2002年03月
「異形の者」

amazonいわば戦国ハードボイルド。
長篠の合戦で細川忠興子飼いの忍び・丹波に拾われた赤子が主人公だが、生まれながらに異形で「こぶ」と呼ばれ、物を言うことを禁じられる。そしてこの「こぶ」、生まれながらに忍びの才能を発揮するのだが…。
豊臣の世から徳川の世へ移り進む時代を背景に、こぶの忍びとしての成長と、丹波・細川幽齋・細川忠興・細川ガラシャの生き様が見事な明暗を持って絡んでいく。
ちょっと文章が歌いすぎている部分はあるし、こぶの心を描かずに物語が進んでいる分カタルシスに欠ける部分はあるが、ストーリーも細部の描写も時代の描き方もとてもしっかりしていて素晴らしい。飽きずに最後まで一気読み。ラスト近くの意外な展開も、後味が悪く唖然とさせられるが逆にリアリティは増している。ラストのどんでんは逆に愉快。いろんなバランスを上手に取った、良くできた歴史小説である。
全体にリアリティが抜群な分、忍びの技のリアリティのなさが目立ってしまうのはご愛敬か。
忍びにまでリアリティ持たせてくれたらもっと面白かった気はする。でも忍びがリアリティ持ってもなぁ。ま、いずれにせよ、久しぶりに歴史空間を堪能できた。おすすめ。
2002年03月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:歴史小説
「疫病神」

amazon東野圭吾のホームページの中の作家紹介に「黒川博行は、読んで絶対に損はないと、自信を持って勧められる作家である。中でも、『切断』、『封印』、『疫病神』、『国境』は傑作。これだけ褒めておけば、向こうもどこかでお返しをしてくれるかもしれないな。」とか書いてあり、未読の作家というか、実は知らなかった作家だったので妙に気になり、一番評判が高いらしい「疫病神」から読んでみた。そしたらなかなかのアタリだったのである。
基本的にヤクザ小説なのだが、しっかりした下調べと思わず笑ってしまう大阪弁会話の妙で、なかなか良い。キャラもしっかり立っていて、ヤクザ的リアリティもしっかりある。ただ、著者はかなり理屈っぽいのだろうか、めちゃくちゃ細かいプロットで、全体の犯罪構造を理解するのに大変苦労する。まぁそれも全体に漂う雰囲気とリアリティで許せてしまうのだが、もうちょっとシンプルになっていたらより人気が出た本だろう。
桑原というキャラは実に魅力的だ。主人公の二宮との疫病神コンビを使って続編「国境」を書いているようなので、来月はこれを読んでみよう。また彼らに会えるのが楽しみである。
2002年03月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:ミステリー
「新・世界地図」

amazon副題は「直面する危機の正体」。
つまり、別に地図のお話ではなく、世界のパワーバランスがこれからどうなっていくか、そうなると世界地図はどう塗り替えられるのか、を、著者特有の懇切丁寧さ&本質を捉える視点で解き明かしてくれる本である。
9.11やアフガン爆撃後のパワーバランスをかなりのリアリティで説いてくれるので、影響されやすいボクなど、目から鱗が何枚も落ち、「えー、あのアフガン爆撃強行の裏には石油と麻薬の影が!」とか「中国ってこうなっているのかー、あやや、こりゃ怖い!」とか、素直に感嘆することが多かった。そしてこの本がいいのは、世界を分析しつつ、では日本はパワーポリティクス的にどうすればいいのか、をちゃんと提言しているところである。世界を分析して日本のやり方に苦情を述べ立ててお終いという本が数多くあるなか、きちんと自分の旗色を明確にしているのが気持ちよい。
なんか印象に残ったのは、細部の話であるが、「国連」という翻訳はおかしいというところ。
正確に訳すと「連合国」というのだ。そう言われればそうだ。ユナイテッド・ネイションズだもん。連合国の利益のためにある機関なのだ。それを「国連」と呼んだ時点で、なにか「世界的に良いことをする機関」というニュアンスが出てしまい、国連幻想まで起こる。連合国と考えれば、ずいぶん見方が変わるよね。急に世界的パワーバランスまで見えてくるではないか。つまりはこういう目鱗がいろいろ散りばめてある本なのである。ちなみに中国はちゃんと「連合国」と訳しているらしい。
2002年03月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:時事・政治・国際
「片想い」

amazon久しぶりの東野圭吾である。傑作「白夜行」以来かな。別に他意はなく、この本も前から気になっていた。
こういう隠された過去的なものを書かせるとさすがにうまいね、東野圭吾。
特に女性、そして中性(?)の描写が今回は実にうまかった気がする。どうもボクは東野と真保裕一を比べてしまう癖があるのだが、真保のに出てくる女性は読んでいて照れてしまうが東野の女性は体臭まで感じられるくらいリアル。そしてその造形力・描写力こそ、この作品ではkeyとなっている。男と女、そしてその間に来る存在を、きちんと描き分けられないと、この物語は成立すらしない。上辺的な薄っぺらい描写をすること自体がテーマを裏切るので、著者はそこを注意深く描き、リアリティを紡ぎ出している。
著者が男性なこともあろう、逆に「男」の描き方がステロタイプになってしまった気がする。一番理解できると思いこんでいる存在だからかな。それが少し残念なのと、主人公である哲朗のお節介さが中盤鼻につく。何の意味があって引っかき回しているのか全く理解できないのだ。著者としては「男性的」熱い友情っぽさの象徴としてオーバーに書いたのかもしれない。でも読んでいてイライラはする。そういう誇張が、著者が女性や男女の中間的存在の人々に対して見せた繊細さに比べて、あまりに無神経に見える。男性著者だからこその、男性をよく分かっているという油断が、ここをはじめとしてわりと感じられる。
ストーリーの収め方もちょっと納得は行かない。ミステリーとして、どうなのだろう。でも、個人的にはこの本で、男性と女性の中間的な存在に対する心情的な想像力を開かされた思いである。実に細やかにその辺の心情に寄り添って描いてくれてアリガトウ。そんな感じ。
なお、劇中劇(?)的に出てくる「サンタのおばさん」は絵本になっているらしい。取り寄せ中である。
2002年03月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:ミステリー
「ダイスをころがせ!」

amazon選挙小説、とでも呼ぼうか。
久しぶりに読んだ真保裕一だが、相変わらずテンポよく熱く痛快。「奪取」で感じた軽快感が帰ってきた印象。選挙に出馬する友とそれを第一秘書として助けるリストラされた主人公を追いながら、大人になりきれない青年男女たちが大人になっていく物語をそこに上手にかぶせた。
作家の志として、国政参加を小説という形で取り上げ呼びかけたのはよくわかるしめちゃめちゃ評価したい。底流には「○○のせいとか嘆いてばかりいないで、参加しようぜ」という著者本人の熱い憤りがあると思う。それがこのテーマを選ばせ、熱く書かせたのだろう。題名もそこから来ている。とにかく手持ちのダイスをころがそう、と。政治の現状の説明などもくどいくらい入れ込んであり、エンターテイメント小説として読むと冗長なのだが、一種に啓蒙小説として読むと意図はよくわかるのである。
ただ、キャラやエピソードや他陣営との確執(ミステリー的な部分)が、すべてにステロタイプ的なのが残念。取材はよくされているのだが、表面的にストーリーが展開していくだけで、深みが足りない気がする。キャラがひとりふたり、もう少し深く描き込まれていたら、ずいぶん変わったのだと思う。とても面白く、志も高い本だけに、惜しい。
2002年03月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:ミステリー
「銭湯の女神」

amazon「転がる香港に苔は生えない」で大宅賞を取った著者の受賞第一作。
香港から帰ってきて日本に違和感を感じたまま書きつづった日常エッセイだ。「転がる香港…」がとても気に入ったボクは、続けてこれも読んでみた。結果的には予想を裏切らぬ好エッセイであった。
焦点は銭湯とファミレスに当たっている。
このふたつを中心に、彼女の回りに起こる様々な物事を通して世の中を、そして違和感だらけの日本を分析している。同じ題材を群ようこが書いたら抱腹絶倒ものになるであろうが、星野博美が書くととても内省的なものの見方になる。お昼のワイドショーとラジオ深夜便くらいは静かさが違う。もともと活発なタイプでないのだろうが、その活発でない部分を自分の中で肯定的に捉え、積極的に前面に押し出しているのが彼女の個性である。無理に明るく書くエッセイストが多い中、すがすがしくさえある。さすが写真家(本業)というべき描写力もなかなか良い。
明るい日常エッセイはそこらじゅうに溢れているが、この本のようなエッセイは著者しか書けない。その武器を最大限に使用している気持ちのよいエッセイであった。次も読みたいな。でも寡作なのだろうな。
2002年03月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:エッセイ
「たのしい不便」

amazon副題は「大量消費社会を超える」。
毎日新聞西部版での人気連載を一冊にしたものらしい。簡単に言うと「不便を実践してみた」という連載だ。具体的には「電車や車を使わず自転車で通勤する」「自動販売機で物を買わない」「外食をしない(弁当を自分で作る)」「エレベーターを使わない」「野菜や米は自給自足する」などなど。んでもって、そこに見えてきた生活の楽しさ・充実さを語っている。
・・・と紹介すると、ストイックな「べき論」的本かと思われがちだが、そうではない。
著者は連載の早い時点で「楽しめなければ長続きしない」と気づき、ストイックさから離れていく。そこらへんの等身大な感じがいい方に働き、とても良い本になった。後半は「消費社会を超えて」と題し、野田知佑を初めとしたナチュラリスト系(と一括りにするのは大変失礼な面子だが)との対談。いろんな考え方に触れられ、タメになるし、視野が広がる。
この本で展開している論を一言で言うと「現実感とは何か」ということかもしれない。現実感が日々なくなっていっているこの日本で、いかにして現実感を持って生きるか。言葉が固く見出しも固く新聞記者ぽくなりすぎている文章が難と言えば難だが、身の回りの現実感を再度見直し発見してみたくなる良書である。
2002年03月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
「文章読本さん江」

amazon数多く出版されている「文章読本」というジャンル。近代以降に限っても、谷崎、川端、三島に始まり有象無象の「〜の書き方」に到るまで「文章読本界」と名前を付けてもいいくらい大量に出版されている。そしてその「業界」にいままで批評のメスを入れた人はいなかった。
そこに現れたる斎藤美奈子。奔放でクレバーな辛口書評で知られる著者が文章読本界をごめんあそばせとばかりにドシャドシャ斬って捨てる。そして斬って捨てるのみならず、じゃー文章読本とは何なのか、いや、文とは何なのか、まで突っ込んで分析していく。引用あまたの労作であるが、押したり引いたり、実に多彩なテクニックを使って、読者を飽きさせない。
なにしろこれまで出た文章読本のジャンル分け、分析、批評批判がまずよく出来ている。
で、読み進むに従ってあまりの多種多様さゆえ「文章とはいったいなんなのだよ」と読者は途方に暮れるのであるが、巻末に著者はちゃんと答えまで用意しているからスッキリする。「文は人なり」ではなく、「文は服なり」というひとつの答え。例えば文章家はこの現代に裃を着ろと説くし、新聞記者タイプはどぶねずみ色スーツの無難な服を着ろと言う。で、彼らがたまに軽妙な文章を書こうとすると、カジュアルフライデーのださいオヤジみたいになる……と、スパーッと見事に斬った挙げ句、その後の現代文章分析まで、ほんの数ページで見事にすべてを括っている。
引用が多く飽きる読者もいると思うが、文章に興味がある向きは我慢して最後までたどり着くことをオススメする。ちょっとシニカルで芳醇な時間が過ごせ、そしてそして、すべての文章読本を読了した気持ちにすらなる。そういう意味ではお得な本だ。
2002年03月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:評論
「空から堕ちた」

amazonページ数にしたら30ページほどの本。9.11のテロの日から数ヶ月に渡り、黒田征太郎(NY在住)がNYから日本に出し続けたハガキや書簡の数々(全部イラスト)を一冊にまとめたものである。
題材は9.11。確かに薄い本だが、あの日に黒田征太郎の目がアソコにあったことを喜びたくなる、そんな独特の視点に満ちた本である。あの日の、そしてあの日以降のNYの空気を、実感として心に届けてくれる。イラストの力か。
9.11の当日、いつものようにジョギングする人々への黒田征太郎の視線。ヒロシマナガサキとツインタワーを重ね合わせる黒田征太郎の視線。そしてまた、そんなハガキイラストの上に、ペタペタとめちゃくちゃ多く消印を押しまくるNYの郵便局員(←共感か?呪詛か?とても面白いコラボレーションになっている)……印象深いイラストが多く、思わず何回も何回も読み直してしまった。そしてまた思う。やっぱり黒田征太郎という人の線は天才の線である。字も、捉え方も含めて。
2002年03月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
「人生を救え!」

amazon町田康が毎日新聞紙上で連載した人生相談をまとめたものが前半。後半はいしいしんじと一緒に浅草とかを歩きながら対談したものだ。
前半の人生相談が圧倒的に面白い。
なんつうか、まぁしょーーーもない相談が多いのだが(スカートがはきたいとかネコがいなくなったとか何をやっても続かないとかうちのテレビが壊れたとか)、そのしょーーーもない相談に町田康が例のパンク文体で確信犯的生真面目さでトツトツと答えていくのが笑える笑える。特に、展開が読めない書き出しの妙、が見事。相談への答えなのに、質問を受けないで文章が始まる。そこらへんがうまいなーと思わせる。
いしいしんじ氏については実はよく知らない。要注目作家らしい。後半の散歩対談はそんなに面白く感じなかった。
2002年03月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
「美食家列伝」

amazon帯に「グルメの元祖、ここにあり!」とある。
読んで字の如く美食家の列伝であるが、そこにはほとんど文学者が並んでいる。それも古ーい人たち。明治大正昭和の作家有名人の食のエピソードとかが満載されている本。だからブンガクもビショクも好きという人にはいろいろ面白いと予想されるのだが、これがまた意外なほど面白くないのである。だいたい彼らは美食家なのか?とハテナハテナが頭を渦巻く人選だし、エピソード的にもたいしたことないことを大仰に書いていたりする。へーあの地味な古い店にこんなエピソードが!と驚く部分が少々あったのが救いか。
題名も誤解を呼ぶ。美食家というより「食いしん坊文化人列伝」程度な気がする。美食のエピソード的には「あまから抄」とかの方がよほどよく出来ているし、本当の美食家を集めるなら人選を誤っていると思う。かなり不満。
2002年03月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:食・酒




