お久しぶりです。 自分でも何だか「約半年ぶり〜!」的感のある不定期日記。 でも前回の日記からまだ1ヶ月ちょいなんだよね。あー、なのになんでこんなに久しぶりな感じがするのだろう。書きたい面白ネタはいろいろあったんだけど、いつものおちゃらけた調子でそれらを書くには精神的余裕がなさすぎて・・・。何度も書き始めて何度も挫折。時期をはずしてしまってもう書けなくなってしまったネタもいくつか。面白いネタだったのにぃぃ(ネタだったのか!)。 しかし、前回の日記や2月頃のさなメモをいま読むと、あの頃いかに精神的余裕がなかったのかが丸わかり。 河合隼雄の名言に「正しいことを言いだすと、決まって人は悪いことをする」みたいのがあるけど、それに近い感じ。ちょっと視野狭窄に近い余裕のなさに捕らわれていたですね。そういう時に文章を書くとヤバい。正論は自分を窮屈に窮屈にするから、ジョークすら上手に書けなくなってくる。 ジョークって要は「自分の客観化」に近い精神活動だから、余裕がないと出ないわけで。修羅場でどの程度ジョークが言えるかで大人度が測れるくらいなもんで。 余裕がなかった理由としては、個人的にいろいろと参っていて自信も活気もやる気も失ったというのが大きい。 あと、9.11以来、地球上のパワーゲームを個人的問題意識として出来る限り追ってきたんだけど、その結果「どーしよーもない閉塞感」に自分自身が捕らわれてしまって越えることが出来なくなった、というのもかなりでかい。 アメリカ一国主義に憤っているうちはまだ良かったが、それが無力感につながりはじめて・・・何も努力していないのに無力感に襲われるなんて厚かましい!と思いつつ、どうにも立ち上がれなかったのでした。 この状態はヤバいな、と感じ始めたのが2月の中旬くらい。 なんとか気分転換して乗り切ろうと、無理矢理うまいものを喰いに行ったり、泣ける映画を見たり、会社休んで何にもしない日を作ったり、いろいろした。 で、優子がたまたま「久しぶりにスキーとかしたいねぇ」とつぶやくのを聞いて「お、よし、スキーにでも行くか!」とすぐ話に乗り、行くなら北海道がいいねとネットで検索しまくって情報を集めたらやっぱり高い。飛行機代考えるとかなーり散財。うーむ・・・気分転換に散財するのもいいが、それにしても予算を越える。 だいたい我々夫婦は10年以上ぶりのスキーだし娘はスキー初体験だから、そこまで金出して行ってもそんなに滑れないかもしれないし。 ということで北海道はあっさり諦め、近場の軽井沢で手を打った。 軽井沢プリンスホテルの人工雪ゲレンデ。 うはは。緩斜面でオコチャマ的だが、10年以上ぶりにはちょうどいいかもだし、小一の子供もそれなりに楽しめるかもだし。 で、5日後の週末。 ウェアも板もレンタルすることにして、非常に身軽に新幹線に飛び乗った家族三人だったが・・・ なんと2時間後にはゲレンデに立ってまちた。 「近いー!」 「近すぎてつまらん!」 「あの、重い板をかついで深夜バスに乗り、死ぬ思いでスキーに行った日々はなんだったのよ!」 いや、マジで。 家の玄関からたった2時間。 朝11時にゆっくり家を出て、電車乗って、東京駅で新幹線に乗り換えて、軽井沢駅で降りてホテルまで歩いて、ウェアと板借りて、借りたコテージで着替えて・・・13時すぎにはリフト乗り場にいたですよ!!! 帰りの日も、16時にスキーをやめて、ウェアと板返して、ちょうど来た新幹線に飛び乗って・・・なんと18時すぎには自宅最寄り駅前の牛角で焼き肉焼いてましたですよ!!! これって、下手な遊園地とか行くより近いかも・・・ しかも・・・ 軽井沢駅前、雪はどこにも見あたらず! 「ゆ、雪がないわ!」 「うーむ、道の脇の土のところにも雪がない」 「みんなドテラとか着ないで、お洒落して歩いてる!」 「・・・ドテラはさすがに着ないだろうよ」 「スキー場の村を歩くオバサンはドテラ着てないとスキー気分になれないわ!」 「キミ・・・貧しい民宿スキーしてたのだねぇ」 「私のスキーのイメージは、狭くて暑い深夜バスと板の重さと民宿と野沢菜とホッカイロよ」 「・・・」 いやしかし、マジで目を疑ったのである。 軽井沢プリンスホテルは、新幹線の駅から歩いて10分くらい。人工雪のゲレンデはホテルの前に広がっているから、スキー場の雪は見えるのだが、そこ以外に雪は皆無。うへー。 そのうえ、駅前には巨大アウトレットモールが広がっており、みんなお洒落して買い物とかしているのである。 ダナ・キャランとかFILAとかナイキとかエディ・バウワーとかをウィンドウ・ショッピングしながら、雪がまったくない中、普通の靴でカツカツとゲレンデに向かう私たち。 ボクたちスキーに来たのだよね・・・ ホテルに着くと、その真ん前がゲレンデで、いきなり雪が出現する。 かなりシュールだ。 で、チェックインして、借りたコテージ(リフト券と朝食がついて1LDKの部屋が3人で27000円)まで歩く。 コテージは林の中にあるのだが、そこまで行く間もほとんど雪はない。とにかくゲレンデのみ雪があるのである。 でもって、借りたコテージからリフト乗り場までなんと15歩! 15分じゃないぞ、15歩なのだぞ。 ピンポーン先にお進みください、ピンポーン先にお進みください、というリフレインがリフト乗り場から盛大に聞こえてくる。 「トイレとかにすぐ帰って来れていいわね」 まぁいいにはいいが・・・コテージ前に雪はない。でも15歩歩くと雪のゲレンデなのだ。うーむ。 コテージで調べてみると、軽井沢のテレビは東京の我が家と全く同じチャンネル構成(普通地方はチャンネル構成が違うものだが、ここは東京と一緒)。娘が見たがるテレビ番組も東京の我が家と同じようにすべて見られる。 そのうえ、コテージにピザーラのメニューが置いてあり、30分でピザーラお届け!だったり(泣 「おい、なんか東京で出来ることがなんでも出来るな、ここ」 「東京と同じ生活が出来て、しかもリフト乗り場まで15歩・・・」 なんというか、都会生活に無理なくスキーが導入された感じなのである。 まだある。 山頂でも携帯電話が通じるのだ。 つか、ゲレンデ中、どこも圏外にならない! 一応、迷子にならないように夫婦で携帯持って滑っていたのだが、山頂でプルルルルと仕事の携帯が鳴ったときはビビッた。 「あ、佐藤さん、○○ですー。いま、会議中じゃない?」 「い、いや、大丈夫です。なんでしょう?」 と、スキーに来てないふりして会話するボク。相手もまったく気が付かない。 スポンサーに立ち寄りとかウソついて、スキーに来れるじゃん! ま、肝心のスキーは、ゲレンデが緩斜面中心だったこともあり、すぐに勘を取り戻して、高速パラレルとかでバンバン滑れた。 そのうえ、初体験の響子は、予想に反して(超怖がりで運痴だから斜面を怖がると思っていた)すぐボーゲンを覚え、山頂まで家族でリフトで行って、一緒に滑って降りてこれるように半日でなった。 人工雪ゲレンデは、午後になるとベチャベチャだったけど、午前中はわりといい雪質で、コースも林間とかあって予想よりずいぶん楽しめたなぁという感じ。ま、1日で飽きるコースではあるけど。 ただ、ボーゲンがすぐに出来た響子にターンを教えようと優子が先導したのだが(ボクは暴走スノボ野郎が響子にぶつからないように、響子のすぐ後ろを滑り防御していた。んでもって一度ひどく衝突され背中にアザを作った)、相変わらず優子は右と左がこんがらがるのだ。 自動車のナビしていても、右と左をしょっしゅう間違える彼女である。右・・じゃなくて左!とか混乱したあげく、ひぎ!みだり!とか言ってしまう癖もまだ直らない彼女である。 はい、左足に体重のせて〜〜〜右に曲がるわよ〜〜〜違う!そっちじゃなくてこっち!だから左足に体重のせて!!・・・あ、左じゃなくて右っ!! 違うっ!! 右っ!! 右足に体重のせて!!! だから左じゃなくて右じゃなくて、えっと、こっちの足だって言ってるでしょ!! 私を見て! こっちの足よっ!!! 自分の右足をバンバン叩いてどなる優子。 ・・・あんたが間違ってるのに響子をどなるなってば。 それに、初心者の響子に、キミの足を見ている余裕なんかないってば。 ま、とにかく、10年以上ぶりのスキーは、実にシュールであったのだが、妙に気分転換になり、スキーをキッカケにして、ボクはようやく立ち直りはじめたのでありました。 響子は最後の最後に暴走スノボ野郎にぶつかられ、ちょっとスキーを怖いと思ったらしいが、いまではそんなことも忘れ、またスキーに行きたい!と騒いでいる。 つか、軽井沢や湯沢あたりなら日帰りで充分だね。(便利になりすぎて宿泊客がいなくなり、観光地として打撃を受けるという矛盾をあの辺の村は目の当たりにしているだろう) ザウスがつぶれたのも、わかる気がする。 2時間で山のゲレンデに立てるのである。手ぶらで行って手ぶらで帰ってこれる。都会生活にそのままスキーを導入できる時代なのである。 その便利さが真に幸せかどうか別にして、少なくとも50年前の人たちに見せたらユートピアだと言い切ることだろう。 文句ばかり言わず、正論や理屈ばかりこねず、精神的余裕を持ってまず目の前の生活を享受しよう・・・そんな気分転換になったわけですね。うむうむ。いろいろご心配かけてスイマセンでした。 p.s.1 10年以上ぶりのスキー場は、様相が一変。 なにしろスノボが8割なのだ。 で、必ずいるはずのボーゲン初心者軍団がおらず、初心者は全員スノボ。つまり、スキーをやっている人は中級者以上しかいない。 年齢でも、35歳以上以下でスキーとスノボがまっぷたつに分かれていた。 35歳以上でスノボやっている人は少数。ほとんどがスキー。 35歳以下でスキーやっている人は少数。ほとんどがスノボ。 うーむ。 p.s.2 三宅裕司が家族で滑りに来ていた。 リフト待ちのタイミングがなぜか一致して、よく前後になったが、回りのスノボ学生が「みやけゆーじです。どっちのりょーりしょー!」とか声マネをしてて、苦笑してはった。 で、スキーはとても上手でござった。 |
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