志の輔らくご 半刻壱噺

2011年7月 3日(日) 11:56:21

hantokiichiwa.jpeg書くタイミングを逸していた。
1ヶ月以上も前になるが、立川志の輔の「志の輔らくご 半刻壱噺」に行ってきたのである。

「半刻一噺」は、はんときいちわ、と読む。
半刻とは一刻(いっとき)の半分。一刻は江戸時代の時間の単位で約2時間。この「一刻」ってよく出来てるよね。大概の映画やライブ、イベントも2時間がある目安になっている。人間の生理にかなった時間の長さなんだろうな。それを「一刻」としたあたりがさすが江戸だ。

で、落語も一刻2時間がだいたいの目安である。でも半刻1時間だったらどうなんだろう。ダメなのか。お客様は満足しないのか。中途半端で終わるのか。それとも空き時間にさっと聴いて帰るという新しいカタチが出来るのか。

そういう素朴な疑問を実際にやるあたりが志の輔だ。
下北沢の本多劇場で一日三回、1時間で一噺やる新しい試み。それが「半刻一噺」である。ある方にチケットを取っていただき行ってきた。

で、半刻で満足できたかって?

結果から言う。
全然半刻じゃなかった(笑)。だからわからん(笑)。結局1時間40分の大熱演だったのだ。去年の正月のパルコで観た大絶品「中村仲蔵」をあのまんまたっっっぷりと演ってくれたのである。

というか、枕が終わった時点でもう30分以上経っていたw

大震災でどんどん落語会が中止になっていっている、という入り口から、ユッケの話題へ。
ユッケ、覚えてますか? 1ヶ月ちょい前、ユッケの食中毒話で持ちきりだったよね。ちょうどあの頃だったのだ。

で、ユッケっつうのは肉の表面を全部切り取って中の方しか使わないから超贅沢なのだ、という話になり、もともと落語会というのは水増しだったという話に。そう、前座は出るし仲入りはあるし、2時間やっても実は中身は少ない。つまり「半刻一噺」というのはユッケみたいなもので、ある意味贅沢なんだ、みたいなフリw

そして、ユッケにはいらない前座の話から身分制の話に入り、落語と違って特殊である歌舞伎の身分制の話に移り、その身分制を打ち破って異例の出世をしていった中村仲蔵の話に自然に入っていく・・・見事な枕だったなぁ。

そして中村仲蔵。
2010年のパルコのときもすごかったけど、今回は滂沱の涙が伴った。名演だ。嗚咽寸前。ちょっとしばらく立ち上がれなかった。

噺の途中、志の輔の周りをハエが舞い、それをパンッと見事に殺し、中断。
でもその「殺生」が噺をまた深くしてくれたというおまけ付き。そのうえ、前の会(午前中)で一本締め(大震災以来やっている)を忘れたということで、珍しい二本締めまでおまけが付いて、時間延長も含めてなんだか異様にお得な「半刻」であった。

本当に感動した高座だったのだけど、ずっと書くタイミングを失っていた。
でもその分、「あ、そろそろ書いとかなくちゃ」と思って何度か反芻できて良かったかも。記憶は繰り返して強度を増す。つまり、この「半刻一噺」は長くボクの中に残り続ける。目を閉じれば志の輔の中村仲蔵が見得を切る。なんと幸せなことか。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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