有史以来一番幸せではある  --02.03.25 





タクシーに乗った。

都会のタクシーはいまの経済状況をはかる格好のバロメーターである。

経済状況に敏感に反応し、好況だとお客さんは俄然増えるし、不況だとガクッと減る。
盛り場の状況もよくわかるし、企業の状況もよくわかる。
「いまゼネコンからはまるで無線がないねぇ。あ、でも○○建設はかなりマシ」など、具体的な話もわりと聞ける。
タクシー運転手はおいしい店を知っている、という風評はまるでウソだと断言できるが、経済状況を肌で掴んでいるのは確かだと思うのである。



「どうですか? お客さんの数、少し増えたんじゃない?」

そんなこともあって、気軽にそう聞いたボクの言葉にその運転手さんは過剰に反応した。

「え? いやー全然ダメだよ。景気上向きなんてまるでウソだね」

ふーん、と返す間もなく、待ってましたとばかり続く、愚痴の嵐。

その運転手さんの愚痴は、不況の話からムネオ系の話になり、果ては教育問題からアメリカの昨今の態度まで、とどまるところを知らない。主張の根本は「日本はもうダメ」であった。かなり厭世的になっていらっしゃる。気持ちはわからんでもない。ボクも2月頃はかなり厭世的であった。

おっしゃるとおり、日本はいまだにアメリカの属国だし、不況で経済失墜しているし、デフレで大変だし、官僚主義の弊害は目に余るし、政治家は私利私欲に走るし、少子化で先は暗いし、若いのはぶらぶらフリーターしてるし、子供は昔の純粋さを失ったし……(あと何だったっけ、運転手さん)。

そう、おっしゃるとおり。
独立心も好況も構造改革も出産奨励も教育も、すべて大事。
いまある問題をちゃんと解決して、今日よりいい明日を目指すべきではある。




でもさ。
文句ばかり言うけどさ。

それってなんというか、例えば「電車が15分遅れて駅員に『どうなってんだ!』とどなりこんでるオッサン」みたいな感じがするな(←例がわかりにくいがな)。

毎日あんなに正確に運行している、世界でも希有な日本の電車。
正確に動いているときは感謝も示さず幸せも感じないくせに、たった15分遅れただけでどなりこむ狭量さ。自分のだらしない日常を棚に上げてヒトや社会のだらしなさを責める醜さ。
一方で、外国の電車の不正確さを「きわめて人間的である」と褒めるオッサンすらいる。何が望みで、何がしたいねん。



確かに日本は実質上アメリカの属国に近い。日本人の良さも崩壊したかに見える。
でも、アメリカ相手に戦って敗戦してからまだたった57年なんだよ。主要都市が焼け野原になってから、まだたった57年。なにもかもアメリカに劣った国民という劣等感を植え付けられてから、たったの57年。
いずれアメリカが作った日本骨抜き目的の憲法を自分たちの手で作り直す必要もあるだろうし、アメリカ軍基地に守られている状況から自分たちで国を守る状況へと変えていかないといけないだろう。
でも、たった57年でここまで復活した奇跡をもうちょっと認めようよ。そしてもう少し時間をかけて、ゆっくり日本を育てようよ。そんなに自己否定ばかりしないで、ちゃんと誇ろうよ。


確かに不況で経済失墜している。
でもさ、バブルで痛い目にあったじゃん。好況を追うことが必ずしも人間の幸せにつながらないってあのとき学んだじゃん。不況不況って地獄のように騒いでいるけど、不況はそこまでみんなを不幸せにしたのか? リストラにあったヒトは気の毒だけど、その分ヒトの温かさに触れたりしたのではないか。好況は必ずしもヒトを幸せにはしない。なのに日本はまた闇雲に好況を望んでいる。不況がすべて悪いと決めつけている。またバブルに帰りたいのか? 不況なりの幸せ、高度成長しない社会としての幸せ、を、探す手はないのか?


だいたい、デフレも騒ぎすぎじゃないか?
ニューヨークやロンドンやパリに比べてどれだけ東京の物価が高いか、我々はたった数年前に嘆いてはいなかったか。忘れたとは言わせない。「日本は物価が高いねー」ってタクシー運転手さんもみんな嘆いていたぞ。食い物から服から車から土地から、なんでも世界が驚愕するくらい高かったのが日本なのだ。で、物価をなんとか下げて内外価格差をなくすことは日本人の悲願だったのだ。不可能に思えるくらいの悲願だったのだ。
それが(企業努力もあって)達成されつつある途端、諸悪の根源のようにデフレを責める。企業が儲からないからとインフレに戻そうとする。じゃぁ最初から内外価格差を嘆くなよ。物価を安くするというゴールにたどり着いた途端、手のひら返すのはやめようよ。いったい何が目的で何をしたいのかさっぱりわからん。


官僚だってそうだ。
官僚ばかり責めているが、官僚が号令をかけ企業を守り一体となって走ってきたからこそ、いまの日本の奇跡的繁栄・復活があるのである。官僚が守ったから、過当競争も価格下落もなく会社がつぶれる心配もなかったのだ。官僚が規制の嵐で海外企業から日本の企業を守ったから、みんな安心してぬくぬく成長できたのだ。
確かにその過程で癒着はできる。仕組み的にそうなっている。理不尽な規制も多かったであろう。でも、経済基盤が貧弱だった頃、官僚がそれをしなければ、日本は必ずやつぶれていただろう。
成長が終わった日本では、官僚主義の弊害ばかりが目につくのは確か。変えないといけない。日本の官僚主義のお手本であるドイツも早々に官僚主義を捨て去った。ただ、国民は「官僚は美味しい汁を吸ってきた」みたいなウラヤミとヒガミから官僚の足を引っ張ろうとしているが、でも本当に美味しい汁を吸ってきたのは官僚に守られてきた国民だったことも忘れて官僚ばかり責めるのはアンフェアだ。見ていてちょっと恥ずかしい。


ムネオ氏?
嫌いだよ。あんな上司がいたら目も当てられない。でも、企業にああいうヒトがいたら絶対出世する。たたき上げで社長になるのはああいうタイプ。日本の偉いヒトの典型ではないか。我々の民度・品位の反映ではないか。私利私欲に走らない国民がどれほどいる。クリーンなバカよりダーティなヤリ手の方がまだまだ必要な国なのだ。彼の剛腕があったからこそ決まってきた重要案件もたくさんあるだろう。9.11の直後にタジキスタンに飛んだ瞬発力もたいしたものだ。ただ単に全否定して足を引っ張るだけでなく、フェアにそういう点も露出し認めるべきだ。だいたい今の政治の現場では、働くヒトほど汚れてしまうのである。そういう仕組みになっている。言っておくがムネオ氏の言動を認めているわけではまるでない。古い政治はもういらない。が、今回のリンチみたいなイジメは醜い。彼には良いところもあり悪いところもあった。悪い部分は裁かれないといけない。それでいいじゃないか。彼を責めるヒトはみな聖人君子なのか。
だいたいマキコ氏よりは実績を上げているだろう。なのにマキコ氏を認めるヒトは多い。マキコ氏はクリーンだからいいのか。クリーンだったら団体行動が全くできない政治家でも認められるのか。外務大臣の仕事は究極の団体行動ではないのか。「マキコさんは女性の気持ちを代弁してくれるから」とオバチャンたちは言うが(以下30行ほど自粛。マキコ氏問題をうかつに書くと怖いし。うはは)


少子化もそんなに悪いか。
だいたい、日本は長いこと人口過密を憂いていたのではないか。人口密度をバングラディシュとかと比べていたではないか。人口超過による過当競争に苦しんできたのではないのか。少子化は子供たちから過当競争をなくし、豊かな自然環境を与えるかもしれないではないか。高齢化・少子化により日本経済は破綻するなどと言うが、高度成長期と同じ生活をしながら高齢化・少子化すると考えるからいけないのだ。生活のレベルを下げてみんなで楽しむという方向性はないのか。
超高齢化だってそれほど不幸なのか? 少子で支えないといけないと言うが望むところではないか。いったい人類の歴史上で「平和で豊かで長生きのヒトが多い国」というのはあらゆる国の目標ではないのか。戦争して領土を広げようが経済大国で大儲けしようが、平和で豊かで長生きできる国には結局かなわない。人生の究極の目的がそこにあるからだ。長生きのご老人が多い社会はユートピアである。我々はユートピアに住んでいるのだ。



・・・いや、もうやめよう。



日本がダメだ、最低だという論を聞くと、ついやっきになって日本を弁護したくなるボクである(上記、弁護のあまり極論を言っている部分が多々あることをご了承ください。変なメール送らないでね)。




でもさ、日本ってそんなに不幸なの?

有史以来、日本人がこんなに幸せであったことはないのではないか?


人生の選択肢が様々にある「生き方の自由」。餓死する人がほとんどおらずどんな食事でも選べる「食の豊かさ」。他国や過去に比べて貧富の差が極端に少ない「平等な社会」。反体制的発言をしても逮捕されない「表現の自由」。他国と自由に行き来できる「移動の自由」。どんな思想や趣味を持とうがその人の勝手と認められる「統制のない社会」・・・・・


これらが、いまの日本ほど確保された社会って、有史以来ほとんどないのではないか。


これらの権利を得るために、どれだけの血が流されてきたか。
どれだけの人がこれらを切望し、闘ってきたか。


もちろん、もっと幸せになろう、は間違っていない。
行き過ぎたことを是正して、よりよい社会を目指すのはとてもいいことだ。


でも、足ることを知らないと際限がない。

きちんと幸せを感じられる「幸せ感性」みたいなものは、ちゃんと持っておきたい。



そう思うのである。


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