昨日、大阪まで日帰りで、ある方の引退ライブに行ってきた。 引退ライブといっても、ミュージシャンが引退するわけではない。 というか、名物社員である。 特に夜。 飲んでる店内を破壊するなんてしょっちゅう。いまでも出入り禁止の店がたくさんあるという。 一緒に飲みに行った若者は必ず上半身裸にされ、四つんばいにされ、皮のベルトで意味なくビシバシしばかれた(今ならパワハラだなぁ)。 彼の上司が昨日スピーチで言っていたが、彼との初対面のあと一緒に飲みに行って、体調が悪かったので酒を断ったら「しらけたこと言ってんじゃねぇーよ!」と凄まれたそうだ。何年も上の先輩に向かって初対面の夜にそんな暴言を吐いてしまっても笑い話になるような人。ま、そういう人なわけです。 でも、とても優しい人でもあった。 まだ若かったボクが背伸びして格好良く作ったラジオCMを聴いてもらったら、「あぁ、オレ、こういうの好きだよ」とガラガラ声で言ってくれたのをよく覚えている。 名作CMを沢山作った人でもある。 なんつうか、彼がヤンチャをやっていてくれたおかげで、周りも「あ、会社ってこんなめちゃくちゃをやってもいいんだ」と知り、組織全体がなんとなく風通しよくなっていたと思う。 まぁ名前を書いてもいいかな。いいか。 余談だけど、まだセクハラが新語だった頃、セクシャル・ハラセラメントという言葉が局地的に流行った。もう一人セラさんというやっぱりヤンチャな先輩がいて、ふたり合わせてハラ・セラ・メント(笑) 話を戻そう。 彼の今の同僚・部下はもちろん、彼の上司だった人たち(もちろん引退している)もわざわざ駆けつけるという。つまりはボクにとってもお懐かしい顔ばかり。十何年お世話になった方ばかり。もうこの機会を逃したら一生お会いできない方もいるだろう。それだけでも行く意味がある。 とはいえ、ライブ当日の1月27日(土)は、娘の中学受験本番の5日前。 でも、これはどうしても行っておきたいと思った。 原淳さんに会いたいというだけではない。 聞けば、そのライブは14時開場で18時までやるという。 さて、この引退ライブ。 というか、業界では有名なクリエーターたちが裏方として文字通り走り回っているんだもん(笑) 原淳さんの前に出ると誰でも「パシリと化す」わけ。でも大阪だから、そういうパシリ状態も「おいしい」わけで、ちゃんと笑いを取っていく。 ライブハウスを借り切って、客は150人超。 まぁ久しぶりに会った人は、ボクの4ミリまで短く刈りこんだ頭髪(ハゲを逆手に取ったとも言う)を初めて見るので、「あれ〜、佐藤、頭に無精ヒゲ生えとるけど、どないしたん?」とか「うわ、坊主やん! なにやって責任とったん?」とか突っ込んでくる(笑) 「いやいや、これ、髪型なんですわ。東京で流行の。スタイリッシュな」 とか。 最初は現役女子社員のロックショーから始まった(うめ〜。ほとんどセミプロ)。 原淳さん自身、学生時代にヤマハのポプコン(だったかな)でグランプリを受賞していたりするので玄人はだしなのである。 懐かしい70年代ロックが次々と。 その後、崔洋一監督からのビデオレター。 そして原淳さんの半生を綴ったビデオ。 つか、なんと映画の中で、岸恵子にお風呂で洗ってもらっている! で、そのまま彼が作ったCM作品集上映になだれこんだ。 その後、いろんな人のスピーチを経て(みんな話がうまい。必ず笑いを取る)、いろんな人のライブ(みんな歌がうまい。というか、カラオケ的にうまいのではなくて、ちゃんとパフォーマンスになっている。選曲もグッド)、彼が弾くギターのライブ(さすが!)、彼と娘との共演ライブ(娘さんのベースと歌も玄人はだし。彼のアコースティック・ギターと娘さんの歌でやった「Lovin' You」は特に良かった)、そしてラストのブルース即興絶叫大会まで、まったく飽きない4時間だった。いや4時間半くらいやったかも。 ま、演奏が上質なのも助かっている。 そして、〆に原淳さんから短くスピーチがあり、奥様への花束贈呈があったあと、解散した。 いや〜〜、楽しかった〜〜。 みんながみんな、いい笑顔で帰って行く。 会場を出るともう暗い。 寒くて薄暗い大阪を歩きながら、なんだかとっても哀しくなった。 原淳さんとのお別れの会だったのだが、ボクにとってもたぶん「ある時代とのお別れの会」であったからだと思う。 初めの方に書いた予感は間違っていなかった。 それは、なんというか、「サラリーマンが楽しかった時代が、今日、終わったんだ」みたいなこと。 サラリーマンに一家感があった時代がついに終わった、とも言える。 別に原淳さんとそこまで縁が濃かったわけでもない。 たぶん、そういう時代の象徴だったのだ。ボクの中で。彼は。 独立してひとりでやっている人や自営業の人には絶対わからないサラリーマンの一体感。 そして会社も、そんなめちゃくちゃを許容し活かす度量があった。 そんな時代もそろそろ終わり、会社は一家ではなくなり、クールな共同作業工場になる。 そんな感じ。 …オーバーかな。オーバーかも。 中野重治の小説に「歌の別れ」というのがあって、青年の「短歌的なもの」からの別れを描いた名作なのだが、なんかそのラストを思い出す。 帰り際、みんな「楽しかったなぁ。でももうこういうのも最後やろうなぁ」とか口々に言い合っている。 表面的には、こういう豪華な送別会(卒業の会?)も団塊の世代のこの人でオシマイだろうなぁ、という意味である。この下の世代はこういうことをあまりやらない気がするし。 でも、「ある楽しい時代の終わりやなぁ」という想いをこめて、みんな「最後」という言葉を使っていたと思う。 そう、サラリーマン人生が楽しかった時代が、象徴的に終わったのだ。 戦後、われわれの親世代からずっと培ってきたある種の「サラリーマン文化」がついに終わりを告げたような感慨。 んでもって、ごめん。 キミたちは逆に「うざい」と思うかもしれないけど、この色濃い文化はキミたちを責任持って一人前にし、長い目で大きく育ててくれるシステムだった。 少々規格外の人間も温かく受け入れ、多少の失敗で人間を決めつけず、何度も敗者復活を許し、若い頃は劣等社員だった幾人かの青年をしっかり大化けさせて世に送り出すような、日本独特の大人の教室だった。 たかが知れてる仕事の経験を「キャリア」と呼ぶような厚かましさも、実力もないのにキャンキャン自分の待遇を主張する含羞のなさも、自分の利益不利益を嗅ぎ分けて会社を移っていくような不粋さも、ちゃんと教え諭してくれる家族だったのだ。 帰りの新幹線の中でぼんやり考える。 いい集団だったなぁ…。 まぁもちろん、あの時代のDNAを持った人々は世の中にいっぱいいるわけで、まだ会社にもいっぱい残っているわけで、単に懐古的になったり悲観的になったりするのも失礼なことなんだけど、なんかボクの中では昨日を境に「過去」になってしまった気がする。 あ、別に「会社を辞める」とかそういう意味ではなく。 終身雇用的で一家的な、楽しくもぬるいサラリーマン幼年期が、ボクの中で過去になってしまっただけ。 ボクは昨日、心の中のどこかでまだ期待していた「何か」に、ポチッと終止符を打った。 終わったんだな…。 いままで、ありがとう。 ホント、楽しかった。 |
不定期日記「雑談な日常」目次へ
「www.さとなお.com」トップページへ