このところ毎日毎日、胃と肝臓がつぶれるくらい飲食しているのは、わけがある。 とうとう「転勤」なのである。 15年いた関西とも、ついにお別れなのであった。 そして、15年間いろいろお世話になった方々と、毎晩毎晩、飲み歩いているわけである。 とはいっても、5/1に内内示が出てからだから、まだお世話になったごくごく一部の方々としか飲めていない。大人数が苦手だから一対一とかで飲みに行く。そりゃ数がこなせないのである。アノヒトともアノヒトともアノヒトとも飲めずに東京に行くことになりそうだ。 あー、さすがに15年ともなると、最後に飲みたかった人が100人は軽くいる。挨拶したい飲食店・バーだけでもかなりあるし。その全部はとても無理なのである。とても心残りなんだけど。 これを読んでくださっているアナタやアナタ、最後に飲みにいけなくて、すいません。とてもご一緒したかったんですが手近な人やどうしてもはずせない人でどんどん予定が埋まっていってしまって・・・。 でも、ボクとしても、めちゃめちゃ無理はしているのよ。 先週など、夜6時からある人と寿司。で、9時から別の人と焼き肉。という爆裂ハシゴがあった。 両方とも「関西離れる前にさ、さとなおにうまいもの喰ってもらおうと思って!」みたいな趣旨だったから、まぁうまいものがガッッッポリ出てきた。 「ま、今日はさ、最後だからドンドン食べて!」 「はい、ありがとうございます」 「・・・あれ? さとなおさ、奢りだからって遠慮するなよ。ほら、もっともっと!」 「はい、あ、でも」 「鉄の胃袋がこんなもんじゃないだろうよ。ほら、最後にそのすごい食欲を見せてくれよ」 「あ、は、はい」 心頭滅却すれば、胃もまた涼し・・・な心境であった。 毎日こんな感じですよ、奥さん! 朝ベッドから起きあがれないのだ。内臓の疲れで。さすがにこんなこと初めてなのである。 でも、大阪・神戸もめったに来られなくなる、と思うと、小さな義理も大事な義理に思えてきて、断れないどころか積極的に「いっぱい行きますか!」となってしまう。 昨晩も今晩も明晩も、ずっと・・・。 辞令は6月15日付けである。 思えば、大阪の「お」の字も知らなかったボクがイヤイヤ関西に赴任してきたのは、阪神優勝 & 日航機事故で印象的な1985年。24年間住んだ東京とおさらばして関西弁だらけの中に入っていったのだが、結果的にはこれが非常に良かった。 あのまま東京にずっと住んでいたら・・・なんとも鼻持ちならない嫌味なヤツになっていた気がする。 大阪でもまれ、違う価値観の中で衝突し、異文化に柔軟になり、東京を外から見、震災を経験し・・・そしてなにより「見栄っ張りな自分の肩の力が抜けた」のが大きい。背伸びしがちな東京文化、一極集中で地方を低く見がちな東京文化、そこから離れて「あんたもアホ、わてもアホ」的大阪文化にどっぷりつかって、人間的に偏見や偏狭が消え、ずいぶん幅や見地が広がった気がしている。 ・・・というような東京論・関西論はおいおいゆっくり書いていこう。 おもしろい話がいっぱいあるのである。 が、とりあえず、いまは目の前の「東京転勤」! 先週、東京でボクが行く部署(CMの現場を離れて、こんどはインターネット・デザインの部署である。CMを15年作ってきた雑感などもそのうち書きます)の人がたまたま関西出張で来ていた。 で、ちょっと話をした。 「えー、東京に転勤ですかぁ、よろしくおねがいします」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 「・・・デザイン部ですか。うーん、きついっすよー、あそこも」 「あ、そうなんですか? やっぱり忙しいですか?」 「・・・平均退社時間は30時くらいじゃないですかね」 「・・・さ、30時!!!!!」 「ええ、あの部署が一番人口密度が高くなるのは24時から26時くらいですからねぇ」 「・・・24時頃から人口密度が高くなる職場って?」 どうやらボクは一生「忙しい」という環境から離れられないようである。 うーむ。 2世帯住宅を建ててボクの両親と半同居に近い生活形態になるので、嫁の優子がたいへんだろうからいろいろ気遣いをしようと思っていたのだが、そこまで忙しいとなるとちょっと不安である。響子も幼稚園が変わって環境激変するし、しばらくは家族一同イライラのトゲトゲになるんだろうなぁ・・・ 引越疲れも大きいだろうし。 あーあ、転勤なぁ。 一人っ子だから、いつかは東京に帰って親の面倒を見ないといけないとは思っていたけど、いざ帰るとなると15年慣れ親しんだ環境から離れ、親しかった友人たちとも別れ、行きつけの店ともおさらばし、その上、親と半同居しないといけないし、親と嫁に挟まれないといけないし、いちから仕事人脈や信用を作らないといけないし、平均退社時間は30時だし・・・。 希望していたこととはいえ、なんだかとってもイヤなのである。 そんなこんなで落ち込んでいたこの頃であるが、おとといの晩、行きつけのバー「THE BARNS」で常連さんたちが送別会をしてくれた。 14年通った店である。 多いときは週5日くらいはここで飲んでいた。 入れたボトル(オールドグランダッド)は151本目を数える。 この店とも、お別れだなぁ・・・。 マスターがポツリという。 「そうか、とうとうナオユキも行っちゃうんか」 「・・・いろいろ世話になったね」 「・・・」 「・・・」 「わしも転勤、したいなぁ」 「は?」 「転勤してリセットしたいなぁ」 「はぁ」 「店やってると、転勤どころか出張もないんやで」 「・・・」 「息詰まるで」 「・・・」 「わしも転勤したいー!」 マスター、ありがとさん。 確かにそうだよね。転勤を前向きに考えてみよう。 40歳前にして転勤して、いちから人脈を築いたり、親と半同居したり、そして親しい友人たちと別れたりしなくてはいけなくて、いろいろ不安なことも多いのだけど、転勤を前向きに考えることにするよ。 そう、転勤できるシアワセ、というのもあるのである。 リセット。 39歳(6/1誕生日)にして、環境激変、また新たなる人生のはじまりである。 そう。 そうだ。 東京にはうまい店もいっぱい待っている。 待っていろよ、レストランたち。 そしてこれから知り合うはずの未来の親しい人たち。 平均退社時間が30時だろうがなんだろうが、人生をまたいちから享受してやるのである。 「そんなことより、はい、ダンボール。引越は来週よ」 「・・・ひえ〜〜〜めんどくさ〜〜〜やっぱりこのまま関西にいたい〜!」 |
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