明日世界が終わるとしたら、最後のディナーに何食べたい? というような質問を雑誌なんかでたまに見かけるよね。 だいたいからしてそういう状況で食事が喉を通るのかは別として、芸能人や文化人たちはそれぞれ凝った答えをするのが通例だ。 「アニョー・ド・ポイヤックに1945年のムートン・ロートシルトをあわせて」とか 「三浦半島のまぼろしの鯖の刺身を国産丸大豆のたまりで」とか 「水を浸した冷飯に、あつーい具なしの味噌汁」とか 果ては「子供の頃に食べたお母さん手作りのハンバーグが食べたい」なんつう無理な願いもある。 もしくは「赤坂の●●のうなぎの白焼き」「銀座の▲▲寿司の煮はま」「ベニスは■■ホテルのエンジェル・ヘアー・パスタ」なんていう具体的現実派もいる。 あなたは何を食べたいですか? すし? フレンチ? イタリアン? ラーメン? カレーライス? 目玉焼き? トム・ヤム・クン? 焼き魚? カツ丼? パンにチーズにワイン? そば? ケーキ? ふ〜ん。 いろいろあるだろうけど、とにかく「美味しいものを食べたい」「思い残すことなく好きな物を食べたい」ということだけは間違いないんじゃないですか? 僕はずいぶん考えが違う。 結論からいうと「まずいものを腹一杯食べたい」のだ。 経験からいっても、美味しいものなんて際限なくある。 そして美味しいものを思う存分食べたからって、美味しいものを求める気持ちはなくならないのである。なくならないどころかますます増してしまう。 つまり、Aという美味しいものを食べたら次にすぐBという美味しいものが欲しくなるのだ。 「アニョー・ド・ポイヤックに1945年のムートン・ロートシルトをあわせて」食事をしたら、今度は「ペトリュスをあわせたらもっと美味しいかもしれない」などと考えてしまうものなのだ。 人間の欲望というのはそういう風に出来ている。 でもそれでは死んでも死にきれないではないか! 僕はあきらめて死にたいのだ。 まずいなぁ。食べ物ってまずいなぁ。しばらく食べ物なんか見たくもないなぁ、なんて思いながら最後の食事をしたい。 ホラ、飛行機の機内食なんか食べていて「もういらない。しばらく食べたくもない」なんて気持ちになるでしょ。あんな感じ。 食べ物なんてしょせんそんなもんだ、と諦観して死にたいわけですよ。 ヒトよりかなり強い「美味しいもの欲」という煩悩を、捨て切ってから死にたいのです。 僕は前からそう考えてきたんだけど、 あいにくそういう答えを書いている人を1人も知らない。 変わった考えなのかなぁ。 普段から恵まれた食生活をしているからそんな考えが出るんだ!ソマリアの現実を見なさい!とか言わないでね。 あなたは死ぬ前に何を食べたい? |
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