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もう帰れない私たち

行った年月

1998年8月
どこから? 大阪から
回った方法 自家用車
行った店

さか枝、谷本、村上、小縣家、長田、山内、いきいきうどん

今回のベスト3  
穴場店など  
最新情報など  

 


もう帰れない私たち

hot writing by 松井美耶子


会社で4メートルほど離れた席に髭づらで座っているさとなお氏が、ある頃、突如、怒濤のごとくさぬきうどんについて語り始めた。彼が私に大阪駅前ビルの地下にあるさぬきうどんの店「はがくれ」を教えてくれたのは、えーっといつのことだったか。とにかく絶賛だったの。彼に誘われて「はがくれ」を知った人はみんな、その後も何度となく地下街の行列に並んでいた。それが、香川へうどんトリップをしてからのさとなお氏は人が変わったように「はがくれ」に冷たくなった。「今日、お昼、はがくれ行く人この指と〜まれ」と誘っても、なにか憐れみにも似た表情で、ちら、とこちらをみる。あの目は、あの目はいったい・・・。心理学的探究心により、私はちょっとだけ西向いた。西とは、もちろん大阪から南西に位置する香川県の方向である。そして。
「さぬきうどんは、うどんの刺身」。彼がうどん布教の初期にのたまったこのセリフで、私はさらにががががっと大きく南西を向いた。心に純白のうどんが渦まいた。うどん=まっしろ。これは当時の私のうどんに対する貧困なイマジネーションを赤裸々に物語っているのであった。
こうして、とある金曜の深夜、私とT(注。会社で約80センチの至近距離に座っているケムール・トーヤマのことではありません)は、あと先考えずに車で大阪を出発してしまった。いま考えるとさとなお氏にいろいろ聞いてから行けばよかったんだけど、とにかく食べたくなってしまったの。さとなお氏の殿堂入りに値する名作キャッチコピー「うどんの刺身」と、気になるあの「目」がすべてでした。あのー、信じられないかもしれませんが、こういう性格の人もいるんですね。これから、こんな私でもこんなにおいしく楽しく幸せであった!という、うどん証言をしたいと思います。ですから計画的にコトを運べばいったいどれほどの悦びを味わえるか! を、ぜひとも、個々にご想像いただき、夢と希望と確信をもってさぬきへ旅立っていただきたいと思うのです。
で、高松に着いた。
かろうじて持っていったさとなお氏の「うどん屋地図(この本に載っているのと別のもの)」によると、現在地から一番近いのは製麺所の「久保」だ。が、久保さんいきなり定休日。むむ。同じように久保さん目がけてやって来ていた地元家族もぞろぞろ引き返していたから、後をつけることにした。同じ町内にある「さか枝」へ行くとふんだ。いきあたりばったりでいい目みたいならジモッティの観察は必須。さらに勇気があれば、ガイコクジンにでもなったつもりで「スミマセン、近くによく行くうどん屋アリマスカ」などと話しかければなおよいと思います。しかし我々は、ぼやぼやしていたのでさっそく地元一行を見失う。が、間もなく自力で食堂風の「さか枝」発見。原チャリのおっちゃんが満足そうな顔で店から出てきた。ええ感じやん。店内には、なんと先回りしたさっきの地元家族がいるではないか。なるほどなるほど。まあ、べつに先回りしたわけじゃないと思うけど。
ふむむ。これがセルフの店なのね。前の人のまねをしてどんぶりを取り、おばちゃんに差し出してうどんを入れてもらった。ぽちゃんと湯通ししてぱらっとネギをかけた。Tは引き続きまねをしてポットからあったかいだしをかけている。私はテーブルでしょうゆをかけた。いいよいよである。ざくっと混ぜてつるっ。おいしい! おいしい、ホントに。思ってたより細くてやわらかめ。風味がある。ちょっともちっとした感触がある。Tをみた。わき目もふらず食っている。しばし冷静になって見回してみると、店内の客がほぼ全員だし。む。で、Tのを横取りしてみた。うむ。うどんがまろやかでだしとなじんでいる。しょうゆもいいけどこっちもよい。なーんも考えずにまねしたTの方がやや偉かったか。でもどっちもおいしい。すごくおいしい。でも「小」にしたからまだまだまだまだ食べれるもんね。ちなみに今回のうどんの旅における私の唯一の計画は、注文は全部「小」にしていろんな店で食べるということでした。
迷路のような路地をぐるぐる回って谷本さんちを発見した。玄関先に植木鉢が並んだなつかし〜い雰囲気のお家である。これは絶対、谷本さんち。断じてうどん屋「谷本」ではない。制服の高校生が3人、花壇の縁に座ってだしをすすっている。土曜だからもうガッコ終わったのね。ご主人が麺を打ってて、奥さんがてんてこまいで注文聞いてる。「だしがないで〜」と客が叫んだ。奥さん、さらにあわてる。「いや〜ほんま、だしがなかったらどうにもならんがな〜もう忙しいて〜」。そうか。谷本さんもだしなのね。どんぶり持って大鍋に数杯分だけ残ってただしをかけた。天かすのバットはカラ。「あ〜あ〜こっちに揚げたてのがあるわぁ、はいはいはい〜」奥さん、天かすかけてくれる。セルフと接客が入り乱れて合体。麺はかため太め。白くない。たくましい。ワシはうどんだ!って感じ。噛むと口の中でほんのり甘くなる。さらに、できたての天かす。さくッとしてカリッとした歯触り、香ばしくて、油っこくない。旅行中、地元のお宅で、おうどんご馳走になるなんて、まずないじゃないですか。手土産なし、お礼はたった120円。申し訳けないったら、もう。(さとなお注。「谷本」は98年7月末で廃業しちゃったそうです。残念)
1度通りすぎて戻った工事現場の現場事務所みたいなプレハブ。小さい立て看板に「村上」って書いてある。食堂用のテーブルを2つほど並べた店内でおばちゃんと子供が2人、うどんでなごんでいる。店の人のようだ。14時。お客さんはいない。「食べれますか」と声をかけると「今、打ってるから30分ほどしてから来て〜」。やった! 打ち立て! 私たちもついに打ち立て!
待ってる間にTが靴下を買った。無言のうちに明日も食べることに決定していた。べつに決めて来たわけじゃなかったけど、明日もうどん食べる!
昼下がりの打ち立てうどん。光の差すプレハブで。やわらかめ。すべすべっとなめらか。お口の中に赤ちゃんの肌。だしとからんでむにゅ。え、きもちわるい?何をおっしゃる、ふっふっふ。アナタのまだ知らないかんしょく。
ぷらぷらしてたら、名もない店発見(実は名前忘れたんです)。生じょうゆで挑戦。白くてつるっとしてコシがあって、やわらかい。適当に入ったなんちゅーことないセルフの店がこれだけおいしい、やっぱりさぬきはすごいわ、さとなおさぁん! ちょっと遠いわね。聞こえないのね。香川に来ればうどん屋は見つかる。そして、入ればまずおいしい。それは高松潜入数時間でよおくわかった。でも、ああ、もっとアナタにいろいろ聞いてくれば、さらに深く激しくうどんの世界を旅できたのね。それは、おいしいからこその後悔であった。しかし今となっては初志貫徹しかない。
観光案内所でこんぴらさんの麓の団体用巨大ぴかぴか旅館を紹介された。で、こんぴらさんの階段。登ったんだけど、ご主人の代わりに登ったっていう偉い犬の石像のとこで嫌んなって帰ったんだけど、あれって何段目だったのでしょう。
さて、朝です。えらくりっぱな駐車場つきの「小縣家」で、うむを言わさず渡された大根をすりました。あやふやな記憶だけど「小」が400円はしたと思う。システマチックな雰囲気と値段の高さに少々の不審感は否めず。ずいぶん待ってずいぶんすって、やっと運ばれてきたうどんにしょうゆ。う、ふとい。ぷるぷるしてきゅきゅっとして、コシもいいかんじ。品がある。気品はあるけどポップだ。性格がねじまがってない。しょうゆも香り高い。こんなに有名になっても、こんなにおいしい。大駐車場まで作って、これだけおいしい。世の食べもん屋の鏡である。そういえば、さとなお氏が、うどんの刺身だ!と叫んだのは、まさにこの、この小縣家のうどんのことではなかったか!
続いて目と鼻の先にある「長田」。ここは釜上げの聖域であるらしい。聖域・・・とTはやたら反応している。その誉れに似つかわしく店内には白いもやが、と思ったら湯気のせいだった。ごまをすって待つ。つるつるつるつるほくほくほく。う、感じる。口の中が。もっとつるつるしたい。つるつる。もっとしたい。つるつる。ほくほくつるつる、つるっつるる。さとなお氏の口調がやたら調子いい訳は食べてみた人にしかわかんないと思う。あのね、深いの。擬音の世界は。
さとなお氏がそのものすごいシチュエーションを書きまくる「山内」を探しに出かけた。どんなに人里離れても出会いを信じて前進しようと決心した。我々はうどんのおいしさに、シチュエーションの魔力が加わるとさらに感動する、という実態があきらかになってきたのだ。
山内さんは、小汚い小屋(すいません)である。薄暗い小屋(ごめんなさい)である。その奥で、おばちゃんがうどん粉を足で踏んでこねているのである。その濃厚な雰囲気に、まさにぴったりのマニアックなうどんが出てくるのである。小縣家のポップスターとは似ても似つかぬ偏ったタイプ。うす茶色、太い、ずしっと重い。だしも濃い。ぬわっし。弾力。おいしい。ぬわっし。好き。けど、なんていうか、ぬわっし、これってうどん? なんか別種の麺類である。さぬきうどんって、もしかしたらうどんじゃないの?! が、があん。
ショックに呆然としながらも、坂出の「山下」を探すことにした(善通寺の山下ではない)。でもこれが、探せど探せどない。かっこわるいけど交番で聞いた。「ご主人体調悪くして休んどるで〜」。えええ〜? ほんま〜? 残念無念。さらに、このあと目指した「彦江」がまた探せど探せどないのである。しとしと雨まで降ってきて、住宅街の小道を歩き回ってやっとこさたどり着いたら、おかあさんが雨上がりの庭先で、ふきん干してて「あらま〜終っちゃったわよ〜」だったのである。日曜16時。しょうがないか。営業時間調べずに来ちゃったしね。これが、行きあたりばったりのリスクってもんなのね。そろそろ大阪に向かわないとね〜。
でも、このままでは淋しいよね。さっき通りかかった「いきいきうどん」って店でも行っとく? 見た目、回転寿司屋っぽいけど。で、いきいきにいきました。店内は社員食堂ふう。タクシーの運転手さんとか家族連れとか、まったく香川の人ったら、こんな妙な時間になんでうどん食ってんだろね。で、もちろん、おいしかったの。ホントなのよ。ほんとにほんとにほんとなの。
それにしても、ねえ、どうして、さぬきうどんは香川にだけ埋もれているんだろ。世のうどんの概念から外れて、ひっそりと。
「いや、これはひっそりしてないな。どっかりと、かな」「いやいや、どっぷりと、ちょっとちがうなあ」。
暮れ行くさぬきの「いきいきうどん」でしみじみ語り合う私とTであった。
きっと私も大阪へ帰って、あの「目」をするようになるのだ。こっち側の世界を知った人にしかできない、さとなお氏のあの日の、あの「目」を。そう。私たちはもうこっち側に来てしまったのである。もう帰れないのである。
そして。こんな本を買ってこんなとこまで読んでしまっているあなたも、もうすでに片足つっこんでる。あきらめて、さぬきへ行くしかないと思うな。

 

※この原稿は単行本「うまひゃひゃさぬきうどん」に載せられた寄稿を転載したものです。


※著作権は投稿者に、編集権はさとなおにあります。
  転載などは投稿者およびさとなおの許可を得て下さい。

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