■ぶじ もうかれこれ5ヶ月近く、毎月200時間弱の残業を「ひえ〜」とこなしているボクである。 つうか、終わらん。 食べても食べても減らない超特大ラーメンを食べている感じ。 減らないどころか、麺がスープをすってどんどん大きくなっていく。 こんなに働いているのに、次から次へと峠がやってくる。ひとつの峠を越すとまた次の峠。予定ではこの忙しさが最低でもあと3年は続くはずなのである・・・。嗚呼。 一口に200時間残業と言っても、それはそれ、なかなかのものである。 一月25日働くとして、一日当たり8時間残業してやっと200時間だからねー。18時に終わったあと8時間するとしたら26時。これを毎日やってやっと200時間。ま、休日出勤もしまくっているからここまではいかないが、そんな生活を5ヶ月近く続けていると、さすがに貯金が減っていく。体力という名の大事な貯金。 残業代は増えるからお金的貯金は増えるのだが、反面、体力は減りまくるのだ。 200メートルも歩くと息切れがしたりする。 体力激減。 あまりに忙しくなってくると、タクシーの中だけでも休みたい、って感じになってきて、電車に乗らなくなる。自腹でどんどこタクシーに乗るようになる。まるで運動らしい運動をしない毎日。悪循環。うーむ。 そのうえ、カラダの各所に自覚症状的に悪い部分が出てきていて、こりゃー1日も早く検査に行かんとヤバイ!とさすがのボクも焦っていたのだった。 で、人間ドックに行ってきた。 「もしかしたら、ボク、そのまま入院かもしれないから。あとは頼む」 家族ではなく仕事の仲間たちにそう告げて(もう戦友みたいなものだからね、彼らは)、甘美なる自己憐憫を心の隅に湛えつつ、半日ドックにとりあえず入った。 一通り検査を済ます。 午後にはもう血液検査など主要な結果は出るので(はや!)、それをもとに、医師による診断を受けた。 「えーと、佐藤さんはっと・・・・・・γ-GTPと尿酸値が悪いですね。これはねー、贅沢病みたいなものですね。ええっと、美食とお酒をやめてください。特にお酒かなー。γ-GTP、かなり悪いですからね。まー、あとはだいたい正常ですね。」 「は? 正常?・・・あの、それだけ?」 「ええ。あ、それとね、脂系は避けてくださいね。問診によると豆類をよく食べているみたいだけど、実は納豆とか豆腐とかも脂質が多くて・・・」 「あ、あのー、過労とかの数値は・・・」 「過労??・・・いや、特に過労の数値っていうのはないんだけど、まぁ過労な場合は例えばコレとコレの数値が同時に悪くなったりするけど、佐藤さんの場合はそんなことないですしねー。気のせいではないですか?」 気のせいなんかい!! 「佐藤さんのカラダはまだあまり忙しいと感じてないみたいですねー、ははは」 ボ、ボクのカラダって、忙しさ不感症?? ■はじ 現在、そうやって残業しまくり身も心も捧げているその仕事は、日本のとある大クライアントの仕事であるが、システム系やコンテンツの一部を海外の制作者にも頼っている。 というか、クライアントの方針で、もともとそういう体制になっている。 その「総合ミーティング」がこの前日本であった。 日本人出席者10人(うち、クライアント7人。うちの会社3人)。 中国人4人。 フランス人1人。 なんとなく予期はしていた。 ヤバイ予感は、あった。 でもでも。 いわゆる「クリエィティブな打ち合わせ」でそういうことは起こらないはずだ、と、どこかで思ってもいた。 ビジネスの現場ではない。株とか為替の現場でもないのだ。 第一、ここは日本だ。しかも日本の会社の仕事であり、日本で公開する仕事の打ち合わせだ。海外からの来訪者が日本語を覚えてくるべきであり、そうでなければ通訳をつれてくるべきであろう。 などと、心の中で怖い考えを必死に排除しつつ、そのミーティングに出席した。 ら。 見事に英語オンリーでした(泣 クライアント7人のうち、デザイナーが3人もいたのだが(もちろん日本人)、そしてシステム系の人やコンセプト系の人ならともかく、デザイナーという人種は英語を話せる確率が少ない人種であると(偏見でもなく)思っていたのだが。 デザイナーたちもみーんなペラペラでした(大泣 つうか、スポンサー側、全員ペラペラでした(号泣 こんなこともあろうかと、うちもペラペラをひとり同伴したのではあるが、うちの主要クリエィティブ・メンバーであるボクとフナキは超ドメスティック系時代遅れキャラ。 ミーティングの内容が半分も理解できましぇん(叫泣 全身「耳」と化し、聞き取れる単語とか内容とかがあるとさりげなく「うん、うん」とうなずくボクとフナキ。 そのうなずきは「その単語の意味は知っているよ。ボクたちだってバカじゃないんだよ」という奥床しいアピールでもあったのだが、英語ペラペラ人たちは「それは内容に承諾したうなずきである」と勝手に理解して、どんどん議題は進んでしまったようだ。 あとでうちの会社のペラペラに議事進行を詳細に聞いて焦りまくった。 「えーー! そんなことも決まっちゃったのかー! それは困るーー!」 「だって、佐藤さん、うなずいてましたよ」 ・・・・だからそれは違ううなずきなんだってば!!! ■よじ ここまで忙しくなるとは思っていなかった頃、ある連載をお約束した。 JTA、そう、沖縄フリーク関係では憧れなあの航空会社の「美ら島物語(ちゅらしまものがたり)」というホームページで、なんつうか「離島を食べる」みたいな連載(六ヶ月)をするお約束をしたのであった。 ボクが取材で離島の珍しい食材をいろいろ食べさせてもらって、なにか書く。 そのうえ、交通費と宿泊代はアチラ持ち。家族同伴可(家族の分はもちろん自腹だけど)。 すばらしいではないか! 二つ返事でオッケーしたのは当然である。が、まさかこうも忙しくなるとは思っていなかった。けどまぁ、忙しいと休みも取らなくなるものである。連載にかこつけて無理やり沖縄に行くことでストレスが抜けるかもしれないし、まーいいじゃん、なのであった。 金曜、土曜、日曜、月曜、と4日休みをいただいて(土日ですら「休んでいいですか?すいません」という発想になってきているボク)、沖縄に飛ぶボク。 前日の木曜はいろんな仕事のやりくりで地獄であったボク。 ずぅっっとまともに寝てないのに、せっかく寝られる貴重な休みを沖縄取材で食べまくらないといけないボク。 ちっともカラダの休息にならない気がするほど子供にまとわりつかれるボク。 ・・・いろんなボクをかかえながら、行ってきました、宮古島と沖縄本島。 ずっと寝てなくたって、大丈夫! 南の太陽とエメラルドグリーンの海と三線のリズムで、思い切り発散するのだー!!!! ・・・沖縄は、梅雨の真っ最中でちた(肩落 雨の中、ひたすら取材に食べ回ったです。 しかも、早起きさんな毎日。 金曜は飛行機の関係で、朝5時起き。 土曜はゆし豆腐を実際に作るというので、朝6時30分起き。 月曜に至っては、朝3時30分に起きて、朝4時には那覇の農連市場に佇んでいたですよ! おれを、おれを、寝かせてくれーーーーーーーーー!!!! 朝4時から農連市場、漁連市場、青果市場と回った取材陣一行は、それらの食材をある食堂で調理してもらって、食べました。 テレビではNHK朝の連続ドラマ「ちゅらさん」やってます。 まだ朝8時30分ですね。 もう起きてから5時間経っているけど、まだ朝8時30分。目の前のテーブルには20皿もの料理が並ぶ。うー、なんつうか、こりゃきつい・・。 で、でも、食べねば! こ、これは仕事なんだ! ・・・ほとんど早朝出勤モードでござんした。 ■かじ ジバランでオフ会があった。 アフリカの某所に転勤するメンバーがいるので、その人の送別会である。ボクは相変わらずの多忙のため、夜10時からの二次会に出席することにした。 二次会はとある小さなバーで開かれたのだが、その場所(の説明)がいまいちわかりにくく、ボクはそのバーを探して40分近く歩き回ってしまった。運悪くモバイル重装備していたので、鞄は重く、運悪く暑い日だったので大汗かきつつ、の40分。 結果、二次会出てもこりゃ話もできないぞ、と自覚するくらい消耗ちてちまいまちた。 だっていま体力ないんだもーん。 純粋に食べるのが好きな連中の集まりなので、相変わらず気楽である。 消耗したまま、気も使わず黙って体力回復を待っていた。 そしたら・・・ 「あー、あー、あー! 119番! 119番だれかして!!!!」 突然である。 小さなバーに煙がモクモク広がり始める。 な、なんと、キッチンから出火したのだ! よ、よりによって、か、火事とは!! ウィーーン・・・ 店の唯一の(とその時は思った)出入り口であるドアのシャッターが自動で締まり始める。おい、そこが締まったらみんな閉じこめられちゃうぞ! いったいどういうシステムなんだ! と変に客観的に思いつつ、カラダはスローモーションのようにゆっくり動いた。 とりあえず店員とジバランのメンバーたちがシャッターを押さえ、客を避難させる。 非常ベルがやっと鳴り出す。 店のオーナーは「じ、自分の店が燃える」という事実にパニックになって叫んでいる。 その場に立ちすくみながら思っていたのは、不謹慎にも「もっと燃えたら自分はどこかへ行けるのではないか」というようなこと。 その数分間、なんつうか、日常が非日常に溶かされる幽体離脱みたいな実感がボクを襲っていた。 自分の指が5本あることに気がつき嘔吐するような、ちょっと実存主義的瞬間だったのかもしれない。 あのまま、あの妙な幽体離脱的実感があったままもし火にまかれていたら、ボクはひょっとしたらどこかにパッとテレポートできたのではないか、などとちょっとマジで思っていた。 なんか「テレポートできそうな充実感がカラダをみたしていた」のである。うまく説明できないけど。 結局その火事はボヤでおさまったのだけど、「あのままあのテレポートできそうな充実感(ゲージがたまる感じ)に身を任せつづけてみたかったな」というのが正直な気持ちである。 極度に疲弊したカラダと、極度なるハプニングが一致して起こったあの瞬間。 あの妙な感じをカラダの中に再現したくて溜まらない今日この頃なのです。 ■りじ ひょんなことからバレエ振興会の理事になった。 「ボリショイ・アーチスティック振興会」という非営利活動法人の理事である。 名前の通り、ロシアのボリショイ・バレエを振興するための会である。つうか、ボリショイ技術をもっと日本で広める会、かな。 ロシア帰りのお友達、吉田さんの熱い想いの相談相手になっているうちに、流れで就任要請を受けた。もちろん収入はない。肩書き&相談相手、みたいな感じ。 理事とはいえボクはバレエは門外漢。老後の楽しみに取っておこうとは思っていたが、いま現在は単なるド素人。 最初は、吉田さんの熱い想いを少しでも手助けできれば、ってな感じであった。 でも、講師のひとりである岩田守弘氏にお会いして、その「感じの良さ」に感銘を受けてしまった。 彼は日本人で唯一、ボリショイバレエ団のソリストとして活躍する男。「アウェーで闘える」数少ない日本人の一人である。 「感じの良さ」に感銘を受けるなんてこと、業界のすれっからしであるボクにとってはあまりあり得ないことなのだが、久しぶりにそんな感じだった。いや、なにしろいい青年なのだ。惚れてしまうほど。 んで、彼のお父さんがやっている岩田バレエ団(鶴見)の練習も見に行った。 岩田バレエ団の公演も見に行った。 そしてボクは、初心者なりに、みんなが「バレエはいいよー」と口々にボクに薦めていた理由がやっとわかったのであった。 うん。バレエって、いいかも。 ちゅうことで、お知らせである。 その、ボクがなんちゃって理事をやっている「ボリショイ・アーチスティック振興会」が初のスクールを開くのである。 バレエ初心者のボクが理事をやっているというとかなりいい加減な組織みたいであるが、そんな素人はボクだけで、あとはバレエ経験豊富な頼もしいスタッフばかり。ボリショイの真価に触れて欲しい気持ちが高じてのスクール開講である。 非営利団体であるだけに、採算度外視(赤字にはなりたくないが、黒字が目的ではない)。 教師は、上にも書いた日本を代表するソリスト岩田氏と、彼の師匠でもあるかの有名なボンダレンコ氏。ロシアから来日してくれる。 ボンダレンコ氏は、日本野球で言えば、王監督クラスの大物だ。 ついでに岩田氏も野球に例えると、まさにイチロー。大リーグであるボリショイでソロを張れる唯一の日本人なのだから。 そんなバレエ・スクール。 開講地は吉田さんが住んでいる岡山。 興味ある方は、ぜひぜひ! サマースクール in 岡山 期間:8月11日(土)〜17日(金) 会場:岡山国際交流センター 対象:10歳以上(バレエ歴4年以上)の上級・中級クラス 指導者のための講習会&オープンクラス 期間:8月18日(土)〜22日(水) 会場:神戸アートビレッジセンター 対象:18歳以上で、現在バレエの指導に携わっている方。 および、将来バレエ指導者を目指している方。 :オープンクラスは、基礎を学ぶ初級クラスです。 もっと詳しい情報はコチラのHPをご覧ください。 ボクも参加しようと思っています。 ・・・いや、あの、踊りではなく、見学、ね。 ボクがタイツで踊っている姿を想像しないように。むはは。 p.s. 5月は仕事以外なにもやらなかったなー、と思っていたけど、こうして振り返るとわりとなんやかや起こってますな。 あ、そうそう、今週の土曜(6/2)夜8時の「本ぱら! 関口堂書店」というTV番組に「うまひゃひゃさぬきうどん」が取り上げられるらしいです。 どういうカタチで取り上げられるのか、著者にはなーんの連絡もないけど、ま、2年半も前に発売した本を取り上げてくれるのはアリガタイ。 おかげで四刷、決まりました。あれって放映前なのに本屋さんから注文入るのねー。さすがテレビの威力。合計1万2千部になりましたです。さんきゅー! |
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