1997年07月
「軽いめまい」

amazon手練れな著者による小説。
いきなり冒頭、4ページに渡り句点がない。
ずーっと連続した文章で主婦の独白を読ませる。秀逸。この文体(構成)自体がこの小説のテーマのバックボーンになっている。
その後も小劇団の舞台を思わせるような息継ぎなしシャベクリ(そういえば村上龍も効果的にこの手法を使うよね)が続き、上手に読者をひっぱりながらなんでもない日常をおくるどこにでもいるような主婦の軽いめまいを見事に浮かび上がらせている。一人称と三人称を自由自在に書き分け、しかも特に事件が起こるわけでもない筋から現代世界の狂気を浮き彫りするあたり、著者の並々ならぬ力量を感じる。これはまさに、サルトルの「嘔吐」の平成ぶっちぎり版なのである。
1997年07月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:小説(日本)
「警視庁刑事」

amazon昭和63年に退職した名物デカ鍬本實敏(くわもとみとし)をインタビューした傑作ドキュメント。
熟読するほどに感嘆。玩味するほどに悔恨。我々は素晴らしい時代を捨ててきたのである。
そう、これは単なる職人刑事の仕事録だけにおさまらず、「昭和」という人の情が残っていた素晴らしい時代の貴重な証言でもあるのだ。まぁそこまで大上段に振りかぶらなくてもいいけど、とにかく刑事という仕事の本当を知りたい方は是非読んでみてください。ちなみにすべて彼の記憶だけを頼りにインタビューは進んでおり、その記憶のコンピューターぶりにはただ舌を巻かされる。
それにひきかえ、装丁はなんとかならないのか。これだけの内容なのに、地味で古臭いイメージ。若い読者が寄りつきそうもない感じ。
1997年07月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
「鷲の驕り」

amazon勢いで書いたせいかちょっとシンドイところもあった前作「龍の契り」に比べて格段の出来。じっくり自信を持って書いているのがうかがえる。2作目のプレッシャーを見事に跳ね返す快作である。
複雑に交錯するストーリーを見事に紡ぎあげていてただただ感心するしかないが、物語の前の方で起きた事件の謎のいくつかが最後の方まで謎のまま残っていて読む側はすっかりそのことを忘れている、なんてことがいくつか起こっている。書き手側は鳥瞰できるからそこらへんは「上手に紡いだ、ウフフ」と思っているかもしれないけど、読み手側は読み返したりしつつ読まなければよく理解できない。そのくらいかな、文句は。
それにしても……僕と同じ1961年生まれだって。なんだかいろいろ反省してしまうボクなのでした。龍(中国)、鷲(アメリカ)ときて、次は熊(ロシア)かな。
1997年07月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:ミステリー
「勇気凛々ルリの色 2」

amazon先月に「勇気凛々ルリの色 1」を取り上げたけど、この「2」は前作以上に充実した内容で読みごたえがある。よくは知らないが、エッセイはこの一本に絞っているのだと思う。そうでなければ書けない切れ味がそこここに感じられる。
オウム問題、沖縄問題、薬害エイズ問題などの時事ものにも独特の視点、「人倫としてどうなのか」という揺るぎない視点から書かれており刮目させられる。エッセイも名手化してしまった著者はいったいどこまでいくのだろう。
1997年07月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
「美味しい方程式」

amazon料理本である。ボクは料理本はたくさん読むがめったに取り上げない。新鮮な視点が決定的に欠如しているものが多いからだ。でもこの本は違う。レイアウトも画期的に素晴らしいが、それよりも中身に感心した。
この本が他の料理本と一線を画すのはその「方程式」というコンセプト。西麻布の名店「分とく山」の主人である著者は、料理という手品の種を至極シンプルに読者に披露してしまう。舌の経験を必要とする調味料の比率を「8:1:1」という風にあっさりと提供してしまうのだ。まず基本にこれさえ覚えれば応用はこうこう簡単です、ってな具合。その単純な構図がまず新鮮。権威的でなくまことに賞賛に値する。
そしてそれ以上に素晴らしいのは、核家族化により日本から消えてしまった「おばぁちゃんの味」(つまり口伝による料理文化)の連環をこの方程式によって取り戻そうとしているのではないか、ということ。
いや著者がはっきりそうと書いているわけではないが「こうやって調味料の塩梅をしっかり覚えてほしい。日本の文化として残して欲しい」という切実な願いをボクは感じる。受験世代・マニュアル世代が理解しやすいように翻訳された、これは「おばぁちゃんの味」の現代風「口伝」なのだ。
1997年07月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
「極北が呼ぶ」

amazon冷戦後のスパイ小説はこうなるんだな、と感慨深い。
極寒のシベリアを舞台に繰り広げられるアドベンチャー・スパイ・サスペンスで、下巻途中からの緊迫感は尋常でなく身を震わされる。これだけでも三ツ星をあげたいくらい。
だが、主人公へのカタルシスが弱い、主人公がそこまでする動機が鮮明でない、主人公の恋愛に感情移入できない、そしてなにより命を掛けて受け取りにいく情報がそんなに魅力的な内容ではない……など、ちょっと足を引っ張る要素が多いのだ。惜しい! この、稀に見る不思議なキャラの主人公がもう少ししっかり書きこんであったら「傑作」だったのになぁ。
1997年07月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:ミステリー
「本の雑誌血風録」

amazon「哀愁の町に霧が降るのだ」「新橋烏森口青春篇」「銀座のカラス」と続いてきた著者の自伝的青春大河小説の最新版である。
「本の雑誌」の創刊前後、作家としてのデビュー前後のエピソードてんこ盛りで非常に面白い。いつのまにか椎名ワールドに組み込まれてしまった椎名マニアにとっていろんな「既知の事件」の確認にもなり重層的に楽しめる。
が、普通の小説として読むと構成が場当たり的で(それが魅力でもあるのだが)雑な印象が否めない。このシリーズだけはもっと大事に書いて欲しかったのだが。
でもまぁとても面白いです、はい。
1997年07月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
「鉄道員」

amazon著者初の短編集。
世の中では大受けしているらしい。実際、良く出来ていると思う。泣かされる話ばかりだ。名作の誉れ高くなると思う。
ただ、志水辰夫に感じる「泣かしてやるよ、ほら、泣けるだろ、な?な?」みたいな‘見え見えの狙い’がわりと感じられてしまう分、ボクはちょっとしらけてしまうのだ。ちゃんと泣かすってとても難しい技だし、それを売りにしてもいいとは思うけど、今のボクにはちょっとオーバーな感じ。もっと年とったらちょうどいいかもしれない。
浅田次郎は背景の書き込みが足りないと上滑りする作風である。「天切り松闇がたり」や「蒼穹の昴」のような背景がしっかり書き込める長編や大長編の方がそのチカラを発揮する。背景さえ書き込めれば決して上滑りしないのだが…。長編の方がボクは好きだ。
1997年07月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:小説(日本)
「東京ステーションホテル物語」

amazon東京駅はよく利用する。丸の内の改札口で吹き抜けを見上げ、川端康成の部屋はどれだ?などと探すくらいはこのホテルのことを知っていた。
長い歴史とエピソードでは事欠かないこのホテルに泊まったことはないが常に興味津々であり、店頭でこの本を見つけたときは迷わず買ったものだ。そして、読んだ。
エピソードは満載だし正確にその歴史を追ってはいる。が、それだけ。東京駅という超特別な立地を持つこのホテルの人間臭さも洗練も苦悩も全然伝わってこない。表面をサッと撫でたという感じ。ちょっと残念。
1997年07月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
「夢ワイン」

amazonワイン・マニアならいざ知らず、一般の人は読まなくてもいい本かも。
優れた野球人だった著者に対して何の偏見もない。ないからこそ平明な気持ちで読んだのだが、その内容のなさに唖然とした。作文的文体については何の文句もない。ただ、もっと著者独特の視点でワインを語っているのだと思っていたのだ。「ワインをこういう風に好きになって、こういう風に飲んできて、こんなに高いのもいっぱい飲んで、こんな名誉も受けたよ~」というだけの本。別に「自慢」が嫌なのではない。それがどうした!だからなんだ!としか言い様がないのが嫌なのだ。こういう人に「名誉ソムリエ」を与える日本ソムリエ協会っていったい、という印象が最後に残ってしまったなぁ。残念。
1997年07月01日(火) 12:00:00・リンク用URL
ジャンル:食・酒




