ふと気がつくと、昨日と同じような一日を送っている。
昨日と同じように会社に通い、昨日と同じようにテレビを見、昨日と同じようにビールをグビる。
生活のためとはいえ、そんな毎日を送って老いぼれてくのはゴメン、だよね?

同じ顔した毎日に、ほんの小さな無理ない刺激。

機械的な毎日に人生を牛耳られないために。「オサニチ」。連載中。

 


第30回「オサニチ的胸にチクチクくる言葉(その18)」(2004年09月)

 

終戦記念日の8月15日、一年に一回くらいは戦争体験の本を読もうと書庫を漁っていたら「次郎物語」を見つけてしまった。

いや〜久しぶり! と思わず本に声をかけてしまったボク。
だってマイ・青春の再読・熟読書なのである。いったい何度読み、何度救われたか。うーむ、数十年ぶりに次郎の世界に浸りたくなってきた。40代になった今、自分が次郎の懊悩をどう感じるか試してみたくなってきた。やばい。やばすぎる。徹夜で読んじゃいそうである。

昔読み返しすぎたせいで本はもうボロボロ。表紙は破け、なぜか大きな醤油シミがついている。でもそういえば会社に入ってから読み返していないなぁ……と、結局誘惑に負け、そのまま徹夜で読み切ってしまったのだった。戦争体験記を読もうと思ってたのに!(戦争直前の思想統制のイヤな空気はこれにも十二分に描かれてはいたが)


久しぶりに通読した「次郎物語」は実に青臭い物語だった。
というか、時代自体が青かったのだな。 登場人物たちの悩みや理想も、すれきった現代から見ると実に純粋。その青さや純粋さがとても新鮮だ。青年たちが自分を磨く熱心さや自分に向き合う真剣さがとてもまぶしい。忘れていた何かが胸に蘇ってくる。いまの日本人がとうの昔に失ってしまったものがこの物語の中には溢れている。人物描写もステレオタイプだし、エピソードはどれも説教くさく居心地悪い部分も多いのだが、「次郎物語」はやっぱり大名作であると再確認したのである。

特にうれしかったのは朝倉先生と再び会えたこと。読んでない人にはわからないかもしれないが、この物語の登場人物の中でも存在感抜群のキャラである。青年期の次郎をその澄んだ目でやさしく見つめてくれているのだ。

さて、今回のオサニチ的胸にチクチクくる言葉は、その朝倉先生の元で開かれていた精神的集まりである「白鳥会」の名前の由来にもなっているこんな言葉。

 

白鳥蘆花に入る。

 

蘆の花は白い。その蘆花が咲き誇る真っ白な蘆原に、真っ白な白鳥が舞い降りる、というだけの言葉である。知らない人にはわけわからない言葉だろう。ほとんど禅問答だ。でも、この言葉は青年期のボクに一番大きな影響を与えたと言ってもいい言葉なのである。

そう、中学以来この言葉はずっとボクの頭の片隅にそのイメージとともにあった。真っ白な蘆原に真っ白な白鳥が舞い降りる。するとその姿は蘆花にまぎれて見えなくなる。しかしその羽風のためにいままで眠っていた蘆原が一面にそよぎ出す……その鮮烈な映像イメージ。白鳥は蘆花に影響を及ぼしながら、自分はその中に入り込んで姿を消すのである。いや、影響を及ぼそうとすらしてないのかもしれない。ただ、結果的に、羽がおこすさわやかな風だけが、静かに広がっていくのである。

朝倉先生は言う。
「お互いに、この白鳥の真似がしてみたいものだね。しかし、なかなかむずかしいぞ。それがほんとうに出来るまでには、よほど心を練らなくちゃならん。自分の正しさに捉われて、けちな勝利を夢みているようでは、とても白鳥の真似は出来るものではない。良寛のような人でも、『千とせのなかの一日なりとも』と歌っているくらいだからね」

もちろん、常にこの言葉とともに生きてきたからって、それが実行できていることにはならない。白い蘆原の中で妙に目立つ黒鳥になってたり、バタバタとこれ見よがしに羽を動かしていたり、現実はひどいものだ。

でも。たぶん。ボクはこれからもこの言葉と生きていく。千とせのなかの一日だけでも、まことの道にかなえばいいのである。






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