な
「バレエの見方」

amazonこの本は初心者には少しきつい。
10月にロシアの本場で立て続けに8演目観る前にこの本を読んでいたら、そのマニアックな感じに「やっぱボクにバレエは無理かも」と思ったと思うのだ。いろいろ観ていろいろ知ったあとに読むと、書いてあることが少しずつわかってきて、楽しめる部分も出てくる。それでも中級者上級者が読んだ方がきっと面白いんだろうなぁ。振付にいろんな版があって、同じ演目でどう変わってくるかを実際に知ったあとに読むべき本かもしれない。それも頭でバレエを見がちな人のみ。
こう書くと小難しい本と思われるかもしれないがそうでもない。
代表的バレエを14演目選んで、その筋、見所、版の違い、演者の違い、歴史、音楽などがコンパクトにわかりやすい文体でまとめてある。全体に分析的で「楽しもう!」という方向性ではないので、合う人と合わない人がいると思うだけ。
2003年11月01日(土) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:アート・舞台
「愛という試練 マイナスのナルシスの告白」

amazon冒頭を少しだけ引用しよう。
「はじめから告白するが、『ひとを愛する』とはどういうことか、私にはよくわからない。私もいままでの人生で多少の男女を愛してきた(と思う)が、それがいかなる種類の愛に属するのかよくわからない。というより、さらに私は懐疑的であり、私ははたしてひとを愛することができるのか、私が愛だと思ってきたもの、体験してきたものは、じつは愛ではなく愛に似たほかの何かではないのか、という疑いを消すことができない」「これは抽象的な懐疑ではない。自分の中の深いところに巣くっている『自己愛』のおぞましさに悲鳴を上げているからである」
さて、この後、240ページに渡って、えげつないまでの私事の露出と内省と自慢と後悔と分析が続く。
著者がある種独特の哲学者であり、そこが好きで著作をかなり読んでいるボクではあるのだが、こういう「ゲロ」をヒトに見せるのはやっぱりどうかと思う。冒頭の自己分析は大いに共感できる部分もあり、ヒトが「愛」と呼ぶもののほとんどは「自己愛」だとボクも思ってはいるが、そこから深い精神的旅路が始まるのかと期待して買って、ゲロを見せられるのはたまらない。
表現とは、自分の中から出てくる吐瀉物を何かに昇華させて、ヒトが見るに足るものに変える作業をいうのではないのだろうか、などとちょっと思った。偉そうで申し訳ないのだけど。
2003年09月01日(月) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:哲学・精神世界
「どこか古典派」

amazon「ピアニストという蛮族がいる」以来、エッセイには定評がある著者であるが、本業のピアニストと通底するリズム感みたいなのが気持ちいいのかな、読んでいて苦にならず、短い中にひとつふたつ上手にサビを入れ、終わり方もピシッと決まる。なかなか堂々たるエッセイストぶりに拍手を送りたくなる章多し。
ただ、なんとなくイメージ的に米原万里と通底する匂いがあり、ボクの中ではどこかバッティングしてしまうので、著者にとってはちょっと不利かも。さすがに米原万里と比べられるとエッセイ的には物足りないんだもの。もうちょっと刺激的なナニカを求めてしまうし、それが書ける人ではあると思う。
2003年04月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:エッセイ
「ウィーン・フィル 音と響きの秘密 」

amazonクラシックにあまり興味がない人たちは共通してこんな疑問を思う。「なぜ同じ曲なのに指揮者とか演奏者とかが違うだけでマニアたちは騒いだり解釈がどうのと言うのだ? 楽譜通りに演奏しておけばいいのではないのか」。ある程度好きになってからでも、指揮者によるまとめ方の違いの意味やオケによる音色の違いの必然性などが見えなかったりする。
そういう疑問にすべて明解に答えを出すだけでなく、クラシック音楽とは何なのかということにも(結果として)すべて答えてしまっている本がこれ。別にQ&A本ではないのだが、結果的にすべてが書いてあるのだよ、この薄い新書に。
いやー、長年いろいろ疑問に思っていたことがコレ一冊でほとんど解けてしまった気分。
ウィーン・フィルに焦点を合わせてはいるものの、ほとんど「ウィーンフィルのエピソードを通してみたクラシックの魅力の秘密」みたいな感じ。楽団員のエピソードによって解き明かされていく指揮法の違いやその重要性、オケの音色や個性の成り立ち、これからのクラシック音楽の問題点など、これほど明解に解き明かしてくれる本はない。かといって難しい本ではない。クラシック初心者でも十分楽しめる。なにしろエピソードから解き明かしているので。
これを読むとひたすらクラシックが聴きたくなる。
それもフルトヴェングラーやボスコフスキー、ミトロプーロス、カラヤン。いままで何を聴いていたのだろう。もう一度ちゃんとすべての音楽を聴き直したくなってきた。表題が「ウィーン・フィル」としているので、マニアしか買わない可能性も高いが、それではもったいなさすぎる評論だとボクは思う。
2003年02月01日(土) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:音楽
「犬の家庭教師」

amazon副題は「間違いだらけのしつけ方」。この本を読んで、ボクは世の中に蔓延するアルファ・シンドローム(権勢症候群)理論から脱した。ありがたく思っている。
家で犬を飼い始めて、しつけの本をいろいろ買った。そこに共通して書かれているのは「犬のリーダーになれ」ということ。ほとんどすべての本がそのしつけ法で書かれている。
曰く、「犬は狼と同じく群れで生活する動物だからリーダー願望がある(自分がリーダーになろうとする)。そういう権勢欲をアルファ・シンドロームという。そうさせてはいけない。飼い主がリーダーにならないといけない」と。で、すべてのしつけが「犬をリーダーにさせない」という発想で説かれているのだ。例えば、餌を催促して鳴くのも犬がリーダーとして飼い主に命令していることになるから良くない、ドアから先に犬を出すのもリーダーと勘違いするから良くない、などとなる。最初は素直に読んでいたボクも「ホントか?」と疑問を持ちはじめていた。だいたい、動物王国で10数頭飼いに接しているが、群れる犬もいるが群れない犬もいた。リーダー願望を持っている犬ばかりではないと思うぞ。狼とは違うんじゃないか?
この本は「そういう考えでしつけが出来る犬はそれでいい」と断りながらも、世界を席巻しているアルファ・シンドローム理論に真っ向から反論している。犬に支配性などない。だいたい狼と違って、人間に親しみを感じて近寄ってきた動物である。狼と一緒にできない。犬に負けまいと飼い主ががんばるから関係が悪くなる。だいたいこの理論だと人間の赤ちゃんがお腹すいたと泣くのも親に対する命令となる。人間も群れで生活するがアルファ・シンドロームなのか?
リーダーになろうと厳しく飼い主がしつけた犬は恐怖から服従しているだけ。道を少しそれると反抗的な犬になる。著者の主張は明快でわかりやすい。しかも謙虚。この本がなかったら、ずっとボクは犬に上から押しつけるコミュニケーションをしていただろう。犬を飼っている人は必読かもしれない。
2003年01月01日(水) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:実用・ホビー
「何もそこまで」

amazon友達には絶対なりたくないけど敬愛していた作家、ナンシー関。
ボクが週刊文春を毎週読んでいた頃と、彼女がいきいき連載していたころが重なるので、ある時期のボクの人生にとって欠かせないパーツであった。彼女が今年の6/12に亡くなると同時に、日本の芸能界&テレビ批評は終わりを告げたと言ってもいい。時代の空気をお茶の間から掬い取り、ある毒としてテレビや芸能人にぶつけていた彼女だが、単なるテレビ批評に終わらず、それが時代評論としても普遍性を持っていた点が偉大だったと思う。あの時代の空気のつかみ方、表現の仕方は舌を巻くしかない。タレントの肝をひと言で表現するように、時代すらも彼女は乱暴に言ってのけていた。
この本はその週刊文春での連載をまとめたもの。
おなじみの筆致、おなじみのテイストでつづられる。消しゴム版画作家としてのすばらしさもあるが、こうして過去の著作を読んでいるとまぁ惜しい人を亡くしたものだと嘆息する。もっともっと読みたかったなぁ。他にもたくさん本は出ているのだが、なんだか読む気にならないくらい著者を惜しんでいる。
2002年10月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
「一生、遊んで暮らしたい」

amazon相変わらず著者の岸和田話はおもしろい。
週刊プレイボーイに連載したエッセイをまとめたもので、「岸和田少年愚連隊」に出てくる愛すべき登場人物がいろいろ出演するので、あのシリーズが好きな読者にとってはそれだけでも買いである。久しぶりに彼独特の暴力描写や筆致をボクは楽しんだ。
とはいえ、岸和田話はどうやっても「岸和田少年愚連隊」のパワーを超えられない弱みを持つ。
初作の勢いを短い連載エッセイで超えようというのがまず無理である。そして、週一連載ということで書き殴っている章もある。それも仕方がない。そう、著者の話はおもしろいのだが、質はどうしても落ちている。ま、この後、著者は創作に精力を傾けだしたらしいので、そちらに期待したい。というか、「バラガキ」を読もうと思って忘れていたよ。注文しよっと。
※というか、書いてから気がついたけど、ずいぶん前に同じ本の単行本を買って書いていた。二度買い。あらら。
2002年09月01日(日) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:エッセイ
「怒りのブレイクスルー」

amazon不可能と言われた青色発光ダイオードの画期的発明で、いまノーベル賞に最も近い技術者として著名な著者が書いた半生記と日本告発の書。
彼はいま日本を捨ててカリフォルニアに住んでいる。胸が圧迫されるような閉鎖感に満ち満ちた日本で、その状況を疑いもせずサラリーマンとして働き続けた半生、徳島の片田舎の小さな会社でたった一人で成し遂げた数々の研究開発のブレイクスルー(現状打破的飛躍)、会社とのケンカ、報酬の少なさ、そして、日本への絶望と海外雄飛……ノーベル賞に最も近い男と言われるにはちょっと記述が幼く、構成もスッキリしてなく、イイタイコトも分散してしまってはいるが(編集者の責任だと思う)、彼の心の奥からの怒りは真っ直ぐに伝わってくる。
彼ははっきり書いている。「外から眺めてわかったこと。それは、日本がむしろちっぽけで、くだらない国だという事実でした。社会の価値観も画一的。しかもそれを無理矢理に押しつけてきます。人を見かけで判断し、肩書きが幅をきかせています。民主主義が機能せず、真の意味の自由はありません……」 そしていま著者は会社を相手に20億円の賠償訴訟を起こしているらしい。
確かに例えばイチローの技術に対する対価に比べて世界的発明の対価はお話にならないくらい低すぎる(特許料2万円のみ!)。企業は技術者を優遇すると言いながら搾取しかしていない現状。著者はむしろ温厚な家畜的サラリーマンであった。その著者をここまで怒らせてしまった日本というシステム。
著者も、そして例えばイチローも、日本というシステムを憎んでいる。もう日本には帰ってこないだろう。同じ時期に読んだ「コリア驚いた! 韓国から見たニッポン」と共に、かなり落ち込まされた。が、著者の本意は「もっと怒れ!もっとキレろ!」である。諦めてしまうことこそ、一番愚かな結論なのだろう。
2002年01月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
「アフガニスタンの診療所から」

amazonちょっと有名になってきた中村哲医師。
らい(ハンセン氏病)根絶治療にたずさわり、難民援助のためにアフガニスタンに診療所を開設し、他のNPOがどんどん引き上げる中もひとり踏ん張り、現地スタッフを育成して農村医療・らい治療にチカラを尽くす日本人医師である。そんな著者の現地からの肉声がまとめられている(93年初版なので今回のテロにはもちろん言及されていない)。
過度に謙虚になったりもせず、過度に自己顕示になったりもせず、ちょうどいい距離感でまとめられた良書だと思う。
ただ、どうしても「本人はわかりすぎるくらいわかっていること」の説明が略されてしまっていたり「どうせこの悲惨な現状は文章では伝わらない」と諦めていたりする部分があって、読んでいる側としては歯がゆい思いをするところも多い。援助を始めたキッカケや志なども、もうちょっと読ませて欲しかった。変な国際交流ボランティアが来ないように予防線を張っているのかもしれないけど…。
真の国際協力とはいったいなんなのか…。
これはこの本を読んでボクの中に宿題みたいに残った命題であるが、実は混乱している。
真の協力をするためには人生を捧げる必要があることはよくわかった。異文化を身体ごと受けいれなければ真の協力はない。でもそれって文化を個人的に理解した部分で閉じていないか? この「開いているようでいて閉じている」感じがどうにも突破できない。個人的体験の量的な積み重ねが国際協力とは思えないし。うーむ。まだしばらく考え悩むべき命題なのだろう。中村哲医師を第三者が書いた本もあるらしいので買って読んでみたい。
2001年12月01日(土) 12:00:00・リンク用URL
「超ジャズ入門」

amazon元「スイングジャーナル」編集長の著者の本を読むのはこれで3冊目かな。
ビーチボーイズを再発見できたのは著者のおかげである。マイルスを真剣に聞き始めたのも著者のおかげである。そういう意味である種の信頼関係が読者であるボクと著者の間で出来上がっているので、読む方は楽である。
ジャズは怖くない的論から本ははじまるが、この辺はやっぱりジャズが詳しい人の書き方になっていることは否めない。ジャズをこれから聴いてみようという人にはいまいち空気感がわからないだろう。超入門としてはそこが残念。ジャズ=怖い、となるのは中級者の前である。初級者の後半。そしてそれはスイングジャーナルを読もうと思うようなコアな入門者である。普通はもっと気軽に聴き始めるものだ。著者はロックに限界を感じてジャズに入ったという理論派なのだが、そういう理論派はごく少数なのだ。
とかいう細かいことは置いておいても、結局マイルスを聴けと持っていくあたり(いい意味で)笑ってしまった。これはもう「芸」である。そんでもって、最終的にはお勉強みたいに100枚ほど聴かないといけない。うーむ。これを読み終わった読者は結局「ジャズって怖い~、難しそう~」と思うのではないだろうか。疑問。個人的にはオモシロイ本であったが、超入門として考えるとハテナもいろいろある本だった。
2001年11月01日(木) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:音楽
「パリのトイレでシルブプレ~」

amazonおもしろくないわけではない。
94年~96年にかけて「電撃王」という雑誌に書かれたエッセイを集めたものだというから、雑誌のターゲット的にはこういった文体で正解だろう(書き下ろしも半分くらいあるのだが)。そして各エッセイの末尾に現在の感想を追記しているのもそれなりの効果を上げていると思う。でも、なんちゅうか、全体に「Too Much」なのだ。酷暑の中で読むと暑い!
中村うさぎの魅力は、タカビーな部分と大ボケの部分のギャップの激しさである。うまくハマるとそのギャップがめちゃおもしろくなる。
が、この本では、過去のエッセイに自らツッコミをかけちゃっている。そこが敗因かなぁ。この頃の他の連載(週刊文春とか)が低調なのも、自分ではかなり完成された技だと思っているであろう自分ツッコミのせいだとボクは思うな。中村うさぎは、自分にツッコまず「ひたすらタカビーにボケていく」べきだと思う。それは自分ツッコミよりずっと高度な技。これが出来る数少ない作家のひとりゆえ、期待している。
2001年08月01日(水) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:エッセイ
「サーフィン型学校が子どもを救う!」

amazonサーフィン型学校ってなにかっていうと、要はいままでの学校を「野球型」と捉えて、集団主義的かつ管理的かつ監督が権力をもっている的組織と考える。それに対し「サーフィン型」というのは、サーフィンというスポーツに代表されるような、at your own risk的かつ競争がない感じ的かつ身の程を知らないと痛い目にあう的かつ失敗は何度してもいい個人競技的なもの的に、学校を考えなおしてみよう、ということ。
目新しい言葉ではあるが、それなりに言い得ている。ただ惜しいのはサーフィンというスポーツに対する共通体験が国民にないので、まずサーフィンについてよーく説明しないとなかなか通じにくいのだ。
また、そこに至る論の展開がちょっと散漫で「単なるエッセイ」になっているのも惜しい。
まず野球型学校に噴出している問題点と将来性のなさを整然とわかりやすく並べて読者を絶望させ、そこからサーフィン型に変わることでいかに物事が変わっていくかをなるべく具体的に説き、そのうえで今の子どもたちに対する著者の想いを述べる、みたいな構造的わかりやすさが欲しい気がした。著者の想いは溢れるばかりに伝わってくるが、読み終わって散漫な印象に終わっているのが惜しいのである。残念。
2001年04月01日(日) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:教育・環境・福祉
「私の嫌いな10の言葉」

amazon池田晶子と中島義道の本は目につけば買うようにしている。この「戦う哲学者」である著者の本はこれで5冊目かな。「孤独について」「うるさい日本の私」などカラミ系の本が印象深い。
この本は彼の嫌いな言葉を10あげて、どこが間違っていてどう嫌いなのか、を詳細に論じた本。
その言葉とは「相手の気持ちを考えろよ!」「ひとりで生きてるんじゃないからな!」「おまえのためを思って言ってるんだぞ!」などなど、人が日常な~んの考えもなく発している偽善かつ欺瞞かつ傲慢な言葉の数々だ。
言葉の選び方と嫌いな理由には、ほぼすべてに深い共感。
ボクも「相手の気持ちになれ」みたいな言葉の欺瞞加減がイヤでイヤでたまらなかったので、深く頷くばかり。ただ、全体に文章が軽くてワイドショーみたいなのが難。言っていることはいいんだけど、話が横道に逸れた途端、いきなり駄文体になってしまうのはナゼ? なんだか言っている筋がよくわからなくなる。急に個人攻撃したり中野翠を激賞したり。簡潔に深く、例示も的確にそれらの言葉を語ってくれたら、ひょっとしたら名著になったかもしれないのに。言いたいことが頭の中に充満しちゃって結局なに言っているかわからなくなる人っているけど、この本、ちょっとそんな感じにもなってしまっているのだ。「うるさい日本の私」以降、本を出せば出すほどそんな感が深くなる著者。うーむ。次作はどうしよう。
2001年01月01日(月) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:哲学・精神世界
「えんちゃん」

amazon副題に「岸和田純情暴れ恋」。
岸和田を舞台に様々な青春を描いてきた著者による最新刊は、著者の両親の恋を描いたバイオレンス純愛小説である。
著者特有の大仰すぎるギャグはちょっと身を潜め、全体的にとてもバランスの良い佳品に仕上がっているが、読者が主人公の俊夫の破天荒さに最後までカタルシスを感じられないのがちょっとだけ弱い。江美が俊夫にどうしようもなく惹かれていく過程にもう少し共感できれば、文体の勢いや素材の力もあって、もっともっといい小説になった気がする。残念だ。
たぶん、著者は過渡期にあるのだと思う。性描写や愛情表現の描写にまだテレがあるのは軽妙な文体を守っているせいなのだろうか。いっそのことハードボイルド的な重い文体にトライして新境地を開いて欲しいと、著者のファンであるボクは思うのだけど。
2000年05月01日(月) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:小説(日本)
「恋は肉色」

amazonなんというか、生きる姿勢みたいなものを見直させられる本。オーバーに言えば「生きるということに対するプロ意識」を思い起こさせられる。
ウェブの世界では有名な彼女のホームページ(「菜摘ひかるの性的体験」※著者の死去により閉鎖)は、ずいぶん前から(日記猿人に登録するずっと前から)の愛読者であるボクだが、こうして一冊にまとまったものを読むとまた面白い。オレは誇りを持って生きているかなどと急に見直しモードに入ってしまったりして。
いや、内容的には決して重くない。というか軽い。さらっと読める。風俗嬢である著者の毎日が書いてある日記エッセイに近いもの。
でも、風俗業界の裏がわかるとか、風俗嬢の本音が覗けるとか、そんなことではなくて、起きて遊んで仕事してクソして寝る、というような普通のことに対しての背筋の伸び方が行間から立ち上がってくるところがスゴイ。まぁ個人的に彼女の生き方が好きなのだろうな。この頃の日記より、この本の頃の日記の方が好きではあるが。
あと、職業にではなくて、職業に対するプロ意識にこそ貴賤はあるんだ、みたいなことを思った。
2000年03月01日(水) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:エッセイ
「ショッピングの女王」

amazon週刊文春で連載しているものの単行本化。
連載もいつも楽しみに読んでいるが、こうしてまとめて読んでみるとあらためて著者の知能犯的「自分あざ笑い文体」の心地よさに気がつく。この本からある種の「癒し」を受ける読者も多いだろうな。ここまで見事に自分をあざ笑っている人はそうはいないからね。しかも頭の中で精神的に自分をあざ笑っているだけでなく、実際に金もべらぼうにかかっている。自分の暮らし自体をあざ笑っているのだ。いや、ここまで来ると時代をもあざ笑っているな。身と生活をもって時代をあざわらっているこの態度。これを賞賛せずにいられましょうか。
そしてその表現技術。とりあえず「平成自分あざ笑い文体」は確立させたと思う。そう、自分をあざ笑うその手法だけでなく、話し言葉と書き言葉のめちゃ具合のいい合体の仕方や突っ込みの入れ方、男っぽい語尾など、どれをとっても感心してしまう。特に開き直った後半が見事。「平成自分あざ笑い文体」と「超高価な買い物&借金生活」と「連載慣れしてきたイキオイ」が三つ巴になって読者に迫ってくる。うん、やっぱり三ツ星、でしょう。
1999年11月01日(月) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:エッセイ
「おじいちゃん 戦争のことを教えて」

amazon全日本国民は刮目して読むべし! などと書くと右翼っぽいか。えーと、もしあなたがボクの言うことを少しでも信頼してくださっているのなら、絶対読んでください。っていうか、読め! 必読! 日本に少しでも愛があるなら、読め! いや、愛がない人こそ、読め!
正式題名は「〔孫娘からの質問状〕おじいちゃん 戦争のことを教えて」である。ある日、アメリカに住んでいる孫娘から著者のもとに手紙が届く。ハイスクールの歴史の授業課題で「身近な戦争体験者に話を聞く」というのが出て、おじいちゃんが経験した戦争についての細かい質問状が届くのである。これに著者は姿勢を正して真摯に丁寧にわかりやすく答えていく。戦争当時の日本人の考え方、空気、状況が実に細やかに著者の人生を通して書かれていくのだ。
で、これがまたまるで説教臭くなく、押しつけがましくもなく、実に達意の文章で書いてあるのである。著者の目を通して、もやもやしていた近代史が実にクリアに見通せるようになる。まぁ確かにこれは著者という戦争体験者の個人的意見ではあるのだが、ボクはこの意見を、歴史の捉え方を支持する。というか、いままでずっと疑問に思ってきたことがこの本でかなりクリアになったのだ。
自虐史観に陥っている日本人に、いまこそ読んでほしい達意の名著である。少なくとも、戦争とは何か、を考える始点にはなるだろう。
1999年05月01日(土) 12:00:00・リンク用URL
「愚連」

amazon副題が「岸和田のカオルちゃん」。
「岸和田少年愚連隊」の超魅力的脇役カオルちゃん(男)が出ずっぱり。愛読者にとっては待望の「カオルちゃん特集」なのである。すげーうれしー。とにかくうれしー。
ただ、こうしてカオルちゃんの話をぶっ続けて読むと、カオルちゃんはやっぱり脇役でこそ、なのだなぁと思ってしまうところはある。他の話があって、たまにカオルちゃんがちらっと出てくる…その程度がほどがよいのかも。ちょっとTOO MUCHなのだ。表現もオーバーすぎてちょいとついていけない。笑えるんだけど、もうひとつ哄笑できない感じ。
著者の文章は大好きなのだが、ちょっと芸風を変えて違うテーマで書いた方がいい気もする。とはいえリクエストが多いのだろうなぁ。カオルちゃんはやっぱり魅力的だしなぁ。
1999年04月01日(木) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:小説(日本)
「日本フォーク私的大全」

amazon60年代~70年代に若者達が持っていた唯一の言語「フォークソング」。
その創世記からずっとフォーク界にいる著者がエピソード満載で書いた「内部から見たフォーク史」である。
高石ともや、高田渡、遠藤賢司など、そのころを少しでも知っている人には懐かしすぎる名前がどっさり出てきて、いつしか読者は中津川フォークジャンボリーの会場にいたりするのである。フォーク大全としながらも著者の半生記になっているところもなぎら健壱っぽくて好ましい。
とにかく知ってる人ほど楽しめる名作だ。コレクターでもある著者のジャケット・コレクションも見事。
1999年03月01日(月) 12:00:00・リンク用URL
「コンビニ ファミレス 回転寿司」

amazon思ったより面白かった。
表題の3つの食を手がかりに現代日本の食事情を紐解き、農業やら残飯やら自給率やら子供の食やらに言及している。目線がかなり「お年寄り」なので(著者は64歳)、20代30代の人間には当然のことにも驚きを表明したりしているのはご愛敬だが、その分(ボクたちにとっては)新鮮な視点で探求している部分もあって、いろいろ考えるきっかけとなった。
「飽食」と言われて久しい日本であるが、「豊食」を経て「放食」になったわけですね(まぁそんなことはこの本のどこにも書かれていないのだけど)。食はその国固有の文化であると思うけど、確実に「崩蝕」しつつあるようです。
1999年02月01日(月) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:食・酒
「孤独について」

amazon副題は「生きるのが困難な人々へ」。
孤独を自分に課せられた重い荷物と取るのではなく、自分が積極的に選び取った大事な時間なのだととらえることによって得られる価値の転換について、著者自身の半生を赤裸々につづりながら説いている。いや「孤独」という言葉よりは「ジコチュー(自己中心主義)」という言葉の方が内容に近いかも。「孤独になる」=「なるべく他人のためにではなく自分のために時間を使うこと」と明記してあるくらいだし。
なにしろ著者は「うるさい日本の私」を書いた難物。一筋縄なる孤独論ではない。
もちろんお説教含みの「生き方指南本」ではないし、わけのわかったような「机上の哲学書」でもない。だから実際に苦しんでいる読者はかなり共感できると思う。今の生活に違和感を感じている人はすべからく読むべし。読んで損はしないと思う。ただし、後半は少々ヒステリック。
1999年01月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:哲学・精神世界
「うるさい日本の私、それから」

amazon97年1月に読んでとても気に入った「うるさい日本の私」の続編。
前著は、著者が無意味で無神経な「騒音」に戦いを挑んだ戦記であり、幼稚国家日本についての社会学的分析でもあるのだが、この本はそこからもう五歩くらい突っ込んで「私の敵は日本および日本人なのだ」と、一見めちゃくちゃな論が展開されていく。
その根底に流れるのは著者独自なる「個人主義」、そして既存の考え方に束縛されない自由なる「哲学の心」だ。
彼の真の自由は「孤独」にある。もう途中からこの本は著者の(孤独という自由ゆえの)ワガママ自慢みたいになっていき、「ついてこれないのならついてこなくていい」という突き放しまで出てきて、なんだか飲み屋の長時間説教みたいになっていくのだが、実はそのはちゃめちゃの根底に流れる精神にボクはわりと共感を覚える。説教しっぱなしではなくて一応改善策も最後に載せているところがまた微笑ましい。
前著を社会的提案の書と読んだ人はかなりとまどうだろう。でも、前著を「考えヒント」と見た人にはそんなに違和感がない続編である。
1998年12月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:哲学・精神世界
「美味しさの力」

amazon副題が「生命あふれる奇跡の食材」。
著者の作り出す農作物の評判は聞いていた。いわゆる緑健のトマトが一番有名だが、こうして「永田農法」としてまとめて読むとなかなか圧巻である。今すぐにでも彼の農作物を口に入れたくなるし、汚染された偽物の食卓に別れを告げたくなる。
「福岡正信の自然農法」に興味があって何冊か読んだことがあるが、あっちが哲学がらみなのに比べるとこちらは哲学をあまり語らない分たいへん平易で逆に信頼性を増している。ただ、題名が普通なのが残念だ。例えばずばり「永田農法」とかした方が彼の農法は普及すると思う。そして普及してほしいとボクは願う。
それにしても、彼の作った野菜は当然だが、特に卵とワインには惹かれるなぁ。手に入らないかなぁ。
1998年12月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:食・酒
「一生、遊んで暮らしたい」

amazon大好きな作家になりつつある中場利一だけど、エッセイはイマイチかも。
著者自身、めちゃめちゃ戸惑っている。特に前半は目も当てられない。後半にはかなり持ち直し、調子を取り戻している。でも、あの小説で見せる才気やギャグのキレがあまり見られない。
多分、「喧嘩と遊びで暮らしている中場利一」という枠を自ら作ってしまっていて、その枠内でそういう中場利一を演じてしまっているのがおもしろくない要因だろう。そういう背景のもとで著者がどう感じ、どう生きているのかを読者は読みたいのに、その背景説明の域をあまり出てこないのがつらいところ。
小説もそう。そろそろ「喧嘩」という枠から出て書いてみたらどうかなと思う。才能はとてもあると思うのだけど…。
1998年10月01日(木) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:エッセイ
「どつきどづかれ」

amazon今月は中場利一を2冊読んだ。
クスリで著者が捕まってしまい「もうチュンバを読めないのか!」と嘆いたボクであったがなんとか新作を出してくれ、それだけで幸せ気分。そのくらいは著者が好きである。
副題は「岸和田ケンカ青春記」。
岸和田3部作の外伝みたいなものだ。岸和田シリーズのファンにとってはたまらないエピソードが続く。今月もう一冊読んだその3部作の完結編は父親のことを書いたせいかちょっと歯切れが悪いのだが、これは大丈夫。チュンバ節がしっかりよみがえっている。ただ厳しく言えば、昔より考えオチみたいのが少し多くなったかな。しょうがないんだけど。
これからもちゃんと書き続けて欲しい作家のひとり。
1998年08月01日(土) 12:00:00・リンク用URL
「岸和田少年愚連隊~望郷篇」

amazon「岸和田少年愚連隊」3部作の完結編である。
暴力と笑いバリバリのこのシリーズであるが、この完結編は父親のこと・家族のことを書いたせいかちょっと歯切れが悪い。おなじみの登場人物の幼少期やら小学生の頃の著者の姿が読めて面白いことは面白いのだが、なんかひとつ抜けきれていないところがあるのが残念。まぁ気持ちはわかるし、こういう傑作シリーズの完結編が多少ウェットになるのもわかる。収め方としてそっちの方が落ち着く場合もある。でも、このシリーズの場合は最後まで暴力と笑いバリバリで駆け抜けきって欲しかった。あの破天荒なまでの前2作の抜け方がない。うーん、ちょっと残念かな。
1998年08月01日(土) 12:00:00・リンク用URL
「初年兵の沖縄戦記」

amazon第二次世界大戦の沖縄戦で戦った兵隊さんの手記。負傷しながらほぼ奇跡的に沖縄南部戦線で生き残った初年兵の戦記である。淡々と事実を綴っているが、非常に感動的。もちろん文章を生業としている著者ではないのでかなりこちらの想像をたくましくしないといけない部分はある。が、実体験の迫力がそれを補って余りあるのだ。
こういう本を読んだからって「戦争はいけない」などと大声で叫ぶ気はない。ただ、こういう汚辱にまみれた戦争の現場を生の声で聞いておくのは戦争の次の世代である我々の義務でもあるかな、と思う。
1998年05月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
「スイングジャーナル青春録~大阪編~」

amazonジャズ専門誌「スイングジャーナル」の元編集長がその音楽遍歴を中心に書きつづった青春記。
などと聞くと、音楽遍歴のすごさとか自分のセンスの良さとかをひけらかす内容が想像されるが、さにあらず。平明な文章で実に等身大なる快作に仕上がっている。この等身大というのは実はとても難しい技だと思うのだが、著者は嫌味にもならず冗漫にもならず実に素直にそれに成功している。敢えて言えば、ちょっと笑いをとるのが下手みたいだけど。
ただ、「大阪編」とあるように下巻として「東京編」が秋に発売されるらしいのだけど、「このまま等身大だけで終わるんではないだろうな?」とちょっと心配にもなる。雑誌「スイングジャーナル」の編集長としてのボクたちにない視点も(読者とは勝手なもので)求めてしまうからである。「東京編」が待たれる。
1998年04月01日(水) 12:00:00・リンク用URL
「椅子がこわい」

amazon面白かったのである。
副題「私の腰痛放浪記」。3年間も腰痛に苦しみ抜いて一時は筆を折る寸前まで行った作家の闘病記だ。
効かなかった治療の数々、そしてその先生や病院名を実名で出しているところがまず良い。
が、決して告発しているわけではなく淡々としたノンフィクションになっているのが秀逸。最後は心因性と診断され、心の奥深くまで赤裸々に描いていくことになるのだが、ちょっとひと壁抜けたような冷めた筆致で心地よく読めた。どうやら腰痛体験は著者の筆にかなり良い影響を与えたようだ。
1997年09月01日(月) 12:00:00・リンク用URL
「AV女優」

amazon一読呆然。再読唖然。
570ページという厚さの中にニッポンノイマがすべて入っているような気がして……自分の生活圏・価値観の狭さを思い知った。
なんか、「アメリカの小さな町」(トニー・パーカー/晶文社)という名作を思い出した。
この本は典型的なアメリカの田舎町のすべての住民をインタビューしただけの本なのだが、そこから見事にアメリカという国が浮き彫りされてきて読者を圧倒する。このAV女優42人のインタビュー集もそれに近い圧倒感があった。AVがどうの、好きだ嫌いだという前にただ読んで感じるべきである。批判もせず、ただ感じる。それがこの本にふさわしい読み方だと思う。
※ビレッジセンター版が絶版のようなので文春文庫にリンクしました。
1997年04月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:ノンフィクション





