腐った40歳になってはいないか  --02.0205 





ちょっと考えさせられる話を読んだ。

福田和也の「贅沢入門」という本の中の一節(p83)。


 天賞堂の逸話で、すごい話があります。友人から聞いたのですがね。
 彼のアメリカ人の友達、大金持ちだそうですが、天賞堂にNゲージのレイアウトを注文して送らせたそうです。
 頼んだ人もまた、気になっていたそうです。やっぱり、とてもデリケートなものですから。
 で、どう送ってきたか。
 どれほど大きなケースに、ショック・アブソーバーをつけて送ってくるか、と思っていたら、まったく違った。
 ただ、レイアウトの上に、透明なプラスチックを被せただけ。
 でも、中身がきちんと見えるようになっている。
 そうすると、誰でも、中を見るとそれがいかに見事であり、かつ繊細かわかるわけですね。
 わかれば、きわめて丁寧に扱ってくれる。
 悪名高い、アメリカの航空機荷物の扱いにおいても、天賞堂の仕上げを見ると、最大限の注意を払ってくれる、という強い自信と自負からの包装ですね。
 それで、実際無傷で届いたそうです。


全文はネット上にもある(ここ
天賞堂というのは、銀座にある、模型好きの聖地とも言うべき店。レイアウトというのは、まぁジオラマみたいなもので、レールとか風景とかがすべて作り込んである芸術品。



性悪説に立って、守ったり規制したりするのは簡単だ。

ヒトを無邪気に信じてみる。
20歳のころは無意識に出来たそういうことを、忘れかけてくるのが40歳という年齢である(←ボクの歳)。

政治や役人や法律が、慎重になるあまり性悪説に立ってしまうのを、実感として理解できてしまう年齢なのである。


振り返ってみる。
ボクに、いま、天賞堂のような「ヒトを信じた」発想が出来るだろうか。

囲いすぎていないか。守りすぎていないか。

仕事に対しても、子育てに対しても、そして人間に対しても。




腐った40歳になってはいないか?







ちょっと考えさせられる話を読んだ。

毎日新聞の発信箱というコラム。1週間ほど前の朝刊に載っていた、中井良則という北米総局の記者が書いている「ガルブレイス先生の礼賛」という小さなコラムの中の一節。


 「日本は再び世界の偉大な模範になっているね。これでもう十分だ、と決めてしまった。物やサービスをもっと手に入れようと働き続けるより、余暇がある生活の方がいいというわけだ」
 皮肉か冗談か。どう応じていいか迷った。
 「執ように続く経済成長より、もっと幸せな公式を見いだした。10年間の景気後退のことだが」
 「いえ、それが大問題なのです」とさえぎろうとしたが、先生は続ける。
 「なかなか良い選択だったようだね。物やサービスの生産を低くする。必要もない鉄道はもう造らない」
 昨年、お会いした時も「経済にあまり力を入れなくとも、心地よくあればいいと日本は発見した」と礼賛論をうかがったのを思い出す。
 「これは世界でまったく例がない。リラックスした平和な存在たらん、というわけだ」
 先生は本気で褒めている。競争原理や経済成長だけが幸せを約束しない。眼光紙背に徹する知識人の元祖のような人にいわれると、不況もむべなるかな、という気がしてきた。


ガルブレイスについては、知らない人はいないだろう。
「不確実性の時代」を書いて有名になった経済学者である。もう93歳になる。

ガルブレイスの日本に対する買いかぶりは置いといて。



日本人は経済成長が必ずしも本当の豊かさにつながらないということを学んだはずだ。
なのに、景気が回復すれば人生の豊かさが戻ってくるとまたしても勘違いし、景気不景気の話ばかりしている。日本の成長がどうのとかいう話ばかりしている。
もう一度成長したからって、どこに行けるわけでもないのは、特に40歳くらいの年齢の連中は理解している。


でも。
40年生きてきた価値観を捨てられなくなりはじめるのも40歳という年齢である。

いままでの人生での道程・苦労を捨てるのがもったいなくなる。
守りに入る。
新しい価値観に身を染めるにはもうちょっと遅いししんどいと、身体のどこかが訴えている。



ボクはどうだろう?
40年間続けてきた「競争」から「社会的価値観」から、誇りを持って降りられるだろうか?




臆病な40歳になってはいないか?








ちょっと考えさせられる話を読んだ。

徳岡孝夫の「舌づくし」の中の一節(p14)。


 天下を取った信長は、ここに壮麗な安土城を築いた。その城も琵琶湖のほとりの高台にある。城郭は石組みといわず天守といわず、当時最高の技術を使った。城下に外国人宣教師を招いて、教会や神学校を建てさせ、町にはオルガンの音が流れた。散歩する信長が、教会の窓の外から首をのばし、オルガンを弾く神父に話しかけることもあったという。本能寺の変がなければ、日本はポルトガルの植民地になり、今日われわれはポルトガル語を喋っていたかもしれない。鎖国も明治維新もなく、日本どころか世界の歴史が今とは違っていたことだろう。そういうビッグバンへの跳躍台になりかけたのが安土だった。


本筋に関係のない、さりげない一節であった。
こうして信長の話に触れたあと、安土の鮒酢の話に移っていくつなぎの文章。
でも、やけに気になった。



ボクだけかもしれないが、ボクはいままで「あのまま信長の天下が続いていたら、日本はポルトガルの植民地になっていたかもしれない」という発想をしたことがなかった。

というか、中学時代から歴史ものが好きで、信長なんてボクの思索対象の常連さんだったのに、こんなことにも発想が及ばなかったなんて、と、とっても悔しく思った。

そして、頭が柔らかいことは人生を豊かにするなぁと、子供みたいなことを思った。



40歳になり、日々自分の頭脳の衰えを実感している。

この歳になると、脳細胞は毎日数億単位で死滅していっているのが現状なのだろう。

そして、「ま、みんなそんなもんだ」と、頭を鍛えず老いるにまかせている自分もいる。
まとめとかはうまくなってきているが、新しい発想が出来なくなってきている自分をどこかで許している。
それをいいことに、脳みそはどんどん硬直化していっている。


本当に怖いのは、脳細胞の死滅ではない。
それを「言い訳」にして安易な道を歩こうとしている自分の心である。




しょーもない40歳になってはいないか?


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