前ページのコラムを出したのが97年の2月。

何人かの人からメールをいただいて「おお!かぜ耕士を覚えている人はいっぱいいるのだなぁ」と感慨に浸っていたある日、思いがけなくご本人からメールが来ました。

びっくりしましたねぇ。

いまさらながらに「インターネットってすべての人とつながっているすごいメディアだなぁ」と思った次第です。

文面は

かぜ耕士は健在であります。
残念ながら喫茶店の親父ではありません。相も変わらず芸能周辺生活を続けております。
広い世間を探してくれて有り難う。
インターネットは始めたばかりで、現在送信不可能であります。
ご用の節は、以下のfaxでお願い致します。
                         かぜ耕士
FAX ◇◇-▽▽▽▽-△△△△  ではヨロシク。



そう、かぜさんは、実は、インターネットにつながっていなかったのですが(お友達のアドレスからメールをくれたみたいです)、とにかく、見も知らぬ一個人が掲出したコラムに反応が返ってくるんですから、インターネットのすごさには変わりがないのです。

それにしても「○○○○であります」という口調がかぜさんぽくて懐かしすぎるのでした。



さっそくボクはFAXを送りました。

感謝の意と、近況を教えてください、というメール。

そしたら、長文の返信がFAXで来ました。
かぜさんの了解を得て、その「抄録」をここに掲載します。
すごく元気で活躍されているみたいですよ。



佐藤君。
FAXをありがとう。この間のEメールは打ち合わせに出かけたTVの制作会社から打って貰ったもので、実は君のコラムもあの日、初めて読んだのです。
実はコラムや「尋ね人」に登場していることは知っていました。スポニチの編集局次長が昨年、深夜放送の特集をするとき、インターネットを使ったらしいのです。感想は「かぜさんを探している人って今でもいっぱい居るんですねえ」というものでした。
今年の4月、TBSで一回、二時間だけ、放送復帰することになった時、それをふと思い出しました。「今でも探してくれている人ってのは誰だろう?」「まだ、実際にいるだろうか?」という想いからでした。今ではゲーム本のライターなどをしている『セイ・ヤング』の頃の聞き手の一人、西川潤君に頼むと早速三件のリストを作ってくれたのです。ところがその内の一件だけにはアクセスできるのですが、後の二件はどうしても読むことが出来ませんでした。
「一太郎の8にバージョン・アップしてあげるからノート、持っといでよ」。工学部出で機械に詳しいプロデューサーのそんな言葉で出かけたのが先週の打ち合わせ。そのとき、ついでを装って前から気がかりだったアドレスを読み込んで貰って、やっと佐藤君に会えたというわけです。本当によく覚えていてくれました。心からお礼を申し上げます。
ボクは「たむたむたいむ」の後、「セイ・ヤング」で1年9ヶ月、病気で半年休んだ後、「オールナイト・ニッポン木曜日第二部」を1年3ヶ月つとめ、DJ生活にピリオドを打ちました。人気は凋落しきっていました。放送作家に戻りましたが人気の無くなった奴にイイ台本なんか書ける訳ない、と思われるらしく順調な復帰ではありませんでした。食えない二年が続き、かなりギリギリの所まで行ってしまったので、仕方なく、メカに無茶苦茶弱いのも省みず、発売されたばかりのパソコンのテクニカル・ライターとして二冊ほど本も書きました。評判は上々でしたが、何冊も書く気にはなれませんでした。なぜならパソコンは日進月歩で、覚えることが多すぎる時代でした。パソコンを走らせるためのプログラムまで組む時代だったのです。怖いのは、プログラムまで組めたボクが今、Eメールを解らないのです。
仕方なく、最後の手段でTVに仕事の場を移しました。前歴は隠しました。プライドはほとんど捨てました。TVは今ほどラジオ・スターを漁ったりしていなかったので、名前を言っても気づく人はなく(正直、彼らはものすごく不勉強です。だからTVをやりたくなかったのです)ボクは幸いなことに、まもなく忙しくなり、しかも、ボクは効率が悪いのでみんなが手を出したがらないドキュメンタリーが性に合っていたので、常に何本かを併行して担当するようになっていました。ある日気づいたら、ボクも、物凄く不勉強な一人になっていました。すなわち、TVはなぜだか、誰もが忙しくしている現場なのです。
TBS『そこが知りたい』をメインに『Time 21』『スーパーテレビ』(NTV)『素敵にドキュメント』『これは知ってナイト』(ABC)『歴史なんなんだ』『TVいんでっくす』『ふれあい見つけ旅』(東海)などという番組を13年近く続けてきました。謙遜が美徳ではなさそうなのは食えない2年間でイヤというほど知らされましたから、堂々と言ってしまいますが、何年間もとても売れっ子な歳に似合わない忙しさを誇っています。TVは年をとると疎んじられる世界ですが、ドキュメントは面倒くさいし、この分野だけは年寄りにならないと見えてこないことも多いからです。もちろん、意欲的な若いディレクターも多く、20代の新人のデビューに立ち会うこともしばしばです。久しぶりに「夕刊フジ」と「スポニチ」の取材を受けたときには若い人やベテランでボクの放送なんか知ろうはずもない人から言われました。「風さんて(ボクは今、風小路将伍〜かぜこうじしょうご〜という名ですが、この世界にも聞き手が何人か居たのでいつの間にかやはり「風さん」になっていました)懐かしがられる人だったんですか?」とか「経歴を初めて知りました。15年もたってラジオに出るだけで取材の来る人が、よく、これまで黙ってたモンですね」。
この15年、ラジオの中でおもしろ半分でその後を取り沙汰されたり、用事で出かけたラジオ局であからさまな無視をされたり(仕事貰いに来たんだろうな。ああ、挨拶すると面倒くさいな、という感じ)いろいろありましたので、黙ってれば仕事が来るならお安いご用、という気分でした。あのころのボクは、人気なんか出るはずない、と誰もが思っていたDJがブレイクしちゃったので、買わなくてもイイ嫉妬を買った、という見本みたいなものでしたね。でも、ボクも自分の気づかないところで、すごくイヤな奴だったんだろうね、おそらく。でなければ、ああいう嫉妬は買わない気がする。
酒が回ってきたので、饒舌になり始めてます。そろそろおいとまします。今後の仕事を記します。ただし、仕上げがいつも放送の四、五日前なので、中身は保証できないのです。いいのも悪いのもあります。時には、直前に降板することもありますので、ボクのものとは言えなくなってるものもあるのですが、気づきましたら目を留めてやってください。

8/17 「日曜ビッグ・スペシャル〜寿司」(テレビ東京)
※次の作品との兼ね合いで、仕上げが危ぶまれる状況になってきました。
8/18「特ダネ! 歩くテレビ〜外国人御用達の店」(テレビ東京)
※これが正式デビューの四倉くんの作品です。彼のデビューはボクが祝う、というのが 何年も前からの約束でした。
8/25「スーパーテレビ〜大相撲夏巡業」(NTV)
※5月の舞の海の結婚スクープが好評でこれになりました。相撲クレージーは今も健在です。
8/27「人間劇場〜諌早湾のムツ掛け漁師」(テレビ東京)
※ずっとこの番組を一緒にやっている 檜山さんの演出です。
9/21「すばらしき地球の旅〜アイヌの彫刻家イヌイットの彫刻家に会う」(BS11)
※NHKはドキュメントに演出はない、と馬鹿なことを言っているので、ボクの名前を出すか出さないかでいつも揉めます。つまり演出家を「構成」とするので「構成作家」のボクがでる枠がないのです。「ナレーション・スクリプト」にすればいいのに、NHKは本当に馬鹿だと思う。今度も出ないかもしれません。一昨日の「インド・ホーリー祭りの頃」は出ませんでした。今、日本脚本家連盟を通して調査して貰っています。こういうの、アリかと。実はボク、現在、日本脚本家連盟の理事だったりするのです。
10/5「若山弦三のMDUバックグラウンド・ミュージック」(TBSラジオ)
※ボクの構成分はこの日からスタート。若山さんはボクの最も尊敬するDJです。もう三年も続いている日曜の人気番組です。
10/10 「大地康男のアイルランド紀行」(テレビ朝日)
※まだロケにも出ていませんからどうなることやら。
98年1月「黒柳徹子のユニセフ・レポート」(テレビ朝日)
※これで三年目になります。黒柳さんはNHKの「ステージ101」で4年くらい「かぜ耕士作詞、中村八大作曲『涙をこえて』」と曲名を紹介してくださっていたと思うのですが、ボクに全然気がついていません。まあ、そんなものだと思います。一年目の司会をしていた関口宏さんも覚えていらっしゃらなかった。こっちも言わない、癪だから…ハハ。名前の記憶なんてそんなもの、と思うので、なおさら佐藤君の頁がうれしかったのだと思います。

 

ボクは「構成」というところに名前が出ます。気づきましたら「オオ、健在か」と思ってやってください。まあ、その前にボクがEメール覚えますけど。佐藤君の頁にヒットしてきた皆さんにもよろしくお伝えください。
暑い折、健康にご留意を。

1997.7.29. 深夜   かぜ耕士





セイヤングをやったこと(松木さんの勝ち!)もオールナイトニッポンをやったこともボクは知りませんでした。
ちょうどボクが「深夜放送離れ」した時期に重なっていたのかもしれません。大学入学してからはガクッと聞かなくなりましたから。

ドキュメンタリーの構成作家………
情感こまやかで価値観を押しつけない「風小路さん」みたいな人は、ドキュメンタリーにぴったりですよね。あんまりテレビを見ないボクですが、かなり視聴欲を刺激されます。

「かぜ耕士がやる喫茶店」も行ってみたかったけど、「風小路将伍がつくるドキュメンタリー」もなかなか見たい。どちらにしろまた「かぜ耕士」に会えて良かったのでした。



97年9月6日記(テレビではダイアナ元妃の葬儀を中継しています)






P.S.
その後、かぜさんはメールアドレスも取得されまして、定期的にお仕事の予定を教えていただけるようになりました。
それを全国のかぜさんのファンのために逐一ご報告しようと思います。


かぜさんのテレビ番組の予定はこちら

現在は予定を定期的に更新していません。
 かぜさんのウェブページが出来たからです。

 そのページは、「かぜ耕士のたむたむたいむ」 。どうぞご覧ください。




satonao@satonao.com