ふと気がつくと、昨日と同じような一日を送っている。
昨日と同じように会社に通い、昨日と同じようにテレビを見、昨日と同じようにビールをグビる。
生活のためとはいえ、そんな毎日を送って老いぼれてくのはゴメン、だよね?

同じ顔した毎日に、ほんの小さな無理ない刺激。

機械的な毎日に人生を牛耳られないために。「オサニチ」。連載中。

 


第18回「オサニチ的胸にチクチクくる言葉(その6)」(2003年8月)


2002年の日本人の平均寿命は81.78歳だそうだ。

まぁこの程度なら想像がつく。何が? いや「余生」が。
終身雇用の会社に入った場合、60歳で定年。その後約20年もあるとはいえ、そのくらいなら「余生」としてのんびり趣味とかに生きられそうな気がする。
少々退屈&お金もギリギリだろう。でも体力知力ともに下り坂。孫の顔でも見てゆっくり暮らせればフワフワダラダラ持つだろう。長期休暇ですら身をもてあましてしまう我々であるが、いざ「余生」となればなんとかなるだろう…。

そんな風に自分を納得させてきたが、今日ご紹介するこの言葉を知ったときはさすがに愕然とした。

 


2029年、日本人の平均寿命は100歳をこえる。

 



オサニチでは名言ばかり取り上げるわけではない。これは2001年の「日経ビジネス」の記事の単なる見出し語。しかも予測的に正しいのかどうかもわからない。平均寿命は2050年にやっと90歳という説もあるし、添加物などの摂取により団塊世代後はぐっと下がるという説すらある。
でも、ここ50年で30歳も伸びた平均寿命、たしかに100歳をこえる可能性はあるわけだし、平均がこえなくても、将来の医療技術を考えると、100歳以上のヒトが増えるのは明らかだ。

マジかよ、とボクは思った。

だって、定年後40年もあるのですぞ。
これはもう「余生」ではない。なにか社会とつながりをもってないと絶対身が持たない。趣味だけで生きるのなんて10年もあればきっと飽きる。平均寿命が80歳ならなんとか逃げ切れる気がしても、100歳となると逃げ切れない。というか、年金だって出ないかもしれないし、医療費は高騰するかもしれないし、時代的にものんびり趣味に生きている余裕はない。どう考えたってプロとして何か仕事をしないとダメじゃん!


ボクはこの言葉に出会って以来、人生設計を変えた。

人生100年時代、いったいどう生きるのか。
60歳で定年のあと40年、終身雇用の会社で働くのと同じくらい長い年月がまだ待っている(!)。
仕事をやめたあと、80歳90歳でも出来る仕事を始め、プロとして毎日を過ごさないと身が持たない。とはいえサラリーマンはつぶしがきかない。手に職がない。ということは40代50代から準備して、第二のプロ人生に備えないといけないではないか。

そば打ち職人でもバーテンダーでも植木職人でも翻訳家でも鍼灸師でも伝統芸能継承者でも、40歳50歳から準備すれば十分間に合う。
たとえば英語なんかでも、50歳で話せない人はたいてい「いまから始めても会社で役に立つには遅すぎるから」と言って諦めてたりするが、60歳から本格的に使うなら全然遅くない。10年必死にやればペラペラだ。60歳から翻訳家でも個人輸入業者でも始められないことはない。そう、何でも出来るのだ。
60歳で会社をぽんと放りだされてから「さて次を考えよう」では遅い。そこから修行を10年かけてしたらもう70歳。プロ・デビューとしては遅すぎる。

いま40代50代の方々よ。

いますぐなにか始めよう。
定年制でない仕事を探して、まったく思いも寄らない第二の人生を目指すのはちょっと楽しい。思ってもみなかった生き甲斐がそこに待っているかもしれない。




satonao@satonao.com