トップ > おもしろ本 > 月別一覧 >

1999年06月

LV5「柔らかな頬」

桐野夏生著/講談社/1800円

柔らかな頬
amazon
名作「OUT」から2年。相変わらず見事な内面描写で桐野夏生が帰ってきた。

そのリアリティ、そのストーリーテリング、行間から溢れてくる匂い・色彩、どれをとってもさすがなものである。
特にうまいのは「照明の使い方」。驚くほど陰影に溢れた場面が読んでいる目の前に展開する。これは「OUT」から一貫したボクの印象だ。今回まいったのは病気の内面描写。読んでいるこちらまでが胃の当たりが重くなる胃癌の症状描写など絶品である。病は気から、だとすると、これを読んで病気になる人が出るのではないかと思ってしまうような描写力だ。あ、肉欲の内面描写もすごかったな。

「OUT」同様、これも「脱出」をテーマとしている。
脱出と解放、孤独と自由。そこに死期近い元刑事のイマジネーション、そして追いつめられた主人公のイマジネーション、女親子三代の業の移り変わり、が濃厚にからんでくるあたりが圧巻だ。いくつもの結末の付け方を提示しつつ、幻想と現実の境目が消えていく。どこから脱出するべきなのか、わからなくなってくるところの描き方の素晴らしさ。また、最後の最後の「脱出」も呆然たるものがある。

個人的には直木賞確実だと思う力作。題名がちょっと甘いのが気になる以外はすべてに傑出した一冊である。

1999年06月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:ミステリー

LV5「スプートニクの恋人」

村上春樹著/講談社/1600円

スプートニクの恋人
amazon
著者長年のモチーフである「どこにも行けないメリーゴーラウンド」が、「どこにも行けない、かつ一瞬しかすれ違わない人工衛星」に姿を変え、著者長年の主旋律である「こっち側とあっち側は背中合わせでその境目がどんどん希薄になっていく」様が丁寧に描かれている。スプートニクとは例のライカ犬が乗って世界で初めて宇宙を飛んだソ連製の人工衛星。小説中では少ししか登場しないが、この小説の「記号ではなく象徴」だ。とても上手だ。そこらへん。

このところボクの思い入れにいまいち応えてくれなかった村上春樹であるが、この本は彼の主題が折り重なって現れ、二重にも三重にも織り込まれ、目眩がしそうな充実感を覚えた。さすがである。
ただ、ストーリーテリング的にははぐらかされる人もいるだろうし、主題的にピンと来ない人には単につまらない本かもしれない。終わり方に不満の残る人もいるだろう。でもボクの中ではすべて辻褄があい、過不足なくすべてが絡み合った。

現実と非現実のどちらが「リアル」なのか、そして「リアル」を通して我々はどこかへ行けるのか…、そんな疑問に呆然としたことがある人なら読んで損はない。

1999年06月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV5「ブエノスアイレス午前零時」

藤沢周著/河出書房新社/1000円

ブエノスアイレス午前零時
amazon
芥川賞受賞作。
あまり期待せずに読んだのだが、歯の浮かないハードボイルド調で始まり、イマジネーションとリアリティを上手に紡いで展開していく様はなかなか見事。映像で言うならインサート画像の入り方が長さ・タイミングともにとても効果的で、作品を締めているのだ。

表題作「ブエノスアイレス午前零時」のリリシズムも好きだが、もう一編の「屋上」もとてもいい。
結末の付け方がちょっと陳腐な感じがしたが、読んでいて脳裏に広がるリアリティが生半可ではない。説明描写は最低限なのに、きっちりそこに場を展開させる筆力はさすがである。敢えて言えば、会話がいまいち。それともうちょっと長ければ、と思う。また、アルゼンチンの空気感がもう少し出ていればカタルシスが余計に感じられたと思う。

1999年06月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV3「バーナム博物館」

スティーヴン・ミルハウザー著/柴田元幸訳/福武文庫/680円

バーナム博物館
amazon
タイプの違う短編が10編。

ミルハウザーは「三つの小さな王国」を読んだだけだが、非常にオリジナルな世界を紡ぎあげる人で次々読みたくなる作家である。が、わりと時間がかかってしまうのも確か。この短編集もだらだらと2カ月ほどかかってしまった。「三つの小さな王国」よりもより実験小説風で独自の構築とリズムに入っていくのに時間がかかってしまうのだ。

かといって読み飛ばせない迫力が行間に満ちているから一文字一文字じっくり対峙しなければならない。緻密でみっしりした構成力。読者の「読書力」が試される作家である。
次は「イン・ザ・ペニー・アーケード」をゆっくり読むつもり。寝る前とかの睡眠薬にはとってもいい作家だし。

1999年06月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(海外)

LV3「指揮のおけいこ」

岩城宏之著/文藝春秋/1524円

指揮のおけいこ
amazon
世界的指揮者である岩城宏之が指揮に関するいろんなエピソードを軽妙に語ったエッセイ集。

「オーケストラとの確執」「大物指揮者に見せるには」「楽譜の覚え方」「カッコイイ燕尾服の作り方」などなど、とにかくいろんな職業上のヒミツを照れながらも素直に語っていて好感が持てる。
本当に指揮者になりたい人やマニアが読んでも役に立つような専門的な内容も適度に入れ込んであるが、基本的には一般クラシック・ファン向けで読んでいて楽しい内容。指揮に対して長年疑問に思っていたことどもが次々氷解していき、ボクにはとても役に立った。
ちょっと文体が軽すぎるかなとも思ったけど、一般向けならこういうことでもいいのかもしれない。

1999年06月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:音楽 , エッセイ

LV3「靖国」

坪内祐三著/新潮社/1700円

靖国
amazon
あなたは靖国神社についてどのくらい知っているだろうか? 靖国神社公式参拝の是非について騒ぐ大新聞の記事についてどういう意見を持っているだろうか? そもそも靖国神社ってなんなのだ?・・・そういう質問に「そういえばちょっと知ってみたい」と思った方は是非ともどうぞ。

読み物的な面白さは思ったよりなかったが、知的好奇心は十二分に満足させてくれる好著。
「え?靖国神社って超モダンでハイカラな祝祭空間だったの?」と次々目から鱗が剥がれていくこと請け合いだ。例えば神社でありながら神主がいなかったことなんて知っていた?

総花的評論になりがちな題材を一貫した視点から書いているのがうまい。「靖国的なものの消滅」についての著者の姿勢が一貫しているのもいい。上手だしなんだか古くさい名前なのでかなりのお年かと思ったら、この著者ボクと3つ上なだけの41歳。うーん。まいった。

1999年06月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:時事・政治・国際 , 哲学・精神世界

LV3「図鑑少年」

大竹昭子著/小学館/1700円

図鑑少年
amazon
不思議な短編小説群だ。

基本的にはスライス・オブ・ライフなのだが、透明感がある文体の中に確固たるリアリティが感じられ、ふと遠くを眺めてしまうような、呆然としてしまうような世界に連れて行ってくれる。
非日常なんだけど懐かしいいろんな生活の断片…夢中で読んでいるうちに、ぐっと想いに浸ったり、中途半端に放り出されたり、著者の思うがままになっている自分を発見するだろう。

特に読者を連れ回したあげく最後にぽんと放り出す様がちょっとレイモンド・カーヴァーみたいで心地よい。印象的には「透明なカーヴァー」という感じ。まぁ極私的な印象なのだけれど。

1999年06月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV2「トウキョウ・バグ」

内山安雄著/毎日新聞社/1600円

トウキョウ・バグ
amazon
2段組400ページ弱の長編だが、あっと言う間に読める。そういう意味ではストーリーテリングの力を認めざるを得ないが、前に読んだ「モンキービジネス」に比べるとちょっと内容が薄っぺらい気がした。まず主人公にカタルシスを感じられないのが痛い。相も変わらず情けない主人公設定なのだが、その情けなさに気持ちがうまく入っていけないのだ。共感しにくい。

在日イラン人やタイ人などの描写は面白いのだが、どの登場人物にも共感できていかないのがまた惜しい。
著者が彼ら側に立っていそうで立っていないのも中途半端感がある。「モンキービジネス」の方が全体に一貫性があって面白かった。いや、ストーリーテリング自体はいいんだけど、ちょっと惜しい感じ。脇役のキャラがいいのが救い。

1999年06月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(日本)

LV1「渡辺文雄のどこへ行っても美味珍味」

渡辺文雄著/発行:同朋舎/発売:角川書店/1800円

渡辺文雄のどこへ行っても美味珍味
amazon
「食いしん坊俳優」という職業柄であろう(どんな職業や!)、いろんな体験を積んでいる著者の日本全国美味紀行エッセイ。

わりと「体験総まとめ」風に書いてあるのでわかりやすく読みやすい。
ただ、その分イキオイはない。ぐぐっとつり込まれて「うぅ、食べたい!」と思うような描写や表現がない。その点がちょっと残念と言えば残念。こういうエッセイは「どこまで上手に自慢するか」がキーだと思うのだが、著者はちょっと枯れて書きすぎているかもしれない。
面白い章はあるのだが、全体に「そそられない」のが食エッセイとしては弱いところ。まぁ目新しい事実が特になかったせいもあり、ちょっと内容が薄く感じられた。

1999年06月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:食・酒 ,

LV1「灰に謎あり」

小泉武夫著/NTT出版/1500円

灰に謎あり―酒・食・灰の怪しい関係
amazon
沖縄の本を書いていて(「胃袋で感じた沖縄」さとなお著/コスモの本/1500円/6月20日頃発売)、沖縄そばの項で「灰汁」の不思議にぶちあたった。

それで灰に興味を持って、本屋で見つけた本がこの「灰に謎あり」。
灰と生い立ち、灰と料理、灰の恵み、灰の効能、灰の恐怖などなど、灰にまつわることをかなりの専門性をもって追っており、昔から人はこんなに灰に関わって生きてきたんだなぁ、と感慨を持つことは持つのだが、それ以上でもそれ以下でもない。研究論文とエッセイの中間の中途半端さも手伝って、なんだか物足りない。読んでいて快感がないのは題材が地味なせいかな。よく調べて書かれてはいるのだが…。

ちなみに「沖縄そばと灰汁」についてはまるで触れていなかった。そのことも個人的には残念。

1999年06月01日(火) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:食・酒 , 雑学・その他

ページの先頭に戻る

メニュー

Follow satonao310 on Twitter @satonao310

satonao [at] satonao.com
スパム対策を強化しているので、メールが戻ってきちゃう場合があります。その場合は、satonao310 [at] gmail.com へ。

ページの先頭に戻る

Google Sitemaps用XML自動生成ツール