サラリーマン幼年期の終わり  --07.01.28




昨日、大阪まで日帰りで、ある方の引退ライブに行ってきた。

引退ライブといっても、ミュージシャンが引退するわけではない。
同じ会社の先輩だ。
ええと、あれは1989年くらいからだから…、もう18年も前だ。
そのころ彼と同じ部だったことがあり、その後も大阪勤務時代にいろいろお世話になった。


というか、名物社員である。
背が高く、ヒゲにつなぎにガラガラ声。
その異様な存在感で、個性豊かな大阪支社クリエーティブ(広告制作部門)の中でも特に目立っていた。

特に夜。
サングラスして北新地を闊歩し、サラリーマンとは思えないめちゃくちゃをいろいろやっていた。

飲んでる店内を破壊するなんてしょっちゅう。いまでも出入り禁止の店がたくさんあるという。
新地に駐車していたヤクザのベンツをボコボコにして逃げるという伝説も持っている。賭け事で一晩にちょっと言えないような金額を失ったりもしていたらしい。

一緒に飲みに行った若者は必ず上半身裸にされ、四つんばいにされ、皮のベルトで意味なくビシバシしばかれた(今ならパワハラだなぁ)。
たまに間違えてバックル側でしばかれて、大出血する社員もいた(今なら傷害事件だなぁ)。
でも、しばかれたことのない若者が「ボクもしばいてください!」と自ら志願するくらい名物でもあった。通過儀礼みたいなもの。背中のミミズ腫れはある種の勲章だったのだ。

彼の上司が昨日スピーチで言っていたが、彼との初対面のあと一緒に飲みに行って、体調が悪かったので酒を断ったら「しらけたこと言ってんじゃねぇーよ!」と凄まれたそうだ。何年も上の先輩に向かって初対面の夜にそんな暴言を吐いてしまっても笑い話になるような人。ま、そういう人なわけです。



でも、とても優しい人でもあった。
当時ボクは会社で隣に座っていたのだが、怖い思いを一回もしたことがない。

まだ若かったボクが背伸びして格好良く作ったラジオCMを聴いてもらったら、「あぁ、オレ、こういうの好きだよ」とガラガラ声で言ってくれたのをよく覚えている。
そして、テイストが近いから聞いてみろ、と、こっそりキース・リチャーズの「Talk is Cheap」のCDを手渡してくれたりした。それ以来ボクの中では彼とキースはどこかでだぶる。実際生き方が似ているかも。Talk is Cheapというのも彼の信条っぽい。昼間はわりと無口な人だったのだ。


名作CMを沢山作った人でもある。
当時大阪のクリエーティブは200名くらいいて、金鳥に代表されるようなベタベタなノリのヒットCMを数多く作っていたのだが、そういうのとは一線を画し、ちょっと格好いいけどちゃんと隙がある、みたいな抜群なバランスのCMを作っていた。ヒットもずいぶん飛ばした人である。

なんつうか、彼がヤンチャをやっていてくれたおかげで、周りも「あ、会社ってこんなめちゃくちゃをやってもいいんだ」と知り、組織全体がなんとなく風通しよくなっていたと思う。
この人が上にいてめちゃくちゃをやってくれていたから下は自由に息ができた、みたいなところがあるのである。

まぁ名前を書いてもいいかな。いいか。
原淳さんと言う。ハラジュン。短くて語呂がいい。名前からして得している感じ(笑)


余談だけど、まだセクハラが新語だった頃、セクシャル・ハラセラメントという言葉が局地的に流行った。もう一人セラさんというやっぱりヤンチャな先輩がいて、ふたり合わせてハラ・セラ・メント(笑)
まぁでもハイブロウかつ陰湿じゃないバカ明るいセクハラだったし、女性も笑って受け流す度量のある人しか周りに寄りつかなかったから、なんか全体にとっても豊かな大人な感じで良かったのだけど。




話を戻そう。
そのハラジュンが定年で会社を辞めるので、記念にライブをするというのである。

彼の今の同僚・部下はもちろん、彼の上司だった人たち(もちろん引退している)もわざわざ駆けつけるという。つまりはボクにとってもお懐かしい顔ばかり。十何年お世話になった方ばかり。もうこの機会を逃したら一生お会いできない方もいるだろう。それだけでも行く意味がある。

とはいえ、ライブ当日の1月27日(土)は、娘の中学受験本番の5日前。
親としても禁欲的な3ヶ月をここまで送ってきたし、5日前なんかに遠くへ外出したくない。家族全体で受験に取り組んでいる最中でもあるのだ。こんな直前に大阪行くのも顰蹙だ。


でも、これはどうしても行っておきたいと思った。

原淳さんに会いたいというだけではない。
お世話になった方たちに会いたい、というだけでもない。
なんというか、ボクにとって、たぶん「ある時代の終わり」になり、サラリーマン人生においても「ある象徴的な区切りの出来事」になる予感がしたのである。


聞けば、そのライブは14時開場で18時までやるという。
ということは…、日帰りできるじゃん!
一度は諦めかけたのだが、急遽家族に根回しして、すっ飛んで行ってきたというわけである。




さて、この引退ライブ。
4時間やるというのもなかなかスゴイが、さすがに第一線級の広告のプロたち(彼の部下・後輩たちが一丸となっている)が仕切るだけあって、プログラムはてんこもり。飽きさせないようにバラエティに富んでいる。

というか、業界では有名なクリエーターたちが裏方として文字通り走り回っているんだもん(笑) 原淳さんの前に出ると誰でも「パシリと化す」わけ。でも大阪だから、そういうパシリ状態も「おいしい」わけで、ちゃんと笑いを取っていく。


ライブハウスを借り切って、客は150人超。
開演前になんとか間に合ったのだが、会場に入るなり懐かしい顔のオンパレードで「いやどーもどーも」と話しているだけで「来た甲斐があった」状態。

まぁ久しぶりに会った人は、ボクの4ミリまで短く刈りこんだ頭髪(ハゲを逆手に取ったとも言う)を初めて見るので、「あれ〜、佐藤、頭に無精ヒゲ生えとるけど、どないしたん?」とか「うわ、坊主やん! なにやって責任とったん?」とか突っ込んでくる(笑)

「いやいや、これ、髪型なんですわ。東京で流行の。スタイリッシュな」
「あ、そうなんや! 髪型なんや! オシャレなんや! うはは」
「大阪ではまだ流行ってませんか? 遅れとんなぁ」
「んなもん流行ってほしくもないわ」

とか。
まぁお約束みたいなもので。
というか、会場に入って3秒でエセ大阪弁に戻ってしまうワタクシ。はやっ。



最初は現役女子社員のロックショーから始まった(うめ〜。ほとんどセミプロ)。
バックはスタジオ・ミュージシャン & 原淳さんのギター。

原淳さん自身、学生時代にヤマハのポプコン(だったかな)でグランプリを受賞していたりするので玄人はだしなのである。

懐かしい70年代ロックが次々と。
ステージでの演奏を見つつ、飲み放題 & 基本的に立食なのでバーボンをがばがば飲みつつ、歩き回っていろんな先輩と話す。後輩とも話す。

その後、崔洋一監督からのビデオレター。
「組織の人とはほとんど親しくならないが、原淳だけは独特のオーラがあり、深く濃くつきあった」と、いろんなエピソードを話してくれた。

そして原淳さんの半生を綴ったビデオ。
プロが作ってるからうまいうまい。初めて知ったが、原淳さん、子役として映画に出てたのね。出演場面のフィルムが流れた。お、セリフもそこそこあるじゃん。

つか、なんと映画の中で、岸恵子にお風呂で洗ってもらっている!
岸恵子に洗ってもらったことがある人なんて、この世に5人くらいしかおらんぞ!(たぶん)


で、そのまま彼が作ったCM作品集上映になだれこんだ。
昭和の匂いと、あの頃の会社の雰囲気がフィルムに塗り込められている。懐かしいなぁ。CM制作の現場でどんな会話や笑いが起こっていたかまで想像できちゃう感じ。ちゃんとフィルムの向うに作った人の顔が見える作品群。

その後、いろんな人のスピーチを経て(みんな話がうまい。必ず笑いを取る)、いろんな人のライブ(みんな歌がうまい。というか、カラオケ的にうまいのではなくて、ちゃんとパフォーマンスになっている。選曲もグッド)、彼が弾くギターのライブ(さすが!)、彼と娘との共演ライブ(娘さんのベースと歌も玄人はだし。彼のアコースティック・ギターと娘さんの歌でやった「Lovin' You」は特に良かった)、そしてラストのブルース即興絶叫大会まで、まったく飽きない4時間だった。いや4時間半くらいやったかも。


ま、演奏が上質なのも助かっている。
演奏がひどいと長丁場は持たない。きつい。
バックがスタジオ・ミュージシャンなのでしっかりしているし、このために11月からほとんど仕事しないで練習したという原淳さんのギターも想像以上に素晴らしかった。というか、出ずっぱりだったから、いったい何曲弾いたんだ?


そして、〆に原淳さんから短くスピーチがあり、奥様への花束贈呈があったあと、解散した。


いや〜〜、楽しかった〜〜。

みんながみんな、いい笑顔で帰って行く。
集まり、そして散じる。
ものすごい求心力で集まった人々が、また世の中へちりぢりばらばら散じていく。
あぁ、散じてくれるな、と心から思った。


会場を出るともう暗い。
昨日の大阪は、東京より寒く、風もあった。
「また、いつか」
「うん、またな」
みたいな挨拶をみんなとして、原淳さんとも固い握手をして、別れた。




寒くて薄暗い大阪を歩きながら、なんだかとっても哀しくなった。

原淳さんとのお別れの会だったのだが、ボクにとってもたぶん「ある時代とのお別れの会」であったからだと思う。

初めの方に書いた予感は間違っていなかった。
「ある時代の終わり」だったし、サラリーマン人生においても「ある象徴的な区切りの出来事」だったのだ。


それは、なんというか、「サラリーマンが楽しかった時代が、今日、終わったんだ」みたいなこと。


サラリーマンに一家感があった時代がついに終わった、とも言える。
ぬるい意味での終身雇用時代がついに終わった、とも言える。
昭和がついに終わった、とも言える。


別に原淳さんとそこまで縁が濃かったわけでもない。
彼が昭和の象徴であったわけでももちろんない。
でも、なんというか、会社を「一家」と考えると、ヤンチャで乱暴な次男坊って感じの人だった。家族みんなが「しょうがねぇなぁ」と笑いつつ、「でもなかなかやるよね」と一目置きつつ、温かく親密に影響しあってつきあっていた。

たぶん、そういう時代の象徴だったのだ。ボクの中で。彼は。

独立してひとりでやっている人や自営業の人には絶対わからないサラリーマンの一体感。
そして、サラリーマン人生の余得である「みんなで働く楽しさ」とか「馴れ合いの気楽さ」とか「つらさの共有感」とか「尻のぬぐい合いのぬるさ」とか「自分の居場所的安心感」とかも、彼の周りには確かに存在していた。昼も夜もみんなで一緒にめちゃくちゃ働き、みんなで一緒にめちゃくちゃ遊んだ。そこに境目はなく、つまりは人生丸ごとめちゃくちゃ楽しんだ。

そして会社も、そんなめちゃくちゃを許容し活かす度量があった。


そんな時代もそろそろ終わり、会社は一家ではなくなり、クールな共同作業工場になる。
実力主義とかいう名の下に、実力をゆっくり伸ばす間もない短期決戦の戦場になる。
わーっと働いてわーっと遊んだ一体感は消え去り、単なる生活費取得の場になる。
自分を活かして働いた結果としての報酬ではなく、自分を曲げて働いた結果として我慢料をもらう時代になる。

そんな感じ。


…オーバーかな。オーバーかも。
でも、なんだかうまく説明できない「孤独感」が胸の中にある。


中野重治の小説に「歌の別れ」というのがあって、青年の「短歌的なもの」からの別れを描いた名作なのだが、なんかそのラストを思い出す。
明日からはもう、そういう甘美なるものとお別れし、この顔に直接「向かい風」を受けて、たったひとりで荒れ野を歩いていかないといけないんだ、みたいな……。




帰り際、みんな「楽しかったなぁ。でももうこういうのも最後やろうなぁ」とか口々に言い合っている。

表面的には、こういう豪華な送別会(卒業の会?)も団塊の世代のこの人でオシマイだろうなぁ、という意味である。この下の世代はこういうことをあまりやらない気がするし。

でも、「ある楽しい時代の終わりやなぁ」という想いをこめて、みんな「最後」という言葉を使っていたと思う。


そう、サラリーマン人生が楽しかった時代が、象徴的に終わったのだ。


戦後、われわれの親世代からずっと培ってきたある種の「サラリーマン文化」がついに終わりを告げたような感慨。
東京はとっくに終わっていたが、より人間関係が濃かった大阪にもいよいよその時が来たのだ、という実感。


んでもって、ごめん。
いま会社でサラリーマンを始めたばかりの若い世代にはスマンと思う。
そういう文化を、ボクたち世代とその上が、上手に継承できなかった…。

キミたちは逆に「うざい」と思うかもしれないけど、この色濃い文化はキミたちを責任持って一人前にし、長い目で大きく育ててくれるシステムだった。

少々規格外の人間も温かく受け入れ、多少の失敗で人間を決めつけず、何度も敗者復活を許し、若い頃は劣等社員だった幾人かの青年をしっかり大化けさせて世に送り出すような、日本独特の大人の教室だった。

たかが知れてる仕事の経験を「キャリア」と呼ぶような厚かましさも、実力もないのにキャンキャン自分の待遇を主張する含羞のなさも、自分の利益不利益を嗅ぎ分けて会社を移っていくような不粋さも、ちゃんと教え諭してくれる家族だったのだ。





帰りの新幹線の中でぼんやり考える。

いい集団だったなぁ…。
んでもって、いい時代にいい集団の中にいられてラッキーだったなぁ…。

まぁもちろん、あの時代のDNAを持った人々は世の中にいっぱいいるわけで、まだ会社にもいっぱい残っているわけで、単に懐古的になったり悲観的になったりするのも失礼なことなんだけど、なんかボクの中では昨日を境に「過去」になってしまった気がする。

あ、別に「会社を辞める」とかそういう意味ではなく。

終身雇用的で一家的な、楽しくもぬるいサラリーマン幼年期が、ボクの中で過去になってしまっただけ。




ボクは昨日、心の中のどこかでまだ期待していた「何か」に、ポチッと終止符を打った。




終わったんだな…。




いままで、ありがとう。 ホント、楽しかった。





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