ふと気がつくと、昨日と同じような一日を送っている。
昨日と同じように会社に通い、昨日と同じようにテレビを見、昨日と同じようにビールをグビる。
生活のためとはいえ、そんな毎日を送って老いぼれてくのはゴメン、だよね?

同じ顔した毎日に、ほんの小さな無理ない刺激。

機械的な毎日に人生を牛耳られないために。「オサニチ」。連載中。

 


第10回「忘年会を断ってみる」(2002年12月)


さて12月。
今年も忘年会のシーズンである。

不況もあってか、体感的に忘年会は減ってきているように思う。個人的には「いいことだなぁ」と思う。日頃のコミュニケーションのためなら別にこの時期に飲みに行かなくても良いわけだし、期末の〆として飲みに行くなら、年度末の3月の方が目的にあっている。

まぁ師走というあわただしい雰囲気に忘年会というイベントは似合ってはいるし、こういう機会でもなければ飲みに行けない相手もいる(近頃の若手とか派遣さんとか)。飲んで騒ぐのがお好きな向きには「騒いでもなんとなく許される大切な宴会」のひとつでもあるし、たまには泥酔したい向きにも「忘年会だし仕方ないかと家族が許してくれる数少ない宴会」のひとつでもあろう。

だけどやっぱり忘年会はサラリーマンの悪習だと思う。

中には「今年はホントにいろいろあったな。それらを思い出しつつ来年の奮起を誓って飲みにでも行くか」と、本来の目的に沿った忘年会もあるだろうが、ほとんど形骸化しているのは確か。他の課がやるから、他の部がやるから、他の取引先がやるから、の、つきあい宴会がほとんどだ。しかも、このごろは若手があまり飲みに行かない。飲みに行かない連中にとって忘年会は苦痛以外の何ものでもないし、そういう若手に気を遣いながらも引き連れないといけない幹事や管理職もまた苦痛だろう。管理職は残業代つかなくて苦しいのに若手より会費を多めに払わないといけなかったりするし、このごろの若いのはお酌もしにこないし、だいたい不況で話題も湿っぽいし。

そのうえ、そんな苦痛な宴会に払うお金がまた苦痛。タクシーチケットですぃーっと帰れるご時世でもないから、終電間際の酒臭い満員電車もまた苦痛。駅前でタクシー待ちの長蛇の列の後ろにつくのもまた苦痛。翌日は二日酔いで肝臓が苦痛。家族の冷たい目も苦痛。そしてまた今晩違う忘年会に出ないといけないのが大苦痛・・・

ね、もうやめようよ。
今年は忘年会に出席するのをきっちり断ってみませんか?

別にケンカ腰で欠席する必要はない。
「すいません、その日用事があって」と軽く断ればいいのだ。「日程は合わせるから都合のいい日を言って」とか言われたら「わりと詰まっているんですよねー」と軽く流す。つきあい悪いなぁと思われても気にしない。というか、つきあい悪いヤツと思われた方が何かと得だ。つきあい悪いと宴会にちょっと顔を出すだけで「おおー!」と喜ばれるし、しょーもない行事も断りやすくなる。クライアントだって「あぁ○○さん来ないの」と言う程度で実はそれほど気にしていない(まぁこれは相手にも寄るが)。

それに、つきあい悪いから出世に響くなんてことは(現実には)ほとんどない。
逆につきあいいいヤツで出世したヤツがそんなにいるか? 忘年会など欠席しても実害はほとんどないのである。それでも気になるなら、どうしても出ないといけない「極めて大事な忘年会」にひとつだけ、仕方なく出る。その程度で充分。

忘年会に出ないだけで年末はまるで違って見える。
慌ただしさが半減するし、家庭も財布も肝臓も痛まない。ふと気が付くと自由な時間が目の前に広がっている。

いまからでも遅くない。
どうです、思い切って今年から忘年会を断ってみませんか?




satonao@satonao.com