ふと気がつくと、昨日と同じような一日を送っている。
昨日と同じように会社に通い、昨日と同じようにテレビを見、昨日と同じようにビールをグビる。
生活のためとはいえ、そんな毎日を送って老いぼれてくのはゴメン、だよね?

同じ顔した毎日に、ほんの小さな無理ない刺激。

機械的な毎日に人生を牛耳られないために。「オサニチ」。連載中。

 


第8回「家に帰ってから、オシャレする」(2002年10月)


仕事から家に帰ったらどんな格好をしてますか?

例えばサラリーマンだと、帰るなりスーツやネクタイをかなぐりすて、夏なら短パンにTシャツ、冬ならスウェットやジャージなんかに着替えてしまうのではないだろうか。帰ったらすぐパジャマという人も多いかもしれない。かくいうボクも、パジャマ代わりのTシャツになることが多く、疲れているときなど、夜メシ→ベッド→朝飯、とすべて同じTシャツで済ませてしまう時すらある。

夏の間は仕方ないかもしれない。なにしろ暑いし、Tシャツ以外にバリエも少ない。なにを着ても汗になるからあまりいい服を着たくない思いもある。
が、世の中ようやく涼しくなってきた。そこで提案。家に帰ってからちゃんとオシャレな格好をしてみよう。オシャレというか「ちゃんとした格好」かな。それなりにちゃんとした格好に着替えて、家に帰ってからの数時間を過ごしてみようではないか。

言うまでもないが、人生は仕事のためだけにあるのではない。仕事が終わって帰ってきたらすぐ寝る格好になるって、「人生=仕事と睡眠」って感じになりすぎないか。仕事が終わってからの数時間こそまさに「アナタの人生」ではないか。だったらその人生をちゃんと生きるために、ちゃんとオシャレ着に着替えてみよう。日常がいきなり違って感じられること請け合いだ。

まず、一日が(感覚的に)二回になる。
家に帰ってパジャマを着てしまうと、そのまま一日が終わる。もう捨ててもいいような普段着を着ても一緒。それだけで「昼より時間のグレードが下がったような気分」になる。どーでもいい格好をしただけで、どーでもいい時間になってしまうのだ。が、それなりにオシャレな格好をすると、それからの数時間が別の人生に変わる。本当だ。たとえそれが2時間であっても「昼とは違う貴重な時間」にいきなり変わる。

家庭も雰囲気が変わる。
アナタがダンナさんなら、アナタが家でオシャレをする姿を見て、奥さんもそのうちキレイにしてアナタを迎えるようになる。子供もそこにある種の人生観を感じるようになる。家でいつもダンディにしているお父さんと育つのと、家でいつもパジャマでだらりとしているお父さんと育つのでは、長い間に美意識に大きな違いができるであろうことは想像にかたくない。

それから、生活がクリエィティブになる。
オシャレすると、なぜかパジャマでダラダラ見ていたようなテレビを見なくなる。少なくともボクはそうだ。で、読まずに置いていた本やおいしいブランデーでも飲みながらちょっと思索的になったりする。特にカタチから入るタイプの人はてきめんだ。

そりゃー確かに誰も見ないよ。
特に一人暮らしならオシャレが無駄に感じられるだろう。でも、オシャレは他人に見せるためにするのではなく、自分のためにするのだ。

一度、家での格好をよーく見直してみたらどうだろう。スウェットをやめてシャツにチノパンにするだけで気分は大きく変わる。家に帰ってからのオシャレ。意外とこんなことで、毎日がガラッと変わるものなのだ。(今回は半分自分に向かって書いてます。うはは)




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