トップ > 座右のCD > ポップス > フィービー・スノウ「フィービー・スノウ」

フィービー・スノウ「フィービー・スノウ」

Phoebe Snow
Phoebe Snow
1974年発売/Shelter Records

amazon


一度聴いたら、鼓膜に張り付いて離れない魔法の歌声……。

フィービー・スノウの「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」を初めて聴いた夜から20年以上たつけど、彼女の声は常にボクの鼓膜と一緒だった気がする。
なにかの拍子にホワッとフィービーの歌声が鼓膜から漂い出る。どこに隠れていたのかわからないけど、ふとフィービーの歌声が耳元でする。そして漂い出たが最後、しばらく鼓膜脇に住みついて離れない。

いや、魔法の歌声といっても、ジョップリンみたいに迫力があるわけでも、ロッドのようにセクシーなわけでも、エルトンのように澄んでいるわけでもない。

声質自体はいたって普通なのだ。

なのに、鼓膜に、いや、心に住みついて離れない…。

なんなんだろうな、これ。
ま、その「泣き崩れるようでいて明るい歌唱法」が独特、ということに尽きると言ってしまえばそれまでなんだけど、なんというか、心に土足で入り込んでくる感じは、歌唱法だけではないと思うのだ。

例として正しくないかもしれないけど、今は亡きザ・ブルーハーツの甲本ヒロトの声って、よく聞くと普通なのに、まっすぐ心に飛び込んでくるじゃん。あれに近いかも。

「喉こそ究極の楽器」だと言われているけど、ここまでそれを感じさせる歌手もいないと思うのだ。



このアルバムは彼女のデビューアルバム。

全曲、彼女のオリジナルで構成した「衝撃のデビュー作」なんだけど、プロデューサーはなんといきなりあのフィル・ラモーンだったりする。

70年代に入って、ボブ・ディランやポール・サイモン、エルトン・ジョン、ポール・マッカートニー、ザ・バンドなど燦然たるアーチストのプロデュースを手がけ、この後、ビリー・ジョエルの一連のアルバムで世界的に有名になる彼だが、よっぽどフィービーの才能に惚れ込んだのか、その忙しい合間を縫ってフィービーのこのデビュー作、そして次作以降もずっと手がけているのである。

バックはみんなニューヨークの一流スタジオミュージシャンらしいし、テナーサックスはズート・シムズがやっていたり、なんつうか、デビュー作からティンパンアレイをバックにつけた荒井由実を思い出す。



ま、なにはともあれ、一曲目からゆっくり聴いてみてください。

GOOD TIMES、
HARPO'S BLUES、
POETRY MAN、
EITHER OR BOTH、
SAN FRANCISCO BAY BLUES、
I DON'T WANT THE NIGHT TO END…

なんてすごいブルースの連続。
なんて人間くさい言葉の連なり。
なんてアコースティックな喉の響き。

特に「SAN FRANCISCO BAY BLUES」は、フェバリット。

つうか、フィービーの中では一番有名な歌なのかな。
「GOOD TIMES」や「POETRY MAN」も素晴らしいし、「POETRY MAN」は全米で5位まで行ったんだけど、いまからフィービーを聴く人にはやっぱりまず「SAN FRANCISCO BAY BLUES」を聴いて欲しい。


この歌い方、この喉、この孤独感、この明朗、この客観・・・



……そうか。
   明るくて客観なんだ。


例えばジャニス・ジョップリンとかは、悲しいときは悲しい声で叫ぶんだけど、フィービーは孤独で悲しいブルースなのに、妙に「客観」していて、「冷静」に「明るく」歌い綴る。

だからこそ、心に抵抗なくまっすぐ届いてくる。

泣き崩れるようでいて妙に明るいその歌唱法だからこそ、心に感情を伝えてくるのだ。

涙声だけが哀しみを伝えるとは限らない。
冷静な明るさこそ、哀しみを伝える事なんて山ほどある。

フィービーの歌声が心に住みついてしまうのは、その冷静な明るさのせいかもしれない。




フィービー・スノウ……客観的にブルースする魔法の歌声。

ボクはジャニス・ジョップリンやトム・ウェイツより、明るくブルースするフィービー・スノウに先に出会えて、とってもラッキーだったと、ちょっと思うのです。



【2000年5月記】

2001年05月01日(火) 21:35:32・リンク用URL

ページの先頭に戻る

メニュー

Follow satonao310 on Twitter @satonao310

satonao [at] satonao.com
スパム対策を強化しているので、メールが戻ってきちゃう場合があります。その場合は、satonao310 [at] gmail.com へ。

ページの先頭に戻る

Google Sitemaps用XML自動生成ツール