ふと気がつくと、昨日と同じような一日を送っている。
昨日と同じように会社に通い、昨日と同じようにテレビを見、昨日と同じようにビールをグビる。
生活のためとはいえ、そんな毎日を送って老いぼれてくのはゴメン、だよね?

同じ顔した毎日に、ほんの小さな無理ない刺激。

機械的な毎日に人生を牛耳られないために。「オサニチ」。連載中。

 


第31回「オサニチ的胸にチクチクくる言葉(その19)」(2004年10月)

 

ま、今、この話題をするのも陳腐なのだけど、やっぱりタイミング的にはイチローですかね。

みなさんご存じの通り、2004年、マリナーズのイチローが84年間破られなかった大リーグシーズン最多安打記録を更新した。
262安打。
大リーグは年間162試合だから、すべての試合で1本ヒットを打って、しかもそのうち100試合で2本打たないといけない安打数である。というか、3割7分台の打率も相当すごい。

彼を見いだしたのが仰木監督であるのは有名だが、イチローを干したのがV9の土井正三監督であったのも有名だ。 彼はかたくなに鈴木一朗の打法を認めず、二軍でどんなに活躍しようが彼を一軍でほとんど使用しなかった。彼が200本安打を打ったあとでも「たとえイチローが4割打とうが、私は彼の打法を認めない」とのたまった。ある意味名言。

ただ、土井監督の指導に背いて自分流を貫いた結果記録を残した「成功体験」がイチローのその後に大きな影響を与えたとは思う。結局自分を信じるしかないんだ、ということが彼は骨身にしみてわかったのだ。そういう意味では土井監督の存在も彼にとっては大事なプロセスのひとつ。人生に無駄なことなどなにもない。

さて、今回のオサニチはちょっと趣を変えて、イチローの言葉を少し多めに拾ってみようと思う。解説は特にしないので読んでみてください。

 

「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています」


「今自分にできること。頑張ればできそうなこと。そういうことを積み重ねていかないと、遠くの大きな目標は近づいてこない」


「少しずつ前に進んでいるという感覚は、人間としてすごく大事」


「ぼくが数字で満足することはあり得ません。なぜなら、数字が内容を反映しているとは限らないからです。目標を設定してそこに到達すれば、そこで満足してしまって先へ進む努力をしなくなるでしょう。毎打席何かしら学ぶべきこと、改良すべきことがあります。満足は求めることの中にあるんです」


「成績は出ているから今の自分でいいんだ、という評価を自分でしてしまっていたら、今の自分はない」


「僕はいつも一生懸命プレーしていますが、今日はよい結果が出なかった。でも、だからといって後悔もしていないし、恥ずかしいとも思っていません。なぜなら、できる限りの努力をしたからです」


「他人の記録を塗り替えるのは7割、8割の力でも可能だが、自分の記録を塗り替えるには10以上の力が必要だ」

 

「自分のできることをとことんやってきたという意識があるかないか。それを実践してきた自分がいること、継続できたこと、そこに誇りを持つべきだ」

 

「自分で無意識にやっていることを、もっと意識をしなければならない」

 

「苦悩というものは、前進したいって思いがあって、それを乗り越えられる可能性のある人にしか訪れない。だから苦悩とは飛躍なんです」

 

「世の中の常識を少しでも変えるっていうことは、人間としての生き甲斐でもありますから」


こうしてまとめて彼の言葉を読むと、天才とか努力の人とか職人とかいうよりも「冷徹な科学者」に近い印象をボクは受ける。研究やR&Dの世界に進んでも成功しただろう。逆に上司の評価で立場が変わってしまうサラリーマン的社会は彼にはまるで向かないな。
ということで、最後に彼の言葉の中で一番胸にチクチクくる言葉を。


「第三者の評価を意識した生き方はしたくない。自分が納得した生き方をしたい」

ヒトの評価で自分の価値を決めていたら一生つらい。どこにも行けない。お金と同様、ヒトの評価もあの世には持ってけない。自分のことはまさに自分が評価しないといけないのである。チクチクチクチク。






satonao@satonao.com