2001年06月
「一瞬の光のなかで」

amazon読み応え、という言葉があるけど、ゴダードの一連はまさにそれ。
久しぶりに読むゴダードだけど(読みはじめるとドップリ作品世界に浸っちゃうので忙しいときなど手を出すのに勇気がいるのだ)、二段組470ページを急かせず飽きさせずジンワリジワジワ味わわせてくれる筆力はさすがなものだ。そう、飽きさせない本はいくらでもあるけど「急かせない本」は意外と少ない。謎また謎ではあるのだけど、先を急ぎたくないストーリー展開。うーん、これってやっぱり細部の描き込みかなぁ。どこまでもじっくりつきあいたくなる本である。
男が恋に落ちたあと理不尽に放り出されて、そのあと真相に向かってさまよい歩いているうちに謎が謎を呼び、過去と現在が交差し、そして思いもかけぬ結末へと収束していく…、というゴダード小説のある典型をこの小説も持っている。いろんなエピソードがこれでもかと織り込まれ、それが無理なくオチに向かう様相は見事のひと言。写真を題材とした本作は、「千尋の闇」などの過去の大傑作群に比べればちょっと落ちる気がするものの、ゴダード・ファンには十分楽しめるもの。でもゴダード初読の方は「千尋の闇」あたりから入った方がいいかもしれない。
2001年06月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:ミステリー
「ポップ1280」

amazon作品自体は1964年に発表されたもの。
近年再評価の動きが激しくリバイバル・ブームになっているらしいジム・トンプスン。タランティーノやらキューブリックやS・キングに影響を与えたなどと喧しく言われ、あげく、古い作品なのに2001年の「このミステリーがすごい!海外編」で第一位も取ってしまった。アメリカでも日本でも長く無視されてきた人らしい(なぜかフランスでは大人気)。
うーむ。そんな外部評価はどうでもいいや。とりあえずとても面白い。古さを全く感じさせない。文体も展開も主人公のユニークさも、良い感じでバランスが取れている。たまに破綻的に名文が現れたり、唐突になげやり文が出てきたり、といった意外性が(結果的に)リズムになっているのも面白い。全体に漂う重さと軽さを上手に訳出した訳者の手腕かもしれない。そう、重いのに妙に軽い、この微妙な感覚・・・タランティーノっぽいよね。
裏に人間存在に対する痛烈なる批判というか呪詛が満ちているからこそ、この本は面白いのだろうな。他の作品もなるべく早く読んでみたい。
2001年06月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:ミステリー
「消えた少年たち」

amazonたしか1998年度の「本の雑誌」年間ベストテンの1位だった気がする。いや目黒氏などは90年代ベスト1に推していた気もする。でも、なぜかずっと買ったままで置いておいた作品。
ええと、ウケルのはとってもわかる。良く出来たミステリーだ。
終盤までこれでもかこれでもかと日常のなんでもないことを詳細に描き続け、日常のかけがえのなさ、子供がいることの奇跡的な素晴らしさみたいなものを完璧にあぶり出しておき、そのうえで急転直下ドカンと衝撃のラストに持っていくやり方は見事である。子供に対する気遣いの(病的な)細かさ、モルモン教のリアルで詳細な描写(教義の説明)、両親の過剰さ、など、ちょっと鼻につくところはいっぱいあるのだが、なんとなくすべてを許したくなるような気持ちにさせる。
が、言われているような爆涙的大傑作とは、残念ながら思わなかった。
涙はしたし、びっくりしたし、印象も深いが、「いいよーこれ!」と人に薦める気にあまりならない。なんでだろう…。なんというか「子供や世界に対する想いについての乖離」がそう思わせるのかな。主人公たちのその想いの過剰さが、どこかでボクを白けさせてしまうのだ。ボクにも娘はいる。かけがえのないものである。が、こういった過剰さはどこかで意識して避けている。その辺の考え方の明白な違いみたいなものが、どこかで感動に対する違和感になり、なんだかこの本を「警戒」させる。
この本はある世界観の(ある宗教的世界観の、と言ってもいい)の徹底的賛美であり、それを感動的ミステリーという口当たりの良いオブラートに包んでみせた周到な「プロパガンダ」なのではないか、という「警戒」が心の中に起こる。そこらへんがボクにとってつらい部分かも。考えすぎかもしれないけど。個人的にはそんな感じ。
2001年06月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
「忘れてはイケナイ物語り」

amazon野坂昭如や黒田征太郎を中心にプロジェクト化された「戦争童話集」。その一環として公募された「戦争話」の中から野坂昭如が選んだ30編。戦争体験者たちによる短文を集めたものである。
こういった戦争ドキュメントはいろんな角度のものを定期的に読むようにしているが、やっぱり生の声はこたえる。
ドラマや小説のデフォルメされた叫びとは本質的に違う淡々とした叫びがそこにある。淡々としているからこそ、こたえる。これからもこういう生の声を定期的に読んでいこうと思う。
が、年々体験者は少なくなっていくのが現実である。「語り継げ」と大声では言わないが(語り継げと言った時点でなにか変質する気がする)、読み継ごうとは思う。で、子供たちにも読み継がせようと思う。
2001年06月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
「もしも宮中晩餐会に招かれたら」

amazon副題は「至高のマナー学」。
一見堅苦しいマナー集のようだし、だいたい「宮中晩餐会になんか招かれるかい!」ってな感じで、なんか読む気も失いそうであるが、読み始めるとそんな先入観を覆し、なかなか楽しめる。
ええ、ボクだって宮中晩餐会に招かれる可能性は確実に0%だ。でも、ここまでちゃんとシミュレートしてくれると、なんか新しい世界が開けたみたいで興味深いのだ。
そう、実用なんか関係ない。なるほど日本の頂点たる宮中晩餐会ってこういう風に進行し、こういう風に料理が出て、こういう用意がいって、こういう喜びがあるのね、と知れるだけでも楽しいではないか。
著者は元宮内庁管理部大膳課主厨。晩餐会で料理を作った彼によるバーチャル晩餐会。知らない世界を知れるという意味だけでもなかなか面白いよ。
2001年06月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
「高峰秀子の捨てられない荷物」

amazon冒頭の文章が素晴らしい。あのまま行ったら傑作であった。
いや途中まではかなりイケルと思っていた。が、途中から著者の対象(高峰秀子)に対する過剰な愛と、自己憐憫的自虐表現が鼻につきだす。いったいこの著者は読者に「高峰秀子」を伝えたいのか「著者の対象に対する赤裸々な愛」を伝えたいのかわからなくなる。評伝なのであれば困った展開だし、著者の自己満足であるならちょっと中途半端。著者が勝手に盛り上がってしまって読者が置いて行かれる状況が続く。この本を買った読者は著者の自虐が読みたいわけではない。高峰秀子の人生が読みたいのだ。そこらへんを著者はごっちゃにしているのではないだろうか。
高峰秀子自身の傑作「わたしの渡世日記」の続編たるべきエピソードに溢れてはいるので、彼女のファンにはそれなりに楽しめる。上手に対象をあぶり出しているなぁと感じられる所も多い。
筆力も構成力もあるのに、惜しい。つうか、もうちょっと対象と距離が離れてから書いた方が良かったかもしれない。近ずぎる対象を書くのは手練れでも至難のワザであろう。
2001年06月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:自伝・評伝
「玉蘭」

amazonうーむ。1999年~2000年と、著者が1999年に「柔らかな頬」で直木賞を取った頃に書かれた作品だから、ある意味脂の乗り切った時期のものであると思うし、ある意味めちゃ落ち着かなかった時期のものでもあると思う。つうか、この出来からすると、後者かも。物語は収束を欠き、カタルシスは中途に終わり、結末もちょっと凡庸。
なんというか、こういう甘美なお涙系(と位置づけてしまう気はないがなんとなく)は浅田次郎の方が適任な気がする。
桐野夏生は物事をウェットに捉えるより、キリリと締まったドライな捉え方の方が似合っているし力を発揮すると思う。思えば舞台の上海の描き方に一瞬その光芒が見えるが、ドキドキしたのはそこだけかも。過去と現在の切り返しももっと短くカッティングしていけば独特のドライな雰囲気になった気がするが、半端な切り方になってしまったため、ボクには冗長な後味が残ってしまった。
直木賞を取っても、新しいものを目指す心意気は素晴らしい。けど、こっちではないと思うなぁ。次作に期待。
2001年06月01日(金) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:小説(日本)




