さなメモ ログ 2004年01月〜03月


「さなメモ」の過去ログ置き場です。
毎日の雑感なのでなんの工夫も推敲もありません。自分の記録のための過去ログみたいなものです。
極私的に「ちょっと心に残っている出来事」にはがついています。



2004/03/31(水) 20:46:09

今日のスパムメールはいきなりすごい量。朝から12時間でついに1000通突破。このまま行けば明日の朝にはなんと2000通ってことに。みなさんからのメールをその中から発掘するにもひと苦労である。いったいどうしたんだ。昨日はこんなに来なかったのに。みなさんのところもこんなんでしょうか。


2004/03/31(水) 08:34:26

犬と早朝速歩散歩をして、エクササイズして、うぐいすや桜の余韻に浸りつつ野菜スープを食べながら新聞読んでいたら、なんと毎日新聞一面にボクの名前が……!

毎日新聞の今日の朝刊の余録(朝日新聞なら天声人語がある場所)になんとボクの名前が出てました。うぎょぎょ。何の期待もせずにさりげなく読んでいただけに驚きも大きい。ありえない経験をさせてくれてありがとう毎日新聞。つか、何の連絡もなかったので、たまたま毎日を読んでなかったら気がつかなかったよ。
えーと、ネットならここで読めます。ね、載ってるでしょ?
話題は南雪のこと。あぁあの感動的な物語、早くプロジェクトXに取り上げられないだろうか。

昨晩、幻冬舎の見城徹社長とお食事する機会があった。超有名凄腕編集者。非常にお疲れのご様子だったが、久しぶりに男のオーラを見た。「人と関係する」とは何かをオーラだけで教えてくれる。自分は人とここまできちんと関係しているか、強く内省を迫られる夜であった。


2004/03/30(火) 05:06:52

年末くらいからたまに歯が猛烈に痛んだのだが、海外出張が多かったので応急処置をしてはごまかしていた。NYから帰ってようやく落ち着いたので昨日歯医者に行って本格処置。ずいぶん以前に歯にかぶせた金属の下が虫歯になっていたらしく、神経を抜かないといけないくらいに大きな虫歯になっていたらしい。
麻酔打って例のイヤな音にまみれること20分。痛くもなく無事に終わったが、麻酔が切れ始めたあたりから強烈に痛み出し、夜飯もうどんくらいしか食べられず(それもさぬき系は無理。大阪系のやわいやつ)、とんぷく飲んですぐ就寝。痛いよぉ。
今朝起きたら幾分マシになっていてホッ。今日締め切りの原稿を書かないといけないのでちょっと心配してたのだ。さて、出社までにやってしまうべし。


2004/03/29(月) 06:35:11

あ、ちなみにエンコーダの音質の話ですが、いまはMP3の192kbpsで入れているけど、どうせならAACの256kbpsとか320kbpsあたりで入れ直そうかという気もしています。長い目で見た場合ここらへんどうなんでしょう。詳しい方がいらっしゃったらお教えください。


2004/03/29(月) 05:40:44

ふと思い立ってiPod内の整理を始めてしまったワタシ。
30GBの中にとりあえずぶっ込んである5000曲超の音楽のタイトルの付け方を統一したり(特にクラシックはアーチストの項目が作曲者になっていたり演奏者になっていたり指揮者になっていたりバラバラ)、iPod使い始めの頃に低いビットレートで入れていたものを高く録音しなおしたり、いくつかアートワークを挿入してみたり。
もちろんすべて作業を終えるには毎日やっても数週間かかるレベルなのだが、この超便利かつ優れたMP3音楽媒体は「とりあえず媒体」から「メイン媒体」へと自分の中で変化してきたので、長期的に展望をもって整理しようと志しだしたのである。CDやDVDなどの記録媒体の時代もそろそろ終わり、ネットで一曲ずつダウンロード購入してハードディスクで聴く時代になりそうだし。「アルバム」という制作単位も変わっちゃいそうだしなぁ。まぁもともとあれはLPの演奏時限に影響された単位だったので、変わっていっても仕方ないと思うが。

大量にあるCD(これ全部録音するには100GBでも足りなそう)やそこそこあるLP、そしてクレル・チェロ・マッキントッシュ・アポジーなどのオーディオが泣いているが(知らない人がいるかもしれないので付け加えると、コンピュータのマッキントッシュが出るまでは、マッキントッシュと言えばハイエンドオーディオの代名詞だったのです)、これらは特別の時用に。普段はiPod以外の音楽媒体は考えられない。

それにしても……。ボクは幸せだ。
LPで育ち、カセットテープやAM・FMをむさぼるように利用し、CDの出現に驚き、MP3を酷使し、と、すべてを経験できた。ぎりぎりソノシートやSPにも幼児の頃に触れた。
LPのあの儀式性や稀少性、そしてエアチェックの苦労やカセットに対する愛情を知っている世代は音楽に対する思い入れが違うと思う。お手軽になっちゃう前を知っているシアワセ。それを知っている上で便利を享受できる深いシアワセ。いまの若い子たちにザマアミロと言いたい。うくくく。


2004/03/28(日) 07:06:57

4月改編で終わるドラマたち。話題炸裂の「白い巨塔」も「砂の器」も見なかったが「てるてる家族」は8割見たぞ(終盤は海外出張で抜け抜けだが)。このNHK朝ドラは近来稀に見る出来。ミュージカル&大阪ノリが素晴らしくマッチしていた。役者たちもみんな良かった。現実との微妙なリンクも良かった。いしだあゆみとか日清食品とか(このドラマのおかげでチキンラーメンは前年比40%増の過去最高益だそうだ)。BK制作(NHK東京放送局をAK、NHK大阪放送局をBKと呼ぶ。半年交代で朝ドラを作ってる)はここんとこ駄作ばかりだったが、これで一気に盛り返し。
娘の響子もとてもファンで、ボクがなかにし礼の原作を買ってきてやったらむさぼるように読んでいた。彼女にとって初めて読む大人の本かもしれないな。どんなものでもむさぼるように読めば血となり肉となる。彼女の血と肉はてるてる家族だ。いいのか?


2004/03/27(土) 23:21:44

あまり眠くもないのだが、とにかく一日中ベッドでゴロゴロしていることを自分に強いた。食事も和食+温野菜ばっかにして酒も抜き、カラダをなるべく暖めながらハリポタ原書などをダラダラと。疲れがドッと出そうなのを上手に予防してうやむやにしてしまおう作戦。明日は花見がてら家族と犬と大散歩、そしてエクササイズ、んでもってベッドでゴロゴロの予定。こういう仕事の節目って意外と危ないから神経質なくらいカラダを休めるのだ。あと一週間はゆっくりゆっくりさせるぞ。
あー、それにしてもサイトのいろんなコーナーを更新してないな。更新するどころではなかったのだけど、さすがにそろそろなんとかせねばな。


2004/03/26(金) 23:34:53

日本に帰って何がうれしいって、やっぱウォシュレットかな。こんな気持ちいいもの、なんで海外で普及しないのか。次回からは携帯用ウォシュレットを持って行こう。
などと、最終回の「ニュースステーション」の合間にトイレで実感するワタクシ。18年半かぁ。ボクが新入社員の頃からやっているわけで、久米宏も歳を取るわけだ。彼の技術はかなり成長していると思うのだけど、個人的には18年前の久米宏の方がキャスターとして好きだったりするわけで、そうなると人間の成長というのは何なのだろうかと。

ニューヨークでの娘と一緒だった5日間がどうも娘との関係を少し変えたようだ。いい方に。なるほどこういうことを怠っていたのだと、これまたトイレで実感・黙考・反省。


2004/03/26(金) 22:35:26

無事帰国。旅から旅へと人生を送っているヒトがいるが(たとえば椎名誠さんとか)、旅はやっぱり落ち着かない。自分の根っこがどんどんなくなっていく。旅をしながら人生のペースを保つのは至難だなぁ。
せっかく順調に減っていた体重もまた増えてしまった。明日からやり直し。長く続いた非日常で狂ったペースをまず取り戻そう。


2004/03/25(木) 22:11:09

さなメモの記事削除機能がうまく働かず、下のURLを削除できない。いやマジで。さっきから四苦八苦したけどボタン自体が働かない。ので、日本に帰ってCGIファイルを直すまで載っけときます…。

ということで、JFK空港にあと1時間ちょいで向かう。いまからゆっくり風呂に浸かり運動をする。優子から「やっぱりあのバッグ買ってきて〜。買わなかったこと悔やんでいるの」とまぬけなメールが届いたが、いやもう出てしまうのですよ奥さん。一日遅かりし。

これでしばらくNYには来ないかな。
数えてみたら、今年になってからNYに42日間いるよ。42日間ってあーた、うーむ。メシ屋も60軒くらいは新しいところ行ったと思う。そのうち総括します。なんつうか、仕事も経験も舌も経験値がずいぶん上がった感じ。あ、それと皮膚もね。寒さで鍛えられて。


2004/03/25(木) 13:41:57

今日の昼メシはキューバン・チャイニーズ。夜メシはジャマイカン・ジャパニーズ。両方ともとても面白かったなぁ。そういえばジャパニーズ・イタリアンという分野がちゃんとあるのだと認識したのも今回のNY。フレンチ・アメリカンも美味しいし、スシはほとんどアメリカン・ジャパニーズという分野として進化しているし、数年前に流行ったフュージョンの細分化版とでもいうようなこういうタイプの食事がNYでは特に面白い。でもさすがにジャマイカン・ジャパニーズにはびっくりしたけど。

水曜のマチネーで「Movin' Out」を鑑賞。ビリージョエルの歌をフルに使ったミュージカルで、日本人ダンサーのオカモトリカさんが出演しているので観に行ったのだ。終演後彼女とお会いしてちょっとお話も。終演直後のダンサーってみな独特のオーラがあって眩しい感じ。

今日はソーホーで仕事があったのだが、ソーホーのアップルショップでアルテック(!)のiPod用ヘッドホンと、iPodをレコーダーとして利用できるデバイスを見つけ喜々として購入。iPodが録音機となることは知らなかった。ヘッドホンも白くて格好いいし、ランシングだし、うれしいよう。

で、ついに明日の朝、帰国。
今回はこっちの方とほとんどお会いできなかったけど、まぁまたそのうち来ると思うのでそのときはよろしくです。それにしても今日は暖かかった。シャツにジャケットだけで夜中でも歩ける暖かさ。一気にストリートミュージシャンたちも増え、夜のマンハッタンは異様に賑やかだったのです。


2004/03/25(木) 01:01:14

6ヶ月に渡ったこの仕事、終了。
いったい何晩徹夜しただろう。いったい何日出張しただろう。いったい何枚新素材オジシャツを買っただろう。つか、マジで寒すぎる仕事だった。そしてマジで思い出に残る仕事となった。
ロス、プラハ、ニューヨーク×3、と、ひとつの仕事でこれだけ海外出張するのも異例ならその期間も異例。もうこんなのアリエナイだろうなぁ。そしてトラブル的にも百貨店状態。ものすごく経験値が上がった実感がある。
仕事は終わったが、終わらないトラブルもあり、ちょっと「イエーーイ! 終わったぜー!」とみんなで抱き合えない部分もあるのだが、それはそれとして、言い難い開放感はある。終わったのを祝福するかのように、あれだけ寒かったNYが今日から急に暖かい。

上に、時間限定で、やった仕事のURL書いておきます。24時間以内に削除します。


2004/03/24(水) 06:03:52

優子と響子、日本へ帰る。
今回は仕事の予定が当日でも二転三転して、レストランの予約もほとんど出来なかった。仕事が何時に始まり何時に終わるのか数時間前にならないと見えなかったから。そういう意味ではパーフェクト接待できなかったなぁ(接待だったのか)。せっかくこんなにいっぱいNYのレストランを知っているのに…。だけど2ヶ月先まで予約でいっぱいな「ピーター・ルーガー」が奇跡的に当日取れたり、響子がお気に入りのブレックファスト屋さんを見つけたり、ソーロンタンやタパスやイタリアンを堪能できたり、まぁそこそこだったかも。

日本だけが世界ではない。当たり前のことだが、日本で長く幼年期を過ごすとそのことが実感として理解できないと思う。外にこんなに広くて豊かな世界が広がっていることを9歳児はちゃんと理解できただろうか。これからも刺激しつづけなければ。

昼飯は、これまたメールでタレコミがあった「Curry in a Hurry」へひとりで。とてもうまい。パキスタン人街で長く経営しているだけのことはある。こういうカレーを食べるとなんだか元気が出るな。


2004/03/23(火) 21:35:09

昨日は仕事の合間に自然史博物館につきあった。ここはボクの大好きな場所でもある。響子も優子も大変喜び、実に堪能した模様。よかったよかった。夜は映画「ディナーラッシュ」のモデルの店で。もっといい店にしたかったが、夜になると娘が眠くて仕方なくなってしまうので、気楽な店に。でもおいしかった。
昨日はあまりに寒かったので(最高気温が2℃。風強し)、予定していた自由の女神船上見学やエンパイア登頂も中止。そんなことしたら死ぬ。あんな名所見学よりもNYを肌で感じる方が大事だ。今回とにかく街を歩かせた。地下鉄もいっぱい乗せたし店もいっぱい行った。「いろんな人種がいろんな生き場所を見つけていろんな生き方をしている」ということを肌で理解してくれることが今回の目的なのだ。それはそこそこ達成できたかなぁ…。
いまから今回の響子の思い出の店(毎朝のように朝ご飯を食べに行ったデリ。しかもレジの優しいおねえさんとの短い会話が彼女の初英会話。いい思い出をもったようだ)GIGI CAFEに行って、ゆっくりベーグルとか食べてから、妻子は空港に行く。ボクは仕事があるのであと3日ほど残る。5日という短い間だったが、娘はNYが大好きになったようで帰りたくなくて仕方がないらしい。それも良かった。ボクの仕事が山場だったので、あまり相手は出来なかったが、それでも濃密な家族の時間を持てて満足。では、GIGI CAFEへ。


2004/03/22(月) 15:11:09

娘にブロードウェイくらい見せておきたいと、「ライオンキング」のチケットを二枚押さえた(優子と響子分。ボクは以前見たし仕事があるので行かず)。響子は「最後は感動して涙出そうになった」と言っていた。初ブロードウェイは成功。これがどう彼女の将来に影響を及ぼすか…。
仕事がちょうど空いたので観劇後に待ち合わせてタイムズスクエアのトイザラス(驚異的な内容の店だね)やGAP KIDS、ミッドタウンなどを連れ歩き、ちょっとだけ編集室なども見学させた。父は日々こういうところでこういう風に仕事をしているのだよ(遊んでいるように見えるかもしれないけど遊んではいないのだよ)、と娘にプレゼンするつもりだったが、ソファに座った途端に爆睡しやがる。がっくし。
仕事はその後深夜まで続きボクも爆睡寸前。疲れがたまっているなぁ。夜メシは出前のスシとメキシカン。メキシカンといっしょに食べてると、スシという食べ物も意外とジャンクな感じがしてくるから不思議。まぁもともと屋台のファストフードだしな。
明日は家族たちのNY最終日。あさっての朝発つ。明日は娘をどこに連れて行こうか。まだ自由の女神もエンパイアも連れてっていないが……自然史博物館は見せておきたいなぁ。それよりセントラルパークでスケートした方が思い出深いかなぁ。とはいえ仕事の休み時間を利用して数時間だけ娘につきあうのでたいして行けないんだよね。え?妻? あぁ優子はチーズ屋さんと食材屋さんをひとりで回るそうです。うはは。手がかからなくてよろし(というか、体よく響子の世話を押しつけられたのか?)。


2004/03/21(日) 12:52:44

ほんの数十分だけデモに参加。とても熱く連帯感のあるいいウォークだった。NYの反戦デモ参加はちょっとレアな体験かも。

仕事で出たり入ったりしているうちに、NYに来て初めて夜飯を食いっぱぐれた。家族といっしょに食べるタイミングも失い、腹を空かしたまま帰ホテル。まぁたまには胃腸を休めるのもいいか。

いかりや長介の死亡ニュースはここNYでも驚きを持って迎えられている(仕事仲間や家族の間だけだけど)。ニュースを知った人がみな一瞬「えっ」と絶句したことをもってして改めて我々の心の中に占めていた彼の独自なる位置を知った。

仕事は大きな山場を越えた。今回ばかりは越えられないのではないかと危惧したが、もうダメかと思われた音楽の上がりが大逆転な出来になったので、なんとか希望が見えた。あと少し。あと少し。


2004/03/21(日) 02:22:16

仕事場はマジソン・アベニュー沿いなのだが、いまその前がエライことになっている。開戦1年の大規模な反戦デモがマジソンアベニューを交通遮断して行われているのだ。間近で見る本場のデモ(あは)。それぞれの格好やプラカード、練り歩き方も趣向が凝らしてあって見ていて楽しい。というか、マジで参加したい(笑)
何万人が参加してるのかなぁ。仕事が一段落したあともまだやってたら、(いまは別行動している)優子や響子と一緒に歩いてみようかな。911があったマンハッタンでの開戦1年目の反戦デモって、そりゃー他の場所でのデモより参加しがいあるもんね。


2004/03/20(土) 21:44:43

イラク開戦から今日で1年(NYは日本より14時間も遅くその日が来た)。朝焼けがとてもきれいな快晴日になった。
NYで生のアメリカに何週間も触れていると、この国が911で感じた怒りの持って行き場としてのイラク戦争の、ある「必然」が、肌感覚でわかってくる部分はある。あぁこういう国民たちの支持を得るためにブッシュは戦争を選んだのだなぁ的なレベルの理解だけど。

憧れと夢と自負心と欲望と虚栄心と自分勝手をチャンプルーして、ポジティブなお皿にどっさり盛りつけたようなこの街は、見た目も味もかなり旨い。でも実にtoo muchで表面的だ。滋味よりも表面の味の方が大事。ジャンクフードがそうであるように、かなり癖にはなるのだが、どこかでカラダが欲していない。
この国自体にもどこかそういうところがあって、そこに住む人々もどこかでそれを感じている気がする。「自由」という言葉で言い換えてはいるが、実は単なるジャンクなのだ。誇り高きジャンク。

あの911はきっとそういう彼らの琴線(触れられたくない部分としての琴線)に触れる攻撃だったのだな、みたいなことが書きたいのだけど、短いメモで表現しきらん。こんなことジトジト書いてないで、娘といっしょに街に出よう。


2004/03/20(土) 08:02:50

今日、妻子はニュージャージーの友達のところに遠征して行き、ボクは終日じっくり仕事。なんだかがっつり仕事が詰まっていたので昼を食べるヒマもなく、あっという間に午後4時になってしまう。昼は抜きたくないし、出前でごまかすのもイヤなので、ひとりで外にランチを食べに行くことにする。つか午後4時に開いてる店って? ちょうど今日来たメールで勧められたベトナム料理のフォー(米麺)屋だったらこの時間でも開いているだろうとチャイナタウンまで地下鉄で。
滞米28年というその方がメールで大推薦してくれたのは「グランドストリートの『正宗なんたら…』いう店」。これだけの情報ではとてもじゃないがたどり着けないので、ネットでいろいろ検索。「正宗城南牛河粉」という245 Grand St.にある店が出てきたので、ここだ!と思い、地下鉄でそこに向かったのはいいが、乗り換えを間違え、地図を持ってなかったので降りてからも迷いに迷い、やっとその住所にたどり着いたのは夕方5時近く。しかも店の名前が違うではないか。ううむ。
でもまぁとにかくフォーを中心に商売をしているベトナム料理屋さんのようだし、腹減りも限界だったのでとりあえず入ってみた。いくつか種類がある中なにやら怪しげなフォーを頼んだのだが、これがなかなかに絶品で「店の名前は違うけど住所は同じだしかなりうまい…やっぱりここではないか」と、ウェイターに「ひょっとして店の名前を変えたか?」と聞いたら「4ヶ月前にオーナーが変わって変えた」という。わーい。大当たり。きっと料理人は変わってないのだな。とりあえずうまい昼飯に大満足(←昼飯とは呼べない時間です)。
帰りにチーズショップとしてはNY1らしい「DiPalo's」に寄ったりリトルイタリーを散策したりして、ニコニコ編集室に帰ってきた。さて仕事。夜飯は9時半からNY1のチーズレストランを妻のために予約してある(子供にはちょっと酷かもしれないが)。それまで集中。


2004/03/19(金) 22:24:44

昨日は午後から雪がやんだが、今日はまた朝から大雪。
娘の響子は見るも聞くもの味わうものすべて初体験。尋常じゃない量の情報が彼女の中に流れ込んだらしく、当初異様にハイで飛ばしまくったあげく、日本時間の深夜すぎに胃けいれん気味になり沈没。3時間ほど気絶したあげく復帰。時差と移動と情報にやられたらしい。でもいまは元気いっぱい。雪自体も彼女にとっては非日常なので喜びまくり。親というのは子供が元気なだけでこんだけ安心するものなんだなと改めて。そう。元気なだけでいいんだよ。
優子はチーズショップや食材屋めぐりに飛び回っている。フランスやイタリアはその国のチーズだけが充実してるけど、NYは世界中のチーズが充実してることに感動しているようだ。日本もどちらかというとそういう傾向だが、NYのトップクラスの食材屋の充実度はマジで目を見張るもんなぁ。こういう食材屋があるだけで移住したくなる。
仕事は詰めの段階でかなりナーバス。冷や汗じょろじょろ。でも家族が来てイイ意味で張り合いも出て、もう一踏ん張り出来そうだ。がんばろう。


2004/03/18(木) 23:08:57

時差を初めて体験する娘が朝4時に起きたらしく「ねぇ起きて〜!」と起こしてきた(泣)。
仕方ないから起きて、早朝の雪の中を散歩して、デリで買い物して、カフェで朝ご飯買い込んで……うーまいった。でもまぁ朝8時から仕事の打ち合わせがあったからちょうどいいスターターにはなったのだけど。

妻の優子は昨日行った「ピーター・ルーガー」で二日酔いになったらしく朝の散歩はパス。昼から食材屋めぐりやセントラルパーク散歩などにつきあう予定。仕事だけでも大変な体力がいるのに、なかなかハードになってきたぞ(笑)。でも逆境に燃えるタイプなので。

世界一のステーキ屋だとボクが思っている「ピーター・ルーガー」は二回目。おとといはNYザガットでイタリアン1位の「イル・ムリーノ」(六本木店が開店したね)。さきおとといは鳴り物入りで先週木曜に開店したばかりのスペクタキュラーな和食店「MEGU」。と、このところ食には恵まれている。またゆっくりご報告します。

そういえば、昨日のセントパトリック・デイは(仕事で長くは観れなかったけど)かなり楽しんだ。あー楽しかった。


2004/03/18(木) 14:25:36

本日、妻と娘、東京より到着。自費でNYに呼んだ。仕事が激忙しいのであまり相手は出来ないが、仕事の合間に(特に娘に)NY体験をさせたいと思ったのだ。まわりが日本人ばかりというのが世界的には異常なのだという感覚を。国際ニュースを見ても他人事と思わない実感を。英語ができると楽しいかもという向上心を。
というか、家庭崩壊予防が本音かな。今年になって数週間しか一緒にいれてないし。仕事をガシンガシンこなしていても家庭が壊れたら元も子もないもんね。
娘にとっては9歳にして初の海外旅行。妻にとっては3回目のNY。誕生日と結婚記念日のビッグなプレゼントとはコレである。楽しんでくれることを心から願っている。


2004/03/17(水) 19:11:28

東京での超急ぎ作業が心配で眠れず(←意外と真面目じゃん)、朝4時に日本に電話する。日本は夕方6時。そしたら「スケジュールが先方の社長の鶴の一声で延びました。じっくり作れます♪」との知らせ。あぁ良かった。急にうれしくなり、調子に乗って、この仕事をじっくり作れるならこの人に頼もうと決めていた女性コピーライターに電話したら、4月から休業との知らせ。理由や近況を聞いてるうちに生き方の深いハナシになり、しばし沈思話考。
電話を切る直前、マンハッタンを雪中行軍していた象のハナシをしたら彼女がとても詩的に広げてくれて、あれ、これって小説が書けるかも、みたいな気分になる。そう、彼女と話すと(2年ぶりだが)どんな些細なハナシでも小説みたいになるんだった。思い出した。


2004/03/17(水) 15:33:54

象のハナシを、NYから遠き日本のサーバーにアップした数十分後に、NY在住の方からメールが来るという同時性がとっても不思議で面白い。ネットってやっぱおもしろすぎる媒体だな。
メールの内容は「さとなおさん。不思議のゾウはリングリングサーカスのゾウです。毎年マジソンスクエアで行われるサーカスのゾウを交通の邪魔にならない時間に移動用トラックから小屋に移動させるのが、ある時期より恒例/お祭り化したらしいです。私も昔仕事で深夜までオフィスにいたとき、窓から見ました。ビルの谷間を歩くゾウ。不思議な街です。」ですと。
ホテルから見た限りでは、象を運んできたトラックはbetween 3Ave.&2Ave.の、34st.STに止まっていたようだ。ここからマジソンスクエアガーデン近くの小屋まで行進するのか。すげー。Park Ave.も5th Aveも遮断するのね。つか、もっと近くにトラックを止めればいいじゃんと思うのだが、こういう非効率は楽しいな。日本人なら絶対しない。警察も「責任者、何考えておる!」と頭ごなしに怒るだろう。日本にはこういう過程を楽しむという発想自体がないからな。


2004/03/17(水) 14:49:38

ホテルの外が異様に騒がしいので窓から下を眺めたら、パトカーとかたくさん止まって交通を遮断している。人も多く集まっている。なんだろう、事故かな、まぁいいやと仕事のメールとかを書いていたら、大歓声が上がった。
急いで下を眺めたら、なんと象が8頭、道路の真ん中を行進しているではないか。マンハッタンの雪景色のミッドタウン(34丁目のLEX)を行進する象。しかも奥さん、NY時間の深夜0時40分ですぞ。
そういえば、さっきタクシーから降りたとき、象のお面をかぶった人が道路をうろうろしていた。なんかのイベントかも。日付が変わった本日はセントパトリック・デイのお祭りなので、その関連かもしれない。しかし、午前0時すぎにやるかね。なんでもありで面白いな、ニューヨークは。


2004/03/17(水) 07:43:52

かなりの大雪。その状況を伝えようと日本が朝になるのを待って家に電話したら「な〜に? いま『てるてる家族』がイイトコロなんだから。後にして。ガチャンッ」
朝ドラに負けたワタシ。なんだよー!


2004/03/17(水) 02:57:36

ニューヨーク、大雪。
あらゆる部分で雪が絡まるこの仕事。最終仕上げもやはり雪。恐れ入る。
それにしても……さむ。昼飯食べに外に行く気もせん。


2004/03/16(火) 08:37:02

新しく出来たタイムワーナーセンターの4階に和食バーがあるのでランチに入ってみた。バーカウンターでは昼からSAKEを飲んでいるカップルがいたりして、とにかく和食系はお洒落なのだな。ランチが数種類あって、21ドルの鍋焼きうどんを頼む。チップ含めたらほとんど3000円のうどんである。しかも食べてみたら……なんだか食べ慣れた感触……これって絶対カトキチの冷凍うどんだ。いや、うまいからいいんですけど、21ドルは高いがな。
ぶつぶつ言いながら店を出てセントラルパークへ。珍しく暖かい日のせいか人出が多く賑わっている。適当な岩を探して腰をかけしばしユッタリ。近くをリスが走り、カップルが芝生で抱き合い、老人がベンチで憩い、若者がキャッチボールをし、犬の散歩が数多く通りかかる。日本の公園とあまりに利用され方が違うので毎回愕然とする。いいなぁ。セントラルパークがあるだけで、ニューヨークに住みたくなる。
日本に送らないといけない企画がまだ出来ない。やばいなぁ。


2004/03/15(月) 22:43:16

今日のNYはとても暖かく、朝飯食べに街のカフェまで出かけたのだけど、長袖Tにジージャンだけでオッケーだった。雲一つない大快晴で気分もいい。セントラルパークにでも散歩に行こうかなと考えたり、東京でめちゃくちゃ急ぎの仕事が勃発したので部屋で企画しなくちゃと思い直したり、夕方からの仕事に備えて全体を整理しようと企んだり、疲れが溜まってるからもう少し寝ようかとベッドの誘惑と闘ったり…。結論としては、2時間極楽朝寝をしたあと、セントラルパークにメモ帳持って行って、散歩したりベンチに座ったりしながら企画するのが一番と相成った。明日からまた寒いらしいし(最高4℃最低-1℃)、とにかく部屋から出よう。ではとりあえずおやすみ。現在朝8時45分。


2004/03/15(月) 14:22:01

どうしてNYから日本に電話して相手が捕まらないとこう腹が立つのだろう。何度電話しても留守電だったりするともういかん。「地球の裏側からわざわざ電話してるのに」感が強く襲ってくる。ひたすら偉そうな感じでな。ちっぽけな特権意識。おもろいな。こうやって「偉そうな人種」が出来上がるわけだ。くだらん。
逆に、遠きNYから「彼はいま丸ノ内線で移動中で圏外なのかもしれない」と思いやる感じもまたおもろい。地球の裏側から現在の彼の細かい事情を推察しているこの遠近法的な錯覚が。地球はでっかいのに妙に矮小化しちゃってイメージしているお馬鹿な近未来感が。
そんでもって「NYからかけてます」という言葉に驚いてくれる人がこのごろめちゃ少なくなったのもまたまたおもろい。みんな普通に「あーお疲れー。でさー……」とすぐ本題に入る。「じゃ、5時にまた電話くれる?」とか平気で言ったりする。なんか、こんなことしてると世の中に対して何も驚けなくなってきて、実に味気ない人生になるのではないかなどと危惧したり。 国木田独歩じゃないけれど、ボクはもっともっと驚きたいんです。


2004/03/14(日) 23:04:44

相変わらずNYは寒い。昨日もおとといも風が強く、体感的には-10℃くらいあったかも。今日はどうかなぁ。気温は-2℃とかお天気サイトに出てるけど。

昨晩は週末ということもあって目当てのレストランはどこも取れず、シーフードを食べに行った。そこそこちゃんとしたアメリカンレストランなのだが、メニューにHamachiやUnagi、Edamame、それにSakeを使った酒蒸しなどもあり、日本の食材や料理法、そして日本語自体の浸透をここでも実感。

帰って腕立てや腹筋を3セットして、温泉の素を入れてゆっくり入浴。そこで記憶断絶。ふと気がついたらベッドで朝を迎えていた。風呂で寝込まなくて良かった…。いつベッドへ移動したのかまったく覚えてない。あぶな。


2004/03/14(日) 04:40:54

一緒にブランチを食べた不法滞在ダンサーのENGINが、「先日のスペインの列車テロはあの9.11からちょうど911日目に起こったって知ってました?」と言うから計算してみたら……確かに。うーむ。怖っ。

行った店「Barney Greengrass」はどうやら超有名ジューイッシュ・デリだったらしく、デリのくせにZAGATで23点。あとから「あそこに行ったならコレを食べたんでしょうね!」とメールも入り、あぁもっと先に言ってくれ状態。でも確かにここのスモークサーモンはいままで食べた中で一番うまかった。とろとろのふわふわのガツンガツン。うまー。でも食べ過ぎて脂で気持ち悪くなっているワタシ。うー。


2004/03/14(日) 01:03:52

昨晩は「NAM」という店でちょっとお洒落なベトナム料理。タッキーとイエローキャブ運転手のリオさん(日本人)と。8点に近い7点。そこそこ満足。締めのフォーが程よくて良かった。

泊まっているホテルの部屋からイーストリバーが見える。で、その延長上から朝日が昇る。すべてを祝福するような朝焼け。そして、いつかは誰でも死ぬのだとわからせてくれるような朝焼け。意味不明。あえて説明すれば、一瞬一瞬を大事に生きなくちゃと思わせてくれる感じ。ま、朝焼けを見て抱きがちな陳腐な感想ではあるな。うくく。

いまからアッパーウェストのジューイッシュ・デリで日本人のNY不法滞在ストリートダンサー(モヒカン)とブランチを食べてから仕事。わりと大事な仕事の日。それにしてもキャブ運転手や不法滞在ダンサーとかと話してると実に楽しい。なんでだろう。

あーそういえば昨晩はハリーポッター原書を80ページくらい読んだ。難しい箇所でつかえていたのだが、そこを越えて一気に進んだ。超読み飛ばし。でもさすがにおもろい。


2004/03/13(土) 07:51:01

なんか大阪出張みたいな気分でニューヨークに到着。まるで日常だ。たった12日前にここを発ってきたばかりだし今年3回目なので、違和感とか非日常感がまったくないのである。ヒコーキの中でもガツガツ映画を見たりせず、ずっと本(乃南アサ『涙』)を読んでいた。で、なにげなくJFKに到着。12時間があっという間。なんかすべてに渡ってあっけなくも日常的なのでとまどっているのが本音。この感覚、どうやってみなさんに伝えよう。うまく言葉に出来ない。

着いてすぐ昼飯をタッキーと。2ヶ月以上滞在しているタッキーの希望で寿司。3週間前に訪れた店で3週間前に握ってもらったオヤジにまた握ってもらい記憶にある味と同じものを食べていると、これまたどこにいるか忘れる感じ。やばいほど違和感なし。非日常感もなし。

ホテルに帰って少し休み、いま(午後6時前)から仕事。今日のNYは風がとても強く寒い。4℃くらい。コートを(わざと)持ってこなかったので下着をオジシャツにして、ゴー! あ、お土産持って行かないと。


2004/03/12(金) 07:15:51

「Do what you love」も大事だけど「Love what you do」はもっと大事だなぁなどと昨晩なぜか深く納得した。自分の仕事や生活をもっともっと深く愛してみよう。ナニカベツノコトを探しすぎている気がする。

と、急にしおらしく反省したりしつつ、ニューヨークへ行ってきます。今年3回目のNY。東京は実に暖かいが(昨日は22℃)、あっちは雪が降ってるらしい…。この時期のNYは急に寒くなったり暖かくなったりするらしいから、服装に困る。


2004/03/11(木) 08:49:27

鳥インフルエンザ騒動の中、ちょっと心配になって焼鳥屋に行ってきたが、客はそんなに減ってない模様(その店に関しては)。うまい焼き鳥はやっぱうまいなぁ。昨日は「心臓と肝臓をつなぐ部分」(名前失念)を焼いたものとタケノコが抜群だった。うめー!

その昔、わりと厳格かつ頭デッカチな菜食主義(玄米正食)を1年近く通した経験があるボクだが、いまは「うまいうまいとニコニコしている方が健康によい」という結論に達していて、なんでも食べるしなんでも飲む。つか、添加物まみれの幼少期を送ってきて何をいまさらという気もある。人間のカラダはそんなにヤワではない。極端に言うと喫煙だって本人が不安に思わず適度な量をニコニコ吸っている限り必ずしも健康に悪いとは言えないとすら思っている。長生きしている喫煙者も多いしね(タバコをイヤだと思っているヒトの横で吸うのは止めてほしいが!)。

歴史的に淘汰されずに生き残ってきた食べ物はすべてカラダにいいのだ。偏らずにニコニコ食べていれば健康と幸せは自然に訪れると信じる。健康に神経質でいても癌になるときはなる。死ぬときは死ぬ。BSE? 鳥インフルエンザ? そんなに健康への影響が怖いなら、車の排気ガスの方がよっぽどカラダに悪そうだぞ。外に出なさんな。無菌室で生きていきよし。

ボクは牛も鳥もガシガシ喰う。風評という名の流行に惑わされず、自分がうまいと思ったものをニコニコ喰う。牛・鳥関係業者さん。応援してます。がんばってください。


2004/03/10(水) 09:51:37

今回のNY行きがこの超長期間地獄作業のラストになりそうなので、苦労をかけたアメリカ人スタッフたちにお土産でも買っていこうと合羽橋を訪ねた。大阪で言ったら道具屋筋。ここで精巧な食品サンプルを買っていこうと画策したわけである。レストランのウィンドウを飾っている例の精緻な模型ね。外国人はこういうのを非常に喜ぶ。
サイトで検索しいろいろ調べて、店はここに絞った。握り寿司がウケルだろうと見当をつけていったのだが、まぁ目移りするする。どれもこれも強烈に出来がいい。焼き魚なんて感動もの。まぁ上記リンクへ行ってみてくれ。寿司も実にいい感じなのだ。でも強烈に高いのよ。自腹土産としては高すぎないかと迷いつつ、今回の作業の責任者としてあまり安いのもどうかと思い、えいやといろいろ買い込んだ。
アレもいいコレもいいと迷いとまどっているうちに店のおばさんと親しくなり、ほとんど店に居着いて買い物。握り寿司セットや寿司時計、寿司マグネット、ピザにビールとか、自分用に寿司ストラップとか(笑)。ついでにカマンベールチーズの模型も買って、帰宅後妻に気づかれぬように冷蔵庫に入れて知らんぷりしていたら「あれ?カマンベール買ったの? おいしそうね。今日食べようか」としばらく気づかないでやんの。某チーズ協会の専務理事である妻がかる〜く騙される出来の良さ。まぁ確かにこれなら誰でも騙されるわな。


2004/03/09(火) 08:41:04

昨晩はBSでアカデミー賞授賞式を見た。いや面白かった。以前もビリー・クリスタルの司会に感動したことがあったけど、今回もさすが。さすがなものだ。
ああいうのを見るとたいてい「アメリカエンターテイメント界の層の厚さを感じた」みたいな感想になりがちだが、今回は「アメリカ人は自己プレゼン能力を鍛えられているなぁ」という感慨が大きかった。幼い頃から自分を表現し相手に伝えることを徹底的に訓練されている。日本人と比較すると特に。アメリカ人と半年濃くつきあって特に肌感覚でそれがわかった。英会話のキモもそこなんだよねー。日本語で反射的に自分を表現できないヒトは英会話でもしゃべれない。当たり前だけど。会話で「気の利いたことを言おう」としてしまうボクなど、英会話的反射能力がないので、言葉につまる。難しい単語を使おうとしてしまう。これじゃいつまでたってもダメだよなぁ。日本語会話から直していかないと英会話はうまくならないかも。


2004/03/08(月) 07:33:19

というか(昨日の続き)、「英語の習得は自由の獲得でもあるんだ」とアメリカでやっとこさ気づいた。英語がある程度出来るだけで生活の様々な場面が、それが日本の生活であったとしても、とても「自由」になる。出来ないととっても不自由だ。卑近な例で言えば英語のサイトが面倒くさくなく普通に読めるよんという感覚は相当の開放感をもたらしてくれる。映画だって旅行だって仕事だって相当自由だ。42歳でようやく気づくなよって感じだが、あと5年かかったとしてもまだ47歳。英語がそこそこ出来るという人生がその後40年近く待っているかもしれない。遅くないぞ。と、朝から自分を励ましたり。


2004/03/07(日) 17:41:49

二世帯住宅で一階に両親が住んでいるのだが、今日は合同で「ひなまつり&誕生日祝い&結婚記念日祝い」の夕食だ。そのうえ両親とも久しぶりに会うので親孝行も兼ね、NY報告も兼ね、すべて兼ね兼ねで酒飲んでちらし寿司を食べる。一回ですべてが済んでいいなぁ。合わせ技すぎな気もするが、多忙な身にはとてもラッキー。
ただ、昼間にかなり長い距離を犬と散歩したのでちょっと疲れた(情けない)。それ以外はしこしこ英語など勉強していた。おとといも急に会社でアメリカ人との会議(いまNYでやっているのとは別件)に出されて四苦八苦したばかり。コピーライター出身だし「日本語のプロだから英語はいいの〜」などとうそぶいてはいたが、ついに逃げられなくなってきた。お尻に火がついてきたぞ。マジで真剣に英語を習得しなければ。来週またNYで彼らと話さないといけないし。


2004/03/06(土) 20:11:26

今日は10年目の結婚記念日にして、9回目の響子の誕生日。まぁボクたちのことは置いておいてとりあえず娘に「何食べに行きたい?」と聞いたら「とんかつ!」と答えたので、近場のそこそこうまいとんかつ屋さんで食べてきた。うふ。安上がり。
今年はプレゼントはなし。というか、結婚記念日&誕生日のプレゼントは別にドでかいのを用意してある。ものより思い出。少し後にはなるけどお楽しみに。


2004/03/06(土) 01:52:02

NYの午後3時はこちらの朝5時。NYの朝11時はこちらの午前1時。
つまり、NY時間の夕方にあっちでやっている作業にメール対応するために今日は日本時間の朝5時には起きて待機していたし、NY時間の朝に彼らと電話で話すために日本時間の午前2時前(今だ)まで起きていた。昼間は昼間で日本の仕事をしていたし。いったいなんなんだ。


2004/03/05(金) 05:31:19

昨晩は余裕があったので「こんな晩はめったにない。おし、確定申告書を作るぞ!」と声に出して脳みそとカラダを励まし、よちよち作成にとりかかった(ボクは給与以外に印税収入があるので申告が必要なのだ)。来週NYに行っちゃうし今週やらんといけん。

そういえば国税庁のサイトで作れるようになったんだっけな、でもどうせお役所仕事、使い勝手悪いんだろうな、と半信半疑でのぞいてみたら、なんだかわりとホスピタリティが良い。ふーんと思って導かれるままに作っていったら、アレ、もう出来ちゃったよ。わずかに30分。記入ミスがあってページを戻ってもちゃんと数字は消えてないし、部分部分の説明も丁寧。記入漏れも指摘してくれるし、自動で計算してくれる(これが楽)。入力が済んだページの保存も出来るし、PDFにして印刷するまでの誘導も上手。おー、これはかなり優秀なプログラマーとサイトデザイナーが組んでいるな。お役所相手に見事。国税庁のスタッフも見事。

ということで、あっという間にカラープリントのきれいな申告書ができた。無料で。すばらしい。申告書が短時間できれいに出来ると、税金払う気分もなんだかすがすがしい感じになる(単純)。でも、こういうユーザビリティやデザインひとつで世の中ってずいぶん見え方変わるんだよね。大事だなぁ。あ〜スッキリ♪


2004/03/04(木) 19:35:12

今日は早めに終わったので本屋に寄ったりCD屋に寄ったりしてダラダラ帰る。久しぶりの日本の本屋は、品揃えのバラエティはさすがだが、どうにも蛍光灯が明るくて繊細で謎めいた文学の世界に入っていく気がしない。実用書を売るにはいいのだろうけど。
暗い夜道を空見ながら歩いていたら、なんと雲が「横を向いたバラゴン」のカタチをしていて、そのうえちょうど目のところが空洞に抜けていて、ちょうどいい位置に星がキラリンと光っているではないか! おお!と驚き、これは「アメリ」みたいに写真でも撮りたい、と、ケータイの写真をカシャカシャするも小さすぎて写らず。仕方ないからボンヤリ突っ立って目に焼き付ける。
あ、バラゴンって地底怪獣ね。知らねぇか。


2004/03/04(木) 15:01:53

NYで買った「ハリーポッターとフェニックスの騎士団」(だっけ?邦題)の原書を読み始めたが、分厚くて本を持ってる手が疲れる。ハードカバーで800ページ超。辛いなぁ。ハリーポッターを読むのも少し間が開いたので全体のあらすじやおなじみになった英単語などを忘れているのも辛い要素。ま、でも、わからないところはどんどん読み飛ばしてでもがんばろう。うむ(鼻息)


2004/03/03(水) 14:46:17

スーパーチューズデイの予備選により民主党の大統領候補がジョン・ケリーに決まった。反戦を前面に掲げたディーンが急失速したあたりで「こりゃダメかも」と一端失望したが、まぁでもディーンがあのまま行っていてもブッシュには勝てなかっただろうからちょうどいいバランスなのかも。反戦だけでは大国は回らない。ケリーも「ブッシュ政権の外交は近年まれにみる無能で無謀、傲慢なものだ」と言い切っているし、素直に応援したい。というか、本音を言うと、ブッシュ以外だったら誰でもいいの、アタシ。


2004/03/02(火) 19:04:35

「犬だけが変わらぬ愛で迎えてくれた。おーよしよし」と書いたが、実際には変わっていたことが帰国2日でわかった。朝、ボクが家にいるのに、妻がちょっと郵便局に行っただけでずっとキャンキャン鳴いている状態。ボクがいるじゃん!と何度も言うのに悲しげな表情は変わらない。
ボクが実質2ヶ月以上いない間に短い彼の犬生においてボクは「いつもいないヒト」という位置づけになったらしく(1年半しか生きてないうちの2ヶ月だから無理もないけどな)、いつも家にいる妻が優先順位のトップになったようなのである。ボクがいない間ずっと散歩に行ってくれていたのもあり、そりゃ順位変わっても仕方ないなと諦めはするのだが、別に海外で遊んでいたわけではなくひたすらシュラシュシュ修羅場を死ぬ思いでこなしていただけなのに、こうして順位が下がる感じがどこかで納得がいかない。納得いかないぞ!


2004/03/01(月) 18:09:28

相変わらず時差ボケはなく、昨日もぐっすり眠れたし、いまNYは朝4時のはずだが眠くもない。異常体質なのか。
ただし思考能力はガッツリ落ちており、特に名前とかの固有名詞がまるで出てこない。論理構築も不安。まぁこれも時差ボケの一種なのだろう。
日本に帰ってきた途端に雪が降り、みんなから雪男扱い。まぁプラハもNYも雪降ったしねぇ。それに寒さには相当強くなったので、今日の日本もとても暖かく感じまする。


2004/02/29(日) 22:44:25

無事帰国。NYのいろんな話を家族にしようと思ったのに、土産をわーわー受け取ったらそのあとは「さんまのからくりTV」とか「動物奇想天外」とか「砂の器」とかを観ていて話を聞いてくれん。憮然。やはり長期間家をはずすと父の存在感は薄れるな。犬だけが変わらぬ愛で迎えてくれた。おーよしよし。
荷物を整理し、パワーブックのデータやメールをメイン機と同期し、連載原稿を仕上げ、明日からの仕事を整理してようやく寝る体制に。今週はどっかで休日を取ろう。土日がない生活が続きすぎている。


2004/02/28(土) 22:38:49

今日あたりからNYも春。最高気温が10℃を越えだす。あしたあさってなどは14℃まで行く。で、またボクが来る頃(3月中旬)はきっと寒さのぶり返しが来ていたりするんだろうなぁ。つか、3月中旬って持ってくる洋服に迷うなぁ。と、いまからいらぬ心配。

ということで、懐かしの日本へ。そろそろ空港へ向かう。18日間いなかっただけとはいえ、ずいぶん遠い印象だ。日常なんてこんなふうにすぐいれかわる。固執しないことだ。
パッキングしてみたら意外と荷物が増えていた。結果的にわりと買い物した模様。奥様に怒られませぬように(祈)。


2004/02/28(土) 16:06:03

今日は朝から夜中までずっと仕事場だったけど、昼飯と夜飯は両方ともうまかった。大満足。つか、考えたら昼はキヨシがマンハッタンで一番好きだというハンバーガー・レストラン。夜はアンドリューが大絶賛のステーキ・レストラン。両方とも牛だがや。というか、ニューヨークに来てから牛を数え切れないほど食べたがや。BSEとはどこの国の話でしょう。こっちでは誰も知らないぞ。
ステーキをたらふく食べて帰ったらもう深夜2時。明日は帰国。パッキングもしないといけないが、月末〆切の連載原稿もいまから書かないといけん。仕事はなんとか帳尻合わせたが、また3月には来ないといけない。大変だけど、求められるうちが花。きっと人生で一番楽しい時期を過ごしているのだろう(いつもそう思うのだけどさ)。カラダさえ持てば、こういう激動の人生は一番おもろい。カラダが持てばな。さて。風呂入って、まずはパッキングしよう。


2004/02/27(金) 10:23:01

マンハッタンの41丁目のMadisonと5thの間が超スモール版リトルトーキョーになっていると聞き、さっそく行ってみた。本当だ。東から行くとまず「Yagura」というスーパー兼デリがあり、その横に「Zaiya」という日本のカフェ(パンやデニッシュを中心にスシなどの総菜もある)、「前田すし」、そして一番西には「BOOK OFF」まである。ブックオフは1階に大量のCDとマンガ。2階に洋書。地下に日本の単行本と文庫本。日本と同じような品揃え。格差なし。ここと新刊中心の紀伊国屋書店・旭屋書店とで、日本の地方都市を凌駕している本の量。うーむ。なかなかやるな。店内放送で「ブックオフ・ニューヨーク店にようこそ! お待ちの○○様、カウンターまでお越しください」などと流れたときは、なにがなにやら混乱したよ。まいったな。


2004/02/27(金) 01:05:38

5年前10年前よりずいぶん魅力が減ったのは確かだけど、相変わらずニューヨークは「いろんな生き方を見つけられる街」だなぁとため息をつきながら思う。東京は画一的だ。いっぱい職業はあるのになんであんなに選択肢が少なく感じられるのだろう。まだ大阪の方が生きていく選択肢を多く感じられた。
生きていく選択肢が少なく感じられる街で子供を育てるのはいかがなものか。職業選択に大きく影響する歳になったら(村上龍はそれを13歳と考える。ボクはリアリスティックに考えると15歳くらいかと思う)、マンハッタンに子供をそこそこ長い期間連れてきて、いろんな人種、いろんな生き方、いろんな選択肢に、きっちり触れさせたいと思う。肌で感じるのが大事だ。理屈や本で選択肢の説明をしてもピンと来ず、だらだら生きていってしまうだろう。だらだら生きられる時代でもあるのだ。


2004/02/26(木) 15:31:10

めいっぱい疲れているはずなのに振り返ってみればいろいろやった1日だった。
午前中はメールで仕事して、ランチはヨーコ・オノが一時期毎日昼飯を食べに行っていたという「KAI」という店にひとりで天麩羅を食べに行き(天麩羅はあかん)、こぢんまりといい雰囲気のフリック美術館をゆっくり楽しみ、セントラルパークを10ブロック分ゆっっっくり歩いてからアッパーイーストをあちこち歩き、仕事に行って打ち合わせをし、終わった午後8時からニューヨーク・シティ・バレエ団の「Sleeping Beauty」を観に行き(アンサネッリ主演)、NY在住のメール友達と深夜の居酒屋に行って焼酎を飲み、日本人運転のイエローキャブでいろいろ話をしながらホテルに帰ってきた。そんな感じ。このごろ和食がなぜか多くなってきているな。特に望んではいないのだけど。
胸が光化学スモッグの時のように(ふるっ)やるせないのだけど、あれもやりたいこれもやりたい病は相変わらずである。NYの和食やNYのバレエやいろんなことにコメント書きたいが、とりあえず寝るです。おや〜。


2004/02/26(木) 02:25:28

メールで「ゴールに向かってラストスパートかけているのに、ゴール地点も走り出したら、つらいですね」と書いてくれた方がいたが、昨日はまさにそんな感じで、なんか疲れがドッと出ていたが、一晩真剣に寝て、今朝、復活(はえーよ)。ただ、ストレスは解消しときたいので今晩はニューヨーク・シティ・バレエにでも行こうかなと(ヒマなのかよ)。
今回は美術館にまるで行っていないなぁ。昼間半日空く日がないからねぇ。MOMAはクィーンズに一時移転しているし(改装中)。大好きな自然史博物館に2時間でも行ってこようか。


2004/02/25(水) 11:14:18

本当は明日帰国だったのだが、一連の大トラブルで土曜まで延期。しかも3月にまた来ないといけない。出張の終わりが見えていたからこそ元気だった気持ちが急に萎え、ドヨ〜ン…。
思えば年末からずぅっっっと出張続き。日本にいても一日も会社を休まず、長時間飛行もこなし、出張地では土日なし。旅とか出張って疲れるじゃん? それをすでに2ヶ月続けている。よくぞ風邪もひかず、と自分を褒めているが、すべて気の張りだったのだよね。ここでドヨ〜ン化するのはまずい。いきなり倒れそうだ。とにかくカラダを持たそう。

泣きそうに残念なのは、金曜日に東京で家族三人、アナニアシヴィリのバレエを観にいくべくチケット押さえ済みだったこと。高かったのに無駄になった。というか、家族との久しぶりの外出だったのになぁ。娘にバレエの最高峰を見せていろいろ話をしたかったのになぁ。お葬式も出たかったし、実はローン関係の大事な自筆署名もあったのだが、すべてダメになった。うぐぐ。

と、愚痴はここまで。愚痴っている場合ではないくらい仕事が修羅場。ただただ責任を果たすのみ。


2004/02/25(水) 00:17:33

ここしばらくNYも温かかったのだが(それでも最低気温は零下になったが)、今日は雪。どんよりと暗く、寒い。仕事上は第一峠を越えたけど、第二峠・第三峠が予想を超えてはるかに険しく高いことが判明。家庭的にも初めて親しい人を失った娘がかなり動揺しているらしく、出来れば側にいてやりたいがそれもかなわぬ。今年になってたった6日しか顔を出していない会社は、ボクがいないうちに重要人事があり、完全に浦島状態。……寒い。寒いぞ。全体的に寒い。寒すぎる。
でも、わりと寒さに強い体質なんだよな、これがまた。


2004/02/24(火) 10:38:32

仕事が大変トラブっていて朝から待機。もう夜の8時だが、まだ待機。疲れがたまっているので部屋でゆっくりできるのはいいのだが、ちょっと心配。

近くの本屋に行って911関係の書籍を買い込む。アメリカ側の視点からもきっちり読んでおきたいといまさらながら。とはいえ英語は不得意なので必然的に写真が多いものになる。涙を誘う写真も多く、アメリカがどういう気持ちでアレを捉えていたかが直に伝わってくる。が、アフガンやイラクにも涙を誘う場面は多々あったはず。部外者であるボクはせめてフェアに見なければ、と気持ちを無理矢理切り替える作業。

日本でもめったにない無為なる時間。久しぶりにネットサーフィンなど。このごろまたボクのさぬきうどんページへのアクセスが増えているので久しぶりにさぬきうどん関係ページを見歩く。ブームの本質についての考察は麺聖のページが相変わらず図抜けていて頷くところ多し。彼は本当にクレバーだ。
個人的には、消費者は徹底的に気まぐれであるのが前提だと思っているし、ある権力が育つとそのもの自体の魅力は限りなく薄れるとも思っているので、ブームはすぐに去ると感じている(体感的にはもう終わっている)。問題はブーム後なのに、県をあげてブームの継続を目的にしているのがちょっとつらく感じるかなぁ…(言葉を濁す)。継続を目指すと演出は面白いけど中身がない舞台みたいになるからなぁ。ターミネーター3とかいい例だし。

一時は深くコミットしようとしたさぬきうどんだけど、一部からの執拗かつ一方的なバッシングに嫌気がさし、いまは関わりを持っていない。香川にも行っていない。だからこそ勝手な意見を言うが、ボクがやるなら「ニューヨーク'本格'進出」を志す。それも伝統的な丼麺ではなく、パスタとして上手に具を絡めて(基本は生じょうゆ)、あのツルツルシコシコの麺を世界デビューさせてみたい。さぬきうどんはアウェイでも絶対戦える。というか、勝てる。いまのNYの寿司事情を見ていると確信すら持つ(いくつか流行るコツはある)。ホームで争って疲弊していくには惜しい食べ物なのだ。

とか書いていたら腹減ってきた。さぬきうどん喰いてえ。


2004/02/23(月) 20:25:09

昨晩はある種「第一峠踏破打ち上げ」も兼ねていて、わいわい食べられるトライベッカのタパスの店に行ったのだが、ここが思いのほか美味しく、パエジャなど絶品。NYで行ったスパニッシュで一番かも。日本での納品状況も刻々電話で入ってきて、成功が伝えられる。良かったなぁ…。機嫌良く就寝。

疲れ切っているのにどうも眠れず、朝5時に起きてメールをチェックしたら、妻の祖母(関西在住)が突然亡くなったとの報。94歳。普通に夜ご飯をにこにこと家族で食べて、朝起こしに行ったら冷たくなっていたというポックリ死。苦しまず、周りにも苦労をかけず、大往生である。ボク的には理想の亡くなり方かもしれない。今日お通夜明日お葬式ということで、NYから飛んでも間に合わないので、遠きNYから般若心経を上げさせていただく。いまは国境も距離もない場所にいらっしゃると思うので届くだろう。羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶般若心経。


2004/02/23(月) 08:45:00

昨晩、仕事が第一峠を越えた。
最後の最後までスリリングな仕事で、もう納品できないのではないかと何度も諦めかけたほど。アメリカ側もドキドキだったらしく、終わった直後ヴーヴクリコをあけて「イエーイ!」と乾杯。その後数人で深夜のイタリアンに流れたが、ここのパスタはとってもうまかったな。「Il Giglio」というお店。なかなかだ。で、グラッパまでしっかり飲んだ後、ホテル近くのバーで久しぶりにバーボンなど。まだ第二峠・第三峠が残っているが、とりあえずの開放感。お疲れさま。

今朝はゆっくり昼に起き出して「トライベッカグリル」なぞでブランチ。有名すぎるほど有名なこの店ももう落ち目。ふらっと入って座れるんだもんなぁ。空いてたし。
その後、「Century21」(安売りの王様的デパート)に入ったら、わりと気に入ったジージャン(腕の部分だけ皮ジャン)を見つけた。迷った末購入。んでもって17streetのバーニーズが「Warehouse Sale」をやっていたのでこれまたフラリと入る。いわゆる半期に一度の総棚卸し大セール。好きな人にはたまらないだろう…。ブラブラと商品を見ていたら黒人のねえちゃんが話しかけてきて「このジャケットいいわねぇ、どこの? へー、akademiks。いいわねー」と、今買ったばかりのジージャンを褒めてくれた。ちょっとうれしい。
バーニーズのセールからは無事生還。一銭も使わず。我慢我慢。

いまから打ち合わせを兼ねて夜飯。明日あさってがまた忙しいので(第二峠に向けて歩き出すのだ)傾向と対策。このごろのNYは風が吹くと寒いけど、最高気温は6℃とか7℃とかまで上がっている。温かくてうれしい。


2004/02/22(日) 10:39:20

朝から超綱渡り作業ばかりでドキドキ。ストレスも溜まりまくり。知らぬうちに緊張もしていたのだろう、肩とか腰とか筋肉痛だ。でも、なんとか分秒単位で納品が間に合い、ホッ。それにしても心臓に悪い仕事である。ぐったり。


2004/02/21(土) 12:00:12

だんだん徹夜覚悟になってきた音楽MIX作業。夜飯はケータリングのカレーなど。それにしてもこの音楽プロダクションのオフィスのインテリアはすごい。真っ赤な壁に金色の天井なのだ。真っ赤に金ですぞ。一部ではなく全部がですぞ。でも、そこにエスニック系家具が微妙なバランスでマッチしていてなぜか落ち着けるのだ。面白いなぁ。チェルシーにありながらイースト・ビレッジな感じ。無難なインテリアよりこういう方が刺激になって好きかも。住むのは抵抗あるけど。


2004/02/21(土) 09:46:35

NYの音楽スタジオから。スタジオ系はどこも無線LANを導入していてマックだと自動的にアクセスできるので楽チン。日本よりそこらへんは進んでいるな。
今日はほぼ一日中スタジオに入っているし、深夜を軽く越えそうな仕事量なのだが、一瞬空き時間があったのでスタジオ近くのチェルシー地区を軽く散歩。住むならここらへんはいいねぇ(高そうだけど)。チェルシー・マーケットあたりまで行くと元ミート・マーケット近辺になる(9th Aveとか10th Aveとか)。ここらへんはソーホーなどにとって変わりそうな地区だと言われているが確かにお洒落な店が点在している。本当の先端はブルックリンのDumbo地区らしいが、あっちも行ったけどまだ観光客が見て歩くにはこっちの方が楽しいな。


2004/02/20(金) 15:36:45

小澤/ウィーンフィル/カーネギーホール、行ってきました。「チケット取れるかなぁ」とココに書いたらNY在住の方お3人から「余ってるよ」とメールをいただき、ネットの凄さに改めて身震いしてました。結局自力で手に入れて、シューベルトの「未完成」とブルックナーの第二番を聴いてきました。二階のボックスシート。いい席♪
カーネギーでウィーンフィルを小澤で聴く、という贅沢については何も申しません。この幸せをどこかで誰かに還元して生きていきます。でも、正直、演奏はイマイチでした。管楽器と弦が分離していてまとまりがなく、ぐっと盛り上がってはアレレと白けるの繰り返しで、まわりはスタンディングオベーションでブラボーの嵐でしたが、ボクはどうにも乗り切れず。
いや、偉そうに言うつもりはまるでなく、なんか客観的にコンセントヘボウの方が数段上の演奏だったかなと。弦は美しかったけど管がなぁ。マエストロ小澤もあまり満足していなかったと思われ。ボクだけの印象だろうか。小澤はウィーンフィルとあまりうまくいっていない気がするです。

さて。明日は仕事的に勝負の日。日本からの山ほどの仕事メールを処理して早く寝よう。


2004/02/20(金) 07:20:40

ランチ後、近くの「Barnes&Noble」(本屋)に入り、簡単ですぐ読めそうな英書を探したが、SFコーナーにはまってしまい、ハインラインの「夏への扉」とかルグインの「ゲド戦記」とかJPホーガンの「星を継ぐもの三部作」などを買い込んでしまう。ついでに分厚すぎて買ってなかった「ハリーポッター第五巻」や「ナルニア国物語」、アンタイラーを数冊、日本の歴史についての入門編、村上春樹の英語版など、英書をいろいろ買い込んでしまう。うう、重い。


2004/02/20(金) 01:25:53

岸本葉子「がんから始まる」読了。軽い気持ちで昨晩読み始めたのだが、ふと気がつくと朝だった。寝ろよ、オレ。
40歳で虫垂がんになった作者の静謐かつ希望に満ちたエッセイ。とてもしっかりした文章にまず惚れる。この落ち着きと抑制。惚れ惚れ。そして構成の妙や心の動きの的確な流れに唸る。全内容が心にすぅと入ってくる。その上で自分を試される。作者と全く同じ歳なこともあって自分の問題としていろいろ心を試されるのだ。
闘病記はいろいろあるが、その中でも出色の一冊だろう。寝不足だが、寝不足なこと自体楽しめそうな気分である。さて。街に出よう。仕事をしよう。生を称えよう。


2004/02/19(木) 13:22:02

さて仕事も峠にさしかかり、登りがとてもきつうなってまいりました。肉体的にはプラハ撮影に比べればド楽勝なのだけど、プレッシャー的にはずっと厳しい。それでも仲間たち(おいちゃん、タッキー、キヨシ、カヨ ←さなメモに名前を出せと強制されたの)、そしてアメリカ側のガンバリがあるので日々信じられない速度で進んでいます。って誰に報告しているのやら。

今日は仕事の合間にいいレストランに二軒巡り会った。「Sushi Yasuda」と「Artisanal」。前者は、Sushi of Gariに出会ったときほどの感動はないものの、とても真っ当な寿司で、ひょっとしたらばNYトップと言ってもいいレベル。アメリカ人に受けるべく大きめのネタにするところが多い中しっかり基本を守っているし、築地から取り寄せないでNY産で勝負しているあたりも気持ちいい。NYの寿司屋にありがちなひどいインテリアではなく、すっきりとした設えでセンスもいい。オススメかも。
後者はZagatに「Cheese-lover's paradise」と書いてあるビストロで、約250種類のチーズからセレクトできるし、チーズの状態もいいし、フォンデュもおいしいし、ワインとチーズを合わせたコースも洒落ているし、グラスワインの揃いもいいし、なかなか得難い店である。広い店内は客で溢れ活気もすごい。アメリカはチーズ後進国的イメージがあったが(5年前はそうだった)、一気にここまで来た。そういえばオープンしたばかりのタイム・ワーナー・センターの地下のスーパー「Whole Foods」もチーズコーナーの充実ぶりはすごかった。あぁこのふたつを見せるだけでも妻をNYに連れて来なければ…(義務)。とりあえず「Artisanal」のチーズメニューを店員に無理言ってGETした。今回の妻へのお土産だ。うひょい! ある意味安上がりであるる。


2004/02/19(木) 02:33:44

そういえば昨晩、観劇後レストランが開いてないのもあってブロードウェイの吉野家に行ってみた。BSEで日本では食べられない貴重な牛丼♪ ネタもあるけど、吉野家、と頭に浮かんだら急に食べたくて仕方なくなってきたのだ。
意外なことに店内はマクドナルドみたいな造り。作りつけの小テーブルが並ぶ中、カウンターに並んで牛丼を受け取る形式。まぁマクドナルド形式を連想していただいて間違いない。なんか調子が狂う。やっぱ座ってすぐ出てくる感じじゃないとねぇ。店内で食べる人もテイクアウト用の容器(ビニールっぽいペラペラのやつ)で食べるのもなんだかな。箸じゃなくてフォークだし、紅しょうがはテーブルに置いてなくカウンター横まで取りに行かないといけないのも調子が狂う。並が$3.79(435.85円;1$=115円)だからかなり高めだけど、マンハッタンの諸物価から考えるとまぁまぁ安い印象かな。日本より量は多い。特に牛が多い印象。味は全体に薄い。フォークなのでかきこめないのも味を薄くしている感じ。ただ、日本の吉野家に漂っている独特の匂いがここにはなく、牛丼も変な臭み(うまみとも言う)がなかった。あっさり牛丼。アメリカ人用に少し変えているのかもしれないが、あのギトギト感をカラダが求めていたので少し不満足。


2004/02/18(水) 14:08:51

「Avenue Q」、最高だった。まいったな。セサミストリートばりのパペットと人間の共演なんだけど、これがまたよく出来ているのよ。瞠目するくらい。技術的にも歌的にもテーマ的にも。人種差別やら同性愛やら不況やら人生の目的やらを軽快に料理して実に温かく豊かな気持ちにさせてくれる。わりとエッチなのも面白い(人形同士のSEX場面も出てくる)。んでもってまわりのアメリカ人たちは最初から最後まで大笑い。英語がもっと聞き取れたら面白かっただろうなぁ。ブロードウェイに行く方は必見。「hairspray」とどっちかと言われたらどうしよう。うーむ。無理に二日作ってふたつとも行って欲しいぞ。ボクはもう一度行けるとなったら、6:4でヘアスプレイだけど、それはJennifer GambateseやHarvey Fiersteinをもう一度観たいからという理由だし。
あとはクリストファー・プラマー(あのサウンド・オブ・ミュージックのトラップ大佐)が出ている「リア王」を観ようかなと思っているが、これらの再見に走ってしまうかもしれない。どうしようかなぁ…。

帰りは深夜の地下鉄で。いやはや安全。こうして毎晩ひとりで地下鉄とかで出歩いているとなんだかNYに住んでいるような錯覚すら覚える。


2004/02/18(水) 06:34:48

NY在住の方(何度かメールをやりとりした読者。初対面)と「ジャン・ジョルジュ」のランチ。昼とはいえやっとジャン・ジョルジュの本拠地に行けた。味付けはヘルシーでとってもBright。大ざっぱに言うと柑橘系さわやか味なのだ。なかなか楽しい。
「NYも東京なみに安全になりましたねぇ」と話したら「いえいえ、東京以上ですよ。東京の方がずっと危ない」と。そうだよなぁ。昨日も真夜中ほっつき歩いていたけどどこも怖くなかった。その後、ここ数年でいかに日本語がNYに浸透したかについて話す。スシ、サケ、アニメ、マンガ、ゲーム、カラオケ、ゼン、スモウ、カンジなど、文化自体が実に普及してきているので(それはもう驚くほど)、日本語自体も浸透が激しいのだ。寿司屋でもHamachiとか魚名が日本語で書いてある。昔は英名で書いてあったのに。
というか、本格フレンチの「ジャン・ジョルジュ」のワインリストのWHITE WINEのすぐ上にSAKEがあったのも驚きだ。他の酒類は書いてないのに。つまりいま、日本はお洒落なのだな。サブカル的ではあるにせよ。

空きっ腹だったせいもあり、ちょっといい酔い心地で仕事場へ帰る。帰る途中、オープンしたばかりのタイム・ワーナー・センターにより、地下のスーパーを楽しんだ後、5番街のプラダに行く。前から狙っていたプラダスポーツのバッグをワインの勢いで購入。まさに「酔いに任せて」である。プハー。ボクにとっては勇気のいる買い物なのである。


2004/02/17(火) 14:09:37

今日はアメリカでは祭日。なのにスタジオの人々はこの仕事のためにみな出勤。すまんすまん。カラダを小さくしてボクも朝早くからスタジオイン。昼飯も出前とかとって缶詰状態でシコシコやってたらいつの間にかあっという間に夜7時。お?終わりそうだな、間に合うかな、と急いでTimeOutをめくってブロードウェイを調べ、急遽ひとりで「シカゴ」を観に行くことにした。月曜でやっているところが少なかったのと、まぁ基本としてこれは観ておこうかな、と。

結果的に言うと、まぁまぁレベル。悪くはないが良くもない。10年に一度のブロードウェイ代表作と言われているけど、なんか不完全燃焼で終わってしまった。主役を含めてキャストがどんどん変わるので、今のキャストがハズレなのかもしれない。ロキシー役(Gretchen Mol)とか下手だったし。でも、基本的にフォッシーで面白いと思ったことがないので、これはもうフォッシーとの相性かも。

久々のアンバサダー・シアター(前は何観たんだっけ)は相変わらず狭くて急勾配。普通に座ると膝が前のヒトの背中を突くのでとても苦しい姿勢になる。それもあったのかも。でも「hairspray」も姿勢苦しかったけどあんなに楽しんだ。あぁヘアスプレイ、もう一度観に行こうかな。ああいうのでいいんです、ボクにとってオン・ブロードウェイは(といいつつ、明日の夜は「AvenueQ」のチケットを押さえてあるんだけど)。

劇場を出てすぐ日本に数本電話。ホテルに帰ってメールの嵐。仕事上のトラブル怒濤の如し。つか2時間半くらい抜けてミュージカル観たっていいじゃん。外食もせず一日中仕事してるんだからさー。頼むよ。


2004/02/16(月) 08:41:02

カーネギーは思ったより普通で、どこかアメリカの田舎のホール的雰囲気が漂っている。素朴なのだ。ボリショイ劇場やパリ・オペラ座的重厚さと比べるとアレレなのだが、これはこれで微笑ましくて親密な感じ。なにより幾多の名指揮者やオケ、ジャズやロックの名演と空気感を共有できたのがうれしい。そうか、ここがカーネギーなのだな。

一番高い席(それでも$110。日本では考えられないくらい安い)だったので2階のボックス席。雰囲気よし。客層よし。天井が高いので音が少し上に行ってしまうが気にするほどではない。
コンセントヘボウの演奏は優しく柔らかく丸い。ここまで柔らかいジュピターを聴いたのは初めてかも。うわーと思っていたら、編成を増やした次のブラームス第一番がすごかった。ジュピターが前座に思える出来。激している心の奥に常に微笑みをたたえているような音の表情がすごい。ブラームスがとても良いヤツに思えてくる。重厚なのにどこか優しい。弦の響きが滑らかで絹のようなのも理由かもしれないが、こんなに優しい気持ちになれるブラームスは初めてだ。聴き慣れたミンシュ版とは明らかに別物。
ブロムシュテットの指揮は真面目で上品。人柄の良さが指揮に出ている。この優しさ・柔らかさは彼の特質なのかオケの特質なのか、はたまたホールの特性なのかわからないが、世界に対して優しい気持ちになれるような演奏をありがとう。曲の流れとともにずいぶん長い内面的旅をしたような充実感である。


2004/02/16(月) 02:45:56

朝の打ち合わせを終えて一度ホテルに帰ってきて「さぁカーネギーホールへ行こうかな」とカーネギーのサイトを眺めていたら、なんと18日から3日間、ウィーンフィルを小澤が振るではないか! 取れるわけないし、当日仕事が夜になるかもしれないけど、それでもやっぱりチケットをトライしよう。一日中仕事をしているんだし、取れたら3時間だけ抜けるということでなんとか…。←取れるわけないよなぁ。


2004/02/15(日) 14:27:50

というか「hairspray」出演のJennifer Gambateseに惚れた…。彼女を求めてネットサーフィン中♪


2004/02/15(日) 14:14:57

今日はこちらもバレンタインデイ。アメリカでは男が女に贈り物を贈る。日本の逆である。ボクが泊まっているホテルはわりと有名なデザイン系で一階にとてもお洒落なバーがあるのだが、さっき(23時30分)通りかかったらすごい混雑。お洒落した先端系美男美女で溢れかえっていた。勝負の日なのね、きっと。

今日は夜まできっちり仕事をして、劇場にひとり、ギリギリで駆け込んだ。今晩は空きそうだったので急遽ブロードウェイを予約したのである。オフ・ブロードウェイから成り上がってきた「Avenue Q」を観たかったが取れず、次に観たかった「hairspray」を少し高い値段で買ってゴー(まぁ急だし仕方ない)。バレンタインだけに若いカップルも多く、盛り上がりはかなりのものだった。

で、これが素晴らしかったのだ。去年のトニー賞を取っているだけのことはある。おデブでおチビな女の子がスターになっていくお話なんだけど、黒人差別や容姿差別の問題を60年代ポップスとダンスとしゃきしゃきした舞台演出でテンポよく描いていく。重いテーマを軽く明るく。笑いたっぷり涙も少し。実力派が脇を固めて見所満載。黒人の爆発系歌唱や意外な隠し球もあり、ある意味ボクがオン・ブロードウェイに望んでいるすべてが入ってると言ってもよいミュージカル。滞在中にもう一度見ようかなぁ。今夜はバレンタインを意識した特別アドリブもありとても楽しかった。いやー良かった良かった。大満足。オン・ブロードウェイでは「How to $」以来の大満足。

帰り道、ミッドタウンを横切りながら、こっちで借りたケータイで娘と話す。5番街とか歩きながら東京の娘と普通に話せる時代が来るとはなぁ。タイムラグも全くないし隣にいるようにクリアな音質。彼女は「ニューヨークって車のクラクションとかすごいんだね」と驚いていた。

実は明日は昼間あくので、カーネギーホールでロイヤルコンセントヘボウ管弦楽団/ブロムシュテット指揮の「ジュピター」と「ブラームス第一番」を聴きに行くことにした。コンセントヘボウもカーネギーホールも初めてなのでうれしい(ブロムシュテットは二回目かな)。つか、おとといだったら内田光子をやっていたんだよなぁ…昨日はブーレーズ。惜しかった。


2004/02/14(土) 10:31:35

スケジュールを仕切り直したので急に昼過ぎまで時間ができ、地下鉄でひとりアッパーイーストへ。NYの地下鉄は怖い、という先入観が日本人にはまだあるが、地区にも寄ると思うが超安全になっている。車内も格段にキレイ。トークン(地下鉄用コイン)もなくなってカードになり、なんだかNYっぽくない。でも相変わらずストリート・ミュージシャンが構内で演奏していたりして、やっぱり地下鉄は楽しい。

アッパーイーストからぶらぶらミッドタウンまで歩き、昼はひとりでZagat27点のハンバーガーレストランに。そこそこのホテルの1階にある店で店内はいい雰囲気。客層もいい。窓際のテーブルをひとりで陣取ってウェイターにあれこれ聞く。初めて来た頃に比べるとずいぶん度胸もついたなぁ。

注文したバーガーにサラダを挟み、ケチャップをちょっと塗ってがぶりつく。ふとBGMが終わって新しい曲になる。シナトラの「ニューヨーク、ニューヨーク」。忘れていた何かが心に蘇る。ふと窓外を見上げるとエンパイアステートビルが空にくっきり。道路を様々な人種が歩き、キャブが車列を縫って走り、レストランはニューヨーカーたちで賑わっている。

急に「そうか、ニューヨークにいるんだ」と、十数年前の初心が蘇ってくる。この街に憧れて、この街にいる自分を信じられない想いで感じていたあの頃。ニューヨークニューヨークを唄いながら弾むように道を歩いていたあの頃。

この街が変わったように、ボクも変わった。昔の関係を取り戻そうとするより、新しい関係を結んだ方がいい。

囚われていた心が自由になる。ウキウキと街を歩き始めるmy vagabond shoes。


2004/02/13(金) 17:15:25

朝11時にスタジオに入って、現在朝3時。着いて2日目にしてはハードだ。年末から続くハードな日々に慣れてしまい不感症にはなっているが、カラダは確実に蝕まれているはず。刺激が多い毎日なのは本当にありがたいけど、ちょっと如何なものか。
朝3時近く、やっと夜飯にありつけることになったので、こういう時は24時間営業ばかりの韓国街が便利とばかりに出かけ、ソーロンタンや石焼きビビンバなどをワシワシ。つか、ソーロンタンってもろ牛骨スープなのでBSEが気にならなくもないのだが、アメリカ人、誰ひとりBSEを気にしてないのでこちらも気が大きくなっている。こちらでは吉野家も元気に営業中だしね。


2004/02/13(金) 10:48:06

仕事で大トラブル発生。いまごろ言うなよな!な青筋系。逆上を越えて思わず笑ってしまう。うひゃひゃひゃひゃ。と、笑っていたら、だんだんポジティブになってきて、なんとかなりそうな雰囲気に。笑う門には福来たる。そういうことだ。


2004/02/13(金) 00:18:17

NY入りした当日から深夜まで仕事。チェックしないといけないところ、話し合わないといけないところが山積。やっぱり一時帰国しないでNYに残るべきだったかなと後悔するくらい。
音楽の仕上がりが思ったよりずっと良かった。これは大きい。NYの音楽プロダクションと本音で話し合ったが、日本の「トーシローは黙っててよ、任せてよ」系音楽ブティックとは大違いで、いいものを作るためにどんな意見でもちゃんと耳を傾けるという姿勢が心地よい。

というか、第一章にあたる部分をあと48時間きっかりで仕上げないといけないので、NYスタッフはみな殺気だってきている。こっちも徹夜体制覚悟。48時間は短いようで長い。サプリメントをいっぱい持ち込んでゴー。

あ、それと、メールたくさんありがとうございました。とりあえず日本全国超軽くなったようで一安心(海外も)。あまりの重さに離れてしまった読者も帰ってくるといいなぁ。


2004/02/12(木) 05:46:36

快晴氷点上のニューヨークに到着。気持ちよい。さっそく今流行っている「Tabla」というインディアン・フュージョンでランチ。お洒落で金かかってて立地最高で(ユニオンスクエア真ん前)、しかもうまひ。来てすぐのメシとしては大満足。
ホテルは「W」というデザイン系で前より広くて明るい。レキシントン通りからの騒音もいい感じ。チェックインしてさっそくネットに接続したらサイトが新サーバーに切り替わっていた。やたー。うれしいうれしい。NYからでも速いしな。
えーと、新サーバー体験ご報告メールいまだ受付中(笑)。だってわりと痛い出費だったんだもん、感想聞きたいです。

ということで、仕事に行かなくては。あ、機内でやっとこさ「マトリックス・レボリューションズ」を見たのだが、あぁ〜キリスト教なのね〜という感想。でもみんなが酷評するほどひどいとは思わなかったな。つか、ボクはおもしろいと思った。でもこの世界観とまとめ方は日本人には理解難しいかも。←話題が古すぎます。


2004/02/11(水) 05:26:52

どうもありがとう。新サーバーに切り替わる前から「軽くなった」「相変わらず重い…」などいろいろメールいただきました。でも、この記事を読めて初めて「新サーバー」です。これを読めてない方は旧サーバーを見てらしたのです。新サーバーへようこそ。軽くなりましたか?(なったと言ってくれ!)

サーバー切り替えても、しばらくはみなさんの利用しているプロバイダの案内役サーバーが「satonao.com? もちろんこっちよ」と旧サーバーの住所を名指ししちゃうんですね。だからみなさんは否応なく旧サーバーを見に行ってしまう。案内役サーバーが「やだ、satonao.comってば引越したみたい。今度はあっちだわ」と理解してみなさんを新サーバーに案内してくれるのにプロバイダによっては数日から数週間かかる、ということみたいです。わりとね、現実から目をそむけるんですよ、彼女。

旧サーバーとの契約がまだ10ヶ月以上残っていたのに今回思い切って乗り換えたのだけど、前から疑問に思っていた旧サーバー会社の運営姿勢が解約のやりとりをしているうちにより鮮明になり、いまは「変えて良かった」と素直に。というか理不尽に重かったし。今時あそこまで重いのはおかしいよ。そこそこ高い支払いしてたのに。

と、愚痴りつつ、あと3時間で成田へ。
NYへ行くぞ♪というトキメキが今回はまるでないので、ちょっと自分を見つめ直す落ち着いた日々にしようかな。日本のマルチタスクな日常にいると先送りしてしまいがちな人生のアレコレなど。わりとね、現実から目をそむけるんですよ、彼。


2004/02/10(火) 03:01:35

いろんな展開があり、急遽本日サーバーを切り替えることになりました。ネームサーバー変更に伴い、数時間〜数日間(長い人だと1週間くらい)アクセス不能になったり古いサイトが見えていたりすると思います。これは仕方ないことなのでご容赦ください。また、切り替え中にトラブルが発生したら、数日間に渡りアクセス不能かもしれないです。メールは切り替えトラブルなく読める予定ですが、設定不良などでしばらく返信できない可能性もあります。
あ、サイトのURLとかは何も変わりませんので、いつものようにアクセスしてください。引っ越すけど電話番号は変わらない、みたいなものです。で、この「さなメモ」の新しいのが読めていたら、切り替えが無事に行ったということです。パチパチパチ。サイトが軽くなったかどうかだけでもお教えください。軽くなっていたらお慰み。 この短い日本滞在期間にバタバタ引っ越した甲斐があったというものです。

ということで、明日から10日間、またまたニューヨーク。今回もストレス多い仕事です。ううむ。気が重い。


2004/02/09(月) 08:24:51

JALのサイトで今度のNY行きの機内映画を調べてみたら、おお、
ほとんどリニューアルしてる!(よかったぁ)。「マトリックス・レボリューションズ」などの新作にまじって「アメリ」やら「南太平洋の若大将」までやっている。そういえば加山雄三ってよくヒコーキが一緒になるんだよなぁ。もう4回くらい一緒になっている。単なるオッサンやけど(オッサンにオッサン言われてもな)。
映画といえば「ミスティック・リバー」みたいなぁ。この短い日本滞在期間中にはとてもじゃないけど行けない。でも帰ってきたらもう終わっている。ううむ。
そういえば「Lost In Translation」も見たいなぁ。サントリーのCMのために来日したビル・マレーが慣れない日本で…という映画でアカデミー賞にノミネートもされている。つか、日本でやっていたかなぁ。


2004/02/08(日) 21:16:23

サイトが重くてイライラしてると消化に悪いので、一気にサーバー変更手続きを進めることに(日本にいるのはあと3日。間に合うか!?)。順調にいけばここ数日でサーバー切り替わります。ある日突然「お、軽くなったっ」と驚かれること請け合い(新サーバーが軽いといいなぁ)。
ただ、切り替わり前後はさなメモがリアルタイムでは読めなくなるかも、です。このごろ更新ないなぁと思ったら、それは切り替わり作業の影響です。1週間ほどしたら過去のも含めて読めるようになりますのでご心配なく。
つか、この土日、よく寝た〜〜〜。二ヶ月分寝た感じ。寝たりないけど。


2004/02/07(土) 22:33:35

われながら悲しくなるくらいサイトが重い。次にNYから帰ったら、サーバーを引っ越ししようと決めました。現在軽くて早いサーバーを探している最中(だれか教えて!)。だから3月頭にはこの重さも改善されると思います。ご迷惑かけてますがもうしばらくお待ちください。


2004/02/07(土) 09:51:31

モスクワの地下鉄でテロ。以前なら「ありゃ…」であるが今は「え、うそ!マジ?」である。この前行った街。知り合いが住んでいる街。いろんな路地や建物を知っている街。ちょっと好きな街。それだけでいきなり深い当事者意識がでる。やっぱり体験は大事だ。大統領になる前にたった2回しか外国旅行をしてないブッシュ(テキサスのお隣のメキシコと、パパの外遊についていった中国)が偏狭になるのはある意味仕方がないか。

ちなみに「モスクワの地下鉄」と聞いても大半の日本人は「なんだか古びてて汚くて旧時代っぽそう」と思うだろうが実はその逆なんですよ。日本より進んでいると言ってもよい。自動改札で、時間に正確で、とても清潔で、新型車両が多い。モスクワ市内を網羅しており乗降客数は世界最多。治安もとてもいいから安心して乗れるし、たいていの駅舎は美術館のように美しい。モスクワに比べると日本の地下鉄周辺の汚さを嘆きたくなるほどである。こういう実感も旅をしないとわからないね。
ま、あの地下鉄に欠点があるとすると、エスカレーターが超高速で怖いのと(プラハも超高速だったな。スラブ系の特質?)、核爆弾に備えたのかと思うくらいすごく深いところを走っていること。今回みたいな爆発があるととても逃げられないだろうなぁ…。


2004/02/06(金) 19:30:50

へぇ〜「爪って皮膚だからカルシウムでは治らないです」というメールが届いた。なるほどー。乾燥が悪いのか。ニューヨークは非常に乾燥していたので、そのせいなのねきっと。気にするの止めようっと。どうもありがとう。

今日、新年になって4日目の出社をしたのだが、自分のオフィスが何階だか一瞬忘れ、エレベーターの中で焦った。人間は忘れる動物である、と言ったのは誰だったかな。習慣になっているものを忘れるとなんだか新鮮だ。


2004/02/06(金) 08:00:34

気がつくと爪が数カ所割れていて驚く。そのうえ、昨日は着替え途中に服に引っかかっただけで割れた。これってカルシウム不足? というか長期出張でいろんな栄養が偏っている模様。焦ってカルシウム摂取系朝食を妻に要請したところ「カルシウムならチーズです!」とチーズだらけの食卓に。あの〜、ずっと海外なんで、できれば和食が良いのですけれど?


2004/02/05(木) 21:57:52

無事一時帰国。日本ってホント暖かいね。
ここ4ヶ月の海外はすべてJALなので、もうすべての映画を見尽くしてしまってなんだかヒマ。6日後にまたJALで行くが、プログラムが変わっていることはあるだろうか。つか、メシのメニューもだいたい似てるので飽きた〜。

ところで、優子が恥ずかしがって「誰にも言うな」と言っていたが、もう時効(?)だからいいでしょう。先週放映の関西MBS「楽園図鑑」(ゴンチチのチチ松村がのんびりやってるインタビュー番組)に彼女がゲストとして出演したらしい。関西のみの放映だけど。


2004/02/04(水) 19:34:12

一緒に行動しているメンバーがさなメモを読み始め、「ここはさなメモに書かれますかね」「ここはさとなお.comに何点で載りますかね」などとうるさい(笑)。昨日行った映画「ディナーラッシュ」の店「Gigino」はみんなとても気に入ったらしく「ここは9点です!」「絶対書いてください!」とホテルに帰り着くまで載せナーラッシュ。変なバイアスかかるから止めてくれ(笑)。
でも、トラットリアにしてはかなり秀逸。パスタのアルデンテ具合はかなりのもの。特にビーツを練り込んだ赤いパスタがちょっと焼きそば風味でうまいうまい。サービスも親切(マネージャーがカウンターから常にサービス陣をチェックしているのが大きい)。メインも安心できる味。洋なしのスライスをグラスのふちに並べたグラッパもとてもおいしく、印象に残っている。
フロアはほぼ映画通り。でもトイレや入り口などは違う店のを撮ったのかな。特にトイレ(映画の重要シーン)はなんか違った。帰って映画を見て見比べてみよう。楽しみだ。

ということで、いったん帰国。あと4時間で空港に向かう。


2004/02/04(水) 09:02:57

今日のニューヨークの天気のようにしとしとと一日中打ち合わせが続き、いつの間にか夜。いまから映画「ディナーラッシュ」の舞台になったリストランテでごはん。大好きなあの映画の場面場面を共有できるのはうれしい。ニューヨーク最後の夜だ(また来週来るけどね)。

書き忘れたけど、数日前に今滞在二度目のハンク・ジョーンズ・トリオを聴いてきた。これがまた一度目のときの3倍はいい演奏で鳥肌もの。凄みすら感じた。何度目かの黄金期かと思わせる出来。感動した。で、ハンクはいま東京ブルーノートに出ているはず。東京在住のみなさん、いまのハンクは必聴ですよ。


2004/02/03(火) 20:48:40

気がつくと10月からの4ヶ月で、モスクワ、サンクトペテルブルグ、ロサンジェルス、プラハ、パリ、ニューヨークと6都市を回っている。日本でも軽井沢の地獄ロケとかあったし、年末年始もほとんど休めていない。カラダはとっくに限界のようで、ふと気持ちを緩めるとドッと疲れが出て口もきけなくなる感じ。昨晩はアメリカ側と総勢20名のパーティだったのだが、「なんかスピーチしないといけないなぁ」と思いつつ、頭がまるで働かず腰も立たず、感謝の言葉を伝え損ねた。
明日日本に帰るが、また来週NYに戻ってくる(泣)。日本での仕事もたまっている。疲れもたまっている。サイト更新もたまっている。子供との約束もたまっている。たまらん。


2004/02/02(月) 22:56:31

グラウンド・ゼロを「観光」。人が大量に亡くなったところというのはある種独特の磁場を発している。近づく前から体中がゾクゾクし、目が乾いた。
ただただだだっ広い大きな穴。見上げると空は高くこれまた広い。あそこにあった巨大な建物を思い出そうと試みるが徒労に終わる。遠い昔に建築家が巨大なツインタワーを夢見て見上げたであろう広い空を同じように見上げるのみ。

ヒトはこれを特別な穴と思うだろう。が、これと同じような「穴」が世界各地に無数にあいているのだ。穴の大小は関係ない。穴の場所も関係ない。マンハッタンのあのビルが壊れて出来た穴だから特に感傷的になるのはフェアじゃない。アフガンやイラクにあいた無数の穴にも同じように祈れ。

犠牲者たちの無念に引きずられそうになりつつ、あえて感傷を打ち切り、「じゃぁ次はウォール街に行ってみましょう♪」とクライアントをNY案内するワタシ。


2004/02/01(日) 23:26:46

もちろんNY側にもいろいろ事情があり住民には反論もあると思うけど(数通)、NYに勝手にあこがれを持ち10回以上来ているボクにとって、「ボクの人生においてNYに期待するもの」という勝手なイメージがあり、それは残念ながら消えてしまったかも、と主観的に語っただけですのであしからず。「おいしい店リスト」風に言えば「前は10点つけてたけど、今回再訪して8点に落ちたかも」という感じ。店側の事情にはあえて目をつぶり、徹底的に客側に立ってインフォメーションするのがボクのやり方なので、勝手なんです、スイマセン。

とか言いながら。
今日は店側の事情の最たるものを肌で理解するために、911跡地に行ってくる。グラウンド・ゼロ。個人的には感傷的なものよりも、極端に言うと「アメリカの勝手な諸行の結果」という見方が強いし、日常的に911みたいなことが起こっている国々の悲しみの方に寄り添いたい気分。だから観光客気分である。でもそれもわりとイイかもと思っている。日本人にとってのグラウンド・ゼロ「原爆ドーム」には、観光客気分でもいいから、いっぱい人に見に来てもらいたいもの。


2004/02/01(日) 07:39:29

久しぶりにソーホーを隅から隅までなめるように歩いてみた。最先端のアート発信地から先端ファッション基地を経て、いまは単なるおしゃれなショッピング街と言ったところ。ギャラリーの数も減り売れ筋作家しか置いていない。買い物には便利だが、ハッキリ言ってツマラネー。ノリータやイーストビレッジがちょっとだけ面白いのが救いだけど、とにかくどこもかしこもチェーン店だらけ。ショッピングモール状態。テーマパーク化著し。

ランチは旧知のEngin(NY不法滞在日本人ストリートダンサー)とその彼女ミチヨ(美形)と、アッパーウェストにキューバン・チャイニーズを食べに行った。うまかった。カストロに追われてNYに集まった中国人が作るキューバ系ラテンテイストが入った中華料理なのだが、普通の中華とは明らかに違う方向性で、いい感じでジャンクなのだ。滞在中にもう一軒くらい行きたいぞ、キューバン・チャイニーズ。

Enginたちも口を揃えて言う。「NYは普通の街になりました」「面白くないので帰国しようかと」「911以来、何かが変わりましたね」と。やっぱりそうなんだな。肌で感じるもん。ボクたちがNYに期待しているトンガリがなくなってしまった。中指押っ立てて迫ってくる乱暴さや活力ややんちゃさがどこにも感じられない。お行儀がよい。変革しようという意志がない。守りに入った頭の固さが見え隠れする。

911のトラウマもあると思うが、ブッシュになってからの「圧倒的ナンバー1としてのアメリカ」みたいな地球共通認識が、この街にあったある種のハングリーさを消してしまったのが大きいかも。「可哀相なテロ被害者なんだけど、一番強い国の一番活気ある街がボクちゃんなのさ。アイム・ナンバーワーン! エンジョイ・ユア・ステーイ!」みたいな…。

うーむ……この街はしばらく復活しないかも。


2004/01/31(土) 21:15:50

深夜まで仕事してアメリカ側となんとか合意を見、その後レイトナイトパブみたいなところに流れる。ヒップな音楽がかかるわりとアメリカンな店だったが、普通に寿司や焼き鳥などのおつまみがあり割り箸が机に並ぶ。ドリンクメニューにはOzeki SakeとAbsolute VodkaとFresh Cucumberを使ったサケ・マティーニというカクテルすら並ぶ。5年前より和食普及の根っこが深くなってきた感じ。巻き寿司はわけわからないものを巻いてあったがそこそこ美味しかった。寿司というジャンルも時代に合わせて少しずつ変わっていかないと、そのうち世界の職人がどんどん台頭してきて、柔道みたいに「発祥国の体面を保つのがやっと」という自体になるかもしれない。


2004/01/31(土) 08:17:54

ニューヨーク、マジソン・アベニューにある編集スタジオの無線LANからアクセス。座ってPowerBookを開いただけで接続。どんどん便利になっていくね。
こういうところでクリエーティブ・ディレクターとして仕事をするのはある意味あこがれの世界なのだろうなと客観的には思うが、実際にはストレスも多いし、アメリカだからレベルが全然違うなんてこともない。というか、やっぱり最後は個人のチカラになるので、アメリカでもダメな人はダメだし、日本でもすごい人はすごい(当たり前)。ただ、映像やアートに関して日本は言葉に頼る部分が多いと感じる。皆が同じ言葉を話してきた島国だからということもあるだろう。アメリカは様々な言葉が飛び交っている分、イイタイコトを伝えるためにヴィジュアルをより多用する。そのためヴィジュアル伝達手法はとても発達している。その辺正直「かなわないなぁ」と感じることは多い。


2004/01/31(土) 02:39:15

今日は午後から大事な打ち合わせ。下手すると早朝までかかるかもな上に、不可逆なのでとても緊張する。今回の出張のハイライトだな。体調を整えるべく午前中はだらだら睡眠。少しでも疲れを取ることに専念。今起きて窓を開けると大快晴。ちょっともったいなかったかも。さて、メシ食って、いざ。


2004/01/30(金) 15:57:59

NY在住のメール友達(サイト読者)ふたりと会う。ホントは今日の晩ひとり、明日の晩ひとり、だったのだが、明日が一日中仕事となったので、おふたりに無理言って同じ日にしてもらったのだ。複数の読者と同時に会うのは久しぶりで、ちょっとしたオフ会気分。ただ、さなメモを毎日読んでくださっているらしく、「昨日はあそこ言ったんですよね」「今回まだあそこに行ってませんね」みたいな感じになり、なんだかこそばゆい。
今回はメールがとても多く、それもNYのヒトからのが目立つ。「偶然ですが、昨日行かれたレストランの上階に住んでいます!」「実はNY在住の高校後輩です。はじめまして」「NYのレストランで働いてます。ぜひ来てください」など、これを読んで初めてメールをくださる方が次々。ネットがなかったら絶対体験できない同時性。おもしろし。

「生き散らかす」をモットーに日々過ごしているが、散らかした結果こうしていろんな方の人生と刹那的に交差できたりする。幸せだなぁ面白いなぁと夜景を見ながらしみじみと。


2004/01/30(金) 00:45:57

薬のせいもあってかグッスリ眠れ、わりと復活。夕方の濃い打ち合わせまで、ビレッジ〜ソーホー〜ノリータと歩こうか、美術館チェックに行こうか、雪のセントラルパークでぼんやりしようか迷うところ。今日のニューヨークは快晴。気持ちいい。夜はNY在住のヒトと黒人のソウルフードをハーレムに食べに行く予定。


2004/01/29(木) 16:38:58

回復したかと思えた体調も午後からひたすら下り坂。風邪かなぁ。頭は痛いしお腹はしくしくするし関節もだるい。咳や鼻水はないのだが、とにかく体調悪し。TylenolやらZantacやら飲んで急場しのぎ。
でも、そこで寝込むボクではない。仕事が終わった夜10時。ふらふらになりながらBlue Noteへ。なんとここ一週間、ハンク・ジョーンズ・トリオが出ているのだ。しかもベースは大好きなジョージ・ムラーツ。わーい。
ハンクと言えば、昔CM撮影で5年おつきあいさせていただいたジャズ界の至宝。チャーリー・パーカーとやったことある人で現役は彼だけじゃないかな。なにせ85歳なのである。数年前だか心臓の大手術をしたと聞き心配していたのだが、上品で転がるようなタッチは健在。いやむしろ少し力強くなった感じ。
6年ぶりだしボクのこと覚えてくれているかなぁ、と思いながら演奏後挨拶しにいくと、一目見るなり「お、お、イトーさん!(惜しい!)」と声を上げてくれた。うれしい。ひとしきり話をして懐かしむ。少し痩せたが元気で明るいところは昔のまんま。こんな老人になりたいなぁと改めて。

ハンクと話をしているうちにジョージ・ムラーツは引っ込んでしまったので挨拶できず。後ろ髪を引かれながらBlue Noteを出て、ヒトに紹介してもらった「日本人のイエローキャブ運転手」に電話をし、来てもらう。日本人運転手はマンハッタンでも1人か2人だとか。彼(リオさん)と中華街の「Great N.Y. NoodleTown」にヌードルを食べに行き、キャブ運転手の裏話をいろいろ聞く。おもしれ〜。

と、まぁ、体調悪しとは思えない深夜行動。今日は風が強く体感ー15℃って感じ。もう2時30分だ。寝なければ。


2004/01/29(木) 01:54:01

胃に優しいソーロンタンでもコリアン街に食べに行こうとひとり出かける。6年前に来て感動した「カンミオク」へ。キヨシが「あそこはダメになりました」とあまり繰り返すものだから確認も兼ねて。
うーん。確かに普通の味になっていた。コクがない普通のお粥。嗚呼あの感動の店がなぁ。でもキムチ(これはまぁまぁ)とソーロンタンでカラダはしっかり復活の兆し。良かった。
5番街をちょっと北上しヤンキーズ・ショップへ。松井グッズの小さいのでもあったらお土産にと思ったのだが、適当なものがなく退散。雪で滑る道をゆっくり歩いて帰ってくる。寒風が頬に気持ちいい。 さて仕事。


2004/01/28(水) 23:49:17

ちょっと疲れが出てきた感じ。動悸と頭痛が出てきた。年末からずっと人生を酷使しているから仕方ないか。そろそろ倒れても仕方ないくらいは働いているもんなぁ。
今日はずっと打ち合わせ。大雪で外はとてもスリッピーなので、静かにしていよう。というか、かなり力を入れないといけない打ち合わせなので余計なこと考えず打ち込む。


2004/01/28(水) 14:24:15

大雪のニューヨーク。現地在住者に聞くと年に一度の大雪だとか。5番街もビレッジも雪で埋まっている。めったに見れない光景♪

ストレスたまりまくる大事な打ち合わせのあと、読者に推薦された「Blue Hill」というレストランに行ったが、ここがまたいままでのべ6ヶ月以上に及ぶニューヨーク体験の中でもトップクラスのクオリティ。バターを一切使わないその料理はオールジャンル・フュージョンという感じで、どの料理も出来が最高にすばらしい。前菜のマッシュルームのタルタルも、メインに頼んだラムも完璧。仲間たちが頼んだお皿も味見させてもらったが、どれも焦点が来ているのみならず焼き加減が完璧であなどれない。おばあさんの農園から仕入れてるという野菜の付け合わせがまたうまい。疲れている胃にももたれず、量も適度。サービスもなかなか。ワインの保存も品揃えも適切。客層や隠れ家的入り口も含めてとても好きになったレストラン。

一緒に来ている同僚が「ニューヨークのイメージが変わりました」と満足げに言う。ことほど左様に食事は街の印象を変える。いや〜うまかった。ここで紹介して日本人客が増えるのもどうかと思うが(いまは全然いない)、このレストランの味や方向性は日本人にとても合うと思う。大オススメだし、ちょっと先の日本のレストラン潮流をかいま見た気がした。なるほどね。こういうやり方でちゃんとうまければ絶対はやるな。


2004/01/28(水) 04:51:51

横なぐりの雪の中、バーニーズまで歩いて行ってジーンズを物色し、「7 for all mankind」を2本買う。11月にロスで1本買って以来のファンなのだ。ロスで買った時はサイズ34でちょうどだったのに、今回はサイズ31がベストフィット。お〜ダイエット大成功!と喜びのあまり2本も買いこんでしまったのだが、買ってから「あれ? まだダイエット進行中だから…このジーンズもすぐぶかぶかになってしまうわけ?」と気づいた。無駄じゃん。とりあえず1本にすれば良かった……。

ちなみに自慢していいですか? ボク、ジーンズの裾直ししたことないです。裾直ししなくてもちょうどいいの。常に。うくくくく。


2004/01/27(火) 20:35:18

ー15℃くらいの街を東へ4ブロック北へ10ブロックほど。耳がちぎれる思いをしてたどりついたTudor Cityの「L'IMPERO」(タクシー乗れよ歩くなよ)。読者からの推薦で知ったイタリアンだが、去年NY times で3つ星を取った店とか。外観は「今日はクローズドか」と思わせつつ、中はしっかり賑わっていた。料理はなんつうかNYのイタリアン的ではない。洗練されててアルデンテで量も多すぎず焦点が来ている。デザートも抑制が効いている。サービスも内装も落ち着いたもの。いいなぁココ。街に着いて一軒目のディナーが成功すると、その旅自体の印象がとても美味しいものになる。うれしい。
以前一緒に仕事したNY在住のヒトと行ったのだが「長く住んでいるけど行ったことない」というプラザのオーク・バーを二軒目に。ココはとっても普通だった。

昨日も書いたが、NYは少し変わった。
芸術が生まれる匂いが圧倒的になくなった気がする。まぁまだ来て1日なので決めつけはしないけど。


2004/01/27(火) 05:44:13

コーディネート兼全体プロデュースのキヨシとソーホーで軽く昼を食べた後、別れてひとり、例によって散歩散歩。勝手知ったる他人の街。5年前の土地勘を取り戻すためソーホーからセントラルパーク周辺までロング速歩。耳がちぎれそうに寒かったが、プラハの寒さ体験が妙な自信となっていて「こんなの寒くないやい」みたいな意地が漲る(漲らんでも…)。それにしてもNYも変わったなぁ。なんだか普通の街になった。チェーン店ばかりになったのもあるけど、なんというかキレイゴトの匂いがする。うまく言えないけど。


2004/01/27(火) 01:55:47

ニューヨーク到着。ニューヨークは5年ぶり10回目くらい。のべ半年以上はここにいる。違和感なし。それにしてもあっけないほど短い入国審査でスゥーッと入国。ヒコーキ降りて5分後には外にいた感じ。身構えていただけに拍子抜け。でも寒いなぁ。この仕事は寒いところばかり。大雪の軽井沢、厳寒のプラハ、そしてココ。お昼なのにー10℃とか。明日は大雪らしい。
現在ニューヨーク時間のお昼12時。日本時間の午前2時。プラハ時間の夜6時。もうなにがなにやら。


2004/01/26(月) 07:51:25

ということで、ニューヨークに行ってきます。向こうでもまたライブ中継(?)しますです。つか、実感として世界って狭くなったなぁ。ほんだらば。


2004/01/26(月) 01:12:50

1/24発売のiLifeをApple Store Ginzaで買う。すべてはiPhoto4を手に入れるため。ダウンロードできるタダ版は重く、使い勝手がいまひとつだったため。
期待とともにインストール。見違えるようになったわがiPhoto。なにより軽い。10000枚近いデジタルフォトを一瞬で閲覧しサーチできる。満足満足。GarageBandも少し使ってみたが面白い。iTuneもタダ版より少し進化したものを乗せてくれていればお得感あったのになぁ。


2004/01/25(日) 13:19:02

犬の散歩コースでボクたちが梅道と呼んでいる道がある。200mくらい梅並木になっているのだが、いまそれがほぼ満開。老夫婦のように犬連れでゆっくり散歩。かぐわしい。

イラクの大量破壊兵器捜索をしていたアメリカの調査団長(CIA顧問)が「イラクは湾岸戦争の後、生物科学兵器の生産を再開せず、大量破壊兵器の備蓄はなかった」と発表し辞任した。生産計画自体あったと思えないと語り、発見されるべきものの大半はすでに発見されている、と。大量破壊兵器の存在を捜索責任者が公に否定したことになる。これでスコット・リッターの勇気ある証言もほぼ裏付けされたことになる。イラクで殺された大量の人々の無念に想いを馳せる。

日本初の社立中学校が岡山に。国立でも区立でも私立でもなく株式会社立。利益はすべて自治体に寄付するという非営利経営。そうか、その手があったか。


2004/01/25(日) 00:45:48

今日は朝から今度作った映像に乗せる音楽について悩んでいて、いろんな映画とかを見直し、音楽の使い方を再チェック。公開中の映画「ラスト・サムライ」まで観に行ったり。
この映画、四方八方で評判いいし、ハリウッドがここまで本格的に日本を取り上げたのは「事件」だと思うが、肝心の武士道が描けていないと思った。しっかり泣いたが、そこらへんで不完全燃焼。惜しいなぁ。←外国人がここまで描いた、という点ではもちろん評価。ニュージーランドロケもすばらしい。というか、プラハロケの地獄を思い、各映画が費やしている膨大な作業量に敬意を払う。
妻と赤坂で韓国料理を食べた後、テンダリーへ流れる。68年のジローのコニャックが印象的。コニャックって感動できるのが少ない気がするけど、これは感動的。


2004/01/24(土) 07:00:06

どうもサイトが重い。苦情メールもちらほら。うーむ。htmlを根本的に書き直して、スタイルシートも整理統合して、と、サイト全体をいじって直すしか対処療法ないかも。一度サーバー会社に文句言ったのだけど「うちはそこまで保証しない」と開き直られたし。あー、軽いサイトよカムバック。

ニューヨークがプラハにも増して寒いようなので、またしても防寒対策に頭を悩ましている。まぁ撮影ではないので長時間屋外にいることはないのだけど、最高気温が-9℃とか言われるとちょっとびびるなぁ。

ここ数日久しぶりに会社に出ていたら、なんか劇的人事とか組織改編とかいろんな新事実が判明して、すっかり浦島状態。どんなきついロケでも「あいつは海外で遊んでた」と思われてしまうもので、もう言い訳や苦労談をするのも飽きた。ニコニコと「次はNYでーす!」と嫉妬をかう言い方で。きっとそのうち飛ばされる(笑)。でも必要で大事な仕事なんだもん。やるべし。

ブッシュの一般教書演説、いまごろ熟読。というか、ブッシュの演説を読めるほど体力が回復してきたということ(体力ないと怒れない)。民主党の候補者たちが小粒な感じなのが気になる。アメリカってもっと層が厚いイメージあるのだけど。

やっと朝7時。みんな早く起きてこないかなぁ。朝の散歩でも行こうぜっ。←朝3時くらいからずっと起きていていい加減飽きているらしい。


2004/01/23(金) 23:38:01

1月は水木金の三日しか出勤できないこともあってか、夜の予定が毎日入っている。休まないといけないのでは、と思いつつ、どれもキャンセルできない状態。
今日は今シーズン5回目のふぐ「小やなぎ」。うはは。行き過ぎ。でも「連れてけ!」というリクエストが多すぎて断り切れないのだ。今日も至福。うますぎ。みんな(同期たち)も大満足してくれたようである。良かった良かった。というか、ボクはこの店にたどり着くまでに数十万円ふぐに使っているわけで、彼らはすごく得をしているわけだ。不思議とずるいとは思わないが(思っていたらこんなサイトやってないし)。

あしたも一週間遅れの妻の誕生日祝いで外食。毎朝「カラダよ、大丈夫か」とぶつぶつ相談しながら起きるのだが、なんだか大丈夫な感じ。もともと丈夫なたちではないのだけどなぁ。そのうちバタリといくのかしら。


2004/01/22(木) 03:47:58

8時間の時差があるチェコに2週間もいたが、向こうでも連日徹夜だったりその後に朝から撮影が入ったりして、時差がどうのと言う前にとにかくめちゃくちゃな生活。カラダは完全に混乱していてもう何がなにやら理解できないご様子。
日本に帰ってきて、そんな可哀想なカラダを日本時間に慣れさせてあげようとするも、あと数日でNYCへ発つのでそれもあまり意味がない。眠くなったら寝て目が覚めたら起きる、という適当な生活。会社がフレックスで本当に良かった。

まぁ睡眠はいいとして(疲労回復は遅れるが)、問題は腹時計までめちゃくちゃになっていること。NYで食べたい店がいっぱいあるので、いまからNY時間に合わせるべく調整することにしよう……えーと、NYはいま昼の14時前か……日本は朝4時前だけど、お昼を食べる。いやマジで。


2004/01/21(水) 11:38:50

家でひっくり返っていたいのだが、出社。来週にはニューヨークに行かないといけないので、日本での仕事を片づけないといけない。でもカラダ壊しては元も子もない。ホントは一日ぐったり寝る日を作りたいのだけど。

今回は往復のヒコーキ機内で5本映画を観た。5段階評価してみると、「トゥーム・レイダー2」2点。1の良さがなく盛り上がりもない。「パイレーツ・オブ・カリビアン」5点。これはいい。ジョニー・デップ最高。「ファインディング・ニモ」5点。よく出来ている。親子愛とかを称えすぎているが、まぁ作りがイイから。「ゲロッパ!」1点。なんだこりゃ?「ジョニー・イングリッシュ」4点。5点でもいいなぁ。ラスト落ちがもうひと切れ味あったら満点だったなぁ。機内でここまで大笑いさせてくれれば満足。
…といったところ。ここんところ観ないといけない映画を見れていない。アレとかアレとかアレとか。うー。


2004/01/20(火) 18:30:49

無事帰国。
パリでは岩田守弘さんに無事に会え2日間いろんなことを語り合った。アウェイで独りで闘っている彼の、肝が据わった意見の数々が心に沁みる。ホームでぬるく闘っているボクとは姿勢が違う。

彼といっしょにオペラ座(ガルニエ宮殿)の舞台裏を見学しまくったのが今回のパリのトピックス。これって普通の人は絶対できないことだもんねぇ。上から下までなめ回すように各部屋を覗いて歩く。ボリショイバレエは20数年ぶりのオペラ座公演だそうで、行った日とその翌日は「ファラオの娘」をやっていた。1日目はザハーロワ主演(!)のそれを舞台袖緞帳すぐ裏で観せてもらう。うひょ〜ザハーロワが1m前で踊ってるよ!うは〜ペトローバが50cm横から出て行くよ!うが〜ベロゴロフツェフの汗がかかるよ!状態。舞台袖で世界トップの踊りを観るのはいろんな意味ですごい体験。その夜、公演がはねてから岩田さんとぶらぶらパリを歩いていたら至る所で主演級のボリショイ劇団員とすれ違ったのも面白かったなぁ。
翌日は翌日でオペラ座のてっぺんの円形ドーム下にある屋上稽古場で稽古見学。アレクサンドロバ(その日の主演)の稽古など観て、その後劇場関係者用カフェでご飯食べて、公演を二階正面ボックス席から観て……と、バレエ好き&関係者から嫉妬と顰蹙の目を浴びること必至の眼福体験。あ〜面白かった。パリ在住の友達夫婦と岩田さんの4人でおいしいビストロも行ったし、近代美術館でマチス三昧もしたし、カラダの疲れはかってないほどピークだけど、心の疲れはずいぶん取れた。

パリ在住のヒトから「パリも寒いですよ〜」とメールをもらっていたが、すでにプラハ肌のボクには生ぬるかった。手袋もネックウォーマーも帽子もしないで外に出られるなんて!という感動があったくらい。日本に帰ってきたら、ぬるいどころではなく暑い。温暖な国にボクたちは住んでいるのだねぇ。


2004/01/17(土) 18:12:36

あ〜ねむ。パッキングに時間がかかり、3時間だけなんとか睡眠。長期ロケのラストでこれではカラダがかわいそうだ。
ということで、さよならプラハの冬。パリに向かう。2
泊。ちなみにパリではネットに接続しない予定なので次にコレ更新するのは20日かな。


2004/01/17(土) 13:23:16

朝1時間だけプラハを散歩。1時間とはいえ、プラハ城の東のロレッタ教会からプラハ西部のマリオットまできっちり歩け、それなりに満足。あぁこれでプラハともお別れ。
そう、今日は撮影最終日。
日本での撮影を含めると全部で11日間にも渡る本番撮影。ストーリーライティングやシナリオメイク、撮影準備を入れると5ヶ月もの濃すぎる日々。そんでもってこれから音楽制作や編集が2ヶ月続く。うわー果てしもないプロジェクトだぁ。

朝11時から早朝4時まで撮影して大団円。最後は誰彼となく抱き合って終了を喜び、別れを悲しむ。こういう時はアメリカ人の明るさが楽しい。チェコ人のはにかみが可愛い。ちょっと涙目になった私。別れがつらい。特にチェコ人、かなり好き。

これでプラハとも別れを告げ、あと6時間もするとパリに向かう(少しは寝ろよ)。別件での根回し打ち合わせと、ちょうどボリショイバレエの公演でパリに来ているボリショイ第一ソリストの岩田守弘さんに会うのと、パリ大使館の友達夫婦に会うのが目的。 というか、1月3日以来初の休日をとる、という感じが一番近い。
岩田さんの案内でパリオペラ座の楽屋に入れる予定。うれしいなぁ。またバレエ好きの人たちから嫉妬されそうだ。
それにしても、モスクワから来た日本人とプラハから行く日本人が「パリのフォーブル・サントノーレのイブサンローラン・リブゴーシュの前で18時にねー!」って待ち合わせるのって、なんだかおもしろい、よね。


2004/01/16(金) 10:40:35

朝9時から夜の2時までぶっつづけ撮影やっと終了。セットから一歩も出ず。あープラハにいるのにプラハ城も大聖堂も黄金の小道も美術館もオペラ座も行っていない。明日は撮り残しをすべて撮るまで終わらないので徹夜濃厚。終わったらすぐパリへ移動。プラハを歩くとしたら明日早起きして集合時間の11時まで歩くしかチャンスがない。よし、5時間だけ寝て歩こう。5時間で起きられる疲労度ではないけれどなんとかしよう…。

プラハではマリオットに泊まっているが、受付にニューヨークとプラハとトーキョーの時計がある。ちょうど地球を三等分する感じなのかも。このプロジェクトも日本とアメリカとチェコの共同プロジェクトみたいなものなので、地球を三等分。なかなかワールドワイドだ。もっともっと英語が話せれば、もっともっとみんなとコミュニケーションとれたのになぁ(チェコでは英語はかなり通じる)。一応プロジェクトのBOSSなので、黙っていると感じが悪いのだ(ただでさえ第一印象とか悪いタイプだし)。でもアメリカ人と濃く仕事してずいぶん会話能力は上がってきた。この際もうちょっと勉強しようと決意を新たにしつつ、明日は撮影最終日。


2004/01/15(木) 16:41:55

昨日から屋内撮影に突入。相変わらず16時間バタバタしっぱなしという厳しさなのだが、寒さで体力を奪われない分かなりマシ。客観的に考えればそれでも「今日は死んだ〜地獄〜」とか言うようなきつさなのに、昨日は終わってから皆で「今日は久しぶりに楽だったね〜♪やっほー」と握手しあう感じ。修羅場を知ると許容量が増える。いいことなのだ。←不感症になっただけでは?

昨日は晴れて、ロケバスから見るプラハ市内はそれはもう美しかった。今回は仕事のみで、ほとんど歩けずに帰ることになりそうだが、約2週間、プラハの空気を吸い、プラハっ子と一緒に仕事をし、観光なら絶対行かないようなプラハ郊外で凍えきった。それはそれで希有な体験なのだろう。

昨晩はプラハで一番古いと言われるビアハウスで自家製黒ビールとチェコ料理。ビールをわんこそば状態で持ってくるのが楽しかった。プラハ在住の方のおかげもあり、これでだいたいチェコ料理は一通り味わった感じ。ただ、チェコ料理の本質は家庭料理にあるらしいので、まぁなんつうか表面的ではあるのだけれども。

今日も16時間程度の屋内撮影予定。そろそろ終盤。いざ終わると思うと、地獄の日々でも愛おしくかけがえのないものに思えてくるから不思議ね。人生もそうなのだろう。


2004/01/14(水) 14:00:01

ボクは海外に長くいても「日本食恋しい〜」とはならないタイプで、とにかくひたすら現地食を食べるのだが、まわりのスタッフはそうでもない。というかボクが超例外。みんな着いた翌日から日本食に行きたがる。信じられない・・・
昨晩は夜にスタッフで食事する機会があったのだが、ご多分に漏れず日本食。そうかなぁと思ったらやっぱりそうだった。んー、せっかくチェコにいるんだからチェコ料理食べようよぅ(地団駄)。
しゃぶしゃぶを「しゃぷしゃぷ」を表記するようなお店に入りお寿司とか天ぷらとか冷や奴とか。遠き異国でがんばっている和食たちの姿を見るのも愛おしいが、やっぱりなんだか「あと一週間もすれば日本でイヤってほど食べられるじゃん!」な想いにかられるのです。


2004/01/13(火) 22:30:09

起きられる自信がなかったので日本から来ている一番若いプロダクションマネージャーに念のためモーニングコールをお願いしておいた。「おはようございます。あと30分で集合です!」と元気よく起こしてくれ、やべっと思ってシャワーをすぐ浴びて時計を見たら……まだ1時間30分前だった(笑)。がっくりした拍子に足がつった。立ち続けすぎ。つか、おれに睡眠時間を! Actually、もう若くないのだ。頼むよ。


2004/01/13(火) 18:05:21

起きあがるのにも苦労する疲労状態でやっとこベッドから抜け出て夕方4時に集合出発。今日も屋外撮影。当初大雨でその後大雪、夜半にやんだが極度の冷え込み。
朝10時まえ終了。18時間屋外立ちづめ。死。もうこんなこと4日も続けている。んでもってあと4日もある。あと5時間でまた出発。寝ないと。。。zzz


2004/01/12(月) 16:25:39

今日は長かった。
朝5時まで撮影してホテルに帰ってきて、疲れ切っていたので夕方まで寝ようかと思いつつもったいないので昼からプラハの街に出た。天気まぁまぁで明るい日。はじめて「おー、プラハって美しい」と実感できた散歩だったのさ。

モーゼルグラス本店でお土産を買って(高っ!)、こっち在住の人に連絡とって一緒にチェコ料理のフルコースランチを食べて(うまっ!)、思わずチェコの赤ワイン(モドリー・ポルチュガルという品種)をボトルで飲んじゃって、親切心全開のチェコ人ソムリエが薦めるままにいろんなワインをテイスティングしちゃって、食後酒まで飲んじゃって、3時間もランチしちゃって、徹夜と疲労とワインとでフラフラになりながら撮影現場に行ったのさ。

今日の寒さはそれほどでもないなと思ったものの、屋外撮影で大雨に打たれ、そのうち芯まで冷え切って酔いも冷めちゃって、あとはひたすら忍耐忍耐忍耐の15時間(長っ!)。そのうち10時間くらいは立ちづめさ。

朝8時に日が昇って夜間撮影の意味をなさなくなるまでガッツリ屋外撮影。映画007のスタントチームまで使った大掛かりな撮影で、楽しいことは楽しかったけど、さすがに疲労度満開だわさ。
そろそろ朝8時半。いまからお風呂にゆっくり浸かるところ。明日(今日?)も夕方4時から朝8時までの屋外撮影予定。今日は夕方まで寝るざます。


2004/01/11(日) 13:33:28

ただいまプラハ時間で5時半すぎ。たったいま徹夜屋外撮影から帰ってきた。あと2日、こんなスケジュールが続く。ちなみにスタッフひとり倒れました(泣)。

昼間はピルゼンに行き、ピルスナー・ウァクベルの工場で樽出しのピルスナーを飲んだ。疲れているから簡潔に言おう。いままで飲んできたビールの中で一番うまかった。昔からの味そのままで飲めるのはこの工場内の見学コースのみ、ということなので、世界でここでしか飲めない味だ。想像をぶっちぎってうまかった。これははるばる来た特別感から来るものではなく冷静沈着な比較による。同行者もぶったまげていた。いやーびっくりするうまさ。
ミュンヘン、ダブリン、ロンドン、ベルギー、サッポロ、名護など、ビールがうまい場所にはたいてい行ったが、チェコはぶっちぎり。ビール好きすべてに「ピルゼン行って工場見学して樽出しを飲め!」と強制したい気分である。


2004/01/10(土) 17:10:25

おまえはビール消費量世界一にしてピルスナーの発祥の地チェコにいながら何をやっているのだ、幸せに思っていっぱい味わえ、めったな機会ではないぞよという趣旨のメールが数通同時に舞い込む。うはは。もちろん毎日のように飲んでいますぞ。バドワイザーの故郷チェスケー・プジェヨヴィツェも車ですすっと(名前だけ一緒で別物だけど←アメリカのバドがチェコのビールの名称を使った)。んでもって今日はピスルナー発祥の地であるプルゼニュ(ドイツ語読みでピルゼン)に行って、できたてのピルスナーを飲んでくる。

ヒマなんかい!って? いやいや。昨日までは朝から夜という普通の撮影時間だったのだが、今日からは夜から朝という撮影時間になるのだ。だから暗くなるまでは時間が空いている。休んでおかないとカラダが持たないが、まぁせっかくビール大国にいるので無理矢理ピルスナー工場に行ってこようかな、と。
どうやら日本に輸入されるチェコビールは輸入量も少ないらしく状態が良いものが少ないらしい。こっちにいるうちにいっぱい味わっておこう。キリンのラガーも元はと言えばチェコから習った技術らしいから、日本のビールの元ともいえるだろうその味は、強い苦みがあって喉に芳香が長く残る。んぐんぐプハーッ系ではないが、実にうまいし実に安い。グラスで40円とか。水より安いかも。
いろんなメーカーがあるがどこでも飲めるのがウアクヴェル。本家バドワイザーはやっぱりアッサリめなのがおもしろい。

というか、ビールもそうだが、音楽都市としてのプラハやカフカやムハの街プラハもまだ味わっておらず、仕事しかしていないのがマジ不満←仕事に来たんです。


2004/01/10(土) 08:16:16

チェコ料理の代表といえば、付け合わせで出てくるクネドリキ(英語でダンプリング)。小さな蒸しパンと思えばいい。ソースだぼだぼ系の料理の付け合わせとして同じ皿にのり、ソースをクネドリキでこそげとってお皿をきれいにする感じ。まぁ味は特になく、旅行者の評判はあまりよろしくない。まずいし飽きる、と。

が、外国人に言わせると白米だって「日本人はあんなに味が同じでしかも味がないものを生まれてからずっと食べ続けてよく飽きないな」ということになるらしいから、クネドリキも同じように飽きが来ないものなのだろう。一方的価値観で「こんなもの毎日食べてるくらいだからこの国の料理はまずい」とか決めつけるのはブッシュ的だし。

それにね、デザート・クネドリキ(フルーツ・ダンプリング)はなかなか変わっていてうまいのだ。量が巨大なのが困るけど。帰るまでにもう一度食べてみたい(←置いている店は少ないらしい)。

今日は1日中 山の中での屋外撮影で、さすがに深夜近くになったらかなり冷え込んだ(完全防寒で乗り切った)。川の向こうには時々列車が走る雪深い岩山。そこそこ絶景。
いつも思うが、ロケじゃないとまず一生来ないような田舎(しかも海外)にいると、一生来るはずのない場所に立っている自分の存在と一度しかない人生の時間とが重なって感じられ、とてもせつなくなる。近くに民家などあるとてきめん。「一度しかない生の時間をここで終える人生ってどんなだろう」と空を仰ぎ時間を忘れる。いろんな人生を生きてみたいと切に思う瞬間。


2004/01/09(金) 07:03:17

今日のプラハは晴れ。気温も上昇。相変わらず零下ではあるが暖かいロケとなった。が、朝から晩まで外にいるとさすがにだんだん冷えてきて、最後の方は少し寒かったな。でもこちらで購入した防寒具の強力なことと言ったら! これなら明後日から3日続く「深夜〜早朝ロケ」も切り抜けられるかも。

相変わらずの雪景色だが、雪質は究極のパウダースノーで、北海道でも体験できないレベルのさらさら感。多い日も安心♪てな感じ。

プラハは映画のロケでよく使われる。アマデウスやミッション・インポッシブルなどは有名。だからか、映画撮影慣れしているスタッフが多く、段取りがなかなか良い。チェコ人特有の我慢強さもあって、わりと撮影はスムーズに。素朴で明るいし、なんだかチェコ人好きかも。


2004/01/08(木) 08:16:23

いやそれにしても今日のプラハはマジ暖かい。零下5℃くらいかもしんない。大陸性気候の零下5℃を暖かいと思うようになったら、もう異邦人卒業かも♪
今日、日本からスタッフ第三弾が到着するのだが、彼らにさんざん「プラハは地獄の寒さです」とメールで脅したボクとしては、これが佐藤が言う地獄かいなと思われるのがシャクでシャクで。くそー、明日の朝は地獄の寒さになれかし!(んー、やっぱりやめてっ)


2004/01/08(木) 00:59:25

頑固なアメリカ人ディレクターに手を焼きつつ、今日も一日一歩もオフィス(チェコのプロダクション)を出ずに打ち合わせ。このまだ若い監督はジョン・フランケンハイマーの愛弟子らしいからそのうちビッグになるかもしれないけど、少々アタマがカタイ。まぁ頑固なのも監督の大事な要素なのだけれど。
今日は昨日よりも暖かい感じなので街を散歩したかったなぁ。暖かいと言っても零下10℃近くはある感じ。プラハ近郊は記録的な大雪だったらしい。
昼飯はサンドイッチ。夜飯は……まともなものが食べたいが、わがままも言っていられない状況。


2004/01/07(水) 13:32:34

プラハ時間の昨日夕方、カラダがゾクゾクして頭がガンガンしたので「やばい!本番を前に風邪か!もしくは頭痛再発か!」と焦り、打ち合わせについてチョチョチョと指示して、ホテルに帰って寝た。さっきまでぐっすり(正確に言うと、途中数度起き、本を一冊読了)。現在こっちの朝5時すぎ。
どうやら風邪というよりは極度の寝不足と移動疲れと寒さがいっぺんに来たようで、起きたら復活していた。東京の仕事もこっちでやっていたので、とにかく寝ていなかったのだ。寝ないと余計に寒さが堪えるよね。

チェコ大使館が作ったという丸秘のうまい店リストとか、こっち在住のSさんが薦めてくれたうまい店リストとか、いろいろ手元に集まってきているのに(みなさんありがとう!)時間がなくて活用できていない。これが一番つらい(笑)。昨日のランチは時間がなかったので仕事場近くのチェコ人(仕事上のチェコ側責任者)推薦の店に行ったのだがオオハズレ。ハズレすぎ。まずっ。もうチェコ人の舌は信じないぞ。うー。疲れが吹っ飛ぶようなうまいもの食べたい。


2004/01/07(水) 00:19:14

今日は昨日に比べて暖かいな、と思ったが、聞けば昨日はー19℃だったらしい。そりゃ寒いわ…。今日はー10℃くらいかな。暖かいなぁ。←もうなにがなんだか。
とはいえ、夕方1時間ほどヒマが出来たのでプラハ市内を散歩したら、20分でへこんだ。寒くて。海外に来てへこんだのは初めてかも。やばい。あと約10日、気持ちが持つかどうか。


2004/01/06(火) 17:24:52

朝起きたら足がかゆかった。しもやけのようだ。鏡を見たら鼻が赤い。凍傷の初期のようだ。鏡を見たらいつもよりお腹が出ている。深夜にバカ食いしたせいのようだ。


2004/01/06(火) 09:09:02

今日は朝8時から夜12時まで16時間働きづめ。ロケ場所をすべて回って撮影アングルなどを具体的に決めていく作業だったのだが、30分も外にいるとカラダは芯の芯まで冷え、足先は凍傷寸前になる寒さ。口から息をすると喉がヒリヒリ凍り付く。こっちの人も「今日は特別寒い」とブルブル震えてた。昼間でこれだけ寒いと、深夜〜早朝の本番はいったいどうなるのだろう。日本から「これでもか!」とばかりに防寒具を持ってきたのだが、明日こちらで買い足すつもり。実に金がかかるロケである。

昼メシの時間も惜しんで仕事していたこともあり、ランチはなんとマクドナルド。プラハまで来てマクドナルド。まったく怒鳴るど?
こちらではなぜかハム太郎が人気で、Happy meal(日本でいうHappy set)のおまけがハム太郎人形だった。ハム太郎がチェコで人気とは驚き。アメリカ人に聞いたら「アメリカでも大人気さ。え?ハムタローって日本のアニメなのか!」と驚いていた。なかなかやるな、ハム太郎。


2004/01/05(月) 12:22:01

昨日(こっち時間)は打ち合わせが流れ、半日ヒマに。もうこれ以降ヒマな日がほとんどなさそうなので、急遽足を伸ばしてチェスキー・クルムノフという世界遺産の街を訪ねることに。
南ボヘミア地方にあるこの都市は1年半前洪水にやられてしまったのだが、中世の町並みをそのまま残していて美しい。ただ、一面の雪景色なので屋根の赤と森の緑が映える眺望は見えず、美しさ半減。空いていて良かったことは良かったけど。

夜、こちら在住のビーズ作家(日本人・女性・同年代)と連絡が取れたのでビールとメシをご一緒に。観光客は絶対来ないだろうと思わせる店をハシゴ。そしてプラハ市内を厳寒観光案内してもらう。へぇ、プラハ城とか24時間公開しているのねぇ。移動疲れがピークに達しておりガンガンには遊べなかったがとても楽しかった。滞在中なんとかもう一度お会いしてビーズを買いたい(←娘へのお土産用)のでよろしくSさん!

ホテルに夜9時頃帰ったら(こっちは夜4時には真っ暗なので夜が長い)仕事でグワッと一悶着。仏の顔も三度までなのだよなめんなよ、とボクもちょっと怒り含み。頼むよオイ。そんな中、撮影スケジュールが上がって来たが、1月10日朝5時まで、11日朝5時まで、12日朝7時まで、とか平気で書いてある。そんなスケジュールが16日までビッシリ。撮影時間は延びる(おす)のが普通だから……オイオイ、待ってよ、連日徹夜予定って。というか、ホテル周辺すら観光できないかも、というスケジュール。夜とはいえプラハ市内を散歩しておいて良かったかも。
しかしこの、口も回らなくなるような寒さの中を屋外で朝まで撮影って……今日もすでにこっち時間の朝4時。あと3時間少ししかロケ出発まで時間なし。プラハに着いてからまだ2,3時間しか寝ていない。マジで今回は地獄かもー(カラダガモツカナ?)


2004/01/04(日) 09:46:07

20時間強の移動(ロンドンで乗り継ぎ)でようやくプラハ到着。ロンドンからプラハへの航行中、夜景がとてもきれいだった。ブリュッセルの真上とか通ったけど、夜のナスカ地上絵のようであった。
というか、寒い!
予定では真夜中3時とかの撮影も入っているのだが、マジ凍えます。うー。


2004/01/03(土) 06:40:28

ということで、プラハに行ってきます。
出かける日が近づくに従ってプレッシャーが強くなる。気が重い仕事じゃ。なんとかなるとは思いつつ…。
チェコってどんな料理なのだろう。それを楽しみに、行ってきます!


2004/01/02(金) 22:35:38

真冬の2週間出張って荷物かさむなぁ。7年前くらいに買ったTUMI最大の巨大スーツケースがいっぱいだ。ま、夜間撮影用ダウンジャケットまで入れているので嵩はかさむが重くはない。

アメリカ人たちと2週間一緒なので、こりゃいい機会かもと会話の勉強本もいくつか入れ、2週間朝晩読みつつ、昼間は彼らと実践英会話♪と意気込んではいるが、だいたいロケの時って疲れてしまって計画倒れに終わるんだよね。夜は飲んじゃうし。せめて肉体改造計画だけは続けようとゴムチューブを持って行く。これは必ず毎日やろう。

プラハはかなり楽しみ。モーツァルトのプラハが頭の中で鳴り響くが、基本的にはドボルザークとスメタナか。オペラとか一回くらい観たいな。


2004/01/01(木) 22:44:35

ボクの元日はこんな具合ざんした。
日の出の時刻に起きて、メールチェックして急ぎの仕事して、お屠蘇飲んでお雑煮食べて、2時間朝寝して、ゆっくり書き物して、昼ご飯に磯辺焼き食べて、仕事して、犬と散歩して、初詣して、読書して、鴨鍋とおせち食べて、村上龍の番組見て、サイト更新して、で、今。のんびりした一日じゃった。うほほ。

えー、月刊おもしろ本、10月11月12月1月と4ヶ月一挙更新完了。どこが月刊じゃい。元旦恒例の去年のおもしろ本ベスト10は2月に更新します。おいしい店リストも100店くらい溜めているのだけど、これは正月休みに出来なかったなぁ。プラハでしこしこ書きますか。とはいえ過酷なロケっぽいので無理かも。
あ、そういえばプラハでつきあってくださる方がひとり見つかりました。お会いできるのが楽しみです!


2004/01/01(木) 01:22:15

みなさん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくです。どんな楽しいことが待っているかと思うとワクワクするね♪(と、自分を励ます)

31日の夜は、なんとなく紅白と曙vsサップをザッピングするという、近年になく非生産的な大晦日を過ごした。
曙は……だけど偉かったと思う。無惨かつ考え得る限り最低な負けっぷり。でも、相撲最高位到達者として名誉も地位も得、安全な場所にいた人生を投げ打って、一時は一生の職場と決めた相撲協会からの避難中傷も覚悟し、惨めな負けも予想できた慣れない闘いに敢然と挑んだ勇気をキミは称えないのか。
どうせ金のためだと言う人もいる。相撲好きからは「相撲を汚す」という悲鳴も上がっているだろう。でもそれらをすべて飲み込んで、彼は再び闘いの土俵に立った。曙本人にとってそれはいかに怖いことであっただろう。たとえば過酷なサラリーマン社会で会長まで成り上がった有名人がなにもかも投げ打って「マネーの虎」に出て批判の矢面に立つ、みたいなことを彼はやったのだ(例が小さい!)。
とにかく、あの負け方をした時点で、ボクは曙が好きになった。2003年のラストにいいものを見せてもらった。ボクも今の状態に安住せず、恥をどんどんかいてがんばろう。人生は誰のものでもなく自分のものだし、たった一回しかないのだ。ヒトにどう思われようと自分の道を進むべきなのだ。