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2006年01月06日

フィービー・スノウ「フィービー・スノウ」

一度聴いたら、鼓膜に張り付いて離れない魔法の歌声・・・

フィービー・スノウの「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」を初めて聴いた夜から20年以上たつけど、彼女の声は常にボクの鼓膜と一緒だった気がする。
なにかの拍子にホワッとフィービーの歌声が鼓膜から漂い出る。どこに隠れていたのかわからないけど、ふとフィービーの歌声が耳元でする。そして漂い出たが最後、しばらく鼓膜脇に住みついて離れない。

いや、魔法の歌声といっても、ジョップリンみたいに迫力があるわけでも、ロッドのようにセクシーなわけでも、エルトンのように澄んでいるわけでもない。

声質自体はいたって普通なのだ。

なのに、鼓膜に、いや、心に住みついて離れない・・・。

なんなんだろうね、これ。
ま、その「泣き崩れるようでいて明るい歌唱法」が独特、ということに尽きると言ってしまえばそれまでなんだけど、なんというか、心に土足で入り込んでくる感じは、歌唱法だけではないと思うのだ。

例として正しくないかもしれないけど、今は亡きザ・ブルーハーツの甲本ヒロトの声って、よく聞くと普通なのに、まっすぐ心に飛び込んでくるじゃん(例がマイナーかな)。あれに近いかも。

「喉こそ究極の楽器」だと言われているけど、ここまでそれを感じさせる歌手もいないと思うのだ。


このアルバムは彼女のデビューアルバム。

全曲、彼女のオリジナルで構成した「衝撃のデビュー作」なんだけど、プロデューサーはなんといきなりあのフィル・ラモーンだったりする。

70年代に入って、ボブ・ディランやポール・サイモン、エルトン・ジョン、ポール・マッカートニー、ザ・バンドなど燦然たるアーチストのプロデュースを手がけ、この後、ビリー・ジョエルの一連のアルバムで世界的に有名になる彼だが、よっぽどフィービーの才能に惚れ込んだのか、その忙しい合間を縫ってフィービーのこのデビュー作、そして次作以降もずっと手がけているのである。

バックはみんなニューヨークの一流スタジオミュージシャンらしいし、テナーサックスはズート・シムズがやっていたり、なんつうか、デビュー作からティンパンアレイをバックにつけた荒井由実を思い出す。

ま、なにはともあれ、一曲目からゆっくり聴いてみてくれ。

GOOD TIMES、
HARPO'S BLUES、
POETRY MAN、
EITHER OR BOTH、
SAN FRANCISCO BAY BLUES、
I DON'T WANT THE NIGHT TO END・・・

なんてすごいブルースの連続。
なんて人間くさい言葉の連なり。
なんてアコースティックな喉の響き。

特に「SAN FRANCISCO BAY BLUES」は、フェバリット。

つうか、フィービーの中では一番有名な歌なのかな。
「GOOD TIMES」や「POETRY MAN」も素晴らしいし、「POETRY MAN」は全米で5位まで行ったんだけど、いまからフィービーを聴く人にはやっぱりまず「SAN FRANCISCO BAY BLUES」を聴いて欲しい。


この歌い方、この喉、この孤独感、この明朗、この客観・・・

・・・そうか。
   明るくて客観なんだ。


例えばジャニス・ジョップリンとかは、悲しいときは悲しい声で叫ぶんだけど、フィービーは孤独で悲しいブルースなのに、妙に「客観」していて、「冷静」に「明るく」歌い綴る。

だからこそ、心に抵抗なくまっすぐ届いてくる。

泣き崩れるようでいて妙に明るいその歌唱法だからこそ、心に感情を伝えてくるのだ。

涙声だけが哀しみを伝えるとは限らない。
冷静な明るさこそ、哀しみを伝える事なんて山ほどある。

フィービーの歌声が心に住みついてしまうのは、その冷静な明るさのせいかもしれない。


フィービー・スノウ・・・客観的にブルースする魔法の歌声。

ボクはジャニス・ジョップリンやトム・ウェイツより、明るくブルースするフィービー・スノウに先に出会えて、とってもラッキーだったと、ちょっと思うのです。

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ザ・ビートルズ「リボルバー」

ビートルズについて、何を語ろうか。

あらゆる媒体で語り尽くされているし、ボク自身思い入れが強すぎてうまく書けない。

すべてのアルバムのすべての曲を、いったい何回聴いたことだろう。

小学5年生の時に同級生の大関と橘川が「レット・イット・ビーは最高だ! 聴け! 聴いて泣け!」と強要して来て以来、いったいどれだけボクの人生を助けてきてくれただろう。

思えば大関と橘川は偉大だった。
天地真理の「ひとりじゃないの」や南沙織の「純潔」、麻丘めぐみの「芽ばえ」、三善英史の「雨」、青い三角定規の「太陽がくれた季節」なんかを喜んで聴いていたボクらに、いきなり「ビートルズ以外は音楽ではない!」とプレゼンテーションしてきたんだから。

そして大事そうに貸してくれたドーナッツ盤。
はじめて「レット・イット・ビー」のイントロのピアノを聴いた時の昂揚。
いまだ、胸から、去りがたし。

中学3年。
その頃の中学生の資金力ではレコードなどそうは買えない。ひと月のお小遣い500円。そんな時代。中学生のアルバイトなどあり得なかった、そんなストイックな時代。

そんな時代に、LP1枚2500円。途方もない値段だ。
しかも欲しかったのはビートルズの「赤」と「青」。
そう、赤いジャケット(初期ベスト2枚組)と青いジャケット(後期ベスト2枚組)のふたつ。両方とも2枚組だからたしか4000円ずつ。計8000円。天文学的金額。

結局親に泣いて頼んで・・・。
あの「赤」と「青」は、何度うちのターンテーブルに乗ったことだろう。
当時は「青」の方が圧倒的に好きだったな。
よりメロディアスでより深遠な気がした。「レット・イット・ビー」も入っていたし。
「赤」はなんだか荒削りのような気がしたんだ。
中学生の未熟すぎた精神には、「赤」の荒削り感が居心地悪かったんだろう。きっと。

高校2年。
いつの間にか、ポール・マッカートニー < ジョン・レノン、になっていた自分。

当時すでにちょっと気の利いた連中は「ビートルズよりストーンズの方が格好いいぜ!」って感じになっていて、それと同じ感じで、「ポールよりジョンだぜ、そりゃ」っていう風潮はあった。それに影響はされた。

でも、なんだか「青」っぽいポール・マッカートニーに飽きて、「赤」っぽいジョン・レノンが心の中に巣くってきたのはこの頃から。
ポール・マッカートニーが薄っぺらく感じられてきた。
それと同時に後期の曲達が、なんだかこねくり回して完成度を高めているだけに思えてきた。

荒削りだけど、魂が宿っているような初期のアルバム群。

友達に作ってもらったカセットテープで「プリーズ・プリーズ・ミー」「フォーセール」「ヘルプ」などを聴き続けた。
もちろん「サージェント・ペパーズ」なんかも聴いていたけど、でも、ごく初期のビートルズの熱っぽさが好きだった。
大学受験を迎えて、ストレスが溜まってきたのもあったかもしれない。

大学1年。
ジョン・レノンが死んだ。

この頃は中期のアルバムばかり聴いていた。どこから中期なのかはよくわからないが、インド思想前後をそう呼んでみたい。
具体的には「ラバーソウル」と「リボルバー」ばかり聴いていた。
なんでこんなに飽きないんだろう。そう思って聴いていたら、ジョン・レノンが射殺された。

まだその頃は「今年こそビートルズが再結成されるらしい」という噂が毎年のように流れていた。
ホントかよ、と思いながら、でも復活コンサートがあるなら初期〜中期の曲をたくさんやってほしいな、なんて思っていた。

もう「レット・イット・ビー」はボクの中で過去だった。
シンプルにロックし続けるローリング・ストーンズに惚れていた。そう、「レット・イット・ビー」に代表されるビートルズの後期の曲達はシンプルではなかった。
ジョン・レノンのプレイボーイ・ロング・インタビューを読んだりすると、どうも後期はポール・マッカートニーの趣味が反映され過ぎているようだった。
ポール・マッカートニーは見栄っ張りだ。見栄っ張りな大学生だったボクは彼が同類であることをようやく見抜いた。見栄っ張りでナルシスト。
まぁそれって偉大な芸術家に必須な資質なのだけど。

六本木の「キャバーン・クラブ」。
ビートルズ・コピーバンドが毎晩ライブをするクラブ。
「Lady Bug」というそのコピーバンドを毎週のように聴きに行ったのも大学生のころ。
ジョン・レノン役のボーカルがとっても似ていた。
初期の曲をいっぱいやるのも好きだった(そりゃそうだ。後期のはライブでは難しい)。

でも、ジョン・レノンは戻ってこない。


そして今。38歳。

いまやもう、どのアルバムもすべて好きだ。
どの曲も、すべて好き。
ポール・マッカートニー嫌い、という突っ張りももうない。
たぶんすでにボクの人生の足跡と一体化しすぎていて、ビートルズを否定することは自分の過去を否定することに近くなっているのかもしれない。

最近「赤」と「青」もCD化された。
暗記している曲順で聴ける喜び。
でもちょっと生々しく中学時代が蘇りすぎて、苦痛になるときもある。
だから、あまり聴かない。

どのアルバムもよく聴く。
それでも一番よく聴くアルバムというのは存在する。
なぜか「リボルバー」なのだ。
理由は、ない。

あ、あるとすれば、実は「AND YOUR BIRD CAN SING」という「リボルバー」に入っている超マイナーな曲が、ここ10年くらいのボクのフェバリットだったりする、という理由。

こんなマイナーな曲がビートルズのあらゆる曲の中で一番好き、なんていうヒト、この世の中に他にいるのだろうか?

27年間分、好きな曲のいろんな変遷があった末にたどり着く曲とは思えないだろうけど、でもきっと「狙って作っていない感じ」が好きなんだろうな。メロディもさることながら。

そう、勢いで作っている感じ。
初期のアルバムからこの「リボルバー」あたりまでは、そんな勢いがある。

すごいものを作っているのに、すごいものを作っているという意識は本人達にこれっぽっちもない。
そんな感じがちょっとモーツァルトに似て、ボクをホッとさせるのかもしれません。

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カーリー・サイモン「トーチ」

突然ですが、1984年に薬師丸ひろ子が歌ってヒットした「元気を出して」(竹内まりや作詞作曲)って、このアルバムがきっかけで作られた曲だって知ってました?


♪ 涙など見せない 強気なあなたを
  そんなに悲しませた人は誰なの?
  終わりを告げた恋に すがるのはやめにして
  ふりだしから また始めればいい


竹内まりやは、カーリー・サイモンがジェイムス・テイラーと離婚した直後に出したこのアルバム「トーチ」を聴いて、その痛々しさを励ましたくなってこの曲を作ったというのです。


もともとTORCHというのはTORCH SONGのこと。
トーチ・ソング、つまり片思いだったり失恋だったりの痛みを歌った歌。昔はトーチ・シンガーっていって、トーチ・ソング専門の歌手がいたくらい、ジャンルとして確立されていたんですね。

で、カーリー・サイモン。
アメリカン・ポップスを代表する女性歌手だった彼女が、がらっと趣を変えて痛々しいくらいジャジーなトーチ・ソング集を出したわけ。おしどり夫婦と言われたあのジェイムス・テイラーと別れた直後に。
うーん・・・たしかに「♪涙など見せない 強気な」カーリー・サイモンがまさかこんなアルバムを・・・。
背景を知ると、かなり泣けるアルバムなんです、これ。

スタンダードが中心の選曲なんだけど、たとえば冒頭の「Blue of Blue」はカーリー自身の補作詞でこのような意味の言葉が歌われています(またこの曲でのディヴィッド・サンボーンのアルトサックスが泣かせるんだな)。


♪ 希望なんてありゃしない
  明るい明日も来るべき最後の望みも
  微笑んではくれなかった
   (中略)
  蹴っ飛ばしてみて、何も感じやしないわ
  感覚がなくなってしまったの
  以前にあったものはすべてなくなってしまった
   (中略)
  急に去ってしまったあなた
  大胆にも私を捨てたあなた
  でも私はそんな報いを受けて当然かもしれないわね
  あなたを独占できると思う方がおかしいわね

   --山本さゆり氏の対訳より引用--

なんて、壮絶な・・・
あの、強気でやんちゃでタカビーなカーリー・サイモンが・・・!

ジェイムス・テイラーの項でもちょっと書いたけど、ボクは彼女を通してジェイムス・テイラーを知り、両方のアーチストをこよなく愛していたんです。というか、この夫婦の熱愛ぶりを愛していた、とも言えるかも。だからこそ、なんというか、このアルバムは本当につらいものがありましたね。
竹内まりやじゃないけど、元気をだして、って肩たたきたくなる・・・。


やっぱりカーリー・サイモンは「You're so vain」みたいなハスッパな歌が似合うし(「You're so vain」はミック・ジャガーがバックコーラスについていて、ハスッパさをより盛り上げている)、なんというか大胆で挑発的で無邪気で大味で胸ポチ(わかる人だけわかればよろしい)なところが良かったんですけどねぇ。


でもこのトーチ・ソング集は一時のボクのフェバリットでした。
「Blue of Blue」以外にも、カーリーが作詞作曲した佳曲「From the Heart」を筆頭に「I'll be Around」「Body and Soul」「Hurt」など、もう聴いていられないような熱唱の嵐。
いったい何回聴いたことか・・・。

自己憐憫の嵐に浸りたいときとかに最適な一枚なんです。ほんと。
演奏も歌もあなたの自己憐憫をぴったりガードして離さない!

それまでは、彼女のアルバムでは圧倒的に「ノー・シークレッツ」が好きだったんだけど、これが出てからはコッチの方がよく聴くようになりました。ジャズ・ボーカル専門の歌手たちみたいに上手すぎない歌いっぷりも大好きだったですしね。
まぁ難を言えば、録音がちょっと平たいんです。せっかく演奏も歌もいいのに、惜しい!

ポップス歌手カーリー・サイモンが出したこのジャズ・ボーカルアルバムの成功に刺激を受けたのか、リンダ・ロンシュタットがこの2年後にジャズボーカル三部作の一「ホワッツ・ニュー」を出すんだけど、まぁこの三部作についてはまたそのうち書くと思います。

わりと好きなんですよ、普通の歌手が出しているジャズ・ボーカル・アルバム。
上手すぎなくて、ちょっと謙虚で。
興ざめするほど上手なジャズ・シンガー達だと胸焼けしそうなとき、特にいい。
リンダ・ロンシュタットをはじめとしてシーナ・イーストンとかシビル・シェパードとかメリサ・マンチェスターとか・・・


あ、そういえば、カーリー・サイモンもこれに味をしめたのか、このあと1990年に「マイ・ロマンス」というスタンダード・アルバム、1997年には「フィルム・ノワール」という映画音楽ボーカルアルバムを出したりしています。
カーリー・サイモンの「リリー・マルレーン」とか、なんだか不思議でいいですよ。ちょっと聴いてみたくない?

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ジェイムス・テイラー「ゴリラ」

最初はカーリー・サイモンが好きだったんです。

え? それはポール・サイモンだってば。
知らない? カーリー・サイモン。

まぁそのうちこのコーナーで必ず取り上げるから今回は説明しないけど、アメリカン女性ポップスの大御所と言うか。まぁボクの中では一時期の最愛の人。

彼女の声(そして顔も)が好きでアルバムをいろいろ買っていたんですが、なんだかそのライナー・ノーツとかに「ジェイムス・テイラー」と言う名前が頻繁に出てくるではないですか。

誰だ?

なに! カーリー・サイモンの旦那?! なんと!

カーリー・サイモンの傑作アルバム(ジャケットも好き)「ノー・シークレッツ」にはジェイムス・テイラーに捧げられた曲まである。異様に愛し合っている模様。なんだ、どういうことだ、いったい誰なんだ?!


そうこうしているうちに、自然と、ジェイムス・テイラーについての情報が集まりだしました。
70年代のシンガー・ソングライター・ブームの立て役者であり、ビートルズのアップル・レコードからデビューした第一号アーチスト。
71年(カーリー・サイモンと結婚した年)にはキャロル・キングの「きみの友達」で全米チャートNO.1に輝いている・・・。

「うーん、愛するカーリー・サイモンが選んだヤツは本当にそんなにすごいヤツなのか?ホントか?」とばかりに、ボクはこのアルバム「ゴリラ」を買ったんです。

そう、カーリー・サイモンが好きでなかったら、ジェイムス・テイラーなんか聴かなかったかもしれない。最初はその程度だったんですね。

で、この「ゴリラ」。

一聴、これが大当たりだったんですよ。
「おお! 掘り出し物ではないか、これ?!」

やさしく語りかけるような歌い口。渋くて親しみやすいメロディ。

アメリカではかなりのものだったらしいけど、日本では地味でいまひとつ人気がなかったんですね。まわりでジェームス・テイラーなんて聴いているヤツひとりもいなかったんです。
だから、わりと自分で開拓したアーチストみたいな満足感もともなって、あっという間にお気に入りになりました。
非常にいい出来なんです。もう誰に薦めてもたいてい喜ばれるくらい。


そして、ボクの気持ちはこう変わっていったわけですね。
「カーリー・サイモンと結婚できたラッキーなヤツ」から「カーリー・サイモンはこいつと結婚できてラッキーかも」という風に。

和解したわけですね、ジェイムス・テイラーと。
和解しただけでなく惚れちゃったんです。べたぼれ。


もちろん他のアルバムも買い揃えました。
彼の出世作「スウィート・ベイビー・ジェイムス」から「マッド・スライド・スリム・アンド・ザ・ブルー・ホライズン」、「ワン・マン・ドッグ」「ウォーキング・マン」「イン・ザ・ポケット」・・・これら初期の名作たちから最新作の「アワーグラス」まで。

耳当たりが良くて、静かな気持ちにさせてくれて、気分が落ち着く。
なんというか、暑苦しくないうえに、コットンのように汗の吸い取りがいい。
そんな感じ。
ジム・クローチの涼しい版、みたいな感じかなぁ。
いや、ニルソンの朝版、エルトン・ジョンの内気版、J.D.サウザーのメロディアス版と言ってもいいか。


さて。
このようにいろいろアルバムは聴いてきましたけど、相変わらずこの「ゴリラ」が一番好きかもしれません。

軽快なテンポの優しい唄「MEXICO」から始まって、愛しのカーリー・サイモンがコーラスをつけている「How Sweet It Is」。「WANDERING」に表題作の「GORILLA」・・・。どれも3分前後の短い曲なんですが、全11曲すべて名曲揃い。
友達に語りかけるようなその歌い方がとっても気持ち良くて「せめて1曲5分くらいは歌って欲しいよなぁ」といっつも思います。

表題とはうらはらに、とにかく繊細で上品で静かなこのアルバム。

本で言ったら須賀敦子や星野道夫を読んだときのような効果をボクに与えてくれるのです。
ぜひ一度、聴いてみてください。

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ビリー・ジョエル「ニューヨーク物語」

数あるビリー・ジョエルのアルバムの中で一番好きなのはやっぱりコレかなぁ。

彼が元来持っていた「繊細さ」「叙情性」そして「ちょっと斜に構えた気分」が、このアルバムに一番出ていると思うのです。

ポップになりすぎていないし、都会の哀愁を気取ってもいないし、善人を演じてもいない。

等身大のビリー・ジョエル。

このアルバムが彼自身のプロデュースということも影響あるでしょうね。
この翌年に出したアルバム「ストレンジャー」からはあのフィル・ラモーンにプロデュースを頼んでいきなり「大ポップス歌手」に変身してしまうわけで、誤解を恐れずに言えば「まだ汚れていないビリー・ジョエル」とも言えるかもしれません。

もちろん「ストレンジャー」以降のアルバムも好きですよ。
「ストレンジャー」は高校2年生の時に少ない小遣いためて買った思い入れ深いLPだし、「ニューヨーク52番街」はニューヨーク来訪時に52番街を歩き回ったくらい好きなアルバムだったし、「グラスハウス」も「ナイロン・カーテン」も「イノセントマン」も飽きるほど聴いたし、好きは好き。
でもボクが考える「ビリー・ジョエルっぽさ」があるのはこの「ニューヨーク物語」。
適度にメジャーで適度にプライベート。いろんな意味で彼の原点だと思っています。

それ以前のアルバム、「ピアノマン」と「ストリートライフ・セレナーデ」の2枚もかなりビリー・ジョエルっぽい。(その前の「コールド・スプリング・ハーバー」はちょっと気取りすぎ。というかマイナーすぎ)
特に「ストリートライフ・セレナーデ」は「ニューヨーク物語」とどちらを取り上げようか迷ったほど好きなアルバム。「ルート・ビア・ラグ」や「スーベニア」なんか本当に大好きだしアルバム全体の構成もこじんまりしていて良いんですよね。
「ピアノマン」は良い曲が多いアルバムではあるんだけど、トータルアルバムにしようとしてちょっと中途半端な出来になってしまった感があります。

ボクとビリー・ジョエルの出会いは高校1年の時。
ラジオから流れてきた「ピアノマン」を一発で気に入ってレコード屋に探しに行ったらこの「ニューヨーク物語」しかエサ箱に置いていなかったんですね。それをなぜか鮮明に覚えています。「なんだか格好悪い奴だなぁ、ビリー・ジョエルって」っていう第一印象と共に。
このジャケット、あか抜けなくて妙に印象が強いんです。
結局その時は買わなかったんだけど、「ストレンジャー」を翌年に買って、そのあと「ニューヨーク52番街」を買ってそれからやっと「ニューヨーク物語」を購入するに至りました。

買った当初は「なんだか地味だな」と、買ったのを後悔したくらいなんだけど、聴き続けるほどにプライベートな味が出てきて、「夏、ハイランドフォールズにて」や「ニューヨークの想い」や「怒れる若者」などをいろんな季節に聴きたくなります。
ビリー・ジョエル自身もかなり気に入っているアルバムのようだから、やっぱり彼自身が深く投影されたアルバムなのでしょうね。


それと、これはボクが勝手に思っているだけなんだけど、このアルバムは彼にとって会心の作だったのではないかと思うのです。
彼はもともと単純な愛の歌ではなくて「人生」を歌いたい傾向にありました。
そして「いろんな人生をひとつのアルバムに歌いこみたい」という欲求が初めてかなったアルバムがこれではないかと思うのです。

彼のアルバムを少し聴けばわかるんだけど、彼はビートルズの影響を深く深く受けています。それも前期の単純な愛の歌ではなくて、後期の、例えば「エリナ・リグビー」や「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」みたいな「いろんな人生の諸層を描いた歌」にかなり影響を受けている。
ラッキーにも自分でアルバムをプロデュースすることになった時、彼はまずそういう曲でひとつのアルバムを構成できないか、と考えたんだと、ボクは想像するのです。

それはジャケットに一番良く表われています。
そこに映っているのはすべてこのアルバムに登場してくる人生達。
虚飾に生きる人、怒れる若者、がり勉の青年、ダンスに夢中の少女、旅に出る青年、そして老人と子供・・・ニューヨークの地下鉄の改札(Turnstiles)でそれらの人生達が交差する一瞬。


これこそ彼がやりたかったことなんですよ。きっと。
それらをひとつのアルバムに閉じ込める作業。

そしてそれに成功した確かな手ごたえがあったからこそ、割り切って次の段階に進めたんだと思います。

詩情から市場へ。

御大フィル・ラモーンをプロデューサーに迎えて、それは豊かに花開いたのです。


さて。
ボクにとってのビリー・ジョエルもこのアルバムでひと区切りついています。このアルバムまでは「吟遊詩人」。これ以降は「大ポップス歌手」。


「ストレンジャー」以降はポップでご機嫌なナンバーって奴を聴かせてくれればもうそれで大満足、っていう存在だったんです。
でも、98年3月28日に久しぶりにコンサートで見た彼はまた少し変わっていました。

一言で言えば「イタリア人」になっていた。

顔はよく言えばジャン・レノだったし身体は太ったパバロッティ。で、弾き方から歌い方、その陽気さ、身振り手振り、音楽の楽しみ方みたいなものまですべてイタリアしていました。

「吟遊詩人」から「大ポップス歌手」を経て、ついに「イタリア人」へ・・・


すごいやっちゃなぁ〜!

ボクはビリー・ジョエルを見直しまくり、そしてこの小文を書いています。
いい風に成長している。
究極の成長の仕方かもしれない。

まったく舌を巻くようないいオヤジになっていた・・・

新しいアルバムがとても楽しみになってきたのでした。

最後にボクが選ぶビリー・ジョエル「ベスト10」をしてみましょう。やっぱり初期の曲が多くなってしまいますけど。だってボクの中では彼はいまでも「繊細で叙情的で、ちょっと斜に構えた青年」なんですからして。

1. 「スーベニア」
2. 「ピアノマン」
3. 「アレンタウン」
4. 「ルート・ビア・ラグ」
5. 「素顔のままで」
6. 「シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン」
7. 「ウィーン」
8. 「ニューヨークの想い」
9. 「プレリュード/怒れる若者」
10. 「夏、ハイランドフォールズにて」

次点に「キーピング・ザ・フェイス」とか「アップタウン・ガール」とか「プレッシャー」とかが入ります。あ、「イタリアンレストランで」も、かな。

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ジェニファー・ウォーンズ「フェイマス・ブルー・レインコート」

ジェニファー・ウォーンズって御存知ですか?

あまり日本ではなじみがない歌手ですよね。
82年に大ヒットした映画「愛と青春の旅立ち」の主題歌をジョー・コッカーと一緒に歌ってた女性、と言えばわかる人もいるかもしれません。でも顔とかは思い出せないでしょう。ジョー・コッカーの強烈な個性に隠れてしまっていましたから。


僕も、実はよく知らなかったのです。

知ったのはあるきっかけ。
「STEREO SOUND」というオーディオ雑誌。

ある時期(いまでも多少は)オーディオに懲りまくっていまして、季刊のこの分厚い雑誌をかかさず読んでいました。毎号出るのがもう楽しみでならなかったのです。これを読んで聴けもしない高級オーディオの音を想像しては悦楽のときを送っていたのです(かなり暗い?)。
販売店に試聴に行ったり、スピーカーのセッティングしなおしに徹夜したり、重りをのっけたり、アクセサリーの材質を変えて音質の変化に一喜一憂したり、スピーカーケーブルにローン組んで5万円もかけてみたり……「これは一生一番の趣味なのだ!」と盛り上がっていたんですね。阪神大震災でゴゴ〜ンっと愛機とともに熱意まで壊れてしまうまでは。

さてこの「STEREO SOUND」、権威あるオーディオ評論家たちが新製品レポートしたり聴き比べの特集をしたりするのですが、その中でまだ若手ながらもすごく共感できる論理でオーディオを語る人がいたのです。お歳を召した権威的評論家とはまったく違うアプローチだったので、ちょっと雑誌の中でも異端と化していましたが、僕は個人的には大ファンでした。新製品レポートもその人がやっているものを一番に読み、ベストバイ(年間オーディオグランプリみたいなもの)の選考についても、まずこの人がどの製品に点を入れているかを見てその製品を評価していた、という具合。権威ある(時代遅れの)評論家たちが点を多く入れてグランプリに選ばれた製品なんかよりこの人が高い点をつけた製品こそ、僕のグランプリでした。

その評論家の名前は傳信幸さん。「ふう」って読むようです。

この人のいうことならかなり信じられると思っていた僕はこの人が自宅で使用していたのと同じスピーカー「アポジー」を買うまでに至るのですが(正確にいうとひとランク下の機種でしたが)、その過程でジェニファー・ウォーンズが関係してくるのでした。

「STEREO SOUND」でスピーカーの試聴などをするとき、各評論家が自分の持参したCDで試聴してレポートを書きます。ですから評論家によってはマニアックなクラシックばかりだったりするのですが、傳さんが選ぶのは女性ポップスが多かったんですね(これも周りの評論家たちからバカにされる要因でしたが)。でも若い僕らには逆にイメージがつかみやすい選択でした。
とにかくそのCD選択に傳さんは一時期この「フェイマス・ブルー・レインコート」ばかりを選んでいる時期があったのです。
彼のすすめる音場型平面スピーカーであるアポジーを聴いていた僕は、彼が選択したのと同じこのCDを聴きながら彼の文章を熟読したのは言うまでもありません。

「ジェニファー・ウォーンズのバックにコーラスがまぁるく気持ちよく広がって音場を形作っている」
「イントロのシンバルが中央少し上にしっかり定位し」
「ジェニファーの声がおばさんのように野太くならないように」

まぁこんなような意味のことを読みながら何度このCD、特に6曲目の「エイント・ノー・キュアー・フォー・ラヴ」を繰り返し繰り返し聴いたことか。初めはオーディオ・チェックのためだけに。聴く回数が増えてきた後は、純粋にこのCDを聴きたいがために。

そう、これがジェニファー・ウォーンズとの出会い。
そしてレナード・コーエンとの出会いでもあります。

このアルバム、副題が「レナード・コーエンを歌う」となっていて、すべての曲がレナード・コーエン。誰だか知らないけどいい曲が多いなぁ、ということで彼のCDまで聴くようになりました。で、またこれが抜群なのですよ!レナード・コーエンは本当にすごくいい。これはそのうちまたここで取り上げようと思っていますが。


なんだか全然このアルバムやジェニファー・ウォーンズについて書かなかったですね。
いや、本当にこの歌手については詳しくないんですよ。西海岸出身のカントリー・ロック歌手ということくらいしか。CDもこれ以外にベスト盤しか持っていないし。
でもこのアルバムは聴けば聴くほどスルメイカですよ。ホント。なかなかのものです。オーディオ・チェックにするには音質が古すぎますが、その役割を終えてしまった今でも思い出したように定期的に聴いているアルバムです。なんともとっつきの悪い声なのですが慣れると気持ちがいい。これからもずっと聴いていくアルバムだと思います。もし機会があったら是非聴いてみてください。

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クイーン「オペラ座の夜」

以前どこかのFMで「1970年代ポップスベスト100」みたいな企画ものをやっていました。
70年代といえば名曲の宝庫。
でも一般リクエストで集計してしまうと、わりとしょうもないのがベスト1に選ばれたりするんですよね。でもこの番組はわりと聴取者がよかったんだと思う。

何がベスト1に輝いたと思います?

まぁこの欄でこんな事書くんですからわかるでしょうけど。
そう、クイーンなんです。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」。

わかる。とっても共感する。
あの完成度。初めて聴いたときの衝撃度。そして時代をすっぱり切り取った鋭利な感覚。

センスの悪い番組のベスト100だったりすると、クイーンはクイーンでも「ダンシング・クイーン」だったりするんですよね、1位が。
アバも決して悪くはないけど、ちょっと薄いよね。その点、この番組はとてもセンスが良かった。

1974年発売といえば……え?もう23年前か!!

もう古典ですね、このアルバム。
新入社員とかと同い歳なんですから。

教育好きだったうちの母親はロックのアルバムなんか買って帰るととても嫌な顔をしました。情操教育に良くない、とか思っていたのでしょう。
「これ、バロック。ほら、オペラ座でのコンサートアルバム。イギリスの室内楽だってば」
このアルバムをそう言って見せてまんまと騙しとおしたのをよく覚えています。ジャケットも題名も、クイーンというグループ名も、当時としてはちょっとハードロックぽくなかったのが幸いしました。母親の機嫌はいいし、お目当てのアルバムは買えたし、初めての出合いは幸せでしたね、「オペラ座の夜」。

実はクイーンが特に好き、という訳ではなかったのです。友達の間でとにかくこのアルバムは話題になっていたんです。
乗り遅れてはいけない、と急いで買ったんだけど、僕がお金を貯めて買った頃にはもうひとしきり話題になった後で、完全に流行遅れ。いまさら「オペラ座の夜、良いねぇ」なんて友達と話す雰囲気ではなかったのでひとり孤独に聴きました。でも今考えると逆にそれが良かったのかもしれません。ぱっと聴いてぱっと感想を言うより、じっくり時間をかけてつきあえましたからね。
このアルバムは時間をかけて聴いた方が味が出てきます。

そう、ちょっと取っつき悪いところがあるアルバムでした。
なによりも新鮮というかとまどったというか、ビックリしたのは、なんと180人とも言われている(多重録音での)コーラス。
これは最初は拒否感ありました。妙に気取っている感じがしたのです。ロックのくせに、って感じ。シンプルじゃないな、と思ったのをよく覚えています。フレディ・マーキュリーのボーカルの魅力を邪魔している、なんて思っていました。

でもそれが耳慣れた後は他の普通のポップスが単純きわまりなく聞えるんですから不思議なもんですね。
こういうのに慣れちゃうとそれ以降は「イエス」とか「アランパーソンズ」とかプログレ系とかに行っちゃうかもしれませんね。クイーンからあっちに行った人、わりといるのではないでしょうか。


このアルバム、クイーンの4枚目のアルバム。
ビートルズやストーンズの4枚目と比較しても、クイーンがいかに早熟なバンドかがわかります。

この完成度。

アルバムとしても70年代ぶっちぎりのベスト1かもしれません。

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「マイティ・シックスティーズ」vol.1〜10+2

このシリーズ、いったいいままで何回聴いたことでしょう。

60年代のアメリカン・ポップスに異様に凝っている時期がありまして、とにかくしょっちゅう流していました。
朝は元気にさせてくれるし、昼は前向きにしてくれるし、夜はやるせなくしてくれる。
この12枚があったら無人島にも行けるな、なんて思っていました。


あぁ、まだこのCDシリーズの紹介をしていませんでしたね。
副題に「All American Hit Pops In 1955-1964」とあるのでわかるとは思いますが、これは60年代アメリカン・ヒット・ポップス全集とでも言うべきもので、正確に言うと1955年から1964年までにヒットしたアメリカン・ポップスを集めた企画ものなのです。
正シリーズが10枚160曲。それに「マイティ・シクスティーズ・サップルメント・・」が2枚32曲。で合計192曲。ここまでは持っています。このあとサップルメントがいくつか続いていたような気がするけど、持ってはいません。
とりあえず聴きまくったのはこの12枚。当時で1枚3200円してましてそれが12枚だからちょっと財布が痛い。けどこんだけ聴きゃあ元とったぜ、ってくらいは聴きましたから。


早い話「アメリカのナツメロ」ですよね。
僕は日本人ですし、これらが流行った頃は誕生前後のことですから、もちろんリアルタイムでのヒットを知っているわけではありません。ですから懐かしい、という気持ちで聴いたことはないんです。それぞれの曲が新たなる発見でした。

そういう新鮮な耳で聴いた60年代ポップスってお宝の山なんですよ。

本当にバラエティに富んでいてメロディラインもきれい。アレンジも面白いし歌い手も個性的でインパクトが強いんです。そんでもって何曲かに一曲はぶっちぎりの名曲。大ヒットしたものってやっぱりそれなりに魅力ありますからね。
そんな風に発見を重ねていくと12枚まったく飽きが来ません。

1955年の「ロック・アラウンド・ザ・クロック」から始まって「ビー・バップ・ア・ルーラ」「雨に歩けば」、「16トン」「火の玉ロック」「ロリポップ」コニー・フランシスの一連、ポール・アンカやニール・セダカの大ヒット曲、「オンリー・ユー」「ホワッド・アイ・セイ」「ダイナマイト」「悲しき16 才」。1960年に入って「悲しき足音」「ベイビーフェイス」「オンリー・ザ・ロンリー」「ポエトリー・イン・モーション」「ローハイド」「ビキニスタイルのお嬢さん」「ハロー・メリー・ルー」「悲しき街角」「ルイジアナ・ママ」「恋の売り込み」「ライオンは寝ている」…………いやぁ全部抜き書きしようかと思ったけど、まだ5巻目。とにかくお宝の山なのですよ。


いま思い出したんですが。
ピンクレディの名アルバムに「SUMMER FIRE '77」というライブ盤がありまして、その中でオールディーズをいっぱい歌っているんです。
「ブラック・イズ・ブラック」「ラブ・ポーションNO.9」「ホワッド・アイ・セイ」「アンチェイン・マイ・ハート」「ルート66」「ダイナマイト」「ジョニー・ビー・グッド」「ロックンロール・ミュージック」…… 当時16歳だった僕はこのアルバムを耳が腐るほど聴いていたのをいま思い出しました。僕のシックスティーズ好きはここに始まったんですね。そうかそうか。


余談はさておき、上にも書いたけど「朝は元気にさせてくれるし、昼は前向きにしてくれるし、夜はやるせなくしてくれる」CDなんてそうはありません。
特に、若くて60年代に何の知識もない方には大お勧めしますね。
ドラマの主題歌やCMなんかにもリメイクしてよく使われますよ、シックスティーズ。
是非聴いてみてください。

なお、フィフティーズもシリーズで出ていた気がします。
両方ともいまでも売っていると思うけど…六本木のWAVEが出しているようです。
探してみてください。

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ジャニス・イアン「アップ・ティル・ナウ」

ジャニス・イアン。
懐かしいよねぇ……え? あ、そう!? そうか知らない人もいるか。
まぁそんなにヒット曲ないし、地味で真面目な人だから若い人は特に知らないかもしれないなぁ。

「17才の頃」「Will You Dance?」「恋は盲目」「冬の部屋」「我が心のジェシー」……
確かトレンディドラマの主題歌になったのもあったと思うから聞けばわかると思います。懐かしいところでは山田太一の名作ドラマ「岸辺のアルバム」で「Will You Dance?」が主題歌に使われていたような。

実はジャニス・イアン、かなり好きなんですよねぇ。
何もこれといって聴きたいのがないなぁ、なんて夜はなんとなくかけてしまいます。
落ち着きます。
浮ついた日常からスパッと脱却できるような落ち着き。
アコースティックだし、声にも含羞があるからかなぁ。
深呼吸したときに感じるような落ち着きが身体を包みます。

これはベスト盤なんですが、他のはLPでしか持っていないのでCDではこれを紹介します。
ベスト盤ってわりと散漫な印象になりがちですが、これはそうでもないです。もともと同じような曲想が多い人ですから、いろんなアルバムからピックアップしたもの並べても違和感ないんですよね。

1972年から1981年までの中から17曲。
あらためて通して聴いて思うのは、この人は「自分の弱い気持ちに正直だな」ということ。
自分の弱さを世間に晒すことで成長するとでも考えているのではないか、と思わせる真面目さがあります。真面目に自分の弱さにつきあっています。そしてその弱さを、囁くように含羞を持って我々に語りかけるのです。

これが中島みゆきなんかだと、弱さを堂々と晒す「強さ」があるのでもっと大声になったりするんですね。そういうのが好きか嫌いかは意見の分かれるところでしょうが、ジャニス・イアンくらい囁くように含羞を持って語りかける「弱さ」に反感を感じる人は少ないと思います。
逆にここらへんが、ジャニス・イアンがそれなりに人気がありながらもブレイクしきらなかった理由でしょうね。
強い反感を感じられないと、強い共感も得られませんから。そこらへんが優等生的なんでしょう。インパクトが弱い。

だから、なんか、忘れられちゃうんですかね。


うちで来客があった日にもこのCDをよくかけます。ワインが2本ほどあいた夜半に、黙ってかけます。
たいていのお客さんは意外性に打たれて、しばらく無防備の心を晒してくれます。つきあいが深まるのはこういう瞬間です。

ジャニス・イアンの声には、人間のもっとも柔らかい部分をガードしている鎧を、微笑みながら脱がせる力があるようです。
思春期・青春期に彼女を聴いた、という人に限られますが。

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ジム・クローチ「ザ・ベスト・オブ・ジム・クローチ」

先輩に岩本さんという人がいて、その人に無理矢理LPを貸された事がありました。あれは大学3年でしたか。貸してくれたのは、キャット・スティーブンスとジム・クローチ。「絶対佐藤は気に入るはずだから」って。

なんか聞いたことない歌い手だったし地味っぽかったんでかったるかったんですが、世話になっていることでもあるし帰って早速聴いてみました。最初の印象は「?」。キャット・スティーブンスはまぁまぁ良くて「これは好きになるかも」と思ったんだけど、ジム・クローチについてはなんか合いそうもないなというのが最初の印象でした。ちょっとウエスタンぽくてアメリカの演歌かなぁと思ったんです。でも口では「いやぁ良かったです!」と言って返しました。念のためカセットに録音して。
そのLPは「Photographs and Memories」という甘ったるい題名でした。で、録音したカセットはしばらく車に置きっぱなしにしていたんです。

ある日、遠出をして夜中に返ってくる途中でした。置いてあるカセット全部聴いちゃったんで、しかたなくジム・クローチをかけました。あれは関越自動車道だったかなぁ。疲れ果てた夜中の1時。もう想像つくと思うけど、これがはまりましてねぇ。すごいカタルシスがあったんです。涙が出るくらい。で、何度も何度も繰り返し聴きました。そして悟ったのです。第1印象で人を評価してはいけない。

まぁちょっとオーバーですが、気にいるアルバムに限って最初の印象はいまいちなものです。

時代は移りLPからCDへ。
ジム・クローチの「Photographs and Memories」がCDになることを待ち望んでいたのですが、その気配すらないではないですか。と、思ったらこのベストが出ました。「Photographs and Memories」もベスト版でしたから選曲はそんなに違いません。CD屋で見つけたときはうれしかったなぁ。

彼は「ルロイブラウンは悪い奴」で全米第1位を初めてとった2か月後に飛行機事故で亡くなりました。1973年。30才。本当にこれからという時の死。でもこの人に関しては長くやっていてもそんなにヒットを重ねられなかったんではないかな、と思います。曲想が全部似ているので。日本で言ったら松山千春みたいな感じかなぁ。吉田拓郎とか。

「Don't mess around with Jim」「Time In A Bottle」「Operator」「I Got A Name」「New York's Not My Home」「Photographs and Memories」……いい曲がいっぱいあります。夜中のドライブ。薄暗い木の匂いのするバーで。家でバーボンを飲みながら。ちょっと誰かにもたれかかりたいときにとてもよいです。この声は尋常でなく、人を安心させる声です。ただものではありません。

岩本さん、あの時は嘘を言いました。でもいまではこんなに好きです。許してね。

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ホリーズ「ゴールデン・グレイツ20」

この「座右のコレクション」にベスト盤を載せるのってちょっと恥ずかしいんですが、実際、座右にいつも置いているんだからしょうがないっすね。

ホリーズって皆さん御存知ですか?

「バス・ストップ」のホリーズと言えばわかります?……え?いや、浅野ゆう子のは「セクシー・バスストップ」だってば。

ホリーズは60年代から70年代にイギリスで活躍した5人のバンドで、UKとUSAのヒットチャートを語るときには欠かせない存在なんです。「バス・ストップ」「安らぎの世界へ」「喪服の女」「兄弟の誓い」「キャリー・アン」「ジャスト・ワン・ルック」「アイ・キャン・レット・ゴー」「リッスン・トゥ・ミー」…………日本では当時あんまりヒットしなかったのでしょうか。周りでもあんまり知っている人いないから不安になっちゃうんですよね。

なんでもギネスブックに歴代ヒットチャート集計ページがあって、ヒットチャートにそのアーティストのレコードが何週間ランクされていたかというページなのだそうですが、ベストスリーはプレスリー、クリフ・リチャード、ビートルズ、我がホリーズはなんと16位だそうです。なかなかでしょ。なんと300週間。 300週間ランクインしていたんですよ!イギリスのグループではシャドウズとストーンズしか上にいないんです。すごいでしょ、ね!(この「20 Golden Greats」の解説より)

僕がこのホリーズに惚れたきっかけは中学3年生のときにラジオで聴いた「バス・ストップ」です。
もう本当にしびれました。当時はレンタルレコードなんてなかったから、それからFMにリクエストを出し続けてとうとうある日やっとエアチェックできました。うれしかったなぁ。もともとは1966年のヒットなのでリアルタイムなら僕は5歳。でも古さを感じさせない哀愁漂う名曲でした。最近ドラマの主題歌に使われたから知っている方も多いと思います。カラオケにもあったもんなぁ。ドラマは強い。

「安らぎの世界へ」はオリビア・ニュートン・ジョンのアルバムに入っていて知っていました。でも本歌がホリーズとは知らなかった。これも大名曲。あとは日本人好みのブリティッシュ浪花節「兄弟の誓い」。ホリーズの創立メンバーであるグラハム・ナッシュがホリーズを去ってすぐのシングルで、そんな背景と共に聴くと泣けますよ。

僕にとっては、ちょっと元気がない時とかに聴くには最高のリフレッシュCDです。ビートルズの初期やストーンズなんかもいいけど、ちょっと「お偉くなりすぎ」ちゃって聞き流せないんですよ。ホリーズは曲のセンス、テンポ、そして無名度がちょうど良くて肩の力抜きまくりで聴けるところがいいんです。一度聴いてみてください。

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ロッド・スチュワート「アトランティック・クロッシング」

ロッド・スチュワートって、かなりの“おナルちゃん”だと思うのです。

元々ああいうしゃがれ声を出すボーカリストって“おナルちゃん”が多いと思うのだけど、この人は究めつけ。自分の声と姿態に酔いきってヨガッテいるのがミエミエ。まぁ一時期‘世界一セクシーな男’と言われていたんだから本人がその気になるのもわかります。実際格好いいし。でもそのおナル具合があまりに前面に出てくるとかなり嫌味になります。当たり前ですけど。

このアルバムは、“おナルちゃん”になりきっていない頃のロッド・スチュワートが作った名作です。フェイセズ解散からはじめてのアルバム(ソロアルバム自体は7枚目)ということでまだ自信を持ち切っていなかったのでしょうか。そこここに恥じらいが感じられます。なんか頼りなさそうな感じなのです。また女優ブリット・エクランドを追って(これがまた追うほど魅力があるように思えない底が浅そうな女なのですが)、題名にあるとおりアトランティック海を越えてアメリカへ移住した時期でもあり、このアルバムでこけたらどうするの?って感じだったからでしょうね。ちょっと必死こいているんです。ちなみに、実際には売れたんだけど、昔の仲間からはこのアルバム、絶不評だったらしい。

この後「ナイト・オン・ザ・タウン」「明日へのキックオフ」「スーパースターはブロンドがお好き」など売れつづけて彼はおナル道をばく進するわけですが、僕にとって魅力は‘ばく減’。一応一時期とはいえ惚れた弱みで、アルバムは必ず買っていたしコンサートも必ず行っていたけど「いつ別れようか」状態でした。曲作りもイマイチなんですよ。ドンドン悪くなっていく。底の浅さを感じさせました。大ヒットした「アイム・セクシー」なんてまぁ曲自体は悪くないけどおナルすぎて気持ちが悪い。だいたいあの頃ロッドは無茶苦茶な生活をしていて悪評プンプン。ファンとしてはたまりませんでしたね。

え?じゃぁ紹介するなって?
いやいや、このアルバムはいいんです。今でも日曜の昼とかに大音量でかけたりします。すっごくシンプルなロックで(特に、レコードで言ったらA面。 FAST HALF)、掃除しながらとか気持ちいいです。オールドロックの伝統的ノリ「Three time loser」や「Stone cold sober」なんかは昔を思い出して大踊りしてしまいます。
またB面もいいんですよ。SLOW HALFと銘打たれていてバラードが多いのですが、これは彼の「人声という最高の楽器」の本領発揮で素晴らしい出来。名曲「もう話したくない」や「It's not the spotlight」、そして「This old heart of mine」「Still Love You」。どれも最高です。
唯一の汚点は「セイリング」。この曲はロッドの最高傑作と言われているしファンもいっぱいいるしコンサートでもラストにこれを歌わなきゃ終わらないと言われているくらいなんですが、この曲こそ彼の堕落の始まりにして象徴。悪いところがすべて出た駄曲なのです。いや、駄曲は言いすぎかな。メロディはいい。でもロッドはこの曲を得たことでなんか勘違いをしちゃいました。

ちなみに僕の好きなロッド・スチュワートの曲は
1.もう話したくない 2.ただのジョークさ
3.マギーメイ 4.イッツ・ナット・ザ・スポットライト 5.今夜決めよう

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キッス「アライブ・」

キッスと聞いて「エッ、ゲテモノ趣味」「あんな音楽性ないものを」「ただうるさいだけ」などと思う方々にはある共通点があります。彼らのライブを体験していない、という共通点が。もっと言えば、人生を少し損している、という共通点が。

中学時代、僕はビートルズ少年でした。
そしてそのビートルズが影響を受けた50年代60年代のロックをさかのぼって聴いていました。いわゆるオールディーズですね。まぁその後ストーンズとかロッドとかクリムゾンとかアースとかイエスとかイーグルスとか全く節操なく聴きはじめるのですが、いわゆるハードロックはほとんど聴かなかった。その中で唯一の例外と言ってもいいのが、このキッスでした。

確か武道館のライブを見に行ったのがきっかけだったと思います。周りはキッス・メイクをした人達ばかりの中、まだあんまりファンでなかった僕はなんだか浮いた存在でしたが、馴染んでしまうのに1時間とかからなかった。で、武道館から出てきた頃にはもうすっかりキッスの毒にかぶれていました。無理矢理連れて行ってくれた友達には感謝します。
その後97年のツアーを含めて4回ライブに通っています。これは僕の中では単一アーティスト(海外)のリピート回数としてはロッド・スチュアートと並んで最高記録。たいていは3回くらいでもう「満腹」になっちゃうのですが、キッスはこれからも5回6回と見続けたい!(ロッドはもう満腹)

キッスの魅力はライブにあるのです。
アルバムもライブ盤以外は稚拙なアレンジで音もチープ。3流ミュージシャン丸出し。音楽性がないと言われても弁護のしようがない程なのですが、同じ曲がライブになると異様な生命を吹き込まれて「マルデベツモノ」になるのです。こんな現象、他のアーティストで経験したことありません。レコードとおんなじ、とか、レコードのほうがいい、っていうライブがほとんどの中、キッスだけは孤高の表現力で突き進んでいます。こればっかりは見てくれなきゃわからないと思うけど。

ライブ盤はその辺の様子(マルデベツモノ感)を少しは伝えています。だからキッスでどれを薦めるかと言われれば迷わずライブ盤を薦めます。その中でもこれ、「ALIVE・」。他に「ALIVE」「MTV UNPLUGED」があるけど(他にもあったっけ?)、これが一番だと僕は思います。大名曲にして僕のフェバリット「DETROIT ROCK CITY」から始まって「SHOUT IT OUT LOUD」まで。思わず嬉しくなってしまうそのライブ魂。とにかく「楽しませよう」という姿勢がすごいのですよ。彼らは。

ライブをその目で見たことない方にもこのライブ盤を薦めるか、と言われると実は少し躊躇します。所詮ライブ盤はあのライブを追体験するだけのもの。僕にとってこれは「いついかなる時でもあのライブが追体験できる」という貴重な座右のCDなのですが、ライブを見たことない人にはどうなのだろう?
でもまぁライブを見たことない人でキッスのファンって実はすごく少ないから関係ないかもしれない。もしこのコラムを読んではじめてキッスに興味を持った方がいらしたとしたら、こう言っておこう。
「とにかくライブを見てください。そうすればあなたは人生の損をかなり取り戻せるでしょう」


ちなみに97年1月のライブ体験記を「KISSは偉いねぇ。本当に偉い…」という題名で書いています。興味があったらお読みください。

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エルトン・ジョン「ラブ・ソングス」

このアルバムは、エルトン・ジョン全盛期であるDJM時代のラブバラードばかり集めて構成されたもので日本のオリジナル編集によるものだそうです。
CD 屋に行くと気がつきますが、同じ「ラブソングス」というアルバムがもう1枚出ています。これはアメリカオリジナルでロケット(彼のレーベルの名前)時代のラブバラードを中心に構成されているものです。時期的には日本オリジナルのほうが早く出たのでこちらを「VOL.1」。アメリカオリジナルを「VOL.2」とファンは呼んでいます。「VOL.2」もかなり気持ちがいいアルバムですが、僕は断然「VOL.1」の方が好きです。こっちの方がどこか泥臭くてよりエルトン・ジョンぽいからかな。

さてこの「VOL.1」。いわゆる企画ものでしかも日本独自の編集というとなんかださそうですが、さにあらず。しっかりとした選曲センスと曲順ですごく気持ちのいいアルバムに仕上がっています。こういった企画もの自体を軽蔑する人がいますが僕に言わせれば「気持ちよければいい」わけで、わりと曲の出来不出来がはっきりしているエルトン・ジョンなど実は「企画もの向き」のアーティストのひとりではないでしょうか。

僕は数あるアーティストの中でもトップクラスにエルトン・ジョンが好きです。その叙情性豊かな詩もさることながらなによりもその「声」が好きです。あの声は魔法の声です。もともとそんなにメロディメイカーとしては突出しているわけではないエルトン・ジョンの魅力の源泉はあの「声」なのです。
そして、僕が彼を好きな理由がもうひとつあります。それは、ピアノ。御存知のように彼はピアノを弾きながら歌います。アップテンポの曲でも歌って踊りながら弾きます。そして彼の曲はすべてピアノを意識して書かれていると思うのです。
世の中にいろんなポップス歌手がいますが、エルトン・ジョンほど「まずピアノありき」みたいな曲作りする人はいないと思います。ビリー・ジョエルもピアノマンではありますが、彼の曲作りは「ピアノありき」ではない。ピアノは伴奏に回ってもいいや、と考えているようなところがあります。ところがエルトン・ジョンはピアノを主役にしています。その声すらもピアノに合わせているのではないか、と思えるくらいピアノが主賓です。ピアノをすごく愛しているんだな、というよりいちピアノ弾きで終わってもいいやと思っているのではないでしょうか。

僕はピアノという楽器が好きです。エルトン・ジョンの声も好きです。そして、彼はピアノ主体の音作りをしているので、どうしてもその魅力的な声とピアノの音がしっとり絡みつくようになります。だから気持ちよい。あぁ気持ち良い!
このアルバムはそんな彼の、初期のラブバラードの名曲ばかり集めたものです。ピアノマンとしての彼の特徴がよく出た曲ばかりですので是非聴いてみてください。僕はくたびれるとよくこのCDを聴きます。彼の声とピアノの絡みは僕にとってまさに「癒しの音楽」なのです。

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