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1996年07月

LV5「歳月の梯子」

アン・タイラー著/中野恵津子訳/文藝春秋/3000円

歳月の梯子
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アン・タイラーの新作である。代表作になるのではないだろうか。

もともとしつこくディーテイルを書き込んでいって全体像を浮き彫りにするという作風だったが、この長編ではそれが特に際だっている。細部を徹底的に(良質のユーモアを交えながら)描写しながら全体の流れが少しも細部に引きずられていない。お見事。すごい筆力だ。筋もよく練られていて全く飽きさせないし、なにより主人公をはじめとする登場人物のキャラクター付けが秀逸。いやいや大したものだ。

そしてその性格描写、比喩、形容。それぞれ文字どおり「的を射た」表現で(その的を射かたの打率の高いことといったら!)共感を呼ぶ。特に女性の感情表現が強烈にうまい。男の僕が読んでいてこんなにのめり込むんだから女性が読んだらすごい共感だろうなぁ。女性に生まれ変わってもう一度読んでみたい。傑作。

1996年07月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(海外)

LV5「神童」

山本茂著/文藝春秋/1800円

神童
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戦後の廃墟から生まれた一人の天才バイオリニスト渡辺茂夫の、実際にあった物語を丹念に描いている。

「二十世紀のモーツァルト」とまで呼ばれた彼が7歳で初リサイタルを開き、あのハイフェッツに認められジュリアードに留学……筋を追うのは本意ではないが、著者が取り上げなければ一生知らなかったであろうこの少年の物語は感動的だ。

文章から立ち上がってくるバイオリンの旋律も実に魅力的で、読み終わってすぐバイオリン協奏曲を聞きたくなること請け合い。それも渡辺茂夫のをどうしても手に入れたいと思わせるのは著者の冷静な筆致と効果的な引用が功を奏しているからだ。でも手には入らない。その理由はこの本を読めばわかります。もひとつ渡辺茂夫の体臭みたいなものが書き込み不足で匂ってこないのを差し引いても、三ツ星。
※その後渡辺茂夫演奏はCDとして発売された。

1996年07月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:音楽 , 自伝・評伝

LV5「会いたかった人」

中野翠著/徳間書店/1500円

会いたかった人
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のっけから関係ない話だが、ボクは向田邦子がかなり好きで、彼女の言うことなら無条件に信じてしまうところがある。厚かましくいえば、物の見方、その含羞、関心の方向性、基調体温などが似ているから信頼できるのである。他に無条件降伏している人に山口瞳、曽野綾子などがいるのだが、実はこの中野翠もその一人。中野翠の平明な知性をかなり信頼しているのである。

この本はその信頼に足る著者が「関心の方向が似ていてとても他人とは思えない」のにもう死んでしまって会えない人達を書いた本。つまりボクにとっても「会いたかった人」になるはずでとてもうれしい本なのだ。
オーウェルから左卜全、志ん生、露八に夢聲……またうれしくなるようないい選択。いい本である。

1996年07月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:エッセイ

LV4「ジェファーソンの死」

アーネスト・J・ゲインズ著/中野康司訳/集英社/2600円

ジェファーソンの死
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山田詠美の「アニマル・ロジック」とこの「ジェファーソンの死」を読めばアメリカにおける黒人差別問題の根の深さが皮膚感覚レベルで実感できる。まぁこの本は単なる社会派文学ではないのだけど。

原題は「A Lesson Before Dying」。
冤罪の黒人死刑囚と彼に「人間として死ぬこと」を教えようとする黒人教師の物語で、実にアメリカ的な善悪の付け方がちょっと鼻に付くが、丹念に書き込んであり良質だ。何か久しぶりに高校生になった気分。あの頃読んだ「教訓的良書」の懐かしい匂いがプンプンする。いい意味で。
ちなみにこの本は全米批評家協会賞を受賞している。

1996年07月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:小説(海外)

LV3「ニホンゴキトク」

久世光彦著/講談社/1680円

ニホンゴキトク
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「死語」もしくは「半死語」の日本語を悼み、そっと涙を流すといった風情の本。著者独特のおセンチな文体が心地よい。

ただ取り上げられているのは「辛抱」「じれったい」からなんと「さよなら」まで、全然死語なんかじゃないよなぁ、といった言葉も多い。
多分その言葉が失いつつある体温みたいなものと「変わっていっちゃう古き良き日本」とを重ねてとらえ「キトク」と呼んでいるのだろう。だからこの本は「ニホン・キトク」でもあるのだ。

相変わらずの向田邦子フェチぶりを随所で見せてくれるが、ボクもフェチに近いところがあるので、それはそれで気持ちよかった。彼女のことをこういう風に書ける人は著者の他にいないから。

1996年07月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:エッセイ

LV3「戸板康二の歳月」

矢野誠一著/文藝春秋/1600円

戸板康二の歳月
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中野翠著「会いたかった人」で書いたようにボクは山口瞳に無条件降伏しているのだが、彼の著書の中に繰り返し出てきたのが戸板康二の名前。「ちょっといい話」を書いた人、としか知らなかったし「とさかこうじ」と呼んでいたりして(本当はもちろん「といたやすじ」)非常識きわまりなかったボクなのだがこの本を読むともっと早く知っておくべきだったという後悔で一杯になる。

その含羞、都会的なエスプリ、紳士なる振舞い、そして知性。中野翠ではないけれど生きている内に「会いたかった人」だ。戸板氏を本当の意味で先生と慕っていた著者は悲しみに逆上することなく冷徹に彼を偲んでいて読者を静かな気持ちにさせる。山口瞳もいなくなっちゃったし、本当に昭和が遠くなったなぁ、と老人みたいにつぶやくこの頃なのである。

1996年07月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:自伝・評伝

LV2「お葉というモデルがいた」

金森敦子著/晶文社/2300円

お葉というモデルがいた―夢二、晴雨、武二が描いた女
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副題に「夢二、晴雨、武二が描いた女」とある。あの竹久夢二の一連の美人絵のモデル「お葉」の生涯を静かに追った物語。多淫な悪女という世評に惑わされず丁寧に文献を調べて書いた労作だ。

実際ワイドショー的興味で読み始めたのだが、この主人公がたくましく生きていった時代の描写がわりとよく、とっても明治な気分になった。責め絵の大家伊藤晴雨の絵が見たいなぁ。そういえば団鬼六も同時期この「お葉」の物語を書いていて村上龍が絶賛していたなぁ。読んでみよう。ああそうそう、出来得ればもう少し写真を多く載せて欲しかった。

1996年07月01日(月) 12:00:00・リンク用URL

ジャンル:自伝・評伝

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