたことがない。

なんか腕時計してしまうと時間が気になってしまってちょくちょく見てしまうのがイヤなのだ。話をしながらとか、本を読みながらとか、とにかく時間をチェックしてしまう。

例えばこうして待っていても、腕時計があったらイライラ見てしまうだろう。
ないからおっとり待っていられる。

時計なんてあってもなくても人生の長さは変わらない。

考えをそう改めてから楽になったなぁ。



時間がわからなくて困るのではないか、と思う方もいるかもしれないが、日本という国は時計がどこにでもあるのである。
駅、商店、街頭、車の中・・・どこでも知ろうと思ったら時間は知れるのだ。
時間を知りたくなったらそこらへんの店をのぞき込んだりすれば足りる。
最悪他人に聞けばいい。だれでも腕時計を持っている。

え? ああ、待ち合わせには逆に遅れなくなったよ。

時計を持たない分だけ、時間に余裕を持って出かけるからだ。
時計を持たないことによって待ち合わせ時間には逆にきっちり正確になった。




ええと、なんの話だったっけ?

あ、ケータイ電話。

時計を持たない人の方が時間を守るように、ケータイを持っていない人の方が待ち合わせ時間を守る気がする。

連絡取る手段が少ないから必死に時間を守ろうとするからだろう。

とにかくこの頃ケータイ持っている人ばっかりで、ケータイ持っていないことを告げると困った顔をされたりするんだよねぇ。なんだかこちらが悪いことをしているような迷惑顔。

「え? 佐藤、ケータイ持ってないの?」
「うん、持ってないよ」
「・・・なぜ!」
「・・・人生が短くなるからなぁ」
「・・・」
「・・・」
「しょうがねぇな。じゃ、電話のかかる喫茶店とかで待ち合わせよう」
「なぜ?」
「いや、何かあったときに連絡つくじゃん」
「何かって?」
「いや、遅れたり・・・」

遅れることを前提に話すなっつーの!



そりゃね、打ち合わせが長引いたり道が渋滞していたり出掛けに電話かかってきたりしたりして、不測の事態で遅れることはボクもある。

そういう場合は「走る」のだ。

遅れないように「走る」か、自腹でタクシー使うかなんかして「遅れを取り戻そうと努力」をし、それでもかなわないときは待ち合わせ場所に着いてから「謝りまくる」


ケータイ持っている人にはそれがないんだよね。

「さっきケータイで遅れるって電話したからそれでミソギは済んでいるのだ」って顔して、胸はって待ち合わせ場所に現れやがるのだ!

汗もかかずに、つまりゆっくり歩いてきて、軽く「あ、スイマセーン」みたいな感じで現れやがる!


そこがイヤなのだよ、ボクは。

電話をしようがしまいが、遅れた事実にはかわりはないのに。




軽く待たせてもケータイで連絡すればなんか許される気がするから、どんどん待たせる時間が長くなってくる。電話すれば遅れてもいいと思っている。

他人の貴重な時間をどう思っているのだろうか。





・・・それにしても、まだ来ない。

これでは軽待電話どころか、刑待電話だ。待ちの刑。







ケータイについて考えていたら、クダラナイことを思いついてしまった。

うちではわき毛のことを「モシャ」と呼んでいるのだが
(理由明解。モシャッとはえているから)


ケータイ電話でわき毛を隠して

ケータイモシャ!

というのはどうだろう?












ああ。ダメだ!

ギャグもダメだが、日記もダメだ!

日記もダメだが日本もダメだ!




これでは景退電話だ。




精神的にも「景気後退」なこの頃なのである。








それにしてもおそい。おそすぎるぞ!



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