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さぬきうどんをCHAIN EATING! 〜回天篇4【最終回】

この紀行文は1997年(まだブーム前)にさぬきうどんを求めて家族で香川を彷徨った様子を長々と書きつづったもので、翌年に「うまひゃひゃさぬきうどん」という題名で出版された元原稿でもあります。四部構成になっていて、このページは【回天篇】のその4、最終回です。

【立志篇】12
【風雲篇】1234
【怒濤篇】123
【回天篇】1234




『彦江』から『長田』へはほぼ一本道である。

坂出市街に入って国道438号に出ればあとはそれを南下すれば道沿いにあるのである。
こりゃ左右間違えても大丈夫だから優子に運転を任せることにする。


「ずっと真っ直ぐなのね」
「うん。満濃に向って438号を真っ直ぐ。
 で、途中で438号は左に曲がるんだけど、曲がらずそのまま県道197号に入る。
 そうすると有名な満濃トライアングルがあるんだ」


満濃(まんのう)トライアングル・・・。

『恐るべき』が名付けたうどんの聖地。
満濃町のとある交差点に三角形を描くようにある3つのうどん屋のことである。

初めてボクがさぬきうどんの洗礼を受けた『小縣家』、その向いにそのうち行ってみたい『柳生屋』、そして交差点をはさんで反対側にこれから行く『長田』があるのだ。

まぁたった3店なのだけど、香川のさぬきうどん店は各地方にバラバラに散っているから、こうやって固まっているのは珍しい。
でも決して市街地ではない。まわりは田んぼだ。

こんなとこで3つ固まっていてもやっていけるのだなぁ・・・
自動販売機よりもうどん屋の方が多いのではないか、と思われるほどの「うどん屋密度」をもろともせず、満濃トライアングルはどの店もはやっているのである。


「あ、小縣家だ! 懐かしいわねぇ・・・」
「うん。あのしょうゆうどんの強さ。
 いま食べたらどんな風に思うだろうか」
「そうねぇ。あの頃はびっくりしたけど、今ならどう思うかしらねぇ」
「うーん・・・あ、おい、止まれって!
 なぜ真っ直ぐ行く?!
 ここだってば!」

こら! 止まれって! ここだって!

『小縣家』がある交差点が、満濃トライアングルだって言ったじゃん!
ここに『長田』があるんだってば!
ここまでわかりやすいうどん屋をなぜ行きすぎる!

おい、止まれ!!!








「・・・す満濃」










・・・ひえ〜〜!
   ひょ、ひょっとして、そのシャレが言いたいがためにわざと・・・?





■「長田」〜釜揚げうどんの実力を知る〜



おバカな優子はほっておいて話を進める。

『長田』は製麺所でもあるが、一般店でもある。
はやっているせいか、いままでのうどん屋と看板からして違う。
石造りに墨文字だ。

敷地も広い。
庭では植木屋がチョッキンチョッキンしている。
なんだか納屋やプレハブの製麺所を楽しんできたボク達からすると馴染まないと言うか、うさんくさいと言うか、面白みがないと言うか・・・


「なんだかお上りさんになったような感じね」
「そうだなぁ。こんな店でおいしいうどんが食べられるのだろうか?」


そう、二人ともこういう雰囲気の店をはなから信用しないカラダになってしまっていた。
納屋やプレハブでおばちゃんとかがワイワイ作っているうどんの方がおいしい気がするのだ。

店に入る。

時間は13時半を少し過ぎたところ。
悪い時間だが、ここでは出来たてが食べられるはずだ。なにしろ「釜揚げうどん」を売りにしているのだ。作り置きを出すはずがない。

店内は意外と 高級感はなく、わりとカジュアルな造り。
製麺所をかねているからだろうか。
お、厨房では盛大に湯気が立っているぞ。さすがに「釜揚げうどん」の聖域。

「なんにします?」

おばちゃんが厨房から顔を出した。
厨房横の食券売り場で先払いするようだ。

「ええと、釜揚げひとつと冷たいのひとつ」

「釜揚げうどん」を出すということは「冷たいうどん」も冷水で締めたばかりのものを出してくる可能性が高い。
で、「釜揚げうどん」に自信があるということは、絶対冷たいのもおいしいはずなのである。
比較がおもしろそうだ。


厨房横に置いてあったつけ汁用のおちょこを手にとり、席に座る。
テーブルの上に置いてあった出汁をそれに入れてしばし待つ。


来た。
まずは釜揚げ。

茹で汁は少なめだが、冷水で締めていない分やっぱりエッジが少し丸い。

表面もヌメリが残り、顔を映すようなピカピカさはない。

うん。
見た目のゾクゾク感は一歩も二歩も冷たいのに劣るのである。


だいたい日本人は目で食べると言うくらいで、日本の食文化は見た目の・・・

「演説の途中で悪いけど、冷たいのも来たわよ」


おお!
エッジの立ちがまるで違う。


ピカピカでツルツルで如何にもおいしそうである。
やっぱりこっちの方が見た目からして好きかもなぁ・・・





さて、こうして見惚れている間にも熱が通り続けていく「釜揚げうどん」からまずは食べてみよう。

ズズズ。


・・・うおおおお!
   ヌルヌルでモチモチでムニムニだぁ!


やはり予想通り歯ごたえなどはあまりない。
表面はやさしく歯の侵入を許し、麺自体もあまり逃げ回らない。
なんだか完全に身体を許しきっている感じだ。

でも、ホニッと粘る。
全体にモチモチした食感が「冷たいうどん」にはない独特のもの。
こりゃ、なかなかだ。
はじめて「釜揚げうどん」に感心したかもしれない。


「おいしいわねぇ。私やっぱり釜揚げのこのヌルヌルモチモチが好きだわ」
「うん、わかる・・・」
「味もこっちの方があるのよね」
「うん、わかる・・・」


比較のため、冷たいのを食べることにする。
エッジがくっきり立って、力強さがおもてに現れている。


ズズズ。




・・・うおおおお!
   ツルツルでゴチゴチでシコシコだぁ!


こちらは口の中で暴れまくるボク最愛のタイプ。
歯の侵入を拒む固さ、そして押し戻し、紙一枚の粘り。
茹で上がったときは同じうどんだったなんて信じられない性格変化である。
水で締めただけなのに性格激変である。


「戸塚ヨットスクールなみね」(古!)


うーん・・・。
水で締めるとここまで強くなるのか・・・。
やっぱり戸塚ヨットスクールに響子を入れてみるか・・・(だからもうないって)。


あの「釜揚げうどん」のやさしい面影がまるでなく、そこがまた好ましい。
繰り返すが、同じ茹で上がりとは思えないのである。

「で、結局アナタは釜揚げと冷たいの、どっちが好きなの?」




・・・・・・。




やっぱり「冷たいうどん」が好きかなぁ。


14店回ってさすがにはっきりしてきたが、ボクの中でさぬきうどんに求めている最大のものは「口中快感」なのだ。

これは最初に歯があたるときのいわゆる「歯ごたえ」が非常に重要となる。
で、釜揚げうどんにはそれがない。

それと麺の形状記憶合金的「直線維持力」。
うどんがシュッと立っている感じ。
これも大変「口中快感」を左右する。
「釜揚げうどん」はふにゃふにゃで曲線的だ。口の中でクネクネするだけで、暴れないのである。これも、いかん。

粘りや歯に抱きつく感じ、そして香りなどは釜揚げうどんの方が強かったりするのであるが、冷水で締めたものに比べると全体的にはやっぱり口中快感がずいぶん劣るのである。




香川には様々なさぬきうどんがあり、様々なさぬきうどんの快感があることがわかってきた。

例えば『山越』と『宮武』は全然別のうどんだ。
そのふたつと『中村』はまた全然別のうどんだし、『長田』の釜揚げうどんも同じ座標軸では比較できない。

でも、全部、同じ「さぬきうどん」なのである。


なんだかわかってくればくるほど、さぬきうどんの真実は逃げていく。


やばい。
これはやばい。
典型的「はまる」パターン、ではないか。


このまま一生はまっていくのであろうか・・・。

さとなおさんのご趣味はなんですか?と聞かれて「さぬきうどんです」と答えるようになるのだろうか。

「あとは響子、お前に我がさぬきうどん人生のすべてを託した」と言いながら病院のベッドで作り置きのうどんのように死んでいくのであろうか。




うれしいような、かなしいような、そんな複雑な想いを胸に、ボクは『長田』を後にしたのであった。





■そして、さぬきは繰り返す。



『長田』を出た後、ボク達は岡山の吉田さんちでロシア料理を御馳走になり、そして日常へと帰っていった。

日常は容赦なくやってきた。
本当のさぬきうどんを知ったからと言って、もちろん日常に何の変化もない。

いや、近くの普通のうどん屋に行けなくなったのが「さぬきうどん以前」(この旅行に行く前をボクたちはそう呼ぶ)と明らかに違うところかな。

岡本太郎は「僕の真っ白な脳みそを汚したくない!」と学校の授業中も耳をふさいでいたそうだが、なんだかわかる気がする。
「こんなうどんで口を汚したくない!」
本当のさぬきうどんの快感を知っているこの口に、似て非なるうどんを味合わせたくないのである。


「アイドルと握手した高校生が手を洗いたくないのと似てるわねぇ」


・・・そうかもしれないな。

そう、ボクにとって、いまやさぬきうどんは「アイドル」なのだ。






1998年7月。
ボク達はまた「アイドル」に会いに来た。

仕事の忙しさやらボクの体調不良やら響子の幼稚園入園やらでなかなか時間が取れず、ボク達家族の香川行きは延ばし延ばしになっていたのだが、もう限界だった。

あれから10カ月。
なんだか知らぬ間に明石海峡大橋が出来上がり、香川への道がもうひとつ増えた。

「今度は明石海峡大橋を抜けて行ってみない?」

地図をよーく眺めてみると、明石海峡大橋をおりて徳島市まで行き、徳島自動車道に乗って吉野川を上がっていくと香川県の南端に出ることがわかった。

「ねぇ、見て見て!
 美馬っていうインターおりると、そこはもう谷川米穀店じゃない!」

!!!!!




そうなのである。
香川でも一番行きにくかった『谷川米穀店』が一番近くなったのだ。

そして『谷川米穀店』から20分も走れば・・・『山越』が待っている。




神戸の家を車で出たのは朝7時半。
それから3時間半後、11時ちょい前に、ボク達は『山越』の前にいた。

「帰ってきたわねぇ・・・」
「さぬきうどんなしでよく10カ月も持ったよな・・・」
「おなかすいてぃあぁ! なんか食べゆ!」


ボクたち家族の絆はさぬきうどんでより強固になった気がする。
響子もあれから言葉をずいぶん覚えたが、相変わらずその常套文句は変わらない。


「味、落ちてないといいけど・・・」
「そうだなぁ・・・ずいぶん有名になっちゃったみたいだしなぁ」
「おなかすいてぃあぁ! なんか食べゆ!」


はいはい。
ちょっと待ってね。

おばちゃんにうどんを手渡される。
冷たいの90円。
相変わらず腰が抜けるほど安い。

おお、あの時と変わっていない。
見よ、このピッカピカの麺を!


響子にひと口あげて口封じしてから、10カ月ぶりにひと口。


ズズズ。










う、う、

うま、うま、うま、











うまひゃひゃひゃひゃひゃ〜〜〜〜〜〜〜!!










生きている歓びをここまでストレートに感じられる食べ物が他にあるだろうか。
そう思いながら、ひたすら口を動かすボクなのであった。







これでおしまいです。
長々と読んでいただき、ありがとうございました。

この後、何度もさぬきには行っています。
その様子は「うまひゃひゃ名鑑」や「さぬき雑文集」でお読み下さい。

なお、この紀行文に加筆修正したものを 「うまひゃひゃさぬきうどん」という題名で出版しました。

くわしくは、こちらをご覧ください。




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