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R指定 讃岐・うどん考

行った年月

2002年8月
どこから? 大阪から
回った方法 電車&歩き
行った店

おがた屋 宮武 蒲生 彦江 鶴丸 五右衛門 讃岐屋

今回のベスト3 宮武 蒲生 讃岐屋
穴場店など  
最新情報など  

 


R指定 讃岐・うどん考(計四部一挙公開)

hot writing by 島田多喜次

site:非公開

【第一部】

 深夜、出張ヘトヘト男満載のひかりが新大阪駅へ近づく。
目覚めたのが京都だ。駅西側の殷賑エリアに比べ、訳有りの東エリアは暗い。
その暗闇からニョッキリと屹立する東寺。
いまでも目立つのだから、遠い平安の頃はとんでもないランドマークだったんだろうな。

 椅子裏や網棚のゴミを弁当袋に詰めながら、ふと暗い車窓をながめる。
近づいてくる新大阪駅周辺は、どこにでもある少しすました、よそ行き顔だ。
 しかしよくみると、何かがビルの間に、路地裏に、マンホールに、蠢いている。
どろどろにゅるにゅるの粘着物体が、じわじわと、あちらこちらから這い出してくるのだ。
山芋、ジュンサイ、ホルモン、ダシ昆布。口角泡。ドロ川道頓堀ダイブ。セックス産業。
 ぬめぬめぬるぬるを好む街。
みんなタイタイ(平等)なんやから喜怒哀楽・暴飲暴食・酒池肉林でええやないか!の街。
粘膜質の街なのだ、ここは。ときには、むっ!と息がつまることもあるが。
 増殖する一方のサラ金屋上看板目白押しの凸凹ビルが、フッと途切れる空間がある。
夜空がそこだけぽっかりと切り抜かれたように、一枚の看板が近づいてくる。

「お つ か れ さ ま」

 高島礼子だ。

「お か え り な さ い 」

 きっと、そう囁いているのだ。聞えるのだ、わたしだけに。ネオンに濡れたピカピカヌルヌルくちびるの動きで。黄桜を持った和服の彼女から、甘くせつない夜の空気を、さざなみのようにバイブレーションさせながら、耳元までくるのだ。
 おおっ!彼女のかぐわしい口臭までもが匂ってくるようではないか。
「あー大阪に帰ってきてよかった」
それぞれが勝手に頷きながら、戦士たちは出口ドアに向かって通路にならぶ。
 たしか今朝もこんなゴミ袋持たされて団地あるいたよな。 
 たしか彼女を奪ったにっくきおとこの名は「高知」やったな。夜さ来いの。
 一瞬むかつきながらもならぶのだ。

 あのさぬきうどんの、腰から脊髄をズキューンと駆け上がり、すぐさま延髄をビビビッ!と震わす「勃起直前ピカピカ・ヌルヌル感」は、どこからうまれたのだろうか。

 田尾教祖はバイブル「恐るべきさぬきうどん」でこう喝破した。
香川全域のうどん店七百のなかでS級の店は、綾川と土器川沿いにある、と。
この両川の水がうどん粉を碾く水車小屋を生み、さぬきうどんを育んだのだと。
それが証拠に、いまなお両川には水車小屋跡が点在すると。
 なお、ここからは「讃岐うどん勝手連江坂支部支部長」の筆者の仮説である。

 ポイントは満濃池にある。

 慢性の水不足に悩まされる瀬戸内沿岸に、いっぱいある最大のため池だ。
ご承知のように、満濃池はスケールからいっても池ではなく湖である。見たことないが。
しかもこのため池は、平野部ではなく山上にある。空海の実家のある善通寺の真上だ。
ただし度重なる氾濫に、池の下一帯に住む人たちは長いあいだ悩まされつづけてきた。
守るために治水工事を指揮したのは誰か。

 そう、空海である。
 一説によると、実家をまもるために公金をつかって完成したとある。宗教家で土建屋でリアリストでマキャベリスト=彼、ならば有り得るが、わたしはちがう。

 三年後の東寺オーナーへの成功事例つくりなのだ。

 時は820年、ところは神泉苑のある小部屋に、三人の男が習字に疲れて寝そべっている。
「ねえ、嵯峨天皇、そろそろ東寺をわたしにくださいよお!」
「うーん、最近あちこちから君と橘くんとの三筆サロンに対して、いろいろ雑音が聞えて
くるんや。あの二人と癒着しとるんとちゃうか、ゆうてなあ。君らは業者と違やうし大事な行革ブレーンやけど、なんか抵抗勢力を納得させる決定的な実績、つまり空海ならリーダーとして認めざるをえんな、ちゅう前例を早ようつくるんが先決やで、なあ逸勢くん!」
(注)796年東寺創建 816年高野山稟議通過する 821年満濃池工事完了 823年東寺オーナーになる。
   
 空海の頭の中でこの瞬間に満濃池修復工事、即ちプロジェクトMがスタートしたのだ。
そういやあ、長いこと里帰りしてないし、わしがこんなに偉うなった姿もみせたいし、だ。
勿論、後述する「ある秘策」をも併わせた決断でもあったのだが。
 なお、うどんを大陸から日本にもちこんだのも彼である(らしい)。
 結論を急ごう。
タクシーの運ちゃんが「もうすぐやきん!」と振り向いて言ったので。

 仮説「満濃池は綾川・土器川の源流、すなわち、さぬきうどんの水源池である」

 地図上では両川とも満濃池の東の山々が源流であり、池はポツンと孤立している。
源流というのは無理があるのではないか、との声がどこからか聞えてくる。

 ここに伏流水というものがある。

「伏流」=地上の流水が地下に一時潜入して流れるもの。砂礫などの粗い物質から成る場所、例えば扇状地や砂漠に多い。広辞苑より。

 つまり満濃池から地中を通り、両川へと伏流水が流れ込んでいるのだ。

 さて、四国八十八ヶ所巡りを創めたのはご存知空海だ。
当然八十八の寺は空海(真言宗)のいわば支店だと思われるだろう。
いや違う。

  五十ヶ所は真言宗ではなかったのだ。空海がつくったのは三十八だったのだ。
その後M&Aをくりかえすも八ヶ所(天台四、禅宗三、時宗一)は今も他宗のままなのだ。
つまり(神戸の山口組に相当する)空海に屈せぬ八ヶ所の霊場が残っているのだ。

 空海は、いまなお高野山の奥の院で生きているという。
即身成仏かどうかしらないが、残ったお坊さんたちには(正直なところ)えらい迷惑だ。
三百六十五日、台風の日も灼熱の夏も雪の日も、朝昼二回もお膳をはこばんといけん。

 どうして空海は死なない、いや死ねないのか。

 空海はこう言っているのだ。
「あと何百年何千年かかってもええけん、残った八ヶ所を改宗させちゃれ」と。
 更に彼はこうもいっている。
「あの八ヶ所を改宗できんうちは、わしゃ成仏できんきん」と。
 彼の怨念は千年の時を越えて、いまも続いているのだ。

 そう、この両川の水はただの水ではないのだ。
エクソシストでメリン神父が悪魔へふりかけた、そう!空海の「聖水」なのだ。
空海はその怨念を、如何なる「戦略」でこの地に残したのだろうか。

「水」とは何か。
 ひとつは飲料水である。ひとつは(直接、口には入らないが)間接水である。
さらにここで本論に入る前に時系列をふたつに分けよう。
ひとつは水道化以前。ふたつめは水道化以降である。

 ではまず、水道化以前。
飲料水はいわずともしれた空海聖水である。井戸から汲んだ水釜で朝昼晩だ。ダシもだ。
 問題は間接水だ。

音楽でもスポーツでもそうだが、赤ちゃんの時から環境を整え、しらぬ間に日常ルーティンで学んだミュージシャンやアスリートには到底かなわない、こっちが遅くスタートした場合。例えば生まれ落ちた途端に教会でママにだっこされてゴスペルやダンス踊っていたというマハリヤジャクソンやダイアナロス、ホイットニーヒューストン、マライヤキャリーになんぼ小柳ゆきやミーシャがオクターブあげて腰ふっても逆立ちしても適わんわな。
三才児じゃあまにあわんのや、じっさい。わたしの経験からいっても間違いのない真理だ。

 あっ!もうすぐ坂出駅だ、先を急ごう。

 香川の離乳食はうどんである。
美しいマリアのような母親は、いつまでも豊満な乳房から離れない赤ちゃんに言う。
「今日からぼくちゃん、ぴっぴやきんに。はよおっき(おおきく)なんなよなあ」
うどんは「ぴっぴ」あるいは「ぴいぴい」である。丸亀市にはうどん屋「ぴっぴ庵」がある。
(ついでに)魚は「びい」である。
(ひつこく)「テストの点みてあっぱ顔になったわ」
「あっぱ」顔すなわち「あきれ」顔、である。
このパピプペポ言語圏はなんだ。
 断言するが離乳食がうどんというのは、この五十四間わたしは聞いたことがない。
もういちど言おう。離乳食はおかゆではない、うどんだ。

 空海はさらに駄目押しをする。それはこうだ。
本当は「聖水麺」だけを生で赤ちゃんに食べさせたい。だけど流石に喉に詰めるだろう。
そこで「スープ」が考えられた。

 スープのダシにはなにを使う?

 昆布?あれは縄文、すなわちアイヌの神だ。カツオ?にっくき四万十のある土佐のもんだ。しかも両方とも高い。もっとリーズナブルなものは?

 香川の前庭は…ふたつの川の聖水が流れ込む…そう!瀬戸内海ではないか!
ちょっと塩で薄目られるけど、聖水エキスは残る。
魚だ!「びい」だ。
鯛?ヒラメ?ちがう。最も獲りやすく、リーズナブルな「びい」は?。
そう、いわし、だ。
しかも太陽とのブレンドで長持ちするのがいい。

 こうしてイリコが選ばれたのだ。

 なお、念を押すために空海はもうひとつ水産加工食品をクリエートした。
じゃこ天だ。骨も頭もしっぽもすりつぶした灰色の平べったい、慶長小判型のてんぷらだ。
なぜならツナギの粉も揚げるゴマ油も含めて、ワン空海/マルチ聖水品だからだ。

 さて「水」に戻そう。間接水だ。
 大きくなって必要な基本トッピングは葱、生姜、ダイコン、スダチだ。
ただ、すだちは、水になんの苦労もせん吉野川の徳島名産品だからあまり気は乗らないが。
 これらトッピングを育てる水は、洗う水は、当然聖水だ。
地中から伏流した聖水を吸い、洗う水が野菜の表面から中に浸透するではないか。
うどんをこねる水、茹でる、冷やす、洗う水。その度すべてうどんの中へ浸透する。
勿論、川遊びや水泳で、行水や風呂で、全身に聖水が浸透することは言うまでもない。
 この両川はいわばサヌキのガンジスなのだ。
オプションのおでん、ちくわ天、ゲソ天、野菜天、すりゴマ。すべて野菜か水産加工品だ。
 口から入る直接水と間接水。身体への間接水。
生まれ落ちた瞬間から両川側に住む「改宗推進派草の根会」のメンバーは、かたやホイットニーヒューストン、かたやマライアキャリーとなって「改宗ゴスペル」を歌い、踊り、
語り、ここ香川から日本へアジアへ世界へと「あと八つ!あと八つ!」と叫ぶのだ。

 水道化以降はどうか。
近代まではまだ、川から、井戸から、ときには、ため池からであっただろう。
ただ、イデ(用水路)に余ったイリコだしをうどんの切れっぱしと一緒に、そりゃあ!と捨てる習俗がある土地柄だ。如何に輪廻転生・再生の地とはいえ、川も濁る。
近代以降、人間は飲まなくなる。渇水あたりまえのちょろちょろ川ではなおのことだ。

 空海はこう読んでいたのだ。昭和以降の水道化は必至だ、と。
テーマ:水道の水源をどうするのだ
一.現状把握:四国にはふたつの大河がながれている。水源は石槌山の森のなかだ。
ひとつは吉野川、二つ目は四万十川だ。前者は中央構造線に沿って一直線に徳島へ、後者はくねくねと遊びながら高知へだ。つまり残念やきんど、香川県には大きな川はないのだ。愛媛の瀬戸内側とおなじく、だ。
二、対応考察:なければどうするのだ。それでなくてもあっちこっちため池をつくらんとあかん小雨地帯だ。もともと雨水はあてにならん。つまり、なんぼ考えても水源はない。
一、 涙の結論:……もらうしかないだろう。
滋賀県に色目を使わざるを得ない京都や大阪とおなじように。くやしいが紀淡海峡目指して一直線でいくけんごめんねーと、笑いをこらえながら横目で過ぎていく吉野川からだ。
つまり(ここでも)イデ、つまり香川用水路しかないのだ、打開策は。結局。

 そう、空海は読んでいたのだ。いずれ、池もガンジスもセットで賞味期限が切れるのを。
だけど止まっている池とちがって川はいつも動いているではないか。しかも大河だ。
どう聖水化するのだ。
 源流を押さえようか。いや吉野川の源流は修行時代の仲間がいる石鎚山とはいえ、高知寄りの瓶(かめ)ケ森だ。高知はどうも苦手なのだ。物部川の上流には「いざなぎ流」の一派がおる。よさこい祭りもうるさい。高知=陰陽師系はセンスがあわんきん、交渉すら、いやなんじゃ。源流押さえはやめた。
 この決断の早さが凄い。ただしチームではなくひとりブレストだけれど。

 寺をつくるきん!

 長いひとりブレストによる「選択」を終え、いよいよ「集中」が始まったのだ。 
さて、八十八札所の内、どのエリア・ラインに空海は寺を作っていったのであろうか。

 まず始めたのは中央構造線すなわち吉野川流域からだ。
 ご案内のとおり、吉野川はこの列島の骨格ともいえる中央構造線を穿って流れている。
このラインだ。中流以降だ。

 河口左岸には第一札所の霊山寺、間を置かず次々と十番目の切幡寺まで。
右岸には八寺。つまり全八十八のうち、二割もの十八寺をやつぎばやに建てた。
最も上流には阿波池田の箸蔵寺をだ。四国最大級の寺を建てて、川を押さえたのだ。
狙いはいわずもがな「浄水場」化だ。

 全国から来る巡礼者は、まず第一札所の霊山寺からスタートする。

 その巡礼者たちが第一札所で最初の洗礼を受ける。次々と残り九寺をまわり終えるころには身体の六十%を占める水分が呪文によって「空海聖水」に替わっているのだ。
途中でちょっとなにかもするであろう、川に向かって。水浴びするかもしれんだろう。

 勿論、時間はかかる。たった四日間で百万人もの県外者が押し寄せるよさこい祭りとは比較にならん。しかし巡礼は延々と何回ものブームを経て続いているではないか。
 例えば近年の「癒し=ヒーリング」ブームによるギャルたちのお手軽巡礼。更に団塊の世代が定年を迎えるあと六年先に予想される大ブームによってもまだまだ続くではないか。

 長いのだ。待つのだ。「任期三年や五年で結果をださんと!SEO」ではないのだ空海は。 

「さぬきうどんの勃起寸前ピカピカ・ヌルヌル感はどこからうまれたのか」
「恐るべきさ」について総括してみよう。

恐るべきその一、強い腰

空海の(遣唐船乗船以前の山岳修行や二年間の長安修行時代の町中の徘徊で鍛えた)アルピニストやストリートアスリートの強靭なウエスト。自分がこうだとおもったら強引にことを進める押しの強さ、の腰である。

その二、ピカピカヌルヌル感

「わしはどうも周りとは人種がちがうようじゃ。縄文人、いや渡来人、いやユダヤ(景教)かもしれん。性欲もそうじゃが、知識欲、闘争欲、食欲、権力欲が強烈なんや。
どうも動物臭いんじゃ。自分でも夏の日はくそうてたまらんきん、間違いない。この人並みはずれた粘着質、いや粘膜質は、なななんじゃ!」
以上がその答えである。

 あっ!坂出駅前ロータリーにキーッとタクシーが着いた。

 以上で「満濃池うどん水源地説」と「さぬきうどんの恐るべきさその一水編」の仮説論文を終わる。キーワードその一「水」の次のキーワード?は、来週の講義で。
PS:さっそく反応があった、流石にEメールの即時性は凄い。以下紹介する。

「吉野川中流や下流に、いくら全身聖水人間となった巡礼の人達が、立ちションや水浴しても、水道引き込み口が中流より上にあったらどうするんや。どやねん!おおっ!」
差出人を見るとこうあった。FROM UMEHARA

 引き込み口の位置までは、わしゃ知らん。徳島営業所の官庁担当営業にこれから現地へ向かわせるが。

 さっそく以下の返信メールを京都(旧和辻哲郎邸)へ発信した。
「川にはどんな魚がいますか?貴兄が日本の深層や日本冒険でとりあげた縄文を代表する定説=サケマス理論をお忘れではないでしょうね。サケやマスやウナギや鮎はどのようにしてその一生を終えるのでしょうか。どこで。
 人間はすぐ生まれ故郷をわすれますが、彼女たちはちがいますよね。育ったところが上流であれ中流であれ、海へ下るときに空海聖水いっぱいの洗礼をうける。そうして海で聖水を更に身体の中で濃縮し、再び溯って卵を産む、残った全体力を振り絞って。
いわば最高度濃縮聖水入り卵を。そして生まれた幼魚がふたたび親と同じ一生を繰り返す。
以上がその解答です。」

 一分後に追加メールが来た。相当彼は負けず嫌いらしい。
「貴君はわたしより二周りも年下やから、まあしょうないけど、サケマスは関西以北にしかおらん。残ったのはウナギと鮎や。あの大河吉野川じゃあ、なんぼ数が多くともたかが知れとる。つまり、影響力は少ないんとちゃうか?ふふふ、どや!」

 そうきたか。よし!
「フィッシュイーターを御存知ですか?そうです、魚をたべる魚です。たとえばスズキ。
最近は餌釣りのみならず(おっ!ゲット!キャッチ&リリースや!ゆうてカッコばかりの)ルアーやフライではシーバスとよぶスズキです。熊野三山に由来する名前でもありますが。
 そう、食物連鎖です。「空海鮎」を食った「空海スズキ」を今度は人が食べるのです。
ただ素人釣師が食ったり、放したりじゃあたかが知れています。関西でもそうですが淀川や武庫川・加古川・市川などの河口にはプロの仕掛けた網が沈んで待ってます、スズキを。
それが市場に出回ります。△○産と贋ラベルを貼って。何せ、従来の和食から、ポールボキューズのフレンチ達人店にまで、スズキを食する範囲はブームで拡大しているからです。
 そうです、リバーヨシノスズキが若いカップルの口に入っているのです、巡礼予備軍の

……また話が長ごうなってしもた。
 ここで最後にとどめの一発をUMEHARA氏へ送ろう。

 「ポロロッカって御存知ですね。かの開高健がオーパ!と叫んだブラジルの。
ポロロッカはアマゾンだけの現象ではないんです。吉野川でも、なんですよ、実は。

 時期は阿波踊りの八月十二日から三日間。沿岸中がエライヤッチャエライヤッチャの喧燥がスタートする前夜祭から、花火大会のエンドまで、です。
(何度も繰り返して恐縮ですが)中央構造線上を吉野川は紀淡海峡へ流れ込みますよね。
同じく対岸の和歌山にはどんな川が中央構造線上にありますか?
そう、紀ノ川です。紀ノ川の上流にはなにがありますか?
そう、高野山です。
ここまでばらせばわたしの言いたいこと、わかりますよね。

 そうです、空海が奥の院の玄室から発した一年分の怨念は、奥の院から発し、流れるチョロチョロ川からやがて紀ノ川へ、です。その怨念は紀淡海峡、いや海そのものを徳島側へと押し返し、吉野川のポロロッカとなるのです。
あの阿波踊りの真の創始者は、実は空海なのです。表向きは霊所創設の御礼ですが。
大逆流を住民に気づかれぬように、とのカモフラージュなんです、あの大喧燥は。
川では空海魚が聖水を身体中に満杯にし、年に一度の怨念ポロロッカが後押しをする。

炎天の 遠き帆や わがこころの帆   誓子

 いまわたしの脳裏にこんな「空海の風景」が浮かぶ。
吉野川を行き交う白い帆がみえる。
一隻は、阿波池田へ溯る帆船だ。東や北へ運ぶサヌカイト船なのだ。
途中で手をふったのは、デッキが小さな黒サヌキ富士と化した下り船だ。
もう一隻は、白い巡礼団船だ。立て続けに十もの寺を回り、全身聖水化したおかげで歩けなくなったのだ。しかし明るい。この浮遊感はなんだ、と全員ハッピー顔なのだ。
すべてが紀淡海峡を超えてくる「追い風」に、白い帆をおおきくふくらませている。
 イルカのように伴走するスズキの群れ。水中には右往左右の鮎やのんびりウナギ。
どのさかなの顔も空海そっくりの人面魚だ。
 人面魚たち、いや空海が水泡を水面に浮かせながら、ブクブク囁いている。
……ああ、わしの超遠大な戦略「プロジェクトM」も順調に推移している。
金(かね)の橋も通じ、癒しブームも定着し、六年先以降の団塊巡礼大ブームも見えた。
あの遠い親戚筋の田尾くんもさとなおくんも、よー頑張っとる。ちゃんとレオマワールドの落ち込み分を相殺しとるやないか。かれらの仕掛けた「巡礼」で、さらにわしの野望が完成にちかづいていくのだ。あとすこしや、残り八つの寺がわしのもんになるんは。


【第一部完】

【第二部】味は書かない、人、大好き

 琴平編

「すみません、小懸屋と宮武に行ってください。申し訳ないんですが、食べ終わったら次ぎ、という段取りで。二軒おわったらまた駅前まで戻りたいんですが」
「ははは、わっかりました、どちらからお越しになったんですか?」

第一札所:小懸屋

 お茶のあと、第一次産業系の日焼け髭剃り残しオジサンと向かい合わせの席で待つ。
食べっぷりが凄まじい。噛みはしない。ずるずるずるずる、ひたすら飲み込んでいる。

額の汗ぐらい拭いたら、どや。

 なにか恐わモテの債権者に追われて、先祖伝来の小麦畑を手渡さんとアカン前日、みたいな切迫した食いかただ。

いまさら遅いんとちゃう?。

「ああ、高松の古馬場の、あけみちゃんのやわらかいおっぱい、なつかしいなあ」
走馬灯のようにめくるめく、ここ十年間の「ミラーボールお祭り回想シーン」に疲れたのか、箸を止めて、おでんの串から三角コンニャクをエイヤッと咥える。

中年過ぎておぼえたら、もう後戻り、でけへんやろ?

 料理の善し悪しを判断する絶対的な条件はない。

「人間というのはその人が持ってうまれた、あるいは生活してきた個人的な歴史の中でしか味を見分けることができない。つまり料理の善し悪しを判断する絶対的な条件はない。
いわば味というのは、この言葉をつぶやく人の思い出そのもの、なのだ。たとえば、借金して明日返さないと行けないのに目処がたたない。そんな日の食事がうまいはずがない。或いは失恋の時の食事もだ。グルメ評論家の限界はそこにある。苦しい時の食事、悲しい時の食事。これが描けない。」

「味に付いて描かれた文章は文章の味で勝負しているものであって、だれしも共通の感覚をもっていると錯覚しないかぎり読めない」
辻静雄

 ドスン!ゴロン!
一本まるごとのダイコンが目の前に置かれた。
おい!バンダナ作務衣ニイチャンびっくりさせるなよ。なんか言うたらどや。
「いらしゃいませ。うどんができあがるまで、このおろし金で擦ってください」とか、よ。

 コス、スコ、コス、スコ ひたすら擦る。
座敷や椅子席でも、家族・カップル・おんなのこグループがコス、スコ、コス、スコ。
なんや、食べとるんは、目の前の「古馬場入りびたりオジサン」だけやないか。

 この「ダイコン コススコ システム」はどういう深遠なコンセプトがあるのだろうか。

「○○の島田さーん。どうぞ二番窓口までえ」
「はい!」
むかしは銀行や郵便局で、可愛い女の娘からよばれて、アサヒグラフあわてて閉じたよな。

 つまり「待て」のサインなんだ。

 目の前の調理場テーブルに、十数本の皮を四角く削いだダイコンが山盛だ。
調理場は青い暖簾が端から端まで何枚も垂らされていて、中は見えない。
また一本、奥から暖簾をくぐって、にゅーっと乗せられた。
 なんだあの、すぐ引っ込んだ手は。

 きっと暖簾奥の調理場には「ダイコン皮削り一筋三十年」の永年勤続褒賞旅行寸前オジサンがいるのだ。だけどなにかワケあって「手」しか見せないのだ。
 地元の定連さんだって、こう噂してるに違いない。
「通おて三十年じゃけんど、手ばっかりやきん、正体よー知らんのじゃが」と。

ワケありの手だ、あれは。

 それにしても、こすりにくいおろし金だ。メが細かすぎるのだ。
それにこのダイコン重いな。一本まるごと擦ったことないもんな、最近、こどもも巣立ったし。

 だけどカップルやグループの男の子にとっては、絶好のチャンスだろうな。
「きみ、よかったら、かしてみな」って。

 まるまる一本の、持ち重りのする五角錘ダイコンをみていると、ふと二月に参加した新宮市の火祭りを思い出した。

二月六日、和歌山県新宮市の火祭り=お燈(とう)まつり=に参加した。
(注)お燈まつりとは二月六日、白装束のおとこたち二千人が、山頂で火をつけ、松明をもったまま、暗闇の急峻な石段を一気に駆け降りる勇壮な火祭り。だれでも参加OKだが……。


十八時:登り口仮設テント前

「おい!担架!担架!頭割れとるで!」
「いや、大したことない。それよりこいつが松明でいきなり殴りよったんや!」
頭髪から吹き出した血が、顔、首筋そして白装束の胸一面を真っ赤に染める。
年は50過ぎ、身長180センチ体重90キロを超える巨漢が消防団員に向かってわめく。
地面にへたり込んだ同年輩の巨漢の襟首をつかんでだ。
 男がふらふらとたちあがる。意味不明の言葉を吐きながらだ。
直後どうっとテントへ倒れ込む。幕が膨らみ支柱がギシギシと音を立て、倒れそうだ。
ぐらぐら揺れる照明灯。
…数人の消防団員に抱えられ、ふたりとも奥の社務所に向かって消えた。

「おい!こら!このジュラルミンわしの松明でなぐったろか、えっ!ベコベコにへこましちゃろか!おう!」
「……」
下から見上げる茶髪・眉剃りあげのアンチャン。屈強な機動隊員が虚空を睨んで立ち並ぶ。微動だにしない10枚のジュラルミンの楯が、ギラギラと反射する。

 お昼過ぎに商店街を散策していたら、街宣車がこんな放送をしていた。可愛い声で。
「ピンポンパンコーン!お燈まつり実行委員会より皆様へお願いがあります。毎年大変な数の喧嘩や転落事故が起こっています。上り子さん、特に未成年者への振舞い酒はご遠慮願います。ピンポンパンコーン!」
全く効き目はない。

十七時:福祉センター前から出発

 お燈まつりは氏子以外でも参加できる。わたしのような県外でも外国人でもだ。
ただし条件がふたつ。
1.男性であること。2.定められた衣装をつけること、だ。
衣装は上下の白装束と腹に巻く5重の荒縄、足に草鞋(わらじ)。そして手に松明(たいまつ)。

(松明は野球のバットぐらいあり、厚さ一センチの桧の白木を五角形に組み合わせている)

ぐるぐる回りながら、太さ5センチの荒縄を巻き終わる。上(のぼ)り子の完成だ。
その瞬間「熱い何か」が、内臓から全身へ、じわじわとひろがってゆく。

 着替えのあと15名づつ4班にわかれ、法螺貝の先導者について神倉神社へ。
わが3班は53歳のわたしが最年少だ。
 途中3ヶ所の神社へむかう。

 阿須賀神社の境内が見えてきた。参り終えた若者10人グループと参道で行き交う。
「頼むで!」
の怒鳴り声と同時に松明をガーンとぶつけてきた。この挨拶は凄い。
残り9人とも次々に「頼むで!ガーン」だ。時には押し殺したような低音でだ。
ぶつけ方が悪いと胸ぐらをつかまれ「なにおっ!おう!」となるらしい。
幸いわたしの組は「異邦人まるだし、しかもケアハウス入園直前組」だから相手ではない。

……バンダナ作務衣無愛想店員が、目の前をもう一本もって歩いてくる。
「頼むで!」
と、いきなり立ち上がってこのダイコンぶつけたら、あいつ、どんな顔するやろか。

 そうか!わかった!そうなのだ。ひとはただ待っているだけでは頭の中のアーカイブや思考エンジンが始動しない。いま、わたしのなかでさまざまな「想い」が駆け巡ったように、身体のどこかをうごかすことで、メモリーエンジンがウイーンと立ち上がるのだ。

 よっこらしょっと本や新聞を持って便座にしゃがむ時。次のテイーグラウンドへのトロトロカーレーターでパターを握り直す時。そして鉛筆を肥後の守(古い!)で削る時。
 白い画用紙やキャンバス、原稿用紙の桝目や、(こうして)Wordにむかって凝視する時。

 そうだ「白」だ、ダイコンの。

「身体を動かす+白」これは宗教活動なのだ。イニシエーションなのだ。
 おろし金のトゲトゲ面に広がってゆく白いキャンバスはこう囁いているのだ。

「あなたの想いを、人生の棚卸しを、この貴重なひとときに描きませんか?」と。


 考えてもみるがいい。
四国最高峰の石鎚山や剣山を、室戸岬の洞窟を。修験者の山岳道場だったではないか。
役行者が阿部晴明が。そしてあとを引き継いで国のトップ宗教にまで拡大した空海の故郷ではないか、四国は。
いま、店の前を、四国全域を、「同行二人」の巡礼が歩いているのだ。死と再生の「白」を全身に纏って。四国は宗教アイランドなのだ。

 白いダイコンを暖簾からそっと差し出し、すぐひっこんだ手。
あの「ダイコン皮削り一筋三十年」オジサンは、神父なのだ。

 あの調理場はただのキッチンではない。
懺悔室に向き合う神父のブースなのだ。
だから「ダイコン皮削り一筋三十年」オジサンは姿をみせないのだ。

 なんという深遠なコンセプトが、この「ダイコン コススコ システム」に暗喩されているのだろうか。

 右角にオデンの湯気がみえる。うまそうではないか。
 しかし、あのオデンはなんだ?
テンプラならうどんにのせるトッピングだからわかる。
オデン?

 一つは、うどんを待つ間の突き出し、つまり前菜なのだろう。
だけど、うどんが途中ででてきたらどうする?

 そうか!オデンはミッドフィルダーなのだ。中田なのだ稲本なのだ宮本なのだ。
 本来のFW(主役のうどん)がでてくるまでは、きちっとゴールを攻める主役だ。
そうしてFWがお出ましになったところで、一歩下がってボランチに徹する。
時にはゴールネットを揺らすこともあるが、あくまでもFWをたてる脇役なのだ。

 なんという柔軟性だ。フレキシブルなのだ思考が、いや思想といいかえてもいい。

 第一札所を出る。

「すみません、おまたせしまして!」
すこし沈黙があって、前をむいたままで

「……どうでしたか?」

 きっと自分が噴かしたアクセルの爆音にびっくりして、懺悔したのだ、一瞬に。

「おまえ、なにイライラしちょんね、プロじゃろうがお前は。少々待たされたぐらいで、どくれ(怒ってすねる)ちよったら運ちゃんでけへんじゃろうが。ようやっと馴れたとこじゃろうがこん(この)タクシー会社に。なんべん務め先変りょうたらすむんな。はよ、オトナにならんな。それにええお客さんやないか、どこばり(そんじょそこら)におらんで。レオマワールドも無(の)うなって、あとから東西に新しい橋でけて、頼りにしとる金毘羅さんも人気が落ち気味じゃろう?石段多すぎて。
 土日や祝日にドッと来るんは、素通りの大型バスか自家用車ばっかりやないか。タクシー使うのん、喪服着たヨロヨロじっちゃんかばっちゃんしかおらんやろ、ワンメーターの。

 二軒まわってメーターが五千円。よもよも(ぐずぐず)ゆうな。
こげなあっぱ(あきれた)なツアーに大阪から汽車賃二万円近こう使おて、わざわざ半パンで来てくれるオッチャンおれへんでこのがいな(くそ)熱い夏に。もちっと大事にせな」

 窓の外に、真夏の防波堤上にぬたーっと寝たヒトデのようなダイコン畑が過ぎる。

「あのダイコンシステムはおもしろかったけど、びっくりするほどうまいもんやなかったね、きじょうゆうどん。それに店員の若いにいちゃん、愛想もくそもないやん。店も乱雑やしトイレ臭いし。行列なかったとこみるとサービスと一緒で人気落ちとんと違ゃう?」

「……」

 三十八度線がビューンと車内を横切った。

 「四国はええところやね、景色も人情も。特に言葉はわたしが生まれ育った尾道沖の生口島の方言とイントネーションもよお似とるから、故郷(くに)に帰ったような気がしますわ。
 御存知ですか、いくちじま。あっ!やっぱり。尾道は?そう、そっから連絡船で三十分のとこにあるんやけど。…因島(いんとう)は?嬉しいな、イントオ言うて通じるんは。本当はインノシマじゃけど、わしらはイントオ、じゃったけん、ははは。その隣ですわ、いくちじまは。平山郁夫は?はっはーそうですか。まあええけど」

 駅前から小懸屋までの道すがら、ピョンヤンでの楽しい南北会談、続いたんやけどな。

 第二札所 宮武

 スマイル曲線(Uの形)をたどり、のどかな田園風景をひたすら走る。
駅前から東へ第一札所を訪ねたあと、いったん駅に戻り、今度は西方向へ、である。

 この静謐きわまりない車内を、明るいスマイル光線で、どう、満たす?。

「そうですねん。田尾さんがせっかく本やラジオやテレビで宣伝してくれたんやけんど、
満濃(まんのう)トライアングルじやあ!ゆうて。
 ええ、この辺、満濃ゆうんですわ地名が。弘法大師さんの満濃池、あっこの山の向こうらへんにあるんですわ、おっきなダムみたいな溜め池が。
 ほんで、T字路にあと二軒あるんやきんど、がい(とても)有名なった店が。
まあ、激戦区ちゅうか、高松市内は別もんちゅうか、うどんファンにやあ、たいぎない(面倒のない)ワンストップ、ゆうんですか?流行り言葉で。すんませんなあ、何回も聞いて。ほんで結局、いっぺんで三ヶ所回れるゆうんで、よお案内しましたんや、いっ時は。
しゃあから、あの本がでけたあと、がいに(たくさん)行列でけたんやけんどね三軒とも。

 ほんでつい最近、真向かいの店がいっちゃん(一番)最初に落馬して代替わりですわ。
看板、「柳生屋」から変っとったでしょ?外装もなんもかんも。あっ見てない?。
 あのおやっさんよお知っとんやけんど身体悪うしたきん決心ついた、ゆうとりましたわ。
子無しやったもんで。
 種無しちゃいまっせ、ほっほっほ。
そらもう凄かった。じょんならん(手におえない)ぐらいに。フィーバーした頃は毎晩古馬場でよお一緒に……古馬場ゆうたらそやなあ、宗衛門町みとうな高松一の歓楽街ですわ。

えっ!今晩泊るきんな?高松に。けっこ(綺麗)な娘教え…いや聞かんかったことに。

 ……ああ、あともう一軒じゃったな、ゆうてないんは長田。
いっ時は「西の長田か東のわら家か」ゆわれた、釜揚げうどんの名門やったけんど、もうひとつやきん、味がこん頃。うどんはマアマアやきんど、だしがむつご(しつこい)てなあ。
 先代のおやっさん亡(の)うなってから、ちょおっとあかんよーになったんですわ。
近所も県外のひとも、味にめんどい(うるさい、むつかしい)けんね。新店も増えとるし。
さみしいですわ、ほんま、地元としたら……。

 じゃけどお客さん次はええですよ、絶対。期待しとってください。もーすぐですわ!」

 U字の底だった南北関係が、ゆっくりと右方向へ進み、V字回復のように上向いてきた。

 農道のような国道の店向かいにタクシーが止まる。

百メートル手前に「ちょっとごめん、田んぼさん、土埋めるで。駐車場つくらんとあかんきん。ようけお客さんきてくれるんで、町内会のおっちゃんから、はよ作れ、隣も向かいも休みん日んなったら家の玄関でられん!ゆうて顔真っ赤にして怒っとるきんな」駐車場があったが、県外ナンバーで一杯だったからだ。
ちょっとなら、駐禁の白墨ねえちゃん来んやろから。土曜はこの家、おらんやろうから。
 
 ラブホテル「ヨーロ・レイ・ヒー」は見逃したけれど、第二札所「宮武」に着いた。
いよいよセルフだ。
 半パンのベルトをきっちりと締め直し、タクシーのドアを開けた。

 なるほど両隣も向かいも普通のお家だ。店もだ。看板なかったらきっとす通りだろう。
 店前に待ち会いベンチが三列。しかも三列とも形も材質も違うのをくっつけているのだ。
すこしも日よけの役にたちそうもない透明な日覆いの下にだ。

 きっと親父さん、趣味の盆栽をあわてて退けてつくったのだ。えらい客数だからだ。
透明な屋根って、盆栽まもる雨の日以外、やくにたたんでえ。

だけどええなあ、この、とってつけたような「時の流れを洞察してよ」感覚!

 二列目の左端に座る。二分後に後ろの三列目がいっぱいにだ。
この二列は(駐車場のナンバーからの読みだが)県外者の男女が合計十人ほどだ。
みんな神妙な顔をして額の汗を拭おうともしない。
ついに第二回目のサヌキイニシエーションがいまはじまったのだ。

 いきなり、にゅーっとオバサンの顔。暖簾を掻き分けてだ。
「ふんふんふんふん」と頷いてさっと消える。
またもやここでも新たな謎が浮かび上がってきた。

 あの「ふんふん顎」はなんなんだ。
目の前ざっと十人。懺悔室にひとり入呼ばれて出るまでの時間を十分として、ええーっと。
百分!一時間と四十分!
タクシーまでもう一回断りに道横切らんとあかんやないか!。

 二度と三十八度線を復活してはならん。

「ぼくーう それなにーっ?」
二列目中央の三人連れの(美しくない)OL風のひとりが、身体を傾けて小声で聞く。
端にひとりで汗して座っている少年がうれしそうに差し出す。

高一ぐらいか。
土日の大阪日本橋や秋葉原でよく見かけるゲームオタク風だ。
深夜、部屋で画面のバーチャル可愛い娘ちゃんを、ほれーっ!そりゃあ!とボタンをあっちこっちすばやく動かし、一枚づつ脱がしては、傍らのポテトチップをもどかしげにかき回してボリボリボリって。
色白で小太りで目がねの奥の目を細めて、っていうタイプ。

 見ると、折りたたんだA四サイズの紙に、なにやら青や黒や朱のハンコがベタベタ。
「ええっ!それってうどんやさんの?」

 ピンク色したくちびるが、にゅわーと歪み
「巡礼スタンプ、もう十個たまりょうたんや。これからあと五個もらうきんに」
どうも隣県の新居浜から五十CCバイクで、らしい。

 ものすごい世界がこの地を席捲しつつあるのだ。

「はい!前二列のかた、どーぞ!」
あの「ふんふん顎」おばさんがすこしもわらわずに、そう言って引っこんだ。

 そうか、一度にうどんを茹でる量はきっと十玉から二十玉なのだ。
さっきの「ふんふん」は、次のオーダー数をカウントする、いわば工場業務部さんなんだ。
なんというSCMだ。オンデマンドなのだ。

 イニシエーションはたったの十分で終わった。これでありつけるのだ究極のうどんが。

 信者十数人が懺悔室の暖簾をつぎつぎにくぐる。

「ほら、これやん、噂のタコ天。みっちゃん一個?きみちゃんは?わたしどうしょうかな」
さっきの(美しくない)関西OL三人組が、入り口でいきなり立ち止まる。

早よお決めんかい!はよお。それにタコ天ちゃうがな、ゲソ天や。イカの足のゲ ソ 天!

「お客さーん、入り口に止まらんと、ひやひやか、あつあつか、うどんの大小言うてから席でまっちょって!」

 ほーら神父さんにさっそく怒られたやないか。

初めてご尊顔を拝する神父さんは、野球帽をちょこんとかぶり、のばしたうどんの塊を包丁でエイッ!エイッ!エイッ!とものすごい速さで切っておられた。

 アブラ蝉やミンミン蝉が、ガイコガイコと鳴き叫ぶ小学校の校庭で「りーりーりー」と自分が二塁を狙うのでもないのに、ベンチからとびだして大声はりあげている少年野球の監督さんのような日焼けオジサンだ。

その後ろに湯気をあげる大釜。冷水のシンク。割烹着風のオバサン三人が戦場のように忙しく茹でたり、冷水で洗ったり。
店左が製麺所。右手が椅子席、奥が座敷だ。家族もカップルも一心不乱にズルズルズル。

「わし、ベテランじゃきんね。あんたらと違おて」
得意顔の「巡礼スタンプラリーオタク少年」の後へくっつく。
「ひやひやの小」
といって小皿をもち、入り口横のゲソ天を乗せ、さっさとカウンターへ並ぶ。
「ひやひや?」
そうか、生醤油だ。だけど第一札所でたべたから今度は熱いのがほしいな。
はっはっー「あつあつ」なんだ、きっと。
とろとろ迷っている、ちゃっきり娘にかまう訳にはいかん。
あの三八度線の再結線は、なんとしても阻止せねば。

「あつあつの小!」
「……」
通ったんか、今のんで。まあなんとかなるやろ、神父さんこっちの方、ちらっとみたから。

 小皿をもっていそいそとゲソ天へ。
容器がすごい。大きさはB四サイズで四種類のケースが四角形に並んでいて、それぞれにテンプラ(ちくわや野菜等)がおさまっている。だけど全部ばらばらだ。大きさも高さもケース素材も。ただし他の三種類は不揃いではあるが一応白や黄色や緑のプラスチック製だ。

 ゲソ天だけがダンボール!。
それも縁もへちゃへちゃ。うーんこの違和感はもはや芸術の域に……。
(あとでタクシーの運ちゃんに教えてもらったのだが)ダントツ人気のゲソ天は、店で揚げるのではなく、専門の業者が持ち込むのだそうだ。つまり通い箱なのだ。
 そうだ!アブラ吸い取り紙も兼ねているんだ、このへろへろダンボールは。

 少年の頃、とっておきのパッチン(メンコ)に内緒でテンプラ油塗って、母によく怒られたな。

「いやあうまかったですわ。うどんもゲソ天も」
「そうですか、そりゃよかった」

「初めてのセルフなんで、ちょっとビビったんやけど、まあ一般店とセルフの中間みたいな感じやったんで、そこそこうまくいきましたわ注文も。
 ひやひや、あつあつゆう赤ちゃん言葉もおもろいし、おっちゃんが手でウリャウリャゆうて切るうどんが、形はちょっと不揃いやけど、物凄い重量感があって、奥歯がたがたのお爺ちゃんやったら、かみ切れんぐらいの粘りやし。ダシもうまかったねえ、ダシも。あれ何つこうとるんやろうか」

「いりこですわ、いりこ」
「はっはあー、やっぱりい。なんか懐かしい味やなあ思うたら、ねえ。うちの島もでしたわ
ダシは。子供ん頃、あとでよう食べたもんですわ、まだ湯気で熱いいりこを。ちょっと苦いはらわたとアタマを歯で切ってペッと捨てて。
 それとあのゲソ天。衣もパリパリやのうて、しんなりと柔らかいし、黄色の衣にちょっと甘みがあって。
 大きいですな、一個が。あれじゃあどんぶりにふたつに折らんと入らんですわな。
ほんであれで八十円は安い。うどんと合わせて二百三十円ゆうんは信じられんわ。」

「ここらじゃったら、あんなもんであすわ、値段は。けんどそんだけおいしかったあゆわれたらうれしいですわ、こっちも。リキいれて推薦しただけのコトあって」

「それとなんとゆうてもあのオヤジサンおもろかったなあ」
「勘定の時やったでしょ。ははは、やっぱり。あん店、電卓もレジもいらんのですわ。
あのおやっさんが人間電卓やきん。お客さんが食べ終わって言うたら、ぱっぱっぱっと暗算しておらぶ(どなる)やろ?レジのおばちゃんに向こうて、二百五十円!ちゅうて」

「そうそう、みんな自己申告なんやねえ。ここは。大阪やったら、えらい目にお店あいまっせ。みんな二三割ごまかしてゆうたりして。そのままどんぶりもって帰ったりして。
 おっかしいなあ勘定全然足らんがなゆうて、いつまでもレジの前でおっちゃん、銀行の貸し金庫用の袋へ入れられんかったりして」
 はっはっはっー!。

 暖かいスマイル光線満載のタクシーは、農道国道を一路琴平駅へむかって驀進する。


坂出編
第三札所:蒲生

「このイデ(用水路)ん道を、うどんロードゆうんですわ、ここらへんでは」
「ははは、今、運転手さん思い付いたんとちゃうの。ぴったしやないのネーミングが」

 幅一メートルぐらいの用水路沿いに車が進む。前後には一台の車もない。
ムクムク積乱雲と青い空。遠くに山。まわりは一面、苗の田んぼしか見えない。
遠くから若衆姿の美空ひばりが、花笠道中を歌いながらスキップしてくるような風景だ。

 坂出駅から、目指す二軒の店名をいい、本日のミッションを告げた。
「ははは!わっかりました。どちらからお越しになったんですか?」

 真っ黒な農機具小屋の前に止まった。
田植え途中なのか、何人かの麦わら帽おじさんが、丸るく、う○こ座りしている。
左の木下におんなの娘が三人。白い椅子、白い網目模様の鉄テーブル。
右隅には大小の木椅子に、揃いの野球ユニフォーム姿のニイチャンが四人。
全員わき目もふらずにズルズルズルズル。

 ここが、かの聖店「蒲生」だったのだ!

「きんのう(昨日)、店じまいしょーたパーラーあたりや横のホームセンターから買うてきたあと、綺麗に雑巾で拭いたきん」セットだ、どうみても。しかもバラバラ。
きっとセットはずれ品なのだ。
 すこし右に傾いた、土壁釘打ち黒塗り看板(縦三十横百センチ)には力強い白筆文字で
「手打ち うどん」。
このひかえめな小文字の「手打ち」はどうだ。手打ち・足踏みあたりまえの本場だからだ。「千年過ぎんと屋久杉とは言わん!」プライドと同じなのだ。
 ただどうして筆法が微妙にちがうのだろうか。
手打ちは顔真卿、うどんは空海だ。しかも「間」がある。

 きっと屋根張り替えの先月、余ったベコベコトタンに墨を塗って、妻(顔真卿)夫(空海)
の「同行二人」で、一晩まるまるかけてこの「聖所ブランドネーム」を仕上げたのだ。
この「間」は、夫婦の長い歴史と空気のようなこころが現れているのだろう。他人には、絶対おしはかれない夫婦間の「間」なのだ。

「なーにりこげ(一見利口な風に)によ(言)おりょんね、看板の素材がどーたらこーたら。素材やか(なんか)ええんじゃ。要はこころじゃ、味じゃ。あこの店むさんこ(めちゃくちゃ)うまいきんもっかい(もう一回)!ゆ(言)うてもろたらええんじゃ。……なに?間がどうしたんや?はっ?歴史が?なんでわかるんや。……わしがこんな無愛想で頑固やきん、初恵(嫁の名前じゃ!)が苦労しとってのお…特にわしの父親にはのお…」

 いや、こうかもしれない。
捨てえ、捨てえ、なんぼゆうても聞かんかった爺ちゃんがポックリ逝って、離れの物置から埃を払おて洗ろた大額板に「八紘一宇」。もうええ頃やと墨を塗って……ひつこいか。

 そう言えばタクシーを止めた駐車場も「ちょっとごめん、田んぼさん土埋めるで」と四方の水田へ岬のようにつきだしていた。

 この店も「時の流れを洞察してよ」感覚なのだ。

 だけど違う点が厳然とここにはある。
 すべてが黒と白にカラー統一されているのだ。

 このこだわりはただものではない。

 行列はなかった。
あのイニシエーションはすでに前のグループでエンドなのだ。
 いさんで開けっ放しの入り口から覗くと、正面の闇の中に、かすかに動く白い物体。
すでにイ

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