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タネの温度に敏感な鮨屋さんが増えてきた

2012年10月23日(火) 12:39:10

ここ20年、ネットの世界も大きく変わったが、鮨の世界も、握りの見た目はあまり変わらないものの、じわじわと変化をし続けている。あ、回転寿司のテクニカルな部分の話ではなくて、握りそのものの話ね。

15年くらい前までは、鮨=タネ(ネタ)だった。握りはタネで勝負している店がほとんどだった。
タネが新鮮で大きければ「いい鮨屋」。いいタネにみなひれ伏した。「タネ絶対君主制」と言ってもいい時代。

刺身を切って酢飯(シャリ)の上に乗せただけの店でも、タネさえ良ければちやほやされた。そんなもの刺身で食った方がうまいよ、と思うような店も多々あった。酢飯はたいがい甘めで、タネの引き立て役にちょこんといるタネ台だった。もちろん一部の高級店はそんなことはなかったが、まぁだいたいそういう流れ。

その後、ちょこっと「脂ファッショ」な時代があった。
「脂がのってるのが文句なく素晴らしいタネである」という時代。口の中でとろけるトロが最上のタネだった時代。これは肉の世界でも一緒で、サシが入った肉がやたらちやほやされた。まぁ脂のうまみに人は逆らえないからねw

その時代はやがて「光り物バブル」に取って代わられ、コハダ・ブームがやってくるのだが、底流では違う流れが大きく動いていた。

ゆっくりながらも着実に、タネと酢飯とのバランスが重要視される時代がやってきたのである。
相対的に酢飯の地位がぐぐんと上がった。タネ専制政治からの解放。「酢飯下克上」である。

ようやく「タネと酢飯をわざわざ一緒に合わせて食べさせる意味」みたいなものが意識される時代になったのだ。当たり前と言えば当たり前。鮨はタネと酢飯のバランスの産物だ。一緒に食べることで、刺身だけでは得られない美味しさまで昇華されていないとわざわざ握る意味がない。

だからタネの大きさも適正になっていったし、新鮮信奉も自ずと消えていった。新鮮すぎるタネは食感的にも味的にも酢飯と合わない場合も多いからね。まぁ流通が劇的によくなったのもこの頃で、港町と同じ新鮮さを都会でも味わえるようになり、新鮮さだけを有り難がる風潮が崩れていったこともある。

つまりは客の口に入ったときに完成されたバランスであることが大切。
ボクは以前からわりと過激な(笑)バランス重視派だったので、この時代の到来は本当にうれしかったな。

この流れになってから、まず醤油を客につけさせる店が減った。
タネと酢飯のバランスを重視すると、醤油も職人が自分のイメージで適量をつけた方がいいと気づく。煮きり・煮つめだけでなく、つけるものにもいろいろ工夫するようになる。

そして酢飯もずいぶん変化した。
タネが口中で溶けるのと同タイミングで酢飯もなくなってほしいから、口の中での酢飯のパラけ方が重要視されてくる。酢飯の固さも重要だ。酢の強弱によってもバランスが変わる。新米と古米でもずいぶん変わる。タネによって赤酢と白酢の酢飯を炊き分ける、という鮨屋が出て来たのもこの頃だ。

もうタネよりも酢飯の方が主役になったと言っても過言ではない。
店で炊く酢飯に合うようにタネを選ぶ。いくらタネが良くても酢飯に合わなければ仕入れない。バランス至上主義。

でも、ひとつ不満なことがあった。

タネの温度である。
冷蔵庫やタネ箱から出したばかりの冷たいタネを常温の酢飯の上に平気で乗せて出す店がまだまだ多かったのだ。タネだけ冷たく、酢飯は相対的にかなり温かく感じられる。口の中で温度感がバラバラになる。特に赤身なんかは解凍のタイミングもあってそうなりがちだった。超冷たい赤身に常温の酢飯。合うわけがない。

味のバランスにはあんなに気を遣うのに、どうして温度のことを考えないのだろう。
いつもそこが不満だった。かなりの高級店でも平気でそういうことをやっていた。

でもね、ここ数年だと思うけど、多くの店で「タネの温度管理」を厳しくやるようになってきた気がする。実に喜ばしい。

特に若い職人の店で顕著である。
最近行った店も立て続けに温度管理に敏感だった。

白金の「鮨いまむら」は、タネをきちんと湿らせて、ある器の上に長く置いて放っておく(それ用のティンパニーみたいな形の小さな器があるのである)。そして常温になった頃合いで、常温の酢飯と合わせて握ってくれる。うーん、とてもうまい。

梶が谷の「鮨福原」は、かなり温かい酢飯を使用する。ホカホカよりちょっと冷ました程度。それと合わせるためにタネの温度もかなり意識して管理していた。口の中での温度バランスがとても良かった。若くして独立したばかりなのに素晴らしいね。

札幌の「鮨の一幸」も常温よりちょい温かめの酢飯。古米でなく敢えて新米を使って水分多めの酢飯にし、それに合うようにタネを整える。タネの温度管理もかなり神経質にやっている。タネへの火入れについても相当考えている。独学に近いらしいのだが、逆に独学だからこそ先入観なく思考を追い込めるのだろうと思う。先行き楽しみな職人だ。

どの店もご主人は若い。30代前半とかそのくらい。
でも自ら真剣に考えて追い込んでいった結果の握りになっている。その「思考過程」が一貫一貫に現れている。

こういう店が増えてくると俄然「鮨」がおもしろくなる。
彼らは他店の食べ歩きもよくしているようで頼もしい。それぞれあまりお安い店ではないが(だから若い人にはお財布的に厳しいとは思うが)、機会があったら試しに行っていただきたいと思う。

こういう「成熟バランス時代」になってくると、逆に昔からの伝統店とか有名店の握りが一気に古く感じられる時代がくるかもしれない。

お店側は気が抜けないけど、客としては楽しい時代だな。

さて、週末はどの鮨屋さんをのぞきに行こうか。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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