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村上龍

LV5「13歳のハローワーク」

村上龍著/はまのゆか絵/幻冬舎/2600円

13歳のハローワーク
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この本を読むといままで子供たちに「自分のやりたいことを見つけなさい」とか言ってきたのがいかに無責任かわかるであろう。
これは村上龍が彼独自の「教育とは有利性の獲得」という持論に基づき、13歳前後の子供たちがこれから職業を選択していくための指針を具体的に示した職業百科である。全部で513の職業が収められており、子供たちがいま「好きでたまらないこと」の延長にどんな職業があるのか、それになるためにはどういう勉強・訓練が必要なのかが的確に示されている。いわば、人生の513択。

たとえばこの本は、いま子供が「おしゃれが好き」ということなら将来的にこんな職業がある、と提示する。
ファッションデザイナー、ジュエリーデザイナー、ファッションモデル、靴デザイナー、バッグデザイナー、帽子デザイナー、テキスタイルデザイナー、ソーイングスタッフ、テーラー、和裁士、リフォーマー、アパレルメーカーで働く、スタイリスト、フォーマルスペシャリスト、着物コンサルタント、着付師、美容師、理容師、調香師、メイクアップアーティスト、ネイルアーティスト、エステティシャン。

そしてそれぞれの職業の内容、功罪、なるための方法などをわかりやすく書いている。
ボクたちが13歳のころこんなに将来を具体的に意識しただろうか。すばらしいなぁ。もちろんすべて村上龍が書いたわけではないだろう。著というよりは編著に近い。

いい学校を出ていい会社に入るという生き方が必ずしもいい人生と限らないのは、ほとんどのサラリーマンが実感していることだ。
ボクを含めたサラリーマンたちは「何になるか」ではなく「どの会社に入るか」で人生を考えてしまった。このライフモデルは幸せになれるわけではないという点でとっくの昔に崩壊している。なのに新しい指針を子供たちに示せずにいるボクたち。村上龍はそこに具体的な職業紹介で応じた。さすがである。このコンセプトは切れ味がある。目指す職業を決めて一刻も早く社会に出て、アドバンテージを獲得しサバイバルせよ、という明確な指針。これがいまの大人たちに一番欠けているものかもしれない。

というか、ボクたちが13歳のころにこの本があったら…と強く思う。ボクたちはどんな生き方がこの世にあるか、具体的に知らずに大学生になり、大学3年のころにはもうつぶしがきかなくなっていた。そういう漠然とした生き方ではこれからは生き残れないだろう。

要所で入る、著者のエッセイもかなりシャープ。とてもよい。
特に最後にまとめてある「いろいろな働き方の選択」という項など、ほとんど人生論である。前書きで彼は「わたしは1日に12時間原稿を書いて、それを何ヶ月も、何年も続けても平気です」とある。そういう職業を見つけるために、この本をいま読もう。子供を持つ親だけでなく、すべての大人に勧める。人生100年時代。40歳とかだって13歳みたいなものなのだ。

2004年01月01日(木) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:教育・環境・福祉 , 児童・ティーンズ

LV5「どこにでもある場所とどこにもいないわたし」

村上龍著/文藝春秋/1200円

どこにでもある場所とどこにもいない私
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非現実的な時間の流れの中でぼや〜っとカラダが浮かぶような感覚に、特に都会の人が多い空間でおそわれることがボクにはたまにあるのだが、そんな感じがわかる人にはこの本はとても共感できると思う。
これは、そういう時間凝縮感をどこにでもある場所(コンビニ、居酒屋、公園、カラオケルーム…)を舞台に描いた不思議な短編集で、すべての短編に小さな希望が用意してある。浮遊するような文体の中で描かれるそれらの希望は現実感がなく、それがとってもイマっぽい。ここらへんの距離感の取り方が相変わらず見事だなぁと感嘆。

村上龍はあとがきで「強力に近代化が推し進められていたころは、そのネガティブな側面を描くことが文学の使命だった。近代化の陰で差別される人や取り残される人、押しつぶされる人、近代化を拒否する人などを日本近代文学は描いてきた。近代化が終焉して久しい現代に、そんな手法とテーマの小説はもう必要ではない」とハッキリ書き、「この短編集には、それぞれの登場人物固有の希望を書き込みたかった。社会的な希望ではない。他人と共有することのできない個別の希望だ」と続けている。ええ。つまりそういうことです。というか、作家がそこまであとがきで説明しなくてもいいだろうとちょっと思ったけど(笑)。
関係ないが、カバーの背表紙が読みにくくてかなわん。浮遊感狙いかな?(笑)。もうちょっと読めるようにするべきだと思うが。

2003年09月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV4「悪魔のパス 天使のゴール」

村上龍著/幻冬舎/1600円

悪魔のパス 天使のゴール
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サッカー小説と呼んでいいかもしれない。特に最後の100ページのサッカー描写は小説が初めてサッカーを描ききったと言えるくらいな出来で、村上龍もそれを目的にしたようである。

ただ、全編中田ヒデへのオマージュでもあるので、どうも「ねぇねぇヒデー、ボクってサッカーをとってもよく理解しているでしょ?  褒めて褒めて〜」みたいな著者の気持ちが少し見えてしまって、読者としてはちょっと白けるところがある。
そう、これは中田ヒデに対するラブレターに近い小説だ。サスペンス的な部分を付けてはいるが、それもちょっと中途半端だし(結末はいまいち)、ほとんど「ボクって中田とこんなに親しいんだよね。サッカーのことこんなに理解しているんだよね」という自慢に読めるのが弱点。

とはいえ、ラスト100ページだけでも買いである。
部分的に梶原一騎を思わせるような誇張もあるのだが、カラダが震える描写の連続。サッカーへの理解は確かに深い。下手に中田など準主人公として登場させずに(名前は夜羽。やはねと読ませるのだが、ほとんどヨハネである。神なのだ)、秀逸なサッカー描写を活かしつつ、もうちょっと違うストーリーにしてほしかった。オマージュするにしても、もうちょっと別のカタチがある気がする。

2002年06月01日(土) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV2「eメールの達人になる」

村上龍著/集英社新書/660円

eメールの達人になる
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メールというメディアにいち早く注目していた著者が書いたeメールの実践的使い方講座。
メールは手紙や電話とは根本的に性格が違うということをなんとなくわかっている人はいても、きちんと正確に理解している人は少ない、ということを前提に論は進む。日々多量なメールとともに暮らしているボクにも新鮮な記述はそれなりにあり、再確認された部分もいろいろあったが、やはりこれはメール初級・中級者に向けたものだろう。数をこなせば自然とわかってくるノウハウを、文章のプロとして一度丁寧に説いてあげよう、という感じ。特に仕事でメールを多用せざるを得ない人(で、かつ、文章にあまり意識を持ったことない方)には有効な本だ。

というか、この本でイイタイコトは、「コミュニケーションでもっとも重要なのは、相手に正確に伝わったかどうかだ。つまりそのためには、どう伝えれば相手に理解してもらえるかを考えなければならない」という一文にある。例えば件名に「重要」と書いてしまう人。「この人はコミュニケーションで何がもっとも重要なのかわかっていないと思う」と著者は断ずる。これの何が悪いか、わからない人は、読むべし。
eメールの特質は関係性の排除であるとボクは思っている。電話や手紙におけるナァナァがない。理解してくれるだろうという日本人特有の甘えが通用しない。だからメールは同じ文化の土壌を持たない人との国際的コミュニケーションの訓練の場としてかなり有効だと感じている。そういう意識を再構築する意味でも有効な本である。

2002年01月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:実用・ホビー , 経済・ビジネス , IT・ネット

LV4「アウェーで戦うために」

村上龍著/光文社/1500円

アウェーで戦うために―フィジカル・インテンシティ III
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週刊宝石に連載したサッカー・エッセイを編んだもの(三巻目)。
単なるサッカー観戦エッセイとも言えるのだが、これがどうして非常によく出来た「日本というシステム」批判になっている。

素材は主にアウェーで戦う中田ヒデ。
彼や海外のサッカーゲームを題材に、著者の思いは日本への嫌悪に近い感情吐露、そして日本という「チーム」を変えるためにどうすべきかという考察へとつながっていく。

帯に「アウェーで戦えない人材は、ホームでも使えない」とある。
このコピーは素晴らしい。本当のアウェーを体感し文章にしてくれたこと、アウェーで戦うということはどういうことかを教えてくれたこと、そしてアウェーで力を発揮するのはホームで力を発揮するのとは次元が違うということを示してくれたこと、それらだけでもこの本は価値がある。振り返って、この国の要人はアウェーで戦えるか、いやそれよりもまず「自分はアウェーで戦えるか」を考え直すいいキッカケになるだろう。
「アウェーで戦えるか?」はボクの中でいま大きな物差しになりつつある。

2001年05月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:スポーツ , 評論

LV1「『教育の崩壊』という嘘」

村上龍著/NHK出版/1300円

「教育の崩壊」という嘘
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「希望の国のエクソダス」以来、教育についての発言が目立つ(というか、せざるを得なくなった)著者の対談集。
刺激的な題名ではあるが、内容的にはちょっと迎合的。特に活発な論戦があるわけではない。特に「学校崩壊」という著書を持つ河上亮一との対談は題名からして熾烈なものを予想したが、少し肩すかしであった。

著者の主張は(彼の教育関係本には一応目を通すことにしている)ボクにとっては目新しくないものであった。
が、次々パワフルに対談したり調査したりを続けることによって、彼の主張はより深くなっていることは実感する。もしくはより村上龍的になっている。さてこうなってくると行き着く先は「著者自身がこの国の希望をアナウンスすること」であろう。すべての主張はそこにたどり着いてしまう気がする。そして彼はそれを考え始めているような気がこの本を読んで、した。

なお、巻末の「中学生1600人アンケート」はかなり面白いが、谷岡一郎著「『社会調査』のウソ」を読んでリサーチ・リテラシーを少し鍛えてからこれを読むと、これもどうかなぁと思う。
まずアンケートを取った普通校に進学校やフリースクールをまぜる比率を全国的比率に合わせるべきである(数的に)。次に「アンケートを返してくる生徒は、その時点で問題意識がある生徒」であること。アンケートすら返す気力、積極性がない生徒こそ「崩壊の原点」なのではないのか。三つ目に、ピックアップしている回答が「村上龍の主張に都合のいいものに偏っている」はずであること。せめて回答例の全体分布を載せた上でピックアップするべき。

このままこれが「中学生全体の意見」とされてしまうと害悪このうえない。「このアンケートを読んでこの題名を考えついた」と著者は言うが…その程度で教育の崩壊を「嘘」と断言するのはいかがなものだろう。

2001年04月01日(日) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:対談 , 教育・環境・福祉

LV0「『希望の国のエクソダス』取材ノート」

村上龍著/文藝春秋/1143円

『希望の国のエクソダス』取材ノート
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わりと酷評してしまった「希望の国のエクソダス」だが、あれは小説としては酷いと思うが近未来シミュレーションとしてはよく出来ていたと思う(中学生が独立する、というシナリオを除いて)。この本は、その近未来シミュレーションのもととなった取材ノート。つまり「村上龍の勉強帳」である。シミュレーションの元ネタをしっかり読んでボクなりに近未来を展望してみたかったから、買った。

経済学者からディーラー、現役中学生、経歴未詳の不良まで、13のインタビューを収めている。
が、まぁ当然といえば当然なのだが、著者は小説のストーリーに沿った答えを引き出すべくインタビューしているので、インタビューされた側が必ずしも彼らの本音を吐露しているわけではない。というか、村上龍が喜びそうな方向で答えを出している。そういう意味ではちょっと拍子抜け。彼らのせいでも著者のせいでもなく、企画のせいか。つうか、そんなこと最初からわかってたんだから、買うなよ、オレ。もちろん中にはとても有意義なインタビューもあった。不良へのインタビューが一番面白かった。

2001年02月01日(木) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:ノンフィクション

LV1「希望の国のエクソダス」

村上龍著/文藝春秋/1571円

希望の国のエクソダス
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読みながら「あれ、オレって落合信彦読んでるんだっけ?」と表紙を見返してしまった。
ひと言で言うなら、現代日本の問題点を羅列して将来を予測し、それを物語に翻訳した本。問題意識が強い著者ならではの本ではあるが、全体にやけに自虐的だし、「オレっていろいろ考えてるでしょ、憂いているでしょ」という感じが鼻につくし、だいたい小説になっていない気がする。炭坑の中のカナリアのつもりかもだけど、著者ほどの「小説家」なら、ありそうな未来を想像しなぞるのではなく、その裏にある根本的な人間の姿を創造し、まったく違う世界観のもとに表現してほしいと思う。現代日本の問題点を物語に翻訳するのではなく、現代人そのものを物語に翻訳・昇華してほしいと願う。例えばオウムや阪神大震災を見事に昇華しきった村上春樹のように。

こういう本を「流行作家ムラカミリュウ」が出す意味はわかる。波紋を投げかけ、それはかなりの人に届いたことであろう。でも「小説家ムラカミリュウ」には出して欲しくなかったな。「共生虫」がいまいちだったので今度こそ、と期待したけどガックリ来てしまった。もうすでに小説家というよりは時事作家なのかもしれない。

物語自体は、2/3までは面白かった(戦慄もした)。
でもラストはあんまりだろう。無理矢理「希望」を作り出したかったのだろうが。
あと、中学生の描き方に「自虐的オジサン史観」が入っている気がする。戦後の進歩的文化人が欧米を卑屈に仰ぎ見た感じに似ている。ちょっと不快。村上龍ファンとして悲しい限り。JMMなどの活動は素晴らしいと思うし、問題点を考えさせるキッカケとして優れてはいるが、彼にはやっぱり小説家として戻ってきてほしい。ボクにはまだアナタの「小説」が必要なのだ。

2001年01月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV1「共生虫」

村上龍著/講談社/1500円

共生虫
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「インザミソスープ」を書いている時に酒鬼薔薇事件が起き、今度はこの本を出したと思ったらバスジャック事件が起きた。

そういう意味で著者は現代少年の心の空虚さを見事に読みとり、作家の想像力をもって一歩先を書いている。
が、この本が「インザミソスープ」と違うのは、先を読みとって書くことに懸命でそれだけで終わってしまっている点である。少年たちの心をなぞるだけで終わっている。そしてなぞったことを著者はかなり誇りに思っている。オレほど読めているヤツはいない、と。確かに今の少年たちの心を読みとるのは並みではない。でもそんな鼻高さが行間から読みとれてしまうのは、ちょっと。

インターネットを題材にしつつ、ネットの世界そのものを文学で表そうとした試みは評価できる。共生虫というモチーフ自体がウェブそのものであり、そのあたりの描き方は見事。でも引きこもりの少年をそこにからめてしまうのはちょっと陳腐かもしれない。村上龍は楽な道を歩こうとしているのか。この辺を題材に量産しはじめると、時事作家っぽくなってしまわないかと心配だ。100年後の世界で村上春樹は小説家だろうが、村上龍は時事作家と位置づけられてしまいやしないか。村上春樹の新作のように時事ネタを扱うにしてもそれを消化しきった上で昇華してほしい気がする。

2000年06月01日(木) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV3「最前線」

村上龍著/ラインブックス/1600円

最前線
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村上龍の対談集。各界最前線を走っていて、かつ、その状況をノンフィクションとして発表している人たちを迎えていろんな問題に迫っている。河上亮一、諏訪哲二から、宇田川悟、宮崎学まで、何人かハズシた人はいるが、でもそれぞれ非常に面白く読んだ。時代は「超情報化社会」である。だのに、その最前線の現場の状況は驚くほど我々に伝わっていないのがこれを読むとよくわかる。特に教育現場。そしてヨーロッパの状況。

うーん。確かに村上龍の言うように日本は近代化を終えたのだと思う。そして彼のいう意味での「個人」がこれからの主役になっていくだろう。著者は文筆という表現形態を持っている最前線の人々(ノンフィクション・ライター)とこの本を作ることでネットワークを持ち、近代化の終焉などをしっかりアナウンスしていこうという野望があるのではないか、とちょっと思った。

2000年01月01日(土) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:対談 , 時事・政治・国際

LV3「憂鬱な希望としてのインターネット」

村上龍著/メディアファクトリー/1400円

憂鬱な希望としてのインターネット
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「人間はなんでこんなにコミュニケーションしたがるのだろう」という実感はボクにもある。実質的には妻や子供とのコミュニケーションだけで満足している面もあるのだが、こうしてホームページやら何やらで「さもしく」「憂鬱に」コニュニケーションを広げようとしている。
そして、インターネット上でのコミュニケーションが増大すればするほど、実生活上の家族以外の人とのコミュニケーションが面倒になっていっている。人間のコミュニケート量は上限があるのか? コミュニケーションにも満腹中枢があるのか? でも満腹だけど、食欲はあるぞ。この感覚はどうなっているんだ?

人間という存在はコミュニケーションそのもの、と考えるならば、インターネットは素晴らしい道具だ。
なんやらかんやら文句を付けてこの道具を使おうとしない人たちはコミュニケーションということを軽視している。ただ、満腹だけど飢餓である、というある種の病気にかかりやすくはある。そこらへんが著者にとっても「憂鬱な希望」なのかもしれない。

1999年04月01日(木) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:IT・ネット , エッセイ

LV5「ライン」

村上龍著/幻冬舎/1500円

ライン
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99年1月に読んだ「ワイン 一杯だけの真実」で散文が到達しうるある境地まで達してしまったと思われる村上龍。
この「ライン」も、同じようにとんでもないレベルに達した技術をもって現代日本というこの「特殊に寂しい社会」をさらりと浮き彫りにする。くどいほど濃い文体で書いていた頃に比べれば関西ダシのような薄さなのだが、それがある一線を越えてしまった表現レベルの証である。

TVケーブルや電話線などの「ライン」を通る情報が見えてしまうユウコという女性を象徴に、ラインは見えるけど中には入り込んでいかない寂しい人間関係を次々とつなげて書いている。表現手法は「パルプフィクション」的ですごく新しいというわけではないが、主題を描くのにこれ以上の構成はないだろう。

著者のあとがきが秀逸。
「文学は言葉を持たない人々の上に君臨するものではないが、彼らの空洞をただなぞるものでもない。文学は想像力を駆使し、物語の構造を借りて、彼らの言葉を翻訳する」。

そういう意味で、翻訳は見事に成功していると言えよう。少なくともボクには彼らの言葉が聞こえてきている。そして胸が悪くなるような感慨を著者からいつも得ている。空洞をなぞっているだけの文学が多い中、著者の一歩つっこんだ表現レベルには文字通り恐れ入っている。

1999年03月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV5「ワイン 一杯だけの真実」

村上龍著/幻冬社/1400円

ワイン一杯だけの真実
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今度の村上龍はワインが題材か…。ブームに乗っているみたいでイヤだな…と思いつつ読んだ。

オーパス・ワン、マルゴー、ラ・ターシュなど8本のワインが絡む8つの物語。
映画小説とかレストラン小説とかを以前発表している著者であるだけに、同じような筆致なのであろうと高をくくって読んだのだが、期待はいい方に裏切られてしまった。ここには散文としての小説のある到達点があると思う。筋とか主題とかそんなものにとらわれない「文体だけの小説」・・・とでもいうのか、文体だけでここまで読ませる物語は得難いものがある。

筋を追うタイプの読者にはつまらない本かもしれないが、もうこうなってくると題材は現実感のないものであれば何でもありだと思う。ただ、ボクは敢えて日本的・土俗的なもの、例えば日本酒とかをテーマに選んで著者の中との違和感を追ってみて欲しかった気がする。もう一歩深いところに行くために。

1999年01月01日(金) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV5「寂しい国の殺人」

村上龍著/シングルカット社/1800円

寂しい国の殺人
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1週間ほどこの本を毎日読んでいた。1回30分程で読めるから持ち歩いていた。

「イン ザ・ミソ・スープ」の随筆版とでも呼ぶのかな。
物語に昇華していない分とてもわかりやすいテキストとして時代を読み解く鍵になる。居眠りしがちな問題意識を揺り起こすチカラがここにはある。今のボクにこの本に書かれていることがたまたま合致したということもあると思うけど。

「イン ザ・ミソ・スープ」を読んで現代に生きるということはどういうことなのかについて考え込んだ人には是非この本も読むことを勧める。

1998年02月01日(日) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:時事・政治・国際 , エッセイ

LV5「イン ザ・ミソスープ」

村上龍著/読売新聞社/1500円

イン ザ・ミソスープ
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圧倒的傑作。
ゴツンと楔を打ちつけられる。ボクたちはなんてリアリティのない時代に生きているのだろう。どうしてこの日本という共同体はこんなに薄っぺらくなってしまったのだろう。どうしてこの共同体は癒しの力を失ってしまったのだろう……。
この小説を読んで初めてそういうことを再確認しだすボクもそうとう不感症なのだが、著者はそれらをごく平易な形で読者に提示してみせてくれる。説明しすぎていると思われるくらいだ。そのうえ、この小説がすごいのは我々が感じているリアリティのなさをしっかり紙の上に定着させたこと。並みの筆力ではこれはできない。もの凄いリアリティで日本で生きる人々のリアリティのなさを描いている。

著者は「汚物処理のようなことを一人でまかされている気分になった」とあとがきで書いているが、まさにそういう実感をボクも持つ。汚物処理というより汚物整理に近いけど。

読み終わったあとしばらく身体がリアリティを失い、ふわ~と浮遊している感覚にボクは襲われた。小説のもつ暴力的なまでの「異化の力」を久々に感じた。

1997年12月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV0「あなたがいなくなった後の東京物語」

村上龍著/角川書店/1200円

あなたがいなくなった後の東京物語
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「あなた」とは読者ではない。ロンドンにいってしまった「あなた」である。その「あなた」にあてた手紙形式のエッセイ。

「週刊東京ウォーカー」に連載していたものをまとめたもので(だからあんまり東京に関係ないことばかり書いているのに「東京物語」なのね)、一応、映画「KYOKO」を監督する過程を追いながら書いているのだが、はっきり言って内容はスカスカである。この著者に限りこういう肩のちからが抜け切ったエッセイでも読みたいという読者はいると思うからそれをどうのは言わない。ただ単に面白くなかった。それだけ。ウェッブ上にこれよりおもしろい日記エッセイはゴマンとある。

1997年08月01日(金) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:エッセイ

LV3「はじめての夜・二度目の夜・最後の夜」

村上龍著/集英社/1400円

はじめての夜 二度目の夜 最後の夜
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「料理小説」と銘打っている。ボクも好きなフレンチレストラン、長崎はハウステンボスにある「エリタージュ」を舞台にして主人公(著者がモデル)と幼馴染みの女性の3つの夜を描いている。おのおのの夜がフルコースの経過と共に描かれていて好きな人にはたまらないだろう。

ただ、なんとなくだが、「エリタージュを舞台に小説書くよ」と上柿元シェフと約束してしまったから無理矢理ストーリーを広げたみたいな感じがある(あくまで想像)。著者のエリタージュ好きは知る人には有名で毎月のように通っているらしいし、故郷の佐世保は目と鼻の先だし。もしかしたらハウステンボスの機関誌とかに発表したものなのかもしれない。

そういう意味でちょっと後付けっぽいストーリーなのだが、そこは力技が得意な著者ゆえなかなか素晴らしい。細部に著者の「生き方のスタイル」についての本音が散りばめられているのが面白い。

1997年02月01日(土) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本) , 食・酒

LV3「KYOKO」

村上龍著/集英社/1427円

KYOKO(キョウコ)
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このところずっと暴力とセックス描写で読者を煙に巻く感があった著者だが、今回はアタリだと思う。正面からまっすぐ書いた中編だ。
題名がボクの娘と同じ名だったので「どうせまたあの村上龍節だろう」と思いつつ買ったのだが、いやいやこれは良く出来ている。抑制された筆致、考え抜かれた構成、生き生き立ってくるキャラクター。あの、読者を引きずり回す迫力は今回はそんなにないが、新しい村上龍節誕生の予感がする。おすすめ。

1995年12月01日(金) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

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